34話 青く済んだ瞳には
視線が痛い。
不安そうな一つ一つの目が、俺に助けを求めてる。
その中に、伊吹もいる。
とは言え、例え化け物じみた力を持っていても、相手はもっと化け物だ。
敗色濃厚もいいところ。
宇都見が裏切ったのも頷ける状況だ。
俺だって寝返ってなんとかなるならそうしたい。
だがしかし、何故か伊吹と俺はブラックリストに名前が載ってるらしい。
ワケが分からん。
ふざけるな。
言っても無駄とは分かっていても、愚痴りたくなる。
でも、諦めるワケにはいかない。
そう思うと、俺はやはり立ち塞がっていた。
無意識なのか、自然に体が動いていた。
「カザマ……なんでイブキサンの前に立ってんの? かっこつけのつもりー?」
「あぁそうさ。男って生き物はな、どんなヤバい状況でもかっこつけたいもんなんだよ。こいつを殺す気なら、先に俺を殺すんだな」
「ひゅー。まぁどの道、君から殺すんだけどね。イブキサンの始末はオネーサンがやらなきゃいけないらしいし。僕が手出したら、怒られるどころじゃ済まないよぉ」
「だったらやってみろよ。俺を殺してみろ……!」
「ちょっと風間……! アンタ、何言ってんのか分かってんの……!?」
「あぁ分かってる。心配だよな? 分かってんだよ。でもお前は手ぇ出すな。俺がなんとかする」
真っ赤な嘘だった。
本当はなんとか出来そうにない。
正直言って誰かに泣きつきたい。
でも、最初に言った言葉に嘘は無い。
男は、こういう時にかっこつけるもんだ。
それに、まだ終わってない。
勝率はまだほんの少し残ってる。
「くぅ〜、かっこいいね! でもねぇ、今更泣きついたってシナリオは変わらないよ? ショーのプログラムを変える事は許されないからね」
「あぁ? ショー? プログラム? 何言ってやがる……」
「うん。これはね、ショーなんだ。元々、この人達を殺そうとなんて思ってないし、人質として利用しようとも思ってない。僕の力を披露する! ただそれだけの為なんだよね。にゃはは……」
「下らねぇ……こいつらの目の前で、俺と伊吹を殺せりゃ良いってワケか。そんな事の為に巻き込んだのかよ……!」
「ふふ、そうさ。クラスメイトはオーディエンス。君達はピエロ。僕はスター。僕の恐ろしさを存分に知るのさ……」
「けっ、何が力だ……! やってる事はテロリストと同じだろ!? そんなもん、誰に自慢出来るってんだ!」
「自慢? ちょっと違うよ。僕が優れた人間である事を教えてやるのさ。そうすれば、誰も僕の事を馬鹿にしないからね」
こいつからしたら、これは単なるゲームに過ぎないんだ。
人を絶望に叩き落として、見下し、蔑みたい。
そんな幼稚な思考がチラついて見える。
力を誇示したいだけで、ほとんど遊び気分。
自分の存在を誰かに認めさせたい、そんな子供じみた心情。
ああ、誰かさんにそっくりだ。
「なるほどな……」
「うん?」
「お前、友達いないだろ?」
「……はぁ?」
「おいおい、簡単な質問なんだ。イエスかノーで答えてくれよ。それとも、図星だったもんで答えらんねぇのか?」
「いきなり何? 僕に喧嘩を売りたいって感じが見え見えだよ。それにさぁ、人に言う前に君がそうなんじやない? 君みたいな野蛮そうな人、誰からも相手にされないでしょ」
「おー、御明察。そうだな、俺にダチなんか全くいねぇよ。お前と同じだな」
「……うざ」
ずっと達観していたその顔に、筋が立つ。
人間誰しも、本質を見抜かれるとそういう顔するよな。
それが触れられたくない恥なら尚更。
「自分の力を他人に見せつけて、自分の存在を認めさせたいんだ。今まで誰からも相手にされなかったから、そういう性格になったんだろ?」
