28話 烏合の衆
煌びやかなシャンデリア、大理石の床、壁に飾られた有名画家の絵画、まさに、絵に描いた様な高級ホテル。
そのフロント、これまた高級そうなソファに腰かけるのは、白髪赤目のあの男。
白シャツにジーパンと言うラフな格好。
それもその筈、本来ならば人で溢れ返った空間だが、秘匿結界によりこのホテル内を自由に扱っている。
ハリボテの空間とは言え、質量は全て本物。
本物と違う点は、従業員も他の客も存在しない静寂な空間である事。
隠れ家にしては充分過ぎる。
目の前のモダンなテーブルにはモーニングコーヒーが置かれ、スマートフォンを眺めながら、それを優雅にすする。
なんとも贅沢な一時。
それは誰にも邪魔されない、憩いの空間。
「んー、そろそろかな……そ、そうだ! 香水とかつけとこうかな……」
そわそわと誰かを待つ男のもとに、一人の少年が現れる。
まるで猫の様に、あくびをしながらの登場。
「アニキが緊張するなんて、珍しいにゃー。ほーら、リラックス、リラックス〜」
黒の短パン、カーキのジャケット、クセのついた長めの茶髪はダウナーな印象を演出していた。
身長は低め、声は女性と変わらないくらい高め。
中性的で、中学生くらいの容姿。
特徴的な口調と、童顔な事も相まって、余計に幼く見えてしまう。
「緊張はしていないさ。ただ相手は初対面だからね。第一印象は重要だろう?」
「じゃあさ、この前のスーツとか着ればいいんじゃない? あれならピシっと決まるよね」
「あれは普段着じゃないんだ。戦闘服みたいなものだよ。魔力が伝達しやすい素材でね、攻防共に隙が無くなる。そんな物を着てたら、逆に威圧してるみたいだろう?」
「え〜! アニキのスーツ姿、かっこいいのにな〜。あ、そういえば、この前の作戦はどうなったの?」
「……おいおい、もう忘れたのかい? アキノに遺物を奪わせる手筈だったが、結果的に暴走。その後の消息は不明だ。おおよそ、負けて捕まったんだろうさ」
淡々と話しながら、テーブルに並べたティーカップに、一つずつコーヒーを注いでいく。
「この前のウツミもダメだったもんねぇ。わざわざ″兵隊″たくさん持ってったのに、負けちゃって……」
リオと呼ばれた少年は呆れ気味にソファに腰をつく。
「兵隊、ね……あれは所詮、魔力を与えただけの一般人だ。元々の運用は、風間蓮斗がどんな固有魔術を持っているのか、それを確かめたくて運用していたけど……」
「ただ馬鹿みたいに殴って来ただけ。それらしい魔術は披露しなかった。それじゃあ分かんにゃいよねー」
「ああ。アキノも恐らくは奴にやられた。風間蓮斗の能力も、実力も、全て未知数だ。だが、次の作戦は安心していい。助っ人さえ来れば、後はどうとでもなるのさ」
「ふーん……なんか大変そうだにゃー。なんでそんなにイブキリョウカの持ってる遺物にこだわるのさ。たった一個の遺物欲しさに、そんなリスク背負う価値ある?」
男はティーポットを置き、クールに口角を上げた。
「あるんだな、それが……」
「へぇ〜。ま、いいや。僕、眠くなってきちゃった。寝ててもいい?」
「……いや、起きててくれ。もうご登場の時間らしいから」
「んー?」
カーペットの床を大股で踏みしめながら、男が現れる。
威厳と風格の漂う、厳格そうな男だった。
筋骨隆々、センター分けの黒髪、口元を晒したくないのか、黒いマスクを着けている。
身長も高く、アスリートと勘違いするくらいに大柄だった。
「あの人が今回の協力者の内の一人。粗相は無しだよ?」
「わ、分かった……」
白髪の男は立ち上がって軽く会釈をする。
「いやぁ、わざわざ来て頂いてありがとうございます。疲れたでしょう。どうですか、一緒にモーニングコーヒーでも……」
「悪いが、あまり長居したくないのでな。話は手短に」
スーツの男は、その鋭い目つきで、不愉快そうに白髪の男を睨みつける。
「……おーっと、これはこれは。でもそれはそうですよね。この事が貴方様の″主人″にバレたら……」
男の眉がピクリと動く。
「おい、余計な詮索は無しだ。共闘を無碍にしたくないなら、その不快な口を閉じろ」
次に睨み返したのはリオだった。
「……ねぇアニキ、こいつ殺していい?」
「落ち着くんだリオ。ここは社交的な場だ。ああ、そちらも、あまりウチの連れを刺激しない様に。えっと……何さんでしたっけ?」
