30話 作戦会議
刻々と時間が過ぎる中、遂に作戦決行の目処は整った。
シャドウによる、身辺状況、所要時間、敵の総数、様々な視察を終え、ようやく話し合う時が来た。
普段は研究以外の事に興味の無いヒトミも、この時だけはやる気に満ち溢れていた。
それもその筈、これから行われる話し合いは超重要事項。
今、この地下研究室で、最初で最後の作戦会議が始まる。
と、思っていたが……
「何ぃ!? また喧嘩したーッ!?」
「はい……すんません……」
風間と伊吹はこの有様であった。
「なんで君達はいつもそうなるんだ!? 小学生じゃあるまいに!」
「はい……高校生です……すんません……」
その暗く沈んだ顔は、まさしく母親に怒られる小学生。
とてもレアな、風間が落ち込んでいる光景である。
「……それで、伊吹君は来なかった訳か。いい加減、勘弁して欲しいな……」
「まぁまぁ博士、今回は風間も反省してるんだ。作戦の概要は、後で俺が伊吹ちゃんにきちんと知らせるからさ」
「いやほんと、こんな時に悪い……」
「……いや、いい。もう気にするな。彼女も今回に限っては、良い意味でも悪い意味でも気合が入ってるからね。君達以上に、この騒ぎを収めたい気持ちが強いんだろう。そういう温度差とか、男女の考えの壁とか、揉める要因は想像出来る……」
「よ、よく分かるな……」
「君と伊吹君のめんどくさい関係性は流石に分かってきたよ。だがね、今は私情を挟んでいる場合じゃないんだよ。ここで失敗すれば、また一般人にどんな被害が及ぶかは分からない。ボク達だけが、対処出来る問題なんだ。そこら辺、よく頭に叩き込んでおいてくれたまえ」
「イエス! マム!」
風間は軍人顔負けの敬礼を決める。
「返事は一流だね。よろしい、それでは説明に移ろうか」
「頭が痛くならねぇ様に、出来るだけ簡単に頼むぜ……」
「平均的な高校生の頭脳に合わせて説明しようじゃないか、優等生君」
ヒトミはそう言いながら、三枚の写真を机の上に置いた。
「おお? こいつらが全員敵か……?」
「ああそうだ。一人は言わずもがな例の男。もう一人は年端もいかない少年。最後はマスクを着けた筋肉野郎だ。宇都見君、君は白髪の男以外に見覚えはあるかい?」
「そうだな……そのゴリラは知らないけど、そこのガキんちょは知ってるよ。リオって名前のマセたガキさ。俺が白髪の男と話す時は、いつもコバンザメみてーに引っ付いてたよ」
「能力の詳細は?」
「悪いけど知らないな。あの連中は力を見せる事に抵抗があるからなー」
「脳ある鷹は爪を隠すと言う事か……ではボクからはゴリラ君の情報を教えよう。鹿島聖司……高校は進学校、東京の大学に進学し、その後は不動グループの企業に就職しているエリートマン」
「ふ、不動グループ!? そんな大層な奴なのか!?」
「日本じゃ知らない人間はいない、財閥系の巨大企業集団。食品、自動車、金融、その他もろもろ……上げればキリが無いね。我々の生活の中で、不動グループの企業は至る所に存在する。そんな大手に就職したのがこの男、鹿島聖司と言う訳さ」
「へぇー。そんな奴がなんで俺らと敵対すんだよ?」
「そこなんだよ。それが分からない。どういう経緯かは分からないが、何故か例の男と繋がりがあった。まぁそこは深く考えるな。エンカウントした場合のみ、敵として対処する。あくまで標的は白髪の男だ」
「とにもかくにも、敵は三人だけか。なら、なんとかなるな。こっちも丁度″三人″だ」
「そう、だね……」
三人、その単語を皮切りにヒトミは目線を落とす。
「ん? どうしたんだ?」
「……え? どうした、って……な、何も……」
「じゃあなんでそんな渋い顔すんだよ。あ、別に伊吹をのけものにしようって意味じゃあ……」
「そうじゃない……! ボク達だけで各個撃破すればいいって話だ。君達はその時の心配だけしてればいい」
「お、おう……」
誤魔化し気味に言葉を覆い被せる様ヒトミに、宇都見は目を光らせていた。
(……博士は嘘が下手だな。あれじゃ『心配して下さい』って言ってる様なもんだ。いや、それとも……嘘がつけないのは風間にだけか……?)
