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罪深き魔術師共  作者: ルカ
39/60

39話 ゲン担ぎ / 鉄の男

 自由さが売りのこの高校には数少ない校則がある。

 それは、『廊下を走ってはならない』と言うありきたりなものだ。

 ただ、この状況においてそれを守れる生徒はいない。

 

 自称テロリストの子供が担任に化けていて、いつの間にか人質に取られ、寝返ったと思っていた人間が助けに来た。

 荒唐無稽、混沌極まりない状況。

 皆、宇都見が指示した校庭へと急いで足を進める。


 しかしその最中、流れに逆らい立ち止まる者達もいた。


「風間……」


「……伊吹」


 ふと目が合った時、自然と口から溢れたのは互いの名前だった。


「……う、えっと、昨日の事、なんだけどよ……」


 口ごもりながら先に気持ちを吐露しようとしたのは風間だった。


「……今言う事じゃないでしょ」


「わりぃ……なんとなく、今言いたくて」


 ずっと言い出せなかった謝罪は、この緊急事態に言い渡された。

 そのせいか、やはり伊吹の表情は暗いまま。


「あん時は悪かった。お前をその……嫌な扱いしておきながら、結局助けられたし……」


「……うん」


「だから……なんつーか、えーっと……すまんかった!」


 ハッキリとしない物言いに対して、伊吹は気の抜けた様にため息をつく。


「大丈夫……もう分かってるから」


「え……?」


「アタシだって、結局一人じゃ何も出来ないし。宇都見が来なかったら、今頃やられてただろうし。だからもう無理なんてしない」


「……そうか」


「でも、それはアンタだって同じ。一人でなんでもやろうとすんな。万が一風間がヤバそうな時は、アタシが絶対に助けるから」


 そのあまりに真っ直ぐで強い瞳が、かえって風間の傷を抉る。


「そうだな……そん時は頼むわ。何せ、俺はあんなガキ一人止められねぇ。調子乗ってただけのてんでダメな奴なんだ……」


 圧倒的な差に絶望し、もはや自尊心は地の底で潰れていた。

 初めて見る弱気な風間に、伊吹は再び大きなため息をつく。


「…………バーカ」


 そう一言呟き、伊吹は拳を前に突き出す。


「……何を?」


 聞かれた伊吹は気恥ずかしそうにしかめ面を見せる。


「……ゲン担ぎ! これやると、うまくいく……そ、そういうおまじない的な……」


「……まぁ気合入れんのは大事だよな。うし!」


 そして、風間も拳を合わせる。

 互いの鼓動が、その手から伝わる。


「分かる……? アタシもう震えてない。だからこっちは任せて。そっちの仕事に集中して。」


「オーケーオーケー。すぐに結界を直してくる。そして、こんなめんどくせぇ騒ぎとはおさらばだ!」


「あったりまえ……! 大丈夫、きっとうまくいく……」


 ハイタッチによく似た、なんの変哲も無い拳合わせ。

 それなのに、何故か力が湧いてくる。

 いつも仏頂面の二人の顔は、珍しく綻んでいた。



※ ※ ※ ※ ※



 パタパタと駆ける音と共に、伊吹も昇降口まで駆けていく。

 自身の非力さは痛感した。

 しかし、そんな自分にも出来る事がある。

 それは、万が一の時の為、クラスメイトと共にいる事。

 何せ、魔術師を知っている数少ない一人の人間。


 この武器は、その為の切り札なのだ。


 走っていると、徐々に昇降口の方から声が聞こえてくる。

 女生徒の声、それも二人。

 詳しい会話の内容は聞き取れずとも、どこか揉めている風だった。


 そして何より、聞き慣れた声だった。


「何やってんのあの二人……!」


 無論、それはあのコンビ。

 校庭まであと少しと言う所で、立ち止まって何かを言い合っていた。


「ちょっと! 何揉めてんの!?」


