27話 宇都見、再び
宇都見集、この男とのファーストコンタクトは不思議なものだった。
入学当初から、『ヤバい奴』として周りから見られていた風間は、完全に孤立していた。
しかし、その状況が多少マシになるのは、宇都見がいきなりアメリカ人顔負けのボディランゲージを決めたのがきっかけだった。
いきなりの熱い抱擁、訳の分からないハイテンションな言動。
風間自身も、その時にはぶん殴ってやろうかと思ったが、なんとも奇怪な事に、手は出なかった。
しつこく、皮肉に、それでいてどこか爽やか。
他人の顔色を見ている様で、我を持った宇都見の性格は、これまた奇妙な事に、風間とは波長があった。
それから、一年と言う歳月をかけて、次第に友情を感じ始めていた矢先、あの駐車場での戦闘は起こってしまった。
あれから一週間以上、再び宇都見とまみえた風間は、友情を感じる事は無かった。
それ故、見た瞬間には既に拳を握りしめていた。
数秒後、思わず目を伏せる様な右手ストレートが炸裂する。
「おぉらぁぁぁ!!」
「ごふっ!!」
有無を言わせずぶん殴る風間。
地べたに這いつくばる宇都見。
それを見て不安げな伊吹。
三者三様、はたから見ればおかしな状況だった。
「どのツラ下げて来やがった宇都見ぃ! のこのこと学校来やがってよぉ!」
「そりゃあ、俺はここの生徒だぜ……? あんまり休むと進級に響くだろうが……いてて……」
「おい伊吹、ちょっと下がってろ。こいつは何すっか分かんねぇ」
「おいおいおい! そいつぁ心外って奴だ! 俺はなんにもしてないぜー? お前は罪の無い通行人すら殴るのかー? そりゃないぜー!」
口から血を流しながらも、そのふざけた態度を止める気配は無かった。
「何もしてないだと……? お前、歯全部折るぞ」
「いやぁ、怖すぎだろ兄弟! あっはっは!」
埒が明かない状況の中、風間のスマホがブルブルと震える。
風間は舌打ちしながらも、その着信に応じた。
「……もしもし?」
『やぁやぁ風間君。元気かい?』
「いいや、全く。今さっき元気じゃなくなったとこだ」
『あー、なるほど、宇都見君のせいだね。今シャドウの視界をジャックさせてもらっているよ。無事に合流出来たようだ。いや〜良かった良かった』
「なっ! もしかして、こいつを送ったのはヒトミンか!?」
『いかにもそうだ。と言う事で、今日の放課後、ボクのラボで待っているよ。ちゃんと、″三人″で来るんだ。分かったね? それじゃ』
一方的に切られる電話、そして、それを見てまたニヤける宇都見。
「つまりよー、俺が出歩いてんのは博士公認なんだって。いい加減分かってくれねーか?」
久々の会話で分かった事、それは宇都見の性格。
人の神経を逆撫でする喋り方は、なんら変わっていなかった。
「こいつ……!」
「もういいよ風間。こんな事してても平行線のまんま」
「でもこの野郎を野放しには……!」
「分かってるって。多分だけど、宇都見の影にはシャドウが入ってるんじゃない? 見張ってれば、悪さ出来ないだろうし」
「おっ! さすがは伊吹ちゃん! そこの石頭より賢いなぁ!」
「お前、右足折るぞ」
「おい兄弟! 冗談でもビビるぜ! あっはっは!」
「とにかく! 昼休み、そろそろ終わるし、一回教室戻ろ? アタシはこの前事件現場にいたワケだし、今はあんまり悪目立ちしたくないし……アンタだって同じ気持ちなんじゃない? 宇都見」
「伊吹ちゃんなら、下の名前で呼んでくれてもいいよ?」
「調子乗んなし、クソ野郎。苗字呼ばれんのすらキモいわ」
「ふー! 辛辣ぅー!」
と、伊吹は苛立ちを見せながら、足早に屋上を後にする。
その場には男二人が残された。
裏切り者と、裏切られた者、異様な空気が辺りに流れる。
「……いやー、参ったな。でもまぁ、そりゃあ嫌われるよな。殺そうとしたもんなー」
「マジで何がしたいんだ? てめぇは」
「はは、お前に言っても分かんねーよ。足りねぇ頭でちっとは考えるんだな」
「どっちが足りねぇ頭だ? さっきの言葉は冗談じゃねぇぞ……?」
風間が右足で一歩踏み出すと、宇都見はそっと手の平を前に突き出した。
「おっと、あんまり怖い顔で近づくなよ。そんな顔されたら……」
宇都見は、まるで手品の様に学ランの裾から銃を取り出す。
「撃つぞ。風間」
そう言い放った顔は、ふざけた態度を微塵も感じさせなかった。
あの戦いの時と同じ、冷酷な目だった。
向けられた銃口を覗きながら、風間はため息をつく。
「…………なるほど。やっぱりてめぇとは、二度と馴れ合いはごめんだ」
「奇遇だな。俺もそう思ってたよ。あの時、俺の誘いを断ってなけりゃ、こんな事にはならなかったかもな」
「馬鹿