32話 絶望的な知らせ
動揺を隠し切れず、相変わらずどよめくクラス。
依然飄々としていたのは、教卓にただずむこの男だけだった。
確定された事項は、魔術師であると言う事。
そしてもう一つ、風間より強い力を持っている。
その事実に、風間自身も警戒しながら、その動向を見守るのだった。
「うわぁ、腕がピリピリするなー。スパイク受け止めた時みたいな、あの感じー。分かるー?」
男は軽口を叩きながらプラプラと手を回す。
「俺の拳を受け止めやがった……なにもんなんだ、てめぇはよ……!」
「風間、落ち着けよ。こいつは高橋先生じゃねぇ。あの一味のガキだ。そうだろ? リオ」
「うわ……ネタバラシって、他人にやられると萎えるね……」
指をパチンと鳴らした途端、辺りに煙が撒かれる。
そして、その中から聞こえてきたのは、明らかに子供の声だった。
「にゃははは! 久しぶりだねー」
マジシャンの如く、煙が晴れたその先にいたのは、カーキのジャケットを着た少年。
気怠そうな中年の姿は、もうどこにも無かった。
悪戯に笑うその姿は、緊迫した状況の中ではただただ異質だった。
「ねぇどうだった? 僕の変身、中々でしょ?」
「てめぇ……目的はなんなんだ? 白髪の男と関わってんのか? あのネットの声明はてめぇの仕業か?」
「うざ。そんなに一気に質問しないでよ。まぁ、後の二つの質問には答えてあげるよ。返事はイエスだ」
「こいつ……!」
風間は再び拳に魔力を纏わせる。
「あーもー! なんでそんなに脳筋なのさ! これじゃ交渉もクソも無い!」
「交渉だと? するワケねぇだろうが」
「するさ。なんで一般人を巻き込んだと思ってんの?」
リオはズボンの右ポケットから拳銃を取り出す。
それを見て、クラスのどよめきがまた一層強くなる。
「なんだあれ……?」
「まさか、本物!?」
「あんな子供が持ってる訳無いじゃん……」
「つか、さっきのって手品?」
クラスメイトは、この状況にまだ危機感を持っていなかった。
せいぜい、ドッキリをかけられたくらいの驚き程度だった。
よもや、命の危機など微塵も感じていなかった。
「けっ……脅し用の玩具だろ? 下らねぇ真似は……」
パンッ、と発砲音が壁に響いた。
「……え」
着弾点は風間の右足。
一発の銃弾と、流れる血が、その拳銃が本当に命を奪う物だと証明した。
「きゃあああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「うわぁぁぁ! 撃たれたっ! 撃たれたぞっ!!」
「殺される! 逃げろおおおお!!!」
逸脱した出来事は、人をパニックに陥らせるには充分過ぎた。
「クソったれがぁ……! てめぇ、クラスの奴等をどうする気だ……!」
「安心して、手は出さないよ……言う事を聞いてくれれば、の話だけど」
リオは再び教室のドア目がけて銃弾をぶち込む。
「ひいっ!!」
めり込んだ銃弾と、ひび割れた曇りガラスが、逃げ出そうとした男子生徒の視界に入る。
「教室から出ないでね。君、殺すよ〜?」
それと同時に、恐怖の静寂が訪れる。
逆らえば殺されると言う暗黙の意識が、クラスメイトの心を、皮肉にも一つにした。
「……はい、みんなが静かになるまで十秒もかかりませんでした! 偉い偉い。それじゃあ、君達の命について話し合おうかな。カザマ、イブキサン、ウツミ、この三人は立ったままでね。それ以外の人は静かに席に着いてね。動いたら殺すから」
息が荒くなる者、唾を飲み込む者、涙を我慢する者、思い思いに恐怖を感じながら席に座った。
「さぁー、座って、座ってー。おらおら、また撃っちゃうぞー……って、ん……?」
ただ二人を除いて。
「……あれ? 何してんの? 早く座ってよ? 殺しちゃうよ? オネーサン」
座る席が無い者が二人いた。
七瀬と黒木は、同じクラスでは無い為に、机の後ろに咄嗟に隠れていたのだった。
「あ……いや……」
そこにすかさず伊吹が前に立つ。
「ちょっと待って……! この二人は違うクラスだから座る場所が無かっただけ! 隠れたのは、アンタに意見したら殺されるかもしれないから……だから、撃たないで……!」
「え〜? どーっしよっかなー」