「先に名乗らねばならないのも不快だな……鹿島だ。礼節を重んじるなら、貴様も名乗れ、白鼠」
「はっはっは! センスのあるあだ名だなぁ! ええ、ええ、そうですね。ならば、『ホワイト』、とでも名乗っておきましょう」
「あくまで騙るか。好きにしろ……」
「お気に召して頂いて何より……さて、もう一人も来たようで……」
ホワイトと名乗った男は、鹿島の後ろを覗く。
「お待ちしてましたよ。アンジェ・ルーガー」
彼だけがその存在に気づいていた。
未だ、エントランスの扉の付近。
そこにいる女の存在に。
「……異常な察知能力、気色悪い男だ……」
ふんわりセミロングのベージュの髪に、切れ長の碧眼。
モデルの様な細長い脚、それを黒のブーツが女性らしさを際立たせていた。
黒スーツにタイトスカートを着ていて、さながらSPの様な風貌。
全てを見透かす様な鋭い眼、それでいて、清廉で可憐な容姿。
コツコツと床を鳴らしながら歩くその姿は、まるで『天使』の様だった。
そのあまりに上等な容姿に、反応する小僧が一人。
「うわ……めちゃくちゃ美人さん……! 僕、この人とは仲良く出来そう!」
「貴方が来てくれたら、作戦も上々、成功間違い無し、ですね」
喜々とする二人の横で、鹿島は動揺を見せる。
「アンジェ……まさか、あのアンジェか……こんな所でまみえるとは……」
「……ふん、人の顔を見るなり失礼な奴だ。お前に何か不都合でもあるのか?」
「い、いや……なんでもない……」
アンジェの威圧的な眼差しに、鹿島は更にたじろぐ。
「世辞も御託もいらない。さっさと話を始めてもらおうか。ホワイトとやら」
「……ええ。まずはどうぞおかけになって……」
「立ったままでいい。こちらも長居する気は無い」
(うぅ……なーんか、皆冷たいな……)
冷ややかな態度に若干傷つきつつ、ホワイトは咳払いをする。
「……ええ、それでは手短にいきましょう。わたくし達の目的は、伊吹涼香の所持する遺物の回収。それだけ聞くと簡単に聞こえますが、相手の一派の中には、あの影の魔術師がいます」
「影の魔術師……これまたビッグネームだな。だが、名前だけが一人歩きしている様な奴だ。貴様、本当に正体を知っているんだろうな」
鹿島は再び睨みをきかせる。
「ご心配には及びません。わたくしの目に狂いはありませんよ。あれは確実に影の魔術師、『ハザード級』の一人である事は間違いないのです」
「……だからこのアンジェを呼んだ訳か」
「ええ……貴方なら足止めは可能でしょう? 同じハザード級のアンジェさん」
「影の魔術師か……面白い。どの道、対抗出来るのはこの私くらいだろうしな」
「おお、心強い。ですが、あまり時間は残されていない。何しろ、伊吹涼香が力に目覚める危険性もある。奴等がこの場所に気づく可能性もある。ここはスピーディーにいきましょう」
「……作戦の概要は?」
アンジェは食い気味に疑問を投げつける。
「……先程話した通り、アンジェさんは影の魔術師の排除。そして、鹿島さんは伊吹涼香の無力化、及び風間蓮斗の排除。サポートは、ここにいるリオが請け負います。仲良くやって下さいね」
ホワイトはリオの頭を小動物の様に撫でる。
「ふん……まぁ良いだろう。だが、見返りの件は忘れていないだろうな」
「勿論ですよ、鹿島さん。貴方の目的は魔女の遺物。そして、アンジェさん、貴方の目的は……」
「伊吹涼香の命だ……腕を折ろうが、足を折ろうが、状態は構わない。だが、始末は私がやる。それさえ守ってくれれば、こちらから言う事は無い」
「ふふふ、皆さん、腹は決まっている様ですね……いやぁ安心しましたよ……くくく……」
アンジェと鹿島は了承しつつも、不信な面持ちで男の顔を覗く。
何せ、目の前にいるのは得体の知れない魔術師。
異様な雰囲気を纏っているのを、肌に感じていた。
故に警戒をずっと強めているが、ホワイトはなんのけなしに、天井を見上げ笑っていた。
彼にとっては、警戒されている事実など、毛ほども興味は無いのだから。
「ああ、前夜祭の様な良い気分だ……楽しみだ、奴等の顔を拝むのが……」
恍惚な表情は、本当に祭りを待つ子供の様な顔だった。
争いを心の底から好む、異常者の顔だった。
戦いの幕が上がるのは、最早時間の問題。
刻々と迫る危険を、風間達は知るよしも無かった。




