表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪深き魔術師共  作者: ルカ
42/60

42話 次なる一歩

 それは正直言うと最悪の展開だった。

 確かにこの瞬間は救われた。

 でも、この後に待っているのは、圧倒的な蹂躙。

 人間じゃ怪物(魔術師)に勝てない。

 何をしようと殺されるし、逃げられない。


「ほう……貴様、さっき腰を抜かしていた女じゃないか。懺悔はもう済んだのか?」


「……って、なにこいつ! なんかゴツいんですけど! 新手の剣道部かなんか!?」


「これは鎧だ……! その不快な口ごと、叩っ斬ってくれる!」


 鹿島は再び大斧を振り上げる。


「やめろぉ……!!」


 このままだとアサヒが本当に殺される。

 でも、アタシに何が……!


「ヨルカ! 今っ!!!」


「これでも食らえ〜っ!!」


 合図と共に現れたのはヨルカ。

 手には消化器。

 そして、白い煙が鹿島に向かって撒かれる。


「ちょこざいな!! くっ……!!」


 大きな体躯で何も無い空間を右へ左へと切り続ける。

 あの鎧で視界が悪いのか、煙で見えていないのか、分からないけど、撹乱出来ているのは確実だった。


 ひとしきり煙を浴びせ、ヨルカは消火器本体を鹿島に投げつける。

 それと同時に、アサヒも手に持っていたモップを投げ捨てる。


「おっしゃ! 逃げるぞ涼香!」


 想像していた展開とあまりに違って少し困惑してしまう。

 意外にも用意周到と言うか、計算して動いていると言うか……とにかく今なら逃げられそう。

 幸い、本当に幸いな事に、三人とも無事だ。


 伸ばされた手から伝うのは震え。

 やっぱり、アサヒは怖かったんだ。

 なのに、アタシを助ける為にその震えを押し殺して来たんだ。


 情けない。

 時間稼ぎをすると言っておきながらこれ。

 穴があったら入りたい。

 結局、二人に助けられてるじゃん。


「ごめん、アタシ結局全然ダメだった……」


「んな事言うなし……! ウチら親友、運命共同体! 的な?」


 アサヒは走りながら爽やかに笑う。


「そうだよ! さっきだって助けてくれたもん! 今度は私達の番!」


 こんな状況なのにその言葉が嬉しくて、強張った表情筋が少し緩んだ。


「……アサヒ、ヨルカ、ありがとう」


 二人のお陰で気持ちも落ち着いた。

 足もさっきより動く。

 呼吸も落ち着いた。


 後はなんとか逃げ切ってやる。


 風間が結界をなんとかしてくれるか、騒ぎを聞きつけてこっちまで来てくれるか。

 どの道、これだけ時間稼げば充分でしょ。

 アタシにはこれが限界なんだ。

 でもこの前と同じでいい。

 生きてさえいれば、きっとうまくいく。


 三人揃って背を向けて逃げた。

 振り返らない。

 その恐怖からも、現実からも、逃避する。

 それでいい。

 それでいい。

 今はただ、逃げるのが重要。


 この逃げた先にあるのが希望なんだ。


「ははは……見たか涼香! ウチのモップ捌き!」


「私の消火器捌きも中々だったんじゃない〜?」


「ふふ、そうだね……」




 嗚呼、神様。

 どうか、うまく生き延びられます様に。




「逃すか、小娘共……」




 後ろから、そんな言葉が聞こえた気がした。

 いや、気のせいでは無かった。

 後ろをチラリと向いてみると、その鎧は確実にこちらを見ていた。


「二人とも!!! も、もっとダッシュ……!!」


 とても、とても嫌な予感がした。

 距離は離れていた。

 それでも確かな悪寒が身を包む。


 再び目をやると、右手を大きく上に挙げている。




 そして、振り下ろした。




 視界の奥から確実に近づいてくるのは、あの鉄の大斧。

 グルグルと回って、近づけば近づく程に早くなる。

 そして、()()()()()がもうすぐ的中する。





 飛んだ凶器が標的にしたのは、アサヒだった。





「あ……」



 その鉄の塊は、アサヒの肩へ。

 切り裂かれた服から、滲み出る様に血が溢れ出す。



 前方奥の廊下へと突き刺さった斧には、鮮血が滴っていた。



「アサヒ!?」



「……あーちゃん!! いやぁぁぁぁあ!!」


 最悪だ。

 やはり最初の予感は、皮肉にも正しかった様だ。


 その場で倒れるアサヒに、ヨルカは泣きながら声をかける。

 必死に何度も、何度も呼んでは、言葉が返ってこない事に絶望し、また泣く。


 アサヒはまだギリギリ意識があった。

 目は微かに開き、手足の先だけピクピクと動いていた。

 でも、あんなに血を流して無事でいられるワケが無い。

 致死量がどのくらいかなんて知らないけど、このままでは死んでしまう。

 そのくらいは直感で分かる。


 


