47話 光の戦乙女 1
時は少しさかのぼる。
学校襲撃より数十分前、この後何が起こるのか知る由も無い彼らの場所へ、ヒトミは一人赴こうとしていた。
あの電波ジャックには何か意味がある。
そう思えてならなかった。
居ても立ってもいられず、雑居ビル一階に構えた研究室を抜け出す。
(嫌な予感がする……ボクの悪い想像のまま終わればいいが、大事を取って確かめに行こう。何かあってからじゃ遅い)
結果的に言えばその予感は的中していた。
この後、想定外の攻撃を風間達は受ける事になる。
その予想は的中している。
が、自分の身に降りかかる″予感″は、感じ取れずにいた。
「……!」
故に、ヒトミは立ち止まってしまう。
(待て……警戒してシャドウを合計九人、学校に送り込んだ。ボクの周りにはたった一人……常に奇襲を警戒して辺りを監視している。この状況、何か、何か……)
言い様の無い危機感があった。
この状況、誘導された様な奇妙な感覚。
「ノイン! 出て来い!!」
ヒトミは周囲を警戒するたった一人のシャドウに号令をかける。
しかし、いつもならすぐに出てくる筈なのに出て来ない。
ここらは人通りも少ない住宅地。
声が聞こえない、姿が見えない、なんて事はありえない。
つまりは……
「もう、遅かったか……そして、もし彼女が来ているなら……」
想定より早く、それはもう最悪に、時既に遅し。
「……遅かったぞ。御影ヒトミ」
背中にそっと左手を押し当てられる。
ゾワリと、ただ触れただけでは感じない、焦燥と恐怖。
ヒトミは分かっていた。
この敵の正体、そして、もう″詰み″であると。
「……君がアンジェか。シャドウをどうした?」
「あの黒い人もどきか? アレすぐに消し去った。邪魔されては困るからな。学校へ大人数向かわせたのは愚策だったな。そういう風に仕向けたのはこちらだが」
ヒトミは全く冷静さを失わなかった。
それどころか、そのまま質問を続ける。
「どうして、ボクを殺す?」
「契約内容がお前の殺害だった。理由など知らん。が、お前の能力は有名過ぎたんじゃないか? そうだろう、ハザード級……」
「危険視された結果、君が殺しに来たのか。全く……嬉しくない買い被りだ」
「……逆にお前は私を舐めていたな。お前、一人で私を殺す気だったんだろう?」
「……」
一筋の冷や汗がヒトミの額を伝う。
「お前が探っているのは、シャドウとやらの気配で気づいていたさ。強襲作戦も予想出来ていた。その上で、お前の仲間にこの私の存在を知る者もいた筈だ」
「宇都見君の事か……」
「ああそうだ。そこでこう思ったよ。アンジェを知っていて反対しない筈が無い、とね。だから、こうも思った。もしや、話していないのでは無いか、とな」
宇都見を協力関係に持ち込むには黙るしか無かった。
しかし、実際目の前にしてしまえば、宇都見は協力を止めてしまうかもしれない。
それ程までに『アンジェ・ルーガー』と言う名前は魔術師界では有名で、恐れられていた。
だから、アンジェが敵の一員である事をヒトミは黙っていた。
では結果的にどうする予定だったのか?