「ふざけんなよクソガキ! あの二人を撃ったら許さねぇからな……!」
「カザマは怖いねぇ。大丈夫。ボクは大人みたいに理不尽な事はしないよ。怖がらせちゃってごめんね、ピアスのオネーサン。じゃあイブキサンと一緒に立っててね」
ホッと胸を撫で下ろす伊吹のカーディガンの裾を、黒木は震える手で強く握っていた。
命を狙われた、あの時の自分の様に。
(ヨルカ……)
だからこそ、その小さな手を、伊吹は優しく握り返す。
「大丈夫だよ、ヨルカ。アタシが守ってあげる……」
「……! りょーちゃん……!」
縋る様な上擦った声色の黒木を、七瀬も後ろから腕ごと抱き寄せる。
「ウチもいるし……! つーか、ぜってー手ぇ出させねーし!」
「うぅ……あーちゃんも……ごめんね……」
潤んだ瞳と、強く抱いた両の手。
出会い、絆を培った時間は少なくとも、身を呈して守る程に、三人の友情は既に固く結ばれていた。
しかし、そんな暖かい友情に、冷めた視線。
「くっさいなー。なんて言うのかな……『ユージョー』? いやぁ、下らないね」
依然として見下す態度を止めないリオに、風間が更に前に立ち塞がる。
「お? 何? 反抗するの?」
「あんまり調子乗んなや。こちとら、魔術師は二人いる。お前が俺より強かろうが、二対一じゃ分が悪いと思うぜ?」
「へー、抵抗するんだ。そんな足で無茶しない方が良いと思うけどなー」
「あぁ? ムカつき過ぎて、アドレナリンがドバドバ出てんだ。そんな玩具じゃ痛みも感じねぇよ」
「……確かに、魔術師なら掠めた程度だろうね。血は出てるけど深くは無さそう。まさに化け物だね。でもいいのかな? そういう化け物じみた所だって見られてるんだよ?」
その背中には伊吹達を含めた、大勢のクラスメイトの姿。
銃弾を足に食らったにも関わらず、今こうやって立っている事実も、魔術師では無い彼等にとっては特異な事だった。
突き刺さる視線は、好奇の目。
力を使えば、その人外じみた能力はバレてしまう。
「ちっ、めんどくせぇな……」
「そこは心配するなよ風間」
と、爽やかに横から宇都見が口を挟む。
「さっきのイレギュラーの話には続きがある。今こうやって魔術師でも無い奴等が結界の中にいる。魔力によって構成された空間だってのに知覚出来ている。だけどな、普通の人間には魔力なんて物は見えない。だから、非術師にとってこれは幻。外に出れば、幻の中の記憶なんざ全部消えちまうのさ」
「ほ、本当か……!?」
「ああ。だから今はクラスメイトの事は気にするな。何したって覚えちゃいらんねぇさ……そうだよな?」
「……正解だよ、ウツミ。博識だねー」
「一般人が入り込むケースはザラにある。そん時の奴が後でどうなったのか、そういう話も聞いた。たったそれだけだ」
宇都見の学ランの裾から、黒いフォルムの鉄の塊が現れる。
込めた魔力は、戦闘態勢である事を伝えていた。
「だから気に病む事無く……お前を始末出来る。リオ、テロリストごっこは終わりだ。仲間を呼ばれる前にお前を殺す。多分、数分もかからないぜ」
教室の灯りに銃身が黒く輝く。
今さっきの状況から、その銃も本物であると言う事をクラスの全員が察していた。
故に沈黙。
風間も伊吹も、宇都見の啖呵を見守っていた。
しかし、銃口を向けられたにも関わらず、リオはやはり平静を保っていた。
「こわいねぇ。本当に殺す気じゃーん」
「……あいも変わらず、そのニヤけた顔はやめないんだな。先に降伏したらどうだ?」
「それ、こっちのセリフだよ。カザマはともかく、ウツミまで……なーんも分かって無いなんてね。ほんと、おめでたい脳味噌だねぇ」
「お前……何が言いたいんだ?」
「よく考えてもみてよ。どうして僕がここに潜り込めたと思う? いや、それだけじゃない。僕の仲間は誰に邪魔される事無く結界を張る事が出来た。これがどういう事か、分かるよね? 宇都見……」
「……!」
宇都見は血相を変えてスマートフォンを取り出した。
「博士が……いやそんな筈は……」
風間の困惑もつゆ知らず、宇都見は電話をかける。
「お、おい……なにテンパってんだよ……」
「るせぇ……ちょっと静かにしてろ……!」
宇都見はその理由も言わず、スマホを耳に押し当てる。
