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罪深き魔術師共  作者: ルカ
36/60

36話 放送室の交渉 1

 伊吹の決死の特攻の五分前、宇都見はスーツの大男と共に廊下を歩く。

 行き先は放送室。


 目的は、黒幕の男との交渉。


「アンタも大変だなぁ、鹿島さん」


 時刻は九時二十三分。

 本来なら、教室からは教師達の熱心な指導の声が聞こえるだろう。

 校庭からは、元気に運動をする生徒の声も聞こえるだろう。


 しかし、そのどれもが存在しない。

 静かな廊下に、宇都見の声だけが反射する。


「こんな朝っぱらからお仕事なんて……ちゃんと朝食は済ませたかい?」


「……」


「それに、リオみたいなガキにアゴで使われてさ。屈辱的じゃないの?」


「黙れ……」


「お、やっと喋った」


 鹿島は苛立っていた。

 自分とは対照的な不真面目な男の、その飄々とした態度がなんとも気分を逆撫でする。

 話す言葉も、どれも緊張感を欠くものばかり。


「貴様は何も分かっていないな。俺は目的があって奴等についているだけだ。この下らん茶番が終われば関わる事も無い。無論、貴様ともな」


「おーおー、下についたワケじゃないって事か……それが賢明だ。あの男はろくな男じゃない」


「ふん……寝返った癖には反抗的だな」


「なんだ、アンタ結構、皮肉も言える口かい?」


「……俺も喋りすぎた様だな。そろそろ黙れ」


「へいへい、アンタも余計な事は喋れないもんなぁ。『不動家』の()()()()()


「死にたいのか……!?」


 鹿島は立ち止まって睨みをきかせる。


「おっとっとー、俺は今や共犯者。仲良くしようぜ。さてはカルシウム足りてないな?」


「どこまでも人をイラつかせる男だ……!」


「そいつぁどーも」


 今すぐにも殴り出しそうな拳を抑え、鹿島は前へ扇動する。


「……ここだ」


 すぐに目についた『放送室』のネームプレート。

 そして、そのドアの向こう、宇都見は魔力を感じ取った。


 前に一度だけ、相対した事がある男である。


「そんじゃ、ごくろーさん。アンタは戻ってていいぜ」


「馬鹿を言うな。お前が下らん真似をしない様に、俺はこの場で待機する。流石に、話し合いに立ち合おうとは思わんからな」


「……ま、好きにすればいいさ。どの道、()()()()()()()()


「……?」


 宇都見は意味深な言葉を残し、そのドアを開ける。


 当然ながら、そこに居たのは一度見れば忘れない、目立った見た目の色男。



「やぁ! 久しぶりだね。また会えて嬉しいよ、宇都見……」



 小さな部屋に白を基調とした本棚、タンス。

 その中心、マイクの位置に腰掛けながら、男は微笑む。

 雪の様な白く長い髪が椅子の背もたれに伸びていた。

 白髪が際立つ黒色のスーツ。

 学校の放送室にいる人間には似つかわしくない風体であった。


 引き戸のドアが閉まると共に、宇都見の顔に先程まで微塵も見せなかった緊張が走る。


「……アンタとこうやって直に話すのは二回目だ。そういや、初めて会った時は名前すら聞いてなかったな」


「そうだったっけ? まぁいいや。今は『ホワイト』で通ってる。改めてよろしく」


「はいはい、よろしく。早速だが、取引といこうか。俺が持ってきた物は……」


「ああ大丈夫。状況は把握してるよ。()()()()からね」


「……カメラでも仕込んでたのか?」


「イエース! そいつで監視してたのさ。配線が多く繋げそうだったからわざわざ放送室を選んだんだ。ほら見てよ!」


 白い机の上には簡易的に置かれたモニターが三つ。

 映されている画面は、風間達のいる教室、その付近の廊下、昇降口。


「人質が脱走した場合のルートにしかけておいた。お陰で色々じっくり見れた。君達が教室に来るタイミングや、他の生徒の動向もね」


「なるほど……最初から色々筒抜けだったワケだ。でも、どこにそんな仕掛ける時間があった? 博士……こっちには『シャドウ』の監視の目があった」


「そこはリオを使ったさ。君らの担任の先生になり変わっていたのだからね。怪しまれる心配は無い」


「魔術師ならバレる筈だ。現に俺と風間は見た瞬間に見抜けたぞ」


「……これは推論だが、あの影人形は視覚を共有出来るだけで、魔力の有無を見通す事は出来ないと判断したよ。以前町であの影に姿を見られた時も、特にアクションは無かった」


