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罪深き魔術師共  作者: ルカ
45/60

45話 夢

 過去に起きた出来事が、そのまま夢に出てくる。

 夕食時の、切ない記憶だ。

 食卓には煌びやかな食器。

 その上に並ぶ豪勢な食事。

 食欲をそそる油の匂い。

 目線の先には好物の唐揚げ。



 でも、それは全て優れた兄へのご褒美だった。



 優秀な兄がいた。

 二つ上の兄がいた。


 成績はいつもトップで、運動も出来て、人当たりも良く、裏表の無い誠実な人間だった。

 コミニュケーション能力も高くて、ユーモアがあった。

 絵に描いた様な優秀さで、勝負事で誰にも負けた事は無い。

 生まれついての勝利者。

 それでいて、自らの力を奢ったりもしない。

 だから誰の恨みも買わなかった。

 みんなが兄の事が大好きだった。



 ただ、俺を除いて。



 物心ついた時から、両親からは明確に区別されていた。

 兄はなんでも頼めば買ってもらえる。

 好きな料理が好きな時に出てくる。

 風邪を引いた日には、両親は仕事場から飛んできて、熱心に看病した。

 そのどれもが俺には体験出来なくて、羨ましくて、悔しくて、悲しかった。


 俺は兄とは対照的で、人付き合いが下手くそだった。

 成績も兄を越えれず、運動方面でも越えれず、友達だって出来なかった。

 そんなどうやったって越えれない兄がいたから、俺はすっかり捻くれていた。


 ただ、やはり兄は天才で人格者だった。

 両親にほぼいない者として扱われている俺にも優しかった。

 自分だけに振舞われる美味なおかずを、偽りの無い笑顔で俺に渡すんだ。

 それを見て、また両親は感動する。


『この子はなんて優しい子なんだ』


『本当によく出来た子ね』


 この状況を作り出してる癖にその所業、頭がどうにかなりそうだった。

 腹の中ではずっと、消えて欲しかった。

 両親の愛を、俺だって受けたかった。


 でもそれは叶わない運命。

 次第にドス黒い事を時々考える様になった。

 もし兄が死んだら俺はどうなるんだろう、と。

 考えてはいけない事だ。

 人として恥ずべき事だ。

 それでも、心の奥底にはその邪悪な妄想がいつも潜んでいた。





 そして、その妄想はあっさりと現実になる。





 齢十二にして、兄は死んだ。


 中学受験を控えていた年の夏、都心から少し離れた父方の実家に家族で来ていた。

 そんな最中、山道で車に轢かれて簡単に死んだ。

 蒸せ返る様なコンクリートの上で、潰れて死んだ。


 葬式を行った日も、とても暑かったのを覚えている。

 流れた汗を、母がハンカチで拭いてくれたのを覚えている。

 俺はその日に泣いた。

 兄が死んだ事では無い。

 優しくしてもらった事に、俺は泣いたんだ。


 最低の人間だ。

 人が死んだのを泣いたんじゃなくて、自分の境遇だけを憂いて泣いた。

 自分勝手で最悪な考えだ。

 兄はもっと苦しかった。

 死ぬ間際、どれ程痛かったのかは計り知れない。


 そんな事も知らずに、俺は呪縛から解放された様に明るくなった。

 両親が面倒を見ていたアイツはもういない。

 これからは俺が、俺だけが、この人達の息子なんだ。


 兄が死んで、初めて俺は『家族』を知るんだ。




 三日後、俺は荷物を纏めて家を去る事が決定した。

 決めたのは俺じゃない。

 両親だ。




 理由を聞いた時、母は何も言わなかった。

 父は、『すまない』と一言。

 俺の顔は見ない様に言った。


 俺の態度が悪かったのか?

 兄が死んだ途端によく喋る様になったから?

 俺が兄より出来が悪いから?