「アサヒ……そんな……」


 アタシのせいでこうなってしまった。

 この悲劇も、これから起こる惨劇も、全て、全て、アタシの責任なんだ。


「……その女に当たったか。俺の手を煩わせた罰だな」


 鹿島はヨルカを見下ろす様に、もうそこに居た。

 追いつかれた。

 当然だ。

 アサヒが倒れた時点で、アタシもヨルカも逃げる気なんて失せていた。


「あ、あーちゃん……! あう……あ……!」


 ヨルカは放心状態で、横に立つ鹿島に見向きもしなかった。

 かと言ってアタシも庇いに行く気力も起きなかった。

 全員死ぬ、そこでもう終わりだ。


「おい、そこの黒髪。幸運だったな。遺物さえ渡してくれるなら、貴様だけは生かしてやろう」


「え……」


 鹿島は依然として無機質に、見下した態度で話しかける。

 その言葉でヨルカは顔色を変え、初めて鹿島の顔を覗き込んだ。


「わ、私だけは、逃してくれるの……?」


「ああ、いいだろう。元より貴様はあの女に巻き込まれただけなのだからな。何、伊吹涼香には責任を取らせてやろう……」


「わたし、私、助かる……」


 ああ、そうか。

 アイツの目的はやっぱりアタシの遺物なんだ。

 でも、どう足掻いても殺されるらしい。


 ヨルカは今度はゆっくりとこちらに首を傾けた。

 とても不安そうな表情だった。

 目の下を赤く腫らして、ぐしゃぐしゃな顔は、はっきり言って見てられなかった。


 きっと心の中で謝ってるんだろう。

 自分が助かる為に遺物を渡す事を。

 アタシを見殺しにする事を。

 ヨルカは優しいから、その一つしかない選択肢を取るのにも心を痛める。


 でもいいんだよ。

 どうか、気にしないでほしい。

 だって、巻き込んだのは確かにアタシなんだから。


「……おい、こっちは時間が無いんだ。早く寄越せ」


 ヨルカは大事そうにポケットにしまっていたブローチを取り出した。

 そう、それでいいんだ。

 そうすれば、ヨルカは死なない。

 後は結界さえ風間がなんとかしてくれれば、この辛い記憶だって忘れられる。


「くく、そうだ、それだ! ちと手間取ったが、これで目標完遂だ! さぁ、寄越せ!!」


 鹿島が手を伸ばす。

 そして、ヨルカはブローチを……







 アタシに投げた。







「ヨルカ…………?」



 躊躇いつつも、反射的にキャッチした。

 その手の向こうで、ヨルカは笑顔を見せた。

 少し引きつっていたけど、心配させまいと笑った。



「……ごめん、りょーちゃん。大橋で助けてくれた時も、さっきも……逃げてごめん。私ね、ビビリでヘタレでダメダメだけど、もう逃げない……!!」


「え? え? 待ってよ。なんで」


「りょーちゃんの大切な物、こんな奴にあげない。だからりょーちゃんは逃げて。これが私の……友達への恩返し!!」


 なんでそこまでするの?

 風間も、この二人も、アタシなんかをどうしてそこまで助けられる?


 知り合ったばっかりじゃん。

 趣味が合わないかもしれない。

 お互いの好物だって知らない。

 遊んだのだって指で数えられる程度。

 

 なのに、命賭けるなんて、どうかしてる。


「……黙っていれば貴様ら、本当にムカつかせてくれるな……! そんなに死にたいなら、死ねぇい!!!」


 今度こそ殺されてしまう。

 アタシなんかを助けたがために。

 アサヒも、ヨルカも、せっかく出来た初めての友達なのに。


 鹿島はその大きな拳を振り上げる。

 今から走っても間に合わない。

 ヨルカが死んでしまう。

 その後に、きっとアサヒもトドメを刺される。

 全部アタシのせいだ。


 アタシのせいで。


 アタシのせいで。


 アタシのせいで……





「……違うでしょ」





 そもそもこうなったのは鹿島(こいつ)や連中のせいだ。

 巻き込まれたのはアタシ達みんなだ。

 この場で誰かが死ななきゃならないなら、この男が死ぬべきだ。

 なのに、ゴミクズみたいに殺されるのはアタシ達?




 冗談じゃない。




 グツグツと、はらわたが煮えくりかえる。


 脳内信号が体中に怒りを伝播させる。


 『怒れ!』 『怒れ!』 『怒れ!』


 『許すな!』 『許すな!』 『許すな!』


 『ぶっ殺せ!!!』


 何者か分からない声が響いて、こだまして、次第に、無気力だった四肢にアドレナリンが駆け巡る。


 手に持っていたブローチから力が溢れ出る様だ。

 これが魔力?

 それともこの感覚は今際の幻?

 分からない。

 分からないけど、視界が巡る。

 足が動く。





 体が、()()






 距離にして四メートル。

 拳の到達は目視で大体一秒以内。

 間に合う筈が無かった筈なのに、アタシは二人の体を脇に抱えて移動していた。



 奴の拳の軌道が見えた。

 汗の滴りが見えた。

 ヨルカは、無意識にアサヒを守ろうと、覆い被さろうとしていた。

 涙を見せない様にと、グッと唇を噛み締めていたのが見えた。



 全部、全部、全部、まるで世界が止まったみたいだ。




「なっ! んだと……!」



「えっ!? えっ!? りょ、りょーちゃん!?」


 

 二人を廊下にそっと下ろし、今一度呼吸を整える。

 驚く二つの声は今は普通に聞こえる。

 ただ、さっきのあの瞬間だけは違った。

 世界が、まるでスロー再生されたかの様だった。


 なるほど、これが『魔術』か。


「貴様、貴様……まさか……!!!」


「……うん、そのまさかみたいだわ」


 この選択が、後になってどう影響が出るかなんて、今は知らない。

 ただ、今はこの怒りに委ねよう。

 アタシの大好きな人達を守る為に、出し惜しみも、容赦もしない。



 怪物にだって、なってやる。



「来るか伊吹涼香……!! この魔術師の世界に……!!」


「……かかって来い、デカブツ」


 後押しされて踏み出せたこの一歩は、無駄にはしない。

 ここからは、走り続ける。


 誰よりも速く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