「りょ、りょーちゃん! 良かった〜。一緒にあーちゃん説得してよ。ほんと頑固なんだから」


「……何があったの?」


 七瀬は不愉快そうに腕を組みながら口を開く。


「宇都見の奴を放っといたらヤバくねって……そういう話……だからウチは一人で行くってさっきから言ってんだろ!」


 その剣幕に黒木は何も言えず俯く。

 それと同時に、伊吹は黒木の横に立つ。


「……う、宇都見なら心配ないって。ほらアイツ、銃持ってたじゃん。だから、大丈夫……」


「だからって一人にしてられっかよ! ウチらの為に戦ってくれてんだろ!? だったら一緒に戦うのがダチってもんだろーが!」


「で、ででで、でも……! も、戻ったら私達も殺されちゃうよぉ!!」


「ヨルカはちょっと黙ってろ!」


「ひぃ!」


 どもりながら話す黒木は一蹴されてしまった。


「ちょ、ちょっとアサヒ……ヨルカだって心配してるに決まってんじゃん。アンタの事心配してんだよ……?」


 苛立っていた七瀬は、そこで一旦苦い顔を見せる。


「分かってるよ……! でもさ、宇都見がこれで死んじゃったら、絶対後悔するっしょ……?」


「それは……」


 勿論、その答えはイエスだった。

 ただ、この武器を持っていてしても、攻撃すら通せない。

 そもそも当てられた所で、致命を与えられる確率など皆無に等しい。

 魔術師と人間の溝は深い。

 三度も魔術師と対峙してみてれば、それは嫌と言う程理解する。


 それが七瀬には伝わらなくとも。


「分かってる……けど、無理なんだ。アタシじゃ多分、時間稼ぎくらいしか出来ない。アサヒは知らないかもしれないけど……アイツら、本当にヤバいんだよ……!」


「そ、そーだよ! マジで人間じゃなかったよ〜!!」


「あーもう……! じゃあいい! やっぱウチ一人で行く。あんな野郎共にビクついて、隠れてるだけなんて納得いかねーだろ!」


 やはり七瀬には伝わらず、二人を押し除け教室へと引き返そうとする。


「アサヒ!!」


 すかさず伊吹は腕を掴む。

 しかし、七瀬は強引に振り払うのだった。


「止めんな! 第一、ウチは男にも喧嘩で負けた事ねぇーつぅの! ぶっ潰してやるし!」


「そういう問題じゃない! アサヒが行ったって何も変わんないんだよ!」


「別にあんなん、ただの手品師っしょ。そもそも、いきなり変身するなんてひぃ科学的過ぎだし! あんな奴、後ろから鈍器で殴りゃなんとかなるっ!!」


「待って!!」


「だから! 涼香とヨルカだけで逃げてろよ!!」


「違う……!」


「ああ!? 何がっ!」


「そうじゃなくて!!」





 伊吹の視線は既に七瀬では無い。

 その()()だった。





「へ……?」



 それは、鉄塊。

 弧を描く様に湾曲した刃。

 重々しく、分厚い鋼鉄。


 日本では石器時代から用いられてきた、主に木の伐採を目的とした道具。

 それらは大体片手で振るう事の出来る、手斧と呼ばれるに値する大きさ。

 凶器として扱うには充分だが、戦に用いられる様な代物では無かった。


 しかし、これは違った。

 手元まで含めれば、女性の平均身長を優に超える長さ。

 長尺の武器として知られる薙刀などと、そう変わらないリーチがあった。



 それは、巨大な斧であった。



 故に、そんな物を振り下ろされた丸腰の相手は、呆然と立ち尽くすのみ。




「早く逃げろ馬鹿ぁぁぁ!!!」




 叩きつけた衝撃で、廊下に大きな亀裂と、地鳴らしの様な音が響き渡る。


 それは、骨さえも容易に叩き切る無慈悲な一撃。




 が、それは『当たれば』の話。




 間一髪、伊吹は七瀬の腕ごと引っ張り、事なきを得た。


「あ……ああ……」


 腕の中で怯える七瀬は、虚ろな目をしていた。

