37話 放送室の交渉 2
「……なぁアンタ、今なんつった?」
「『ノー』と言った。人質は解放しない。正確には、風間蓮斗と伊吹涼香の始末までは解放しない。別に問題は無いだろう?」
「……」
静寂の中、モニターから流れる音声だけが耳をつついていた。
繰り返される悲鳴、怒号、その画面を見なくとも、それがどんな状況なのか色々と想像出来てしまった。
今も尚、あの教室では何かが起こっている。
「なぁ、聞こえてるか? 誰かの叫び声だ。リオの奴が何かしてるかもしれない」
「だったらどうする?」
「アンタは……この前の大橋爆破事件で、一般市民を巻き込まない為にわざわざ結界を張った。それが今はどうだ? あのガキを野放しにしてていいのか?」
「巻き込みたくなかった訳じゃない。バレると面倒だっただけだよ。最近は、俺達みたいなのを取り締まる組織もいるからねぇ。注目はリスクなのさ」
「……」
その沈黙に、ホワイトは笑う。
「まぁいいじゃないか。一般人を巻き込んだ所で、君に損がある訳じゃない。それとも、君がその組織の人間だったりして……」
カマをかけた様な言葉。
だが、宇都見は眉一つ動かさなかった。
「ありえない話だ」
「ふっ、そうだよね。そうだとしたら、あんなにノリノリになって風間を殺そうとする訳が無い……おっと、話が逸れてしまった。ああ、リオの事なら心配しないでくれ。もし彼が手を出そうものなら、俺が直々に連絡して止めるよ。そうすれば問題は……」
『きゃぁぁぁぁ!!!」
しかし、そんな言葉も一際大きな叫び声に遮られる。
その声は教室を映すモニターから響き渡る。
「い、今のは……!」
「あー……派手にやってるみたいだな……」
宇都見はすぐにモニターへ駆け寄る。
そこに映し出されていたのは、馬乗りになるリオと、その下でボロボロになる風間だった。
「アイツ……! もうやられてんじゃねぇか……!」
「リオめ……目を離した隙に風間と何を話していたんだ……? ま、これで風間も終わりだな。残すは伊吹涼香ただ一人。アンジェの到着まで残り三十分って所か……どう暇を潰そうかね」
人質であるクラスメイトは依然無事だった。
しかし、放っておけば風間はもちろん、伊吹の身も危うい。
あの場で戦える人間も、当の風間本人しかいない。
(どういう状況かは分からないが、風間は数分しない内に殺される……めんどくせぇ事になったもんだ……風間の奴……!)
どんなに状況が悪化しようが、刻々と選択肢は狭まっていく。
最早、躊躇う余地は無かった。
(全く……本当にしょうがねぇ……)
宇都見は、流れた冷や汗を拭う。
「なぁ……ホワイトさん。そういや、結界はどこで設置したんだ? 味方になったんだ。ちょっと状況を知りたくてさ」
「ああ……屋上だよ。公舎全体となると少し位置が高くないといけなかったんだ。だから上の方にね」
「へぇ、そりゃ大変だったな。ふぅん、屋上に結界がねぇ……あ、そうだ。後もう一ついいかな。さっき渡した万年筆についてなんだが……」
「ん、なんだい?」
「風間の野郎が何か仕込んでんじゃないかって心配になってきた。今一度、アンタの目で再確認してくれないかい? 確か、本物ならペン先にマークが書いてあった筈なんだ……」
「ほう……確かに、偽物にすり替えている可能性もあるね。どれ、では見てみようか」
ホワイトが手に持った万年筆を凝視しようと目を近づける。
そして、キャップを外そうとする。
その時、宇都見は目をつむりながら下を向く。
出来るだけ視界を遮る様に。
「……悪い。そいつはやっぱ偽物だ」
「は?」
瞬間、閃光がほとばしる。
それは、その小さな万年筆から放たれた光だった。
