29話 萎む決意
ホワイトと呼ばれる謎の男、その一派の暗躍。
もう一方では、敵だった宇都見との協力宣言。
双方に緊張感が漂っていた。
そんな中、渦中にいながらも能力を持たない伊吹は、守られているだけの現状に嫌気が差していた。
しかし、自らが魔術師となる選択には踏み出せなかった。
気持ちの問題ではない。
風間がそうさせなかったからだった。
かと言って他に手段がある訳でも無く、考え抜いた結果、やはりここは詳しい人間に聞くのが手っ取り早いと考えた。
故に伊吹は地下の研究室に至る。
「……えー、つまり君も何か役に立ちたいと?」
「そう! 力を貸してよ、ヒトミン……!」
あまりに真っ直ぐな眼差しに苦手意識を覚えたのか、ヒトミはやや目線を外しながら耳を傾けていた。
「敵のアジトに乗り込むって話だったけどさ、置いてけぼりなんて無しでしょ。そりゃあ、アタシはなんの力も無いけど……それでも、役には立ちたいじゃん。少しは恩を返したいじゃん……!」
「君が一人でここに来るなんて珍しいと思ったが……やれやれ、そんな事を考えていたのか……」
「お願いっ……! こんな事頼めんのヒトミンだけだし……!」
ヒトミは呆れた表情でため息をついた。
「……却下だ。そもそも君は連れていかない。君が来る事自体が既にリスキーなんだ」
「な、なんで……!」
「大体ね、まず君はそのブローチを手放してくれよ。君の我儘で手元に置いているが、それがそもそも危険なんだよ。奴等の狙いがそのブローチだって分かってる?」
「そ、それは……だって、これは……アタシの宝物だし……」
伊吹はそう言ってスカートのポケットを上から抑える。
「形見なのは分かっている。それを一度落としてしまったせいで、こんなおかしな事件に巻き込まれた事もね。だが、巻き込んでしまった以上責任は取るつもりだ。その為に、君には大人しくしていて欲しいんだ」
「でもそしたらアンタらが危ないじゃん!」
「……常識的に考えれば分かるが、魔術師の世界と言うものは、非術師が入ってはいけない領域なんだ。君の身ではとても危険だ。何度助けられたとて、それは恥ずべき事じゃない。君はただの人間なんだから」
「そうかもしんないけど……! 自分が許せないよ……」
「伊吹君……」
二度、死にかけた。
風間は、その度に助けに来た。
分かってはいた。
例え無力でも、自分のせいで彼を危険な目に遭わせている事実が、ただただ耐え難かった。
「今までの人生、色んな人に散々迷惑かけてきた。だからせめて、目の前にある道くらいは、自分の足で歩きたい。壁があるなら、自分の手で壊したい……!」
その覚悟は、白く質素な小さな部屋にこだました。
「……そうだね。その気持ちはよく分かるよ。確かに、見ているだけは気分が良くない。ましてや、傷つく彼の姿を見ているのだからね」
「馬鹿な事言ってるのは分かってる……それでも、何かしてなきゃ嫌なんだ……」
今度の溜め息は、諦めのものだった。
「分かった……いいだろう。君の期待に応えてあげようじゃないか。ボクから、役立つ物をプレゼントしよう」
「ほ、ほんと……!?」
「ああ……ただし、二つ約束してくれ。一つは魔術師以外には使わない事。もう一つは……勝手に死んだら許さない……だ」
その目はいつもの気怠げな雰囲気とは打って変わって、突き刺す様な視線は、真剣そのものだった。
※ ※ ※ ※ ※
屋上に積まれた机に腰かけていた伊吹は、カーディガンのポケットから、いかにも危うい刃物を取り出す。
「……で、これがその『プレゼント』ってワケ」
校庭の景色を見ていた風間も、踵を潰した上履きのまま、彼女の方へ歩み寄った。
「なるほど……それがその魔道具か。また物騒なもんを貰ったもんだ」
伊吹の手には、見た目は完全に果物ナイフの、黒い短刀。
刀身には、波打った様な白い模様が描かれている。
風間の視界にも、いつものモヤが見えた。
「『シェークナイフ』、魔力を通しやすい素材で出来てるんだって。色々説明されたけど……なんか難しくてよく分かんなかったな。まぁとにかく、これなら魔術師にも効くんだってさ」
