46話 終わらない
「これで……よし」
風間は来ていた学ランの袖を伸ばし、リオの体を鉄柵に結びつける。
魔術師相手にこんな拘束は無意味にも思えるが、魔力を消費してしまった相手ならただの人間同然。
更にリオはまだ子供。
その力はたかが知れている。
「さて、それじゃあ教室を見に行ってみるかな……」
そう呟いてドアに目をやると、ドアは一人でに開く。
「……!」
そこからヨロヨロと血色悪そうな顔の男が一人。
トレードマークのヘアバンドすら取っ払って、一瞬誰だか分からない。
「……よう、風間……なんだ、結構元気そうだな……」
今度は紛う事無きあの男。
本物の宇都見集がようやく到着した。
「お、お前……! 流石に本物だよな!? ニセモンじゃねぇだろうな!?」
「何、言ってんだ……?」
宇都見の視界に縛られたリオの姿が映る。
「……そういう事か。いや、悪い……お前が後始末してくれたってワケか……」
「おい! 無理すんな……!」
宇都見は体の至る所に血が付着していて、教室でどんな戦いがあったのか容易に想像出来た。
黒い学ランでさえ、血の滲みが目視出来る程に汚れていた。
そして、体を引きずる様に風間の前でそのままへたり込む。
「俺はあの後無様に負けちまってな……始末されると思ったけど、結界を再展開されるのを恐れたアイツは、先にここを目指したワケだな……畜生、遅れて登場したのに、もう全部終わってたとはな……」
「無理もねぇさ。むしろ、感謝だぜ。野郎が消耗して無けりゃ、俺はやられてたからな……つーか、マジに大丈夫かよ。めちゃくちゃ具合悪そうだぞ」
「……鏡見た方がいいんじゃないか? お前も凄い事になってるぞ。デコから血が出てるぜ。まさか脳天撃ち抜かれたりしてねぇだろうな……?」
「あぁぁぁ!! そういえば! どうなってんだぁ!?」
風間は自分の額を焦りながらベタベタと確認する様に触りまくる。
そんな様子を見て宇都見は軽く溜め息。
「やっぱり元気そうだな。ま、とにかくだ……これが終われば問題はねぇ。風間、その装置を見せてみろ」
「ああ……」
風間は落ちた結界装置を拾い上げ、宇都見に渡す。
「やり方分かんなくても、色々試せばどうにかなると思ったんだけどな……」
「理解力低くて悪かったな……!」
宇都見が手のひらに魔力を集中させると、ロゴの下にあるランプの様な物が点滅する。
「えっ、そんな光る所あったっけ?」
「毎度、結界が展開されるタイミングで光るんだ。ほら、上を見てみな。この場を中心に、結界が再展開されるぜ」
薄暗かった空は、膜が剥がれていく様にパリパリと、本来の色に戻っていく。
上からグラデーションを描きながら。
「おおっ!」
そして、完全に結界が消え去った後、再び頭上の空から膜の様な物が広がっていく。
結界が再び構築され、空の色はまた薄暗くなっていく。
しかし、状況はさっきとは違う。
人質に取られた筈の彼等は、もう秘匿結界に感知されないのだから。
「……風間、校庭を見てみろ。面白い事になるぜ」
「あっ! 下にはクラスメイト達がまだいるぞ!」
風間は急いで鉄柵の方へ駆け寄る。
するとクラスメイト達の姿が、段々と消えていく。
結界の展開に比例して、頭上の方からホログラムみたいに消えていく。
「うお……! これ、アイツらはちゃんと無事なんだよな?」
「結界から弾き出される瞬間は、ああいう風に見えるんだ。今頃、パニックになっちまってるかもしれないけど、それすらもすぐに忘れちまう。これで一件落着だな」
「そうか、ははは……やったな……!」
風間は笑いながら腰をつく。