元より、遺物などでは無く、強い光源が仕込まれていただけの偽物。
その罠の発動条件は蓋を外した瞬間。
万が一の為、宇都見がヒトミに用意してもらっていた、奇襲のカード。
その光は若干魔力を帯びていて、近場で直視しようものなら、その目を強烈に焼き尽くす。
「ぐおぁぁぁあ………!! ま、まさか、宇都見ぃ……!?」
「モノホンはまだ俺のポケットの中さ! お前に寝返る展開を予想して仕込んどいたんだよぉ!」
宇都見は裾から拳銃を取り出す。
指先に血管が浮き出る程、魔力を隅々まで纏わせ、銃身を固定する。
狙うはその心臓。
「じゃあ死ね!」
放たれた銃弾には、極限まで練られた魔力。
標的は回避不可能。
鋼鉄の様な魔力装甲を展開したとしても、この銃弾は鉄をも穿つ。
発射時のわずかなブレもこの銃弾は修正する。
敵が予測困難な動きをしようとも、執拗に追いかける。
ただその命を奪う為。
これが、宇都見の固有魔術、『魔弾』。
狙った獲物は必ず撃ち抜く。
「かはぁぁぁぁぁ……!!!」
絶対不可避のその弾は、確実に心臓を撃ち抜いた後に今一度翻る。
ダメ押しの二撃目が今度は背中から突き刺さる。
「っ……!!」
湾曲した弾道で、魔弾は人体をズタズタにする。
ホワイトの体を貫きながら右へ、左へ。
その勢いが止まるまで魔弾は破壊を続ける。
無論、その時点でホワイトの心臓は完全に停止していた。
膝から崩れ落ち、目を見開いたままうつ伏せになるホワイト。
スーツの下敷きになった血溜まり。
白い部屋に浮いた、鮮烈なコントラスト。
惨たらしい光景の中、宇都見は狂喜を見せる。
「やった……やったんだ。ははは、やってやった……! やったんだ、俺は……! これで、これで……ようやく……!!!」
しかし、その騒ぎの中、あの男が気づかない筈が無い。
鹿島が異変を察知した。
「……おい! なんだ、今の音は!」
「ああ……そうだった。安心しろ、殺しはしねーさ」
そして、宇都見はドアに向かって合計三発打ち込む。
鹿島は騒ぎを聞きつけ、そのドアの手前。
いきなり、突き破って現れた銃弾の対処など不可能。
「……何っ!? ぐあぁ……!!」
右肩、左肩、もう一つは歩かせない様にと、右足へ。
ドア越しに目視した魔力で、宇都見は体の位置を予想していた。
「こいつ……は、初めからこうするつもりだったのか……!」
乱暴にドアを引き、這いつくばる鹿島の前に現れるのは、勝ち誇った様子の宇都見。
「よう、さっきぶりだな。鹿島さんよぉ」
微笑みながら、背中にかかと落としをかます。
「ぐおっ……!」
「生かしておいてやるぜ。何せ、アンタはこの連中と仲良くねぇ。ペラペラ喋ってくれそうだ……でもまぁ、楽しい拷問タイムはひとまずお預けだ」
「き、貴様……! なんの目的で……! 何者だ……!」
「なぁに、アンタもよく知ってる筈だぜ。『魔術連盟』……その工作員、宇都見集だ」
「なんだとぉ……!」
「あっ、やべ。そういや、風間の野郎がピンチなんだっけか。仕方ねぇ、助けてやるかぁ。じゃあな、ゴリラ野郎」
宇都見は颯爽と駆けていく。
血に濡れた学ランを身に纏って。
「クソ……してやられた……しかしまだだ……! 目的を果たすまでは帰れんぞ……!!」
鹿島は、撃ち抜かれた傷をものともせず、その血濡れた右足で再度立ち上がる。
「もうこんな茶番には付き合ってられん……! 伊吹涼香だ……奴を見つけ出し……遺物を必ず回収する……!」
ホワイトが死に、鹿島は完全に遺物回収に目的をシフト。
アンジェは伊吹の命を狙い、学校へと急行する。
そして、宇都見はリオを止めるべく再び教室へ。
それぞれの思惑は交錯し、事態は更に渦を巻いていく。