「君に僕の何が分かるの? 黙っててくれないかな」
「秀でてるもんなんて何もねぇのに、魔術を才能だと勘違いしてやがる。それはお前の力じゃねぇ。お前がたまたま拾えただけの武器ってだけだ。お前自身の力なんてこれっぽっちもありゃしねぇ」
「黙れって言ってるだろ……!」
「ずっと寂しくて、誰かにかまってもらいたくて、そんな哀れな性根のせいで、こんな回りくどい事始めたんだ。いや、気持ちは分かるぜ。お前と俺は、似た者同士だ」
皮肉にも、親近感を感じてしまった。
才能が無くて、親にすら認めてもらえず、こんなに捻くれた俺。
たまたま力を手に入れたもんで、我が物顔でその内力を見せつけようとするこいつ。
一つ間違えば同じ道だったかもしれない。
こいつの詳しいバックボーンなんざ知らないが、直感的に感じ取った。
こいつは、俺と同じ様な哀れなガキだ。
「いい加減認めたらどうだ? そんな事したってなんの意味もねぇってな」
「……もう分かった。殺して欲しいなら殺してあげるよ……」
リオは血管が浮き出る程の、鬼の様な形相を見せる。
「さぁみんなー! 席を立つ事を許可するよ! 教室の後ろに下がってねー!」
と、思ったら、すぐに取り繕った笑顔に戻り、さながらショーの司会者の様に皆を煽動する。
クラスメイト達は困惑しつつも教室の後方に控え、大方移動した後、リオは教室の中心までプラプラと歩く。
「舞台にこの机は邪魔だね」
と言って、黒板の方向へ机を一つ一つ蹴り飛ばす。
木と木がぶつかり合い、折れては飛ぶ惨状に、クラスメイトは耳を塞ぐ。
見るも無惨に積み上がった、壊れた机達が目に入る。
それは同時に、フィールドの完成を示していた。
こんな教室の真ん中で、しかもクラスメイトに見られながら喧嘩をするとは。
なんとも新鮮で、ありそうで無いシチュエーションだ。
「さて……懺悔は済んだ?」
「さっき言ったろ? 神は信じねぇ」
「君がいつまでそんな事言ってられるか、楽しみだよ」
こうなる事は分かってた。
俺と伊吹が助かる為には、この短い間に考えたプランを成功させるしかない。
つまりは、俺がここで勝つと言うプラン。
宇都見ともう一人の敵は黒幕の所へ行った。
ここでこいつをシメちまえば、後はやりたい放題。
宇都見に交渉を頼んだ真の理由は、会話を長引かせて注意を引かせる為。
まだ時間はある。
その間に、俺が倒す。
とは言っても、相手は魔術師としちゃ格上。
喧嘩だったら余裕だが、この力に関しちゃこっちは素人もいいところ。
小細工しなけりゃ、勝利は無い。
でもって、そんな準備の時間をくれるワケも無い。
だったら、だったらせめて……
「フライングしかねぇ……!」
腰を落として、踏み込み、からの真正面からのマジ殴り。
とは言ってもさっきは防がれた。
だからさっきよりも早く、もっと鋭く、魔力を拳に与える。
一発で終わらせるくらいの勢いを、そのまま拳に乗せる。
「遅い」
「……っ!」
結局、俺の腕は届かなかった。
それもその筈、腹部に重い一撃。
待ち構える様に、リオは右足を突き出しただけで俺の体を止めていた。
「っく! このやろ……!」
「これは殺し合いだよ? 喧嘩じゃない」
リオは、止まった俺の顔面にジャブをかます。
「ふぐっ!」
「風間っ!」
まるで猫パンチみたいな速度なのに、強烈に痛い。
これが魔力の違いだ。
喧嘩の強さじゃなく、魔術師としての違い。
すかさず距離を取ろうと、自然に右足が後ろに下がる。
その瞬間が見逃される筈も無く、空いた左足を、柔道の要領で足払いされる。
「のわっ……!」
「……ふざけてんの?」
仰向けになった体に、更にかかとが落とされる。
「ぐえっ……」