「確かに、そのナイフから魔力がビンビン伝わってくるな。それ、結構な上物だぜ」
「これなら自分の身くらいは守れる。頼ってばかりじゃいられないし。アタシだって、少しは役に立たないと……」
「おいおい、お前、マジに戦う気か?」
その言葉に、伊吹は少し下を向いた。
「……当たり前じゃん。足手まといにはなりたくない。ヒトミンに話したら分かってもらえたし……」
「別に役に立たなくていいだろうがよ。残念だが、お前に出る幕はねぇぜ? なんせ、俺の調子は今すこぶる良いからな。負ける気がしねぇ」
「……」
「大丈夫さ。お前は安心していいぜ。この俺様がちゃんと守ってやらぁ」
「……あっそ」
伊吹は不機嫌そうに立ち上がる。
「伊吹……?」
「前もそうだった。何もしなくていい、とか……何も出来ないって分かってても、言われた方は傷つくんだよ。お前は使えないから何もするなって? そういう事でしょ?」
「な、何もそこまでは……!」
「ムカつくんだよ、そういうの……アタシがどんな気分で守られてると思う? どんな気持ちでアンタ達と一緒にいればいい? これじゃあ結局一人のままじゃん……! 全然信頼されてないじゃん!!」
「おい!」
そのまま立ち去る伊吹に、風間はうまく声をかけられなかった。
デジャヴと言うよりも、もはや恒例行事。
「おいおい、何回目だよ……このパターン……」
そして、その光景を遠目に見ていたのは、やはりこの男。
「……うん、今のは百パーお前が悪いな」
と、宇都見は当たり前の様に背後に立っていた。
腕を組み、まるで運動部の監督の様な立ち振る舞いで。
「てめっ! また盗み聞きか!」
「お前はレディの扱いがなっちゃいないな。前々から思ってたけど、だからお前はモテないんだ。会話のセンスがまるで無い。そこらの小学生の方がまだマシだ」
「んだと……!」
「なんで伊吹ちゃんの頑張りを否定する様な事を言った? 自分の為に頑張っているお前に、少しでも楽をして欲しくて、博士に色々相談したんじゃねーのかよ」
思わず手が出そうになったが、宇都見の正論過ぎる言葉に立ち止まる。
「それは……でも、アイツが戦う理由なんて……」
「自分のケツは自分で拭く。お前だってそういうタチじゃないのか?」
「…………ムカつくくらいに言い返せねぇ」
「少しは信用してやれよな。俺はあの子の事は全く知らねーが、中々にタフな子だってのは俺にも分かる。最近一緒にいるお前なら、分かってやれるだろ」
「……なんでお前に諭されなきゃなんねぇんだ」
「俺は嫌いな奴には説教したくなるタチなのさ」
「全く良い趣味してやがるな。嫌いな奴にわざわざ絡みに来るなんて、脳みそ爆発してるぜ」
「女の子の機嫌も取れないお前には言われたくないな。それよりいいのか? 俺にかまってたら、謝るタイミング失うぜ? こういうのは長続きすると、かえって重くなるぞ」
風間は少し考えてから、結局その場で座り込む。
「……別にいい。元々仲良くなんか無かったんだ。例の野郎をとっちめりゃ、前の関係に戻る。隣の席の、ただのクラスメイトにな。だから、これでいい」
「後悔しなけりゃいいけどな。ま、そっからはお前の問題だ。勝手に喧嘩でも仲直りでもすればいい。そっちの人間関係も、俺にとっちゃどうでもいい話さ」
「そうだな。俺らも、このワケ分かんねぇ戦いが終わりゃもう絡む事もねぇ。せいせいするぜ」
「奇しくも同意見だな。それまでは良好な関係でよろしく頼むぜ」
「けっ……シャドウに監視されてるから反抗出来ねぇんだろ? 宇都見君よぉ」
「おーおー、やっぱりウザイなぁ……」
互いに皮肉を言い合う立ち位置は変わらない。
近づく事も、かと言って離れる事も無く、質の悪い距離感と、苛立ちだけがそこにあった。
「(……俺がこのままでいると思うなよ)」
「あ? なんか言ったか?」
「……なーんにも」
シャドウの監視など、ふとした拍子に壊れてしまう脆い首輪には変わりない。
信頼も友情も無い、風見鶏の様な関係なのだから。
それ故、宇都見は邪悪に微笑む。