あからさまな態度は、宇都見の不信を煽るには充分だった。
それ故に宇都見の顔も険しくなる。
「……おいおい、今度はお前もだんまりか? 宇都見」
「……悪い、気にすんな。話の続きをしようか。博士、敵の居場所はどこなんだい?」
「ああ……場所はここから五キロ離れた明光ホテル。奴等はそこを根城にしている。不穏な動きを見せている様だから、叩くなら早めだ。決行は明後日、土曜日の早朝を予定している」
「寝起きドッキリかますってワケか……合点承知ぃ! 俺に任せろ!」
「やけに気合入ってんな。空回りしない事を願っとくぜー」
「うるせーよ。お前は肝心なとこで裏切んじゃねーぞ?」
「ははっ! 裏切るどころか、大活躍さ! 当日は、俺が頼りになるって所を存分に見せつけて……」
そう息巻いていた途中、宇都見のスマートフォンに着信。
爽やかな笑みが崩れるのは一瞬だった。
「……もしもし」
『宇都見? アンタ今どこにいんの?』
「こ、この声はあーちゃん? 一体どうしたのかな……? デートの誘いならまた今度に……」
『どうしたもこうしたもねぇっつぅの。ウチに借金してんだろうが。今日中に返すって言ってたのはどこの誰なワケ?』
「あ、あはは〜! いや〜! 忘れてたわ〜!」
『早く持ってこいや……! 十秒で学校来い!』
「んな殺生な……! あ、ちょっ!」
電話は強引に切られ、宇都見は苦笑いのままゆっくりと二人の方に目を向ける。
「あー……すまん、ここで急用が入っちまった」
「すげぇな……今のお前の頼りなさったら無いぜ」
「しょ、しょうがないだろ! 今日返さないと、戦うどころか、その前に殺される……!」
「七瀬がやけにお前を気にかけてた理由が分かったぜ。宇都見の安否じゃなく、金の心配だったってワケだな。笑えるぜ」
「……普通に酷くない?」
「ま、まぁこっちも丁度話は終わったし、ここらで解散としようか。もうそろそろ日も沈む」
「おーけー! ならそういう事で! さ、さらば……!」
と、宇都見は額に冷や汗を見せながら、全力疾走で駆けて行った。
「まるで闇金の取り立てだな……さて、俺も帰るかな」
ドアノブに手を伸ばす風間に、ヒトミも呼応する様に手を伸ばしていた。
「あ、かざ……くん……」
「え?」
どうにも喉がつっかえて言葉が出ない。
と言うよりは、その言葉は出さない様に我慢している風だった。
そして、自然と伸びた右手を、左手でグッと引き寄せた。
「……どうした?」
「え? あー! いや、その……違うんだ。ただ、『またね』と、言いたかっただけだ。呼び止めるつもりは……」
「……そうか。じゃあな」
「う、うん。明日……じゃなかった。明後日は頑張ろう……!」
「ああ……」
必死に何かを隠す様な素振りがあった。
何かを言いたがってる様にも見えた。
ただ、聞いた所で答えてくれるかは分からず、風間はドアを閉めるその瞬間まで、ヒトミの作られた笑顔をじっと見つめていた。
どうにも儚い作り笑いだった。
※ ※ ※ ※ ※
同日、午後七時。
ホワイト陣営もある動きを見せていた。
「…………完璧っ! いつでもオーケーだよ、アニキ!」
リオとホワイトは怪しく光るモニターを眺める。
「どう出るかな、影の魔術師は……」
「あのオネーサンが上手くやってくれればいいけどねー、にゃはは」
「そこは問題無いだろう。俺の見立てでは、戦闘面に関して、彼女に勝てる魔術師はいない。相手が誰であってもね。不意打ちとなれば尚更……」
「にゃふふふ。アイツら、僕達の寝首を掻くつもりだったらしいよ。筒抜けだって言うのにさ」
「ああ……奇襲なんて、誰にでも思いつく策なんだ。俺達がやらないなんて保証は無いよな……? くくく……」
不敵な笑みを見せながら、キーボードのエンターキーを高らかに押した。
「さて、下準備は済んだ。ここから楽しもうじゃないか……」
それが破滅への起爆剤になるのか、その真意を、風間達はすぐに知る事となる。




