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罪深き魔術師共  作者: ルカ
43/60

43話 アクセル・ワン

「……ちょっと待ってくれ」


 ヒトミはドアノブに手を伸ばす伊吹を呼び止めた。


「だ、大丈夫だって。別に無理しないし……」


 バツが悪そうに、伊吹は渡されたナイフを背中に隠す。


「ああいや、そうじゃない。ほら、『死ぬな』って言ったろ? だからね、出し惜しみはしちゃいけないよ。もしもの時は全力でやるんだ」


「え? そりゃあ、一応いつも全力のつもりだけど……」


「……すまない。説明が少なかったね。前提として、君は魔術師になれる素質があるから、こんな厄介な目に遭っている。こんな事を勧めるのは気が引けるが……もし、本当にどうしようも無くなったら、遺物を強く握りしめるといい」


「アタシの、ブローチの事……?」


「ああ……おっと、物理的な話じゃないよ。気持ち的な意味合いだ。感情の強さが、時に覚醒を促す」


「それって、もしかして……」


「ああ……君も我々と同じ、魔術師になる。と言う事だ」


 そう言い切った後、ヒトミは申し訳なさそうに床を見つめる。

 その言葉がどういう意味なのかは理解していた。

 この道を歩めば、超常的な力を手に入れる。

 しかし、それと同時に人ならざる存在へと変わってしまう。


 見方によっては、悪魔の誘いだ。


「……君が魔力に干渉したり、認識する事によって、魔術の才は芽を見せる。君が今まで目覚めなかったのはきっとそのせいだ」


「確かに……アタシはここ最近になって、初めて魔術師を知った。ただの形見だと思っていた()()がとっても希少な物だって事も……」


 伊吹はポケット越しにブローチを手で覆う。


「あくまで最終手段だ。ボクは君を魔術師にしたくない。この力は人智を超えた力だ。後にどんな目に遭うか分かったもんじゃない」


 ヒトミは脅し文句を言う様に、語気を強める。


「分かってるってば。もしもの時って話でしょ。もし、もしそんな時が来たら……」


「ああ…………障害を取り除くのに、一切の妥協をしてはいけないよ。()()()が来たら、目の前の敵を叩き潰すんだ。完膚なきまでに……!」


 琥珀色の目が微かに光る。



※ ※ ※ ※ ※



 『加速』……それは、伊吹の遺物に込められていた固有魔術。

 その能力は至って単純。

 ありとあらゆる事象に『加速』を促す。

 周りからすれば、早くなっている様に見えるのだろう。

 ただ、伊吹にとっては逆。

 周りがスローに見える状態。

 それが、この加速能力の実態である。


 先程黒木を助ける事が出来たのは、この加速によるもの。

 残り一秒以内と言ったタイムリミットをものともせず、その場にいる二人諸共救助に成功した。

 無論、それを鹿島は目視していたものの、その速さには着いて来れなかった。

 過ぎ去った後の、伊吹の背中を眺める事しか出来なかったのだ。


「まさか……まさか、まさか! この土壇場で魔術師になるとは……!」


「遺物の力が手に入んなくて、残念だったね」


「いや……いや、いい。お前が死ねば、遺物へと力は還る。工程に一つ手順が追加された。たったそれだけの違いだ……だが、急がねばな。アンジェ・ルーガーがここに来るまでに終わらせなければ……!」