「……とんだ鼠だな。アンタ」


「ははは、面白い言い回しだね。でも確かにその通り。少しでもか細い穴があるなら、見逃さないのがこの俺だ。君らが襲撃を考えていた事だって、想定の範囲内だったさ」


「ああ、よく分かったよ。アンタらに楯突いたらどうなるかって事がな。それで? 分かってんなら答えを聞かせてくれよ」


「ああ……無論、答えは『ウェルカム』だよ。戻って来てくれてありがとう。風間から『遺物』を奪ったあの手際、しかとこの目で見ていたよ」


「アイツが馬鹿だっただけさ……」


 宇都見はポケットから、なんの変哲も無い万年筆を取り出す。

 風格のある黒と金のデザイン。

 高校生が使うには、あまりにも持て余す逸品。


「へぇ〜、凄い高級感だ」


「前々から怪しいと思ってたんだ。貧乏性の風間がこんなもん持つワケねーってな」


「なるほどね……だけど、あの狼狽え方はきっと正解の合図だ。これで、色々円滑にいけるよ」


 万年筆を受け取ったホワイトは、上機嫌そうにその場でクルクルと回す。

 今の所は完全に風間達を出し抜けた状況。

 まさに慢心の現れだった。


 そんなホワイトを、宇都見は生気の消えた眼差しで見つめる。


「なぁ……ホワイトさんよ」


「んん、なんだい?」


「一つ確認がしたい。『アンジェ・ルーガー』と、『影の魔術師』についてだ」


「ああ、彼女達の事か……趣味の悪い電話が来ただろ? アンジェ・ルーガーは君の仲間である影の魔術師……いや、御影ヒトミを殺害した。それで全てさ」


「本当にそれだけか? あの影の魔術師がそう簡単にやられるとは思わない。それに、殺害報告以外にも何かあるだろ」


「ふむ……一応俺にも連絡は届いてるよ。なんでも、御影ヒトミは色々とシャドウに探らせてたみたいじゃないか。俺達の住処や、構成員の数……いやはや、便利な能力だね。まぁ、それが仇となった訳だが」


「何……?」


「彼女の強みはそれなんだ。複数の″目″がある以上、こちらからは近づきにくい。だから、引き剥がす必要があった。学校という()でね」


「あの脅迫文……やっぱり最初から博士に宛てたものだったか……」


その通り(ゲナウ)。彼女は狙い通り、君達を守る為に学校に優先してシャドウを配置した。結果、アンジェに奇襲され、ろくに防御する手段も無く、お終い! と言う訳さ!」


「へぇ、そうかよ……」


(アンジェ・ルーガー……確か、関わっちゃいけねぇヤバい魔術師だって噂の奴だ。そんな強い奴がなんでわざわざ手を組んでんだ……?)


「……いやぁ、流石だな、ホワイトさん。そんなビッグネームを味方につけるなんて」


「それが、俺にとっても嬉しいハプニングだったのさ。俺達が伊吹涼香を始末しようとしていた事を、彼女は何故か知っていてね。伊吹涼香を殺さない事を条件に手伝ってくれたのさ」


「……って事は、伊吹涼香は殺されないって事か?」


「いいや、むしろ逆だね。アンジェが欲しいのは、その伊吹涼香の命なのさ。自分の手で殺したいらしい。恨みでも買ったのかね」


「関係がある様には見えないけどな。身辺調査した時も、特に他人との関わりなんざ無かった」


「ま、理由なんかなんでもいいさ。こちらとしては動いてくれるだけありがたい。これなら、無理に人質なんか居なくても事は済んだのにね……」


「……」


 宇都見の脳裏に風間の言葉がよぎる。


 そもそもの本題は、人質解放の提案であった。

 それは勿論、寝返った宇都見にとってはどうでもいい話に過ぎない。

 しかし、約束は約束。

 常に強い方につく風見鶏と貶されようと、自ら快諾した事くらいは守らねばならない。


 元より宇都見は、そういう心情でこの場に臨んでいた。


「……なぁ、ホワイトさん。つまり、人質は特に必要無いって事だよな?」


「ああ……ふふふ、そうか。そうだね。そういえば、そんな事を風間と話していたよね。人質を解放して欲しいだとか」


「なんだよ……それも知ってたのかよ……」


「むしろそれが本題なんだろ?」


「分かってんなら、教えてくれ。どうせ死にゆく風間達を、留めておくのに人質は要らないだろう。リオの奴が好き勝手やりたいだけだ。アンタが静止させれば、まだ誰も傷つかずに済む筈だ」


「おおっ! これは以外! 君がそんな発言するなんてねぇ……」


「無駄な事が嫌いなだけだ。茶化してねーで教えてくれよ。アンタの答えを……」


 宇都見が似合わない真面目な顔を見せても、ホワイトはその笑みを止めなかった。

 機嫌が良いのか悪いのか、それすらも悟らせない、張り付けた様な仮面の笑み。


 そのままホワイトはその薄い目を少し見開いた。






「……答えは『ノー』だ」


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