49話 共闘関係
本校舎屋上、風間とホワイトは対峙する。
それは異常な状況であった。
何せ、宇都見の銃撃で蜂の巣になった筈のホワイトが生きていて、目の前で薄ら笑いを浮かべている。
何らかの能力で再生したと言うのは分かる。
しかし、明らかに致死量の血を流しても死んでいないと言うのは、生物の範疇を越えている。
風間は動揺していた。
宇都見は倒れ、自身も激しい戦闘の直後。
能力の詳細は分からず、おまけに『アンジェ・ルーガー』がこの後やってくる。
そんな危機的状況で、風間は冷静を装い質問を投げかける。
「お、お前、なんでこんな事したんだ? 学校の連中は関係ねぇ筈だ」
「リオが言ってなかったかな? 人質取った方が確実だって話さ。現に……」
ホワイトは柵に縛りつけられたリオを見る。
「ね? こうなるとも限らない。それに、油断していてこんな傷を負った……もう塞がってるけどね。いやはや、ここまで恥をかいたのは初めてだよ」
「……なんで俺達を襲うんだよ。俺らが何したってんだ」
「元々の目的は伊吹涼香だったんだ。彼女の遺物はかなり特別な物だ。それはそれは強大な力となる。だから『魔術連盟』には渡したく無かったし……それにちょっと事情が変わった」
「あぁ? 事情、だと……?」
「……彼女には敢えて魔術師として目覚めてもらう」
「てめぇ……!」
「宇都見集や明野楓に襲わせたのはそういう理由さ。命の危機こそが覚醒を促す。とは言え、そのどれもが君に邪魔されてしまった訳だけど……ね」
ホワイトは侮蔑の眼差しを向ける。
「……君だ。君だけがいらない。固有魔術も使えない魔術師なんて存在価値が無いじゃないか。俺の″人生″に、君はただの邪魔なんだよ」
(こいつ……なんだって伊吹を魔術師に……? いや、今はそれよりこの状況なんとかしねぇと……傷だらけの俺と、血だらけなのに何故か無傷のこいつ。分が悪い。おまけにこいつの能力も分からねぇ……!)
とは言ったものの、逃げる選択など取れなかった。
自分一人だけなら逃げ果せる事も可能だろうが、すぐそこで気絶している宇都見を見捨てる選択肢など、ハナから存在しなかった。
「さぁどうした風間。喧嘩は君の専売特許だろ? そうやってメンチ切ってるだけじゃ、喧嘩とは言わないんじゃないか?」
しかし、次第に状況は悪くなる。
ホワイトは一歩、また一歩と距離を詰める。
今から味方が助けに来るなんて、ドラマティックな展開は用意されてはいない。
かと言って、ここで立ち向かった所で頭に浮かぶ二文字は″秒殺″。
魔力はもう限界。
勝つどころか、一分と保たないだろう。
連戦続きの疲労で、思考力も判断力も鈍っていた。
何も出来ず、蛇に睨まれた蛙の様に、ただ相手の動きに合わせて一歩ずつ後退るだけ。
たったそれだけ。
その時、視界の隅で眩い光が高速移動する。
遠くからやってきた光の軌跡が、学校本校舎に突き刺さる。
アンジェ襲来の合図である。
「アンジェ……! やっと来てくれた様だ。これで、魔術連盟が来ようが怖くなくなったぞ!」
ホワイトにとっては、まさに助っ人到着と言った所。
逆に、風間にとっては泣きっ面を刺す蜂だった。
絶望の到来、完全に生き残る道は閉ざされた。
風間は気づいていなかったにせよ、魔術連盟と言う最後のカードは使えなくなった。
故に、本当に助けが来る可能性は今断たれた。
「どうする風間? もう流石に詰み……」
だが、風間は絶望するより先に体が動いていた。
魔術連盟でも、アンジェでも良い。
この拮抗した状態を、たったの数秒だけ壊してくれる存在を待っていた。
何故なら、元より助けに期待はしていなかったからだ。
光が差した校舎三階。
そちらに気を取られ、ホワイトは少し身を乗り出す様に下を向いていた。
そのコンマ数秒の隙が、このピンチから抜け出す鍵となった。
そう、既に風間は走り出していた。
(風間……!? 少し目を逸らした隙に……!!)