「いや〜、にしてもよ! お前のあの裏切ったフリが無ければ、ヤバかったよなぁ。お陰で親玉も倒せたんだろ? 寸前の所で伊吹も助かったし、今日のMVPだな!」
「珍しくテンション高いな……」
「当たり前だ! もうこれで、襲われる心配もねぇ。ようやくスローな学園生活が始まんだよ……って、まずは宇都見の怪我をどうにかしなくちゃな。それから俺の傷も……ああそれと、リオとか他の連中の始末はどうするか……」
悩む風間の横で、『そんな事か』と言わんばかりに宇都見は笑う。
「……大丈夫さ。後の処理は、あの人達がやってくれる……」
「ん? あの人達……?」
「あ〜……もう言ってもいいかな。実はな、俺…………」
「魔術連盟なんだろう? で、この後の始末に彼等がやってくる訳だ」
覆い被せる様に言葉を遮った人物は、既にそこにいた。
風間達の動向を見守る様に既に後ろに立っていた。
全く気配を悟らせない様に、自然に。
「……風間! 逃げ……」
立とうとした宇都見の右手から血肉が弾け飛ぶ。
「ぐ、あぁぁぁぁぁ!!!!」
「お、意外と威力高いなこれ」
その男は、さっきリオが投げ捨てた拳銃で、宇都見の右手を撃った。
利き手を封じる為に、もう銃なんて持てない様に、その手のひらを貫いた。
「……さっきはしてやられたよ。殺意を隠して、高火力で確実に敵を葬り去る。暗殺者としては超一流だよ。ただ、暗殺者ってのは人を殺すものだ。君のお相手は、果たして真っ当な人だったのかな?」
その男は、真っ白なワイシャツが全て赤く滲んでいた。
明らかに致死量以上の血を浴びている。
誰の血かは分からないが、相当激しい戦闘をしたのだろう。
にも関わらず、貼り付けた様な笑顔を保っている。
見下す様な、嘲る様な、それでいて本当に楽しんでいる様な。
異質さ、奇妙さ、全てがずば抜けていた。
そして、それが誰なのかはすぐに理解出来た。
宇都見が殺したと言っていた黒幕は生きていた。
ホワイトと自らを騙る、今日の全ての首謀者は、五体満足、健在で立っていた。
「宇都見!!! てめぇ、よくも宇都見を……!!」
風間が殴りかかろうとしたその時、ホワイトは手を伸ばして静止する。
「どうどうどう! さっきから魔術師っぽくないよなぁ。喧嘩みたいに素手で殴っちゃってサ。もうちょいなんか……それっぽい攻撃方法無いのかなぁ?」
「てめぇ何言ってやがる? イカれてるのか?」
「……や、でもしょうがないか。君は結局なーんも能力が覚醒しないただの雑兵。三流魔術師だ。リオに勝てたのはまぐれと、そこでくたばりそうな宇都見の手柄だね」
「馬鹿にしやがって……!! 何が魔術師だ! 俺は俺のやり方で、てめぇをぶっ飛ばすまでだ!!」
「……よくないね。すぐ暴力に訴えかけるのは。なんて、いきなり撃った俺が言う事じゃないか。アッハッハ……」
そこで宇都見は改めて前に立つ。
「落ち着け風間……相手のペースになってんじゃねぇよ……!」
「う、宇都見……お前……」
ボタボタと血を流しながら、左手で銃を構える。
「そう、それだよ宇都見。その執念と言うか……胆力に惹かれるんだよ。君は何故か知らないが、俺を殺す事に命を賭けてる節があるね。何を君がそうさせる……?」
「風間、よく聞け……! 俺は確かに野郎をぶっ殺した。人の原型留めねぇくらいに、グチャグチャに殺った! だってのに、この野郎は平気でここにいる……異常な奴だ……! こいつの能力は恐らく再生能力だ!」
「は!? つまり、じゃああの返り血は全部……」
「ああ、奴のだぜ……! 一体どうなってるんだ……」
確かにホワイトは銃弾をしこたま撃ち込まれた。