「うーん、三分くらい?」


「……何がだ。奴の到着時間を知っているとでも言うのか」


「……アンタがアタシに負けるまでの時間」


「力に目覚めたからと言って調子に乗るなよっ!!」


 この時の伊吹はハイになっていた。

 敵は魔術師、あくまで対等に戦えると言うだけ。

 しかし、今まで魔術を使えなかった歯痒さが、逆にフラストレーションを爆発させ、自信と勢いを与えていた。

 それに加え、伊吹は本能的に自分の能力を理解していた。

 この能力ならば、この男に勝てる。

 そう確信していた。


「りょ、りょーちゃん……! 一体何がどうなったの!? 私、生きてる……な、なんで?」


 しかし、横にいる黒木は依然混乱したままだった。


「もう大丈夫……アサヒを連れて、少し後ろに下がってて。すぐに終わらせるからさ」


「どどどどうなって……」


「いいから下がって。落ち着いて、安心して。全部終わったら、全部話すからさ。今はアタシを信じてよ。ちょっと本気だすわ」


「わ、分かった……!」


 そう言うと伊吹は、自らの頬を軽く叩く。

 先程までの不安定な情緒は消え去っていたのだった。

 ただ静かなる怒りを晴らす為、頭の中は常にフラット。


 プラス、思考は高速化し、冴え渡る。


「魔術師になったばかりの素人風情が! 力量も理解出来ない自分の無能さを呪うんだな!」


「確かに、どのくらいの能力なのかはまだ分からない。だからまずは力試しから……」


 伊吹は両手と両足を地に着ける。

 膝を曲げ、左足は腹の下辺り、右足はそれより遠く。

 その体勢はクラウチング。

 短距離走等で用いられる、スタートダッシュの姿勢。


「ふざけた真似を……! 貴様なんぞこの鉄の拳だけで充分だ!」


 鹿島がその憤りを言葉にした直後、伊吹は曲げていた膝を上げる。



 次の瞬間、鹿島の視界から伊吹が消える。



「……き、消えた!?」



 その次に来るのは、強烈な衝撃。



 前方の視界から消え、気がつけば自分の脇腹辺り。

 まるで弾丸の様な超加速、そしてその速さから繰り出される強力な両足での蹴り。


 言うなれば、カンガルーキックである。



「ぐぅ、うおおおおお!!!」



 それは特急列車に轢かれた様なインパクト。

 実際にぶつかって来たのはか弱い少女の両足だが、もうただのキックでは無い。

 魔力を纏わせた、高火力の一撃。

 そして、それに加速が加わる。


 結果、鹿島は数メートル後方の壁際まで吹っ飛ぶ。


「なんなんだ……!? あの女の能力は!? 速い、とにかく速い……! この鋼鉄の鎧が無ければ、やられていた……!!」


 壁に当たった衝撃で、辺りに煙が舞う。

 それ程の威力だったにも関わらず、依然として鹿島は無傷で立っていた。

 鋼鉄の鎧に、いかなる死角も存在しない。


(……どう奴に攻撃する? 俺の能力ではあの動きに対応出来ん! しかし、それは奴も同じ! 俺の鎧を穿つ事は不可能の筈だ!)


「消耗させれば反撃の機会はやってくる……! 俺の鎧はどんな衝撃も防ぐのだ!」


「……じゃあこれならどう?」


 『そんな事は知った事か』と、伊吹の攻撃は止まらない。

 鹿島の目の前に再び現れたその時、伊吹の手には、先程投げた大斧。


「それは俺の武器! い、いつの間に……!?」


「これはアサヒの分だ!」


 振りかぶる伊吹の攻撃に、鹿島は咄嗟に腕でガードしようとする。

 が、その本来振りの遅いであろう大斧の動きは、捉える事すら嘲る様に、加速していく。

 


(まずい! 今この装甲を破れる物が存在するとしたら、同じ材質、同じ硬さ、この斧だけだ……!!)



 判断出来たのは、己がピンチだけだった。



「うお……!」


 叫ぶより先に、大斧と鎧が砕け壊れる。

 ガードが間に合う筈も無く、鎧の頭部は無惨に崩れる。

 露出した顔には、鋼鉄の破片が突き刺さり、顔半分を覆う様に出血していた。


 鎧の弱点は、まさに自分自身の力であった。


「がぁぁぁぁぁ!!! こんな……事がぁぁ!!!」


「アンタのそのウザい顔、アタシがステキにしたげる。覚悟しな、ゴリラ野郎!!」


 のけ反る鹿島、それに対し伊吹は大きく宙を舞う。

 露出した顔面に、魔力によって強化された膝蹴りを食らわせる為。


(まずい! この一撃を食らったら終わる! だがしかし! だがしかし!)


「終わるかぁぁぁぁ!!!」




 鹿島は空中にいる伊吹の首をしっかりと掴んだ。




「捉えたぞ!!」


「が、あ、あ……!!」


「くく……なるほどな……! 貴様のその加速能力、発動した直後にタイムラグがあるな! それもそうだ。常に加速した状態で動くなど肉体負荷により不可能! こうして掴んでしまえば、恐るるに足らん!!」