ヒトミはアンジェを秘密裏に排除し、そもそも敵対していた事実すら伝える気が無かった。
そもそも、恐れられているとは言え、実際には噂に尾ひれが付いているだけのケースもある。
だから、ヒトミは作戦開始の前日にアンジェを始末する予定だったのだ。
自分一人で始末出来ると、そう考えていた。
「……君の言う通りさ。宇都見君をせっかく味方に引き込めたんだ。邪魔な要素は排除するつもりだった……ボクならそれが可能な筈だった……」
「しかし結果はこうだ。もしお前が私に奇襲出来たとしても、あまり結末は変わらなかった様に思えるがな……」
「言ってくれる……!! このまま終わってたまるか……!!」
最後の抵抗か、ヒトミは魔力を解放する。
が、アンジェは落ち着いた様子で、押し当てた左手を更に軽く押す。
「興が冷めた」
アンジェの左手から光が放出される。
その光は、まるで針の様に鋭く、槍の様に長い。
そして、いとも容易くヒトミの胸を貫く。
「がはっ……あぁ…………」
一瞬だった。
光が現れるのも、消えるのも、その命が狩られてしまうのも。
大きな質量化した光が、ポッカリと大きな穴を空けた。
バスケットボールくらいなら入ってしまいそうな大きな穴が、人の体に空いているのだ。
大量の血を、その穴と口から垂れ流しながら、ヒトミは絶命した。
あまりにも簡単に。
あまりにも光速に。
抜け殻となった人体からは言葉にならない言葉が漏れていた。
誰が聞き取れる訳も無く、その遺言なのか恨み言なのか分からない言葉は、冷たいコンクリートに消えていく。
「もっと反撃を期待したのだが……まぁ、無理だろうな。私が接近した時点で、こいつの死は確定した。どう足掻こうが、光の速度を持つ私の攻撃は、防御不可能だ」
それは、『魔術』と呼ぶにはあまりに面白みに欠ける速さだった。
何せ、誰が見た所で、何が起こっているのかは分からない。
ファンタジーも、熱いバトルも起こり得ない。
目視すら不可能な速度だった。
当の本人すら、『つまらない』と、溜め息を漏らす。
「……っと、そういえば時間が少し空いてしまったな」
アンジェはヒトミが出てきたであろう、雑居ビルの扉に目をやる。
「そもそも、御影ヒトミとはなんだったのか? 何故、ハザード級とも評される魔術を持ちながら、あんなクソの役にも立たない連中に協力していたのか? 少し調べる必要がありほうだ……殺すのは早計だったか」
もう動かない死体を見下ろしながら、アンジェはそのドアに手をかける。
冷徹に、冷酷に、何より残酷に、その場には血塗れの少女だけが残った。
※ ※ ※ ※ ※
ヒトミの研究室内。
真っ白な部屋の中には、ヒトミの生きた歴史が置き去りにされていた。
薬品棚にベッド、整理された本棚や、その中にある重要そうなファイル。
パソコンの画面が表示されたモニター。
そのデスクの上、折りたたみ式の黒い財布。
情報を期待して中を開くが、結局出るのは彼女の溜め息だけだった。
「財布はあった……だが金が入っているだけ。免許証だとか、保険証だとか、普通なら入ってる筈の物が無い。ここまで来ると、意図して情報を見せまいとしているな。まさか、戸籍が無い……なんて事は無いよな……?」
そして、最後に目をつけたのはキチッと揃えられたファイル群。
「……固有魔術、記録その一。なんだこれは……?」
そう、ファイルの表紙には書かれていた。
一つ一つファイリングされたページには、かつて存在した魔術の記録がなされていた。
まるでそれは、実物を見知っているかの様な事細かな説明と描写、文章だった。
「これは……過去に存在した魔術のデータ? 単独でこれをやったのか? 恐らく、このパソコンは調べる為と言うよりは、記録用と言った所か……」
ページをペラペラとめくっていくと、ある付箋の付いたページに目がつく。
書かれている内容は、『加速の魔術』について。
その中には、能力の詳細は勿論、対応する遺物の写真まで載っていた。
「あの女、遺物の事まで把握していたのか。ん、これは……?」
その写真を見て、アンジェの手が止まる。
写っていたのは花の形のブローチ。
伊吹の持つブローチである。
「……ある程度情報は聞いていたが、なるほど。伊吹涼香が今覚醒間近にある能力は『加速』だったのか……もしかすると、御影ヒトミはこの能力欲しさに伊吹涼香を手引きしたのかもな……いや、まだ分からん。分からんが……」
アンジェは『加速』について書かれたページだけを破る。
「この力については……誰にも渡したくない情報だ。預かっていくぞ」
そして、アンジェは乱雑にファイルを投げ捨てた。
「加速の魔術師は噂で聞いた事がある。かつてその速さのあまり、暴走した挙げ句に死んだ魔術師がいたと……さて、どんなものか試してやる」
そう言い放った瞬間、真っ白な部屋は光に包まれる。
投げ捨てられたファイルが地面に落ちた時、そこには誰もいなかった。
唯一、残っていたのは光の軌跡。
その軌跡は、学校の方角を指し示す。
死を運ぶ天使の、次なる目的地だ。