なのに、ここに立っている。
中身が入れ替わったとか、別人だとか、幻覚だとか、そういった類では無く、悠々とここに立っている。
薄ら寒い笑みを浮かべて。
「おいおい宇都見……無視するなよな。一応、褒めているんだよ?」
「なんでお前は生きてんだ、ホワイト……! ゾンビみてぇな耐久力だろうと、心臓撃ち抜きゃ死ぬだろうが!」
宇都見は完全にホワイトからの質問をシャットアウトして、更に質問で返す。
「……見当違いな考察だな。これは体質だよ。それに、君はうっすら気づいているんじゃないか? 俺が何者なのかを……」
その赤い宝石の様な瞳を見て、宇都見は僅かに動揺する。
「お前……! そうかよ、そういう事かよ……でも、ありえない……!」
「ははは! いつしかドクターも同じ反応をしていたなぁ……いや、それとも御影ヒトミと言った方がいいかな?」
「もう情報は筒抜けかよ……! でも、始末しちまえば関係ねぇのさ!」
宇都見は二発、狙いの定まらない左手でトリガーを引く。
しかしそれは些細な問題。
『魔弾』は、この程度の軌道修正はお手の物。
確実にトドメを刺す様に、銃弾は脳天と心臓に飛んでいく。
が、しかし……
「……君に感謝を。その銃弾が、俺を強くしてくれたんだ。その『経験』がね……」
「は……?」
あろう事か、銃弾はその肉体に容易に弾かれる。
まるでゴム板に弾かれた様に、ポトリとその場に落ちる。
額にはせいぜい痣程度の痕しかつかず、心臓への弾も、服に穴が空く程度の傷しかつけられなかった。
「なん、で……!? 俺は……俺は確かに! あの時と同じ……いや、それ以上に魔力を練って撃ち込んだ!! 何かの間違いだ…………!」
怯んだ隙を、ホワイトは逃さない。
長い足から繰り出される、首元へのハイキック。
ボキッと、骨の折れる音が、風間の耳元まで届く。
「もう君に用は無い。もう『銃撃』は学習した」
鉄柵に打ちつけられた宇都見は、力を振り絞って未だに銃を構えようとする。
しかし、起き上がる事が出来ず、その場で完全停止する。
「こんな、筈じゃ……」
「残念だったね、宇都見集。君とはここでお別れだ」
その間、風間は何も出来ずに見ていただけだった。
消耗していた事もあるが、それ以上に言いようの無い恐怖があった。
この男はどうやら傷を治す力がある事は文脈から読み取れる。
そして、たった今銃弾を弾いた。
銃弾に『耐性』を持っている事も伺える。
その分魔力も消費していた。
恐らくそれが、能力と関係しているのだろう。
風間はそれを理解していたし、二度と回復出来ない様に更に消耗させれば勝てるかもしれない。
そうとも思っていた。
なのに、体は動かなかった。
宇都見を援護する様に側面から攻撃すれば、どうにかなったかもしれない。
あるいは、宇都見が攻撃を受ける瞬間も、反撃の隙があったかもしれない。
宇都見を助ける事が出来たかもしれない。
しかしやはり、それが出来なかった。
それが無駄な行為だと、本能的に理解してしまったから。
「……これからここにアンジェが来る。そうすれば、伊吹涼香は死ぬだろう。なら俺がするべき事は、その後に反抗するであろう君を殺す事だ」
「て、てめぇ……!」
「それが終われば、今回の作戦は大成功だ。俺のタスクは、ここで終わらせる……だから戦おう、風間」
リオと戦った時の様な『奇跡』はもう訪れない。
助け船になる筈の宇都見は既に戦闘不能。
分の悪い戦いだと分かっていても、風間は引く訳にはいかなかった。
屋上での戦いは延長戦に突入。
終わらぬ死合が幕を開く。
ここで勝たなければ、全員死ぬ。