 理由は高校生になった今でも分からない。


 俺はそのまま祖父の家に預けられた。

 しかしまぁ、こんな事があった後じゃ俺もやさぐれる。

 口もどんどん悪くなって、平気で嘘も吐く様になった。

 授業も真面目に受けなくなった。

 挙句の果てには、喧嘩もする様になっていった。


 でも両親から貰ったトラウマは健在なもんで、誰かに必要とされたいって気持ちは常にあった。

 誰しもが持っている趣味や嗜好の様に、俺は誰かに認めてもらう事に拘った。

 勉強も変わらず努力したし、気まぐれに人助けしたりもしたけど、素行の悪い俺は、『どうせ、何か企んでいる』なんて思われて終わりだった。

 住む場所が変わっても、結局疎まれて終わりだった。

 そりゃあ、この時の俺はもう立派に不良少年になっていた。

 自業自得だ。



 それでも、やっぱり俺は夢を見るんだ。

 あの時、あの唐揚げを食べるのは俺で、兄もいて、両親からも平等に愛を受ける。

 そんな、普通な家庭。

 たったそれだけで良かったんだ。



 その夢が正夢だったなら、こうはならなかったんだ。



※ ※ ※ ※ ※



 人生ってのは抗えない理不尽の積み重ねがあって、それをどう乗り越えるかが今後を左右する。

 人によってはその比重が大きく偏る。

 幸か、不幸か。

 個人的に見れば不幸の連続だ。

 かと言って、『しょうがない』なんて、ありきたりな言葉で納得出来るほど聞き分けもよくない。


 昔っからクソみたいな目に遭ってきて、他人には良くしてきたのにこの始末。

 だったら答えは出ている。

 他人に期待出来ないんなら、自分でなんとかするしかない。


 こんな所で、脳天ぶっこ抜かれて、はいサヨナラって、ふざけんなって話だ。

 俺はまだ誰にも認めてもらえてない。

 褒めてもらってない。

 何も出来てない。

 そんなんで終われるか?


 

 