 無傷ではあるものの、本能的に距離を取ろうと、抜けた腰を床に引きずる。


「アサヒ……! 大丈夫!? しっかり!!」


「悪くない反射神経だな、伊吹涼香……」


 その凶器の主は、厳格な重低音の声色だった。

 伊吹にとっては見覚えのある顔。

 いつかに見た顔写真と一致する。

 顔は強面(コワモテ)、まるで任侠映画の登場人物と見間違うスーツ姿。

 筋骨隆々、勝手につけたあだ名はゴリラ。


「アンタは……! 鹿島!」


「やはり、名前も知っているか……まぁいい。そのブローチ、今渡せば目を瞑ってやる」


「アンタ、何言ってんの……? この暴力ゴリラ……!」


 鹿島は血に塗れたスーツを脱ぎ捨て、パツパツのワイシャツ姿を披露する。

 まさに筋肉の塊。

 魔術師と言うよりかは、差し詰め剣闘士。

 その手に持った巨大な斧がいっそう雰囲気を漂わせる。


(最悪の展開だ……! とにかくアサヒとヨルカを避難させないと! それから、()()も……)


「ヨルカ! これ持ってアサヒと一緒に逃げて!!」


 そう言って伊吹はブローチを黒木に投げる。


「りょーちゃんは!?」


 と、キャッチしたタイミングで聞き返した。


「時間稼ぎなら出来るって言ったでしょ! 大丈夫だから行って! 早く!!」


「うん……! 死んじゃ嫌だよ……!」


「さあアサヒも! 早く!」


 伊吹は腰の抜けた七瀬の腕を再び引っ張り、立ち上がらせる。


「涼香……ウチ……!」


「アタシもごめんね。怖い思いさせちゃった……ここはアタシがなんとかする。だから……!」


「ごめん……! ごめん……!」


「あ、あーちゃん早く……!」


 七瀬の慢心は既に断ち切られていた。

 その勇気も、友人を救うと言う原動力そのものが打ち壊された。

 あれが本当の殺意。

 本物の死の匂い。

 教室で間近に見ていたが、実際にここまでギリギリの攻撃をされた事は無かった。

 

 そのせいか、伊吹を見捨てると言う非情な選択が、簡単に出来てしまった。


「……」


 バタつきながら逃げる二人を鹿島は追う事は無かった。

 と言うのも、既に視界には伊吹しか入っておらず、話が終わるまで微動だにしなかった。


 もう、眼中に無かった。


「……逃がしてくれたってワケ?」


「さっきは邪魔だったから切ろうとしたまでだ。戦意の失った者までいたぶる趣味は無い」


「あっそ。大層な思想をお持ちな様で」


「ふん、そんな事はどうでもいい。あの者に遺物を渡した……その意味が分かっているのか? お前を殺した後、さっきの女が素直に渡さなかったら、俺はまた殺すぞ」


「どう考えても、その最初のステップが不可能でしょ。アタシを殺す? 馬鹿馬鹿しい……」


 伊吹は親指で首を切る。

 洋画から学んだ、伝統的なキルジェスチャー。


「寝言は寝て言え、クソ野郎」


「残念ながら、この俺に寝てる暇なんて無いんでな。だがその威勢は褒めてやる」


 伊吹はナイフを取り出した。

 目の前にいる大男に立ち向かうにはあまりに貧弱な装備だが、現状ではこれしか対抗手段が無い。

 勝ち目も限りなく薄い。


 しかし、こんな状況は既に慣れっこだった。


(結界が再展開されるまで耐え切れば、皆は結界からはじきだされる。そうすれば後は逃げ回るだけ……数分、数十分かは分からない。でもやるしかない。ここで退けば、あの二人だけじゃなく、クラスの連中も危ない……!)


 既に損得感情なんてものは消え失せていた。

 あるのはただ一つ、逆境に立ち向かう反骨精神のみ。


「……よし、ぶっ殺す!」


「やってみろ……小娘がっ!!」


 野蛮な意気込みと共に、戦いの幕が上がる。


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