走り込んだ先にいたのは気絶した宇都見。
勢いは殺さず、そのまま体ごと抱きかかえる。
「そんなお荷物抱えて逃げられると思ってるのか!?」
「けっ! てめぇごときから逃げるのなんてワケねぇさ!」
風間は宇都見を脇に抱えたまま屋上から飛び降りる。
その高さ、約十メートル。
普通の人間なら、何かしらの怪我を負うのは必然。
しかし、風間にはまだ、無事に着地出来る程の魔力は残っていた。
「まだ足掻くか……!!」
ホワイトは風間の落下地点へ身を乗り出すが、既に下にはいない。
あるのは散らばったガラス片。
身を潜める為、風間は着地と同時に本校舎一階の窓ガラスに飛び込んだのだった。
「この高さから飛び降りる程の魔力は残っていたみたいだな……まぁいい。アンジェは到着した。伊吹涼香も魔術連盟諸共くたばる。俺はゆっくり風間を追って、始末するとしよう」
逃げられたものの、ホワイトにはまだ余裕があった。
それは、アンジェと言う絶対的な戦力の到着よりも、その圧倒的な能力に自信があったのだった。
能力を持たない風間蓮斗を、殺せる自信しか無かった。
※ ※ ※ ※ ※
本校舎一階。
魔力で見透かされる以上、位置はバレているが、ホワイトはすぐには追っては来なかった。
魔術連盟と合流される危険性や、リオの救出を優先させていたりと、理由はいくつか考えられるが、なんにせよ風間は逃走に成功したのだった。
「マジに撒けたみたいだな……お?」
遠くからバタバタと数人の駆ける音が鳴り響く。
辺りに人影は無かったが、それが誰なのかはすぐに分かった。
結界が再展開されて、未だにここに居られるのは魔術師のみ。
それはつまり、魔術連盟が到着している事を伝えていた。
「……この足音、さっきちょこちょこ言ってた『魔術連盟』って奴等か? だったら後は合流すりゃ……」
「待て……!」
その瞬間、グッと風間の腕が引かれる。
「宇都見……!?」
屋上から飛び降りた時の衝撃で、宇都見の意識は既に回復していた。
しかし、感謝している雰囲気など、一ミリも感じられなかった。
むしろ、その顔は逆に怒りに燃えていた。
「何を……勝手な事を言ってやがる……!! 風間、てめぇ……!」
「は、はぁ!? 逃がしてやってその言い草かよ! 置いてけぼりにしてたら死んでただろ!!」
「それの事じゃねぇ! ホワイトは俺がぶっ殺すんだ……!! 連盟の力は借りねぇ!! そういう契約なんだ……手を借りたら、意味が無いんだ……!」
宇都見は噛み締める様に憤る。
しかし体はボロボロ。
体を起こそうとした瞬間、その場で膝をつく。
「お、おい! 契約ってなんだよ!? ワケ分かんねぇ事言ってんじゃねぇ! 大体、アイツの能力見ただろ!? 一人で対処出来るもんじゃねぇ……お前の銃だって効かなかったじゃねぇか!」
「ビビってんのかよ、情けねぇ……俺は一人でも行く。今回も失敗したら……俺は今度こそ……!!」
「だから、ワケが分かんねぇって言ってんだ!! 今は共闘関係だろ! そんくらい話せよ!!」
今度は風間が宇都見の胸ぐらに掴みかかる。
真っ直ぐな瞳に、宇都見はバツが悪そうに目を逸らした。
「……魔術連盟って奴は、仲良しこよしの組織じゃねぇ。互いが互いを利用し合っているビジネスな集団だ。俺はある条件を提示した代わりに、組織への奉仕を約束した。今回の仕事は『ホワイトの暗殺』。仲間になったふりをしてぶっ殺そうと思ってたが、失敗に終わった」
「……じゃあ助けに来たアイツらはなんなんだよ。ビジネスの関係じゃ無かったのか?」
「俺が緊急要請した。伝えてあるのはアンジェの事だけだ。そこは俺の管轄じゃない。だから呼んだんだ。だから……! 俺はホワイトの奴を殺さなきゃならねぇんだ!! これは俺の仕事だ!!!」
いつになく必死な形相だった。
ただ、宇都見は単純にその失敗を恐れているだけで無く、他の理由がある様にも見えた。
(条件の提示……宇都見が連盟に頼んだ条件って奴が、ここまでこいつを必死にさせてるのか……)
「どけ! 俺はホワイトを倒す。今度こそ仕留めてやる……!!」
宇都見は膝を引きずりながら、風間に背を向ける。
だが、それが無駄なんて事は宇都見本人にも分かっていた。
勝ち目なんて無いに等しい。
それが天文学的数字でも、可能性があるならやる。
宇都見はそういう男だった。
そして、それは風間も同じ。
「……ちょっと待てよ」
「あ……? 腰抜けがなんか用かよ」
「けっ、腰抜けどころか、ろくに歩けてねぇのはてめぇの方だろ。ホワイトの奴を倒すんだろ? お前にゃ無理だ。そんな死体みたいな体で何が出来んだよ」
「……残念ながら、喧嘩を買ってる余裕なんて無いんでな」
「そうじゃねぇ。お前のその″仕事″、俺にやらせろ」
風間はニヤリと不敵に微笑む。
「お前……何する気だ」
「別にお前の為なんかじゃねぇぞ。元々喧嘩ふっかけて来たのはホワイトの野郎だからな。ムカつく奴はぶっ潰す、それが俺の流儀ってだけさ」
そして、そっと手を伸ばした。
「あ……?」
「ただ、俺一人じゃちと骨が折れる。だからこその共闘だろ。それに、仕事をこなさなくちゃならない理由があんだろ?」
怪訝そうな宇都見とは裏腹に、風間は珍しく清々しい顔つきだった。
そんな顔を見て、宇都見は以前の事を思い出していた。
あの時、自分に立ち向かって来た風間達の事を。
魔術の事なんて、感覚でしか知らないにも関わらず、それでも諦めなかったこの男の過去を。
だから、信じれる気がした。
「救えねぇな……お前も、俺も……」
そう思うと、無意識に手を取っていた。
友達でもなんでもない、その男の手を。