 無理だろ。




「……夢の続きは、まだ見れてないからな」



 まるで眠りから覚めた様に、普通に体を起こした。



「…………え? 今、僕、殺した筈だろ?」



 リオは信じられないものを見る目でこちらを見ている。

 逆の立場だったら俺もそうなってるだろう。


 何故、自分が生きているのか理解出来ない。

 俺は防御出来なかった。

 確実に致命傷になる筈だった。

 なのに、俺はここに立っている。

 一瞬気絶していたのは確かだが、俺は生きている。


 まぁ、今はどうでもいい。


 あの夢の続きはある筈だ。

 恨みも憎しみも苦痛も無い、ハッピーエンドになる筈なんだ。


「みんなに好かれて、みんなに求められて、風間がいないと悲しいって、みんなが言う……そんな夢を俺は見るんだ」


「…………は? 何、言ってるんだ、お前」


「頑張ってクラスメイトも助けたし……ちょっとは誰かに認めてもらえるかな。そうすりゃちょっとは救われるってもんだ……」


「そんな未来は来ねーよ! バァカ!!」


「どうして否定すんだ……? 無理だと思うか? それはてめぇが為し得なかったからだろ……?」


「黙れ黙れ黙れ! そもそもお前は僕に負けてんだよ!! 雑魚の癖に調子に乗りやがって!!」


 確かにリオの方が強い。

 それは分かってる。

 だが、一発殴った時に分かったのは、こいつも消耗してるって事だ。

 俺が攻撃した所以外も、結構血や傷痕がある。

 宇都見と戦って負傷したからだ。

 アイツが命を張ってダメージを与えてくれたんだ。


 俺だって頑張らないと。

 あの世行ってる暇なんて無いんだ。


「もう一回だ! もう一回の攻撃でお前は死ぬ! (こんなもの)は、もういらない! トドメの一撃は自分の手で……!!」


 拳銃を投げ捨て、再び煙が上がる。


「そりゃあ、同じ手は通用しないからな。銃の選択肢は無いだろ。でも、もう負けねぇ。てめぇこそ次で終わるんだ」


 これは最後のチャンス。

 たった一度だけ許された、リベンジの舞台。

 ただ、策はある。

 たった今思いついた最後の策が。


「来い、リオ……!」


 今度は目を閉じない。

 何故なら、見えるものがあるからだ。

 アイツは魔術師、ならばアイツの魔力を見る。


 宇都見に教えてもらった魔力感知、『フォーカス』。

 魔力以外はボヤけちまうが、動く魔力が見えれば、その位置に奴がいる。


 ゆらゆらと動いている。

 攻撃するまで抑えてやがるのか、小さい魔力の塊みたいのが見える。

 こっちの様子を伺っているみたいだ。


 こっちも準備を整える。

 魔力は、まだ打ち込んでやれる程には残ってる。

 どうせ次に食らったら終わりだ。

 下手な防御は考えない。

 男なら一点突破。



 この一発で勝負を決める。



 正面、魔力の塊がこっちに向かってくる。

 狙うのは顔面だ。

 バッターボックスでストレート打ち返す時みたいに、この拳を振る。


「一手先を読んだのはこの俺だ……!!」


 しかし、異変に気づいたのはすぐだった。

 何か違和感がある。

 耳を澄ませなかったから今分かったが、正面からは足音がしない。

 それに、その魔力の塊は弧を描く様に向かってくる。

 まるで本当に野球ボールが飛んできたみたいに。

 って事は、俺が感知した魔力は、リオでは無い別の何か。

 別の何かが俺目がけてやってくる。


「あははは! 今更気づいた!? もう遅い!! 僕は、()()()だっ!!」


 後ろにリオの気配を感じる。

 正面から投げられていた物はブラフ。

 魔力を帯びた物体……つまり、結界装置を投げたんだ。




 だが、そんな事は既に知っている。




 元々、この拳は前を振りかぶるってフェイクだ。

 最初から、後ろから来た野郎をぶん殴る算段だった。



「リオ、俺は()()()だ。最初に言ったぜ。てめぇの考えなんざ読めてるってな」


「……は!?」


 前に踏み込んだ右足を軸に、体を半回転。

 今度は左足で踏み込み、そのまま顔面の位置を殴り抜く。



「ぼげぇ……!!」



 狙いは上々、頬に良いのが入ったらしい。

 地べたに尻餅つきながら、煙が上がる。


 無様に赤く腫れた頬を必死に抑えて、相も変わらず涙目になっている。


「まさか、透明人間と戦う日が来るなんてな。羨ましい能力だぜ。男だったらみーんな欲しがる力だよなぁ〜」


 最後の拳に魔力を込める。

 これで全部終いだ。


「うぅぅぅ……!!! 悪かった!! ぼ、僕が悪かったから!! だ、だから近づくなぁ!!」


 威勢はどこかへと消え去り、弱々しい小動物の顔つきだった。

 一時期は悪魔にさえ見えた小僧だったが、見る影も無い。

 完全に、『狩られる側』の目つきだ。

 しかし、その罪が消えるワケじゃない。

 命は奪わないにせよ、許せるワケが無い。


「てめぇはとっくに犯罪者と同じなんだよ。ただ、こんなん警察でも対処しようがねぇだろうからなぁ、俺が裁いてやるよ。気は進まねーけど、私刑って奴だ」


「クソが……!! なんでこうなった……クソ……! だ、だったら……!」


 リオは最後に能力を繰り出す。


「今更だろ! てめぇのやる事なんざたかが知れてんだ!!」


 煙が上がる。

 しかし関係は無い。

 透明化はもう見破った。

 ただの悪あがきに違いない。


「……!」



 その場に現れたその姿、それは……



 生きて帰ると誓い合った、伊吹涼香の姿だった。



「大切なガールフレンドの顔をよぉ!! 殴れるかぁ!? カザマよぉぉぉぉぉ!!!!」


 リオは伊吹の姿に扮し、最後の反撃を仕掛けてきた。

 しかし、見た目は完全に伊吹本人。

 だが、この攻撃を止めなければ、やられるのは俺の方。


「終わりだ……カザマ!!!」







 俺はノータイムでその伊吹の顔をぶん殴った。








「ぐぇぇぇぇぇ!?!?!? なんでぇぇぇぇ……!?」



()()、そんな仲じゃねーよ」


「なんだよ……その謎理論……! ぐふっ…………」


 煙を撒きながらリオは倒れる。

 仰向けで気絶したその様は、どっからどう見ても、ただのマセたクソガキだ。

 こんな奴が恐ろしい魔術師だったなんて、これを見たら到底思えない。



「とは言え……すまん伊吹、お前の顔を殴っちまった……」



 薄暗い空に、そっと謝罪を述べた。

 聞こえてるかは分からないけど……いや、聞こえてるよな?

 伊吹、お前だって無事な筈だよな?


 心配も不安もまだまだある。

 この戦いの後処理を考えると少し億劫になるが、勝利の美酒に酔ったっていいだろ。

 俺はリオに勝ったんだ。


 こんな薄暗い空が、晴れやかに見える。


「そうさ……俺は凄い奴なんだ……」


 誰に言うでもなく、自然と口に出ていた。

 自分にそう言い聞かせたかっただけなのか。

 それとも、伊吹に伝えたかったのか。


 どちらにせよ、これは紛れもない本心だ。

 全てが兄に負けていたけど、魔術(これ)だけは、俺にしか出来ない事だから。


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