その表情は、不安と焦燥に満ちていた。
「……おっ! つ、繋がった! 博士っ!」
しかし、発せられたのは、聞き慣れない女の声。
『……宇都見集、高校二年生』
「……は?」
『部活動、経験無し。運動神経は下の下。女性との交友関係、多数。しかし、その数と比例して恨みを買っている』
始まったのは、宇都見と言う人間の説明だった。
「おい……アンタ、何を言ってるんだ……?」
『それは何故か? 他の生徒からの妬み? 否、それだけじゃない。裏切りだ。お前はすぐに組織を鞍替えする、半端者のクズ男』
「なんなんだよ……」
『魔術師になっても、力を持っている者に靡く精神性は変わらない。だから平気で裏切れる。嘘を吐く。プライドの一欠片も無い風見鶏……と、言った所か』
「誰だ!? 博士をどうした!?」
『殺した』
「……え?」
無情な報告が思考を停止させる。
「おい宇都見! そいつは誰なんだよ!? ヒトミはどうなったんだ!」
「は……博士、は……」
「あー、そっかー。その電話の相手はあのオネーサンかー。もう終わったのかー。まぁ死んじゃってもしょうがないよね。相手はあの『アンジェ・ルーガー』だもんねぇ」
「……!」
画面の通話終了の文字をタップし、宇都見は電話を一方的に切った。
かいていた汗が一粒地面に落ちると、少し深呼吸して上を向いた。
「おい、宇都見……?」
天井を見上げた後、再び呼吸を落ち着ける。
それになんの意味があるのか、風間には分からなかった。
否、この瞬間まで信頼していたのだから、分かる訳が無かった。
「風間、こりゃダメだ。負けだ。」
「は……?」
沈黙から放たれた言葉は、清々しい程の諦め。
にも関わらず、あまり危機感を感じている言い方では無かった。
それはまるで、他人事の様に。
「う、宇都見……ヒトミンはどうなったの? まさか、死んだなんて、嘘でしょ……?」
「ああ伊吹ちゃん、博士は死んじゃったよ。大マジさ。しかも相手が悪すぎるな。こりゃ大変そうだ」
「は? 大変そうって……? アンタ、何言ってんの……?」
「いやちょっと待てよ! そんな筈はねぇって! ほら、シャドウがすぐに俺の影から出てくる! 俺達のピンチの時は出るって話だった!」
「死んだら能力も発動しない。シャドウは現れない」
「お前……なんでそんなに淡々と話してんだよ!! ヒトミがやられただと!? あ、ありえねぇ……! 俺は信じねぇぞ!」
「どっちでもいいさ。重要なのは、これからだろ」
宇都見は動揺する風間と伊吹をよそにリオの方へゆっくり歩いていく。
「いんやぁ〜、参った参った。降参だよ、リオ。まさか影の魔術師がやられるなんてなぁ。しかもお相手があのアンジェだとは。こいつぁ流石に分が悪い」
「へぇ、ウツミ、どうしたのかな。なんかニヤけてるけど」
「シャドウの監視が無くなった。もうアイツらに固執する必要もねーって事さ」
「そういう事かぁ。ま、僕はいいけどさ、カザマ達はどうかな……?」
「あー……よし、ちょっと話つけてくるわ」
翻った先のその顔は、なんとも清々しい表情で、呪縛から解き放たれた様な爽やかさがあって、しかしそれは風間達にとって絶望的な知らせでもあった。
「お前……なんでこの状況で笑ってんだ?」
「夏休み終盤、バカみたいに溜まった課題をぜーんぶ必死こいてやんなきゃいけないだろ? それがいきなり無くなったらどうなる? やらなくても良いってなったらどう思う?」
「……冗談言ってる場合じゃねぇぞ」
「俺はやっぱ嬉しいね。そんで、夏休みの最終日まで遊び倒す。好き勝手、自由に出来るんだ。ちょ〜良いだろ?」
「冗談言ってんじゃ……!」
「おーおー、うるせ〜な〜。お前に分かりやすく教えてやったのによぉ」
宇都見は手に持った拳銃を構えた。
「おい」
「正直な話、鬱憤が溜まってたんだ。お前らと仲良しごっこなんざ、最初から無理だったんだよ。天性の正義と、真性の悪は、共存出来ない」
「やめろ」
銃口を向けると、宇都見は笑った。
戦う意志すら投げ捨て、宇都見は笑った。
引きつった風間と伊吹の表情を確認して、宇都見はやはり笑った。
「風間、伊吹ちゃん。俺、裏切るわ」