分かってはいたのに、ここまで格が違うと流石に凹む。
俺が気合でなんとか出来る相手じゃ無かった。
全くもって歯が立たない。
まるで赤子扱いだ。
「僕は君みたいな奴が一番嫌いなんだ。いじめっ子っぽくてさ、すぐ大声張って威張る感じ。威嚇のつもり? そんなの、動物しかやらないよ」
視界は天井、あっという間に、腹の上にマウント状態のリオ。
見える、魔力が滾った拳が見える。
ああ、ヤバいな。
これは凄くヤバい。
「僕を馬鹿にした罰だよ。ちゃんと歯ぁ噛み締めて、じっくり味わいなよ……」
リオは容赦なく俺の顔面を殴りつける。
「……死ね」
右、左、右、左、拳が連続で飛んできて、視界から消えては、また現れる。
その一発一発が、めり込み、突き刺さり、確実に体内の血液を奪っていく。
微かに映るその拳には、誰の物なのかよく分かる血液が付着していた。
「死ね、死ね、カザマ……」
あまりの痛みで、逆に声が出なかった。
自分が殴られる時の鈍い音が、連続して耳の中で反響する。
それに加えて声も聞こえる。
悲鳴と、俺の名前を呼ぶ声だ。
「風間! 何やってんだ起きろー!」
「風間っち! もうやめてよ風間っちー!」
この声は多分、七瀬と黒木だ。
他のクラスメイトの声もちらほら聞こえる。
「死ね、死ね、死ね、死ね……!」
これは違う。
こいつの声だ。
段々耳も遠くなってきたってのか。
てか、こいつ、さっき殺し合いって言ってたか。
じゃあこいつ、俺の事マジに殺す気かよ。
このまま殴り続けて、本当にやる気なのかよ。
「死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ!!」
イカれてる。
イカれてるぞ、こいつ。
こんなどこにでもいそうなガキなのに、おっかねぇ。
今までの人生で今、一番ビビってる。
何せこいつ、ちょっと口元が笑ってやがる。
人前で俺をボコれて、さぞ嬉しいんだろう。
やっぱイカれてやがる。
「クズ、ゴミ、カス……! 僕を馬鹿にした罰だ! 僕を馬鹿にした罰だ!」
お相手は中々根に持ってるらしい。
これは今更話し合いを試みても解決出来そうにない。
なんてこった、このプランは失敗だ。
このまま気絶したら、マジに死ぬまで殴られ続ける。
でもまぁ、元々分の悪い状況だったし、俺まで生きようだなんて、わがままな願いだ。
叶わないのはしょうがない。
俺だって頑張ったんだ。
「死ね……!」
返り血を拭いながら、リオは大きく拳を振り上げた。
何故だか、とてもスローに感じる。
もしかして、走馬灯が見えるパターンか?
そんなもん要らねぇのに、体は素直なもんで、勝手に目蓋を閉じさせる。
結局、俺の人生は何がしたいのかよくわかんなかった。
クソみたいな親の下に生まれて、祖父の家に引き取られて、誰かの為に頑張ったってずっと疎まれたまんまだった。
『普通に生きる』、これが下手くそだったんだ。
ワケの分からん能力のせいで、こんな事に巻き込まれて……結局、ただ命を落とすだけ。
俺が助けようとしたクラスメイト共も、結界が消えればこの事は全部忘れる。
俺の頑張りは、真の意味で、無駄だったんだ。
そんな、下らない幕引き。
感動的なフィナーレとはいかなかった。
あーあ、死にたくねぇな。
その時、気づいた。
これは走馬灯なんかじゃない。
スローに感じたのは単なる勘違いだ。
何せ、いつになったって拳は飛んでこない。
不思議に思って、重い目を開くと、目が合った。
「え……何、を……して、んだ……」
青みがかった目だ。
とても澄んでいて、潤いがあった。
その儚い透明は、紛れもなく、涙。
「伊吹……?」
この目はどうも、まだ死ぬ事を許してくれないらしい。