「ク……ソ野郎……!!」


 『加速』は、自らの体や、物体に対して発動出来る。

 しかし、対象が大きければ大きい程に持続出来る時間は限られる。

 伊吹自身への加速は、発動してから最大でも三秒きっかりしか保てない。

 そして、再び加速を使うには十秒以上の時間を要する。

 このクールタイムは、見抜かれてしまえば大きな隙となる。


「俺の露出した顔面を潰す気だったんだろう。しかぁし! それはお前の方だったな! このままお前の頭蓋を叩き割ってくれる!」


 デジャヴを感じるこの状況。

 ポケットには先程と同じくナイフがある。

 しかし、装甲が破れたのは頭部のみ。

 前とは違い、腕に攻撃は通らない。


 その上、魔術師となっても尚、単純な力比べでは鹿島に分がある。

 それは経験と、男女の抗えない個体差。

 故に今の伊吹には、鹿島に対する攻撃手段が無い。

 加速を用いてパンチや蹴りを繰り出しても、鹿島はもうこの手を絶対に離さないだろう。


「先程の発言、撤回するなら今の内だぞ! 小娘ぇ!!」


 伊吹が出来たのは、ただ苦しみから逃れる様、鹿島の腕を強く掴むだけだった。

 そんな事では止まる筈も無く、空いている左手が繰り出すのは鋼鉄の拳。


 回避不能、絶体絶命、そんな言葉が伊吹の頭によぎる。





 と、鹿島は考えていたが、正確にはその全く逆。





 何故なら、その拳はいつまで経っても振り上げたまま。

 体は重く、沈む様に。

 トドメのパンチが繰り出せない。

 呼吸も段々と困難になっていく。



「なん、だ……!?」



 伊吹は避けようとした訳でも無く、腕を掴んでいる以外は特に動きは無かった。

 が、だからと言って何もしなかった訳でも無い。


 そう、つまりは能力の発動。


「これは……!」


 鹿島の目に自然に映ったのは不自然な大量の自分の血。

 床に血溜まりが出来る程だった。

 そして、それを確認した頃にはもう遅い。

 鹿島は、グラつく視界を正すのに精一杯で、右手の拘束が緩んでしまう。


 その瞬間を、伊吹は待っていたかの様に腕ごと跳ね除ける。


「し、しまった! 腕の力が……!!」


 拘束を解いてしまったら最後、勝負は決した様なものだった。

 フラつく視界に映った伊吹は既に臨戦体勢。

 低めの前傾姿勢、右手を後ろに引き、左足を大きく踏み込む。


 伊吹にも、魔術師との戦いの経験はある。

 自らの体験だけで無く、横で見ていたからこそ学習出来た動き。



 それは、地面すれすれから繰り出される。



「アッパー!!!!」



 魔力を帯びたその拳は天を穿ち、鹿島の顎を粉砕したのだった。


 背にしていた壁に打ちつけられ、その衝撃と共に床に崩れ落ちる。

 理想的な角度で入ったアッパーカットは、立ち上がる事すら出来ない程に脳にダメージを与えた。


「ぐぉぉ……!! 後は拳を振り下ろすだけだったのに……何故貧血を起こしたのだ!? 確かに出血はしていた……だが、あんな量が一瞬で体から流れ出るなど……あ、ありえん!」


「いいや、あり得る。だって、アタシが加速させたから」


「貴様ぁ……!! まさかあの時、腕を掴んでいたのは……!!」


「そ。アタシは能力を使った。アンタに対してね。アンタの流れる落ちる血を、加速させた」


 伊吹の『加速』は、無機物や、他人にも与える事が可能。

 尚且つ、起こっている事象一つ一つ、別々に、加速を促す事も出来る。


 伊吹は鹿島の出血する速度を加速させた。

 そのせいか、急激な失血による症状の発現。

 まだ耐えられる程の出血量だったが、『加速』はそんな時間を与えない。


 それが不自然な血溜まりの正体。

 鹿島を貧血にたらしめた道理。

 拳が出せなかった真実。



 伊吹の土壇場の策だった。



「……で、アンタさ、前言撤回しろとかほざいてたよね。いいよ、してあげる」



「何を、言っている……!?」



「つまりさぁ、『三分』じゃなくて、『一分』で充分だったって話!!!」



 伊吹は助走をつけた二度目の大ジャンプ。

 そして、槍の様に鋭い魔力が身を包む。

 意識は朦朧、背には壁、完全に身動きの取れなくなった鹿島に対して行われるのは……






 超高速の跳び膝蹴り。






 当たった瞬間、膝と壁にサンドされ、鼻の骨がバキバキにへし折れる。



 ついでにプライドも。



「こんな……小娘に………………」



 その断末魔、最後まで傲慢さに満ちたものだった。

 ただ、最終的に見下されるのは自分の方。

 当然、見下ろすのはただ一人。



 伊吹涼香、ただ一人。



「これが魔術……思ったよりも疲れるな。でも今は、ちょっとだけ気分がいいや」


 その勝負、僅か一分程度の高速の死合。

 常人が眺めるにはあまりに早く、突拍子が無く、馬鹿げている。


 後ろで見ていた少女も、状況についていけず、未だにポカンと口を空けていた。


 ただ、一つ分かる。

 先程まで強大に見えた大男は、壁に背を向けながらへたり込んでいる。

 何故か、とても小さく見えた。


 そのもう一方で、清々しい顔をしている彼女はその対極にいた。

 後光が差す様で、逆に大きく見えた。


 しかし、顔を見合うと嬉しそうにピースサインを掲げてきた。

 その表情は無邪気そのもの。

 緊迫した雰囲気など、どこかへ吹き飛んだ。


「お疲れ様、りょーちゃん……」


 本校舎三階廊下の戦いは、伊吹の勝利で幕を下ろす。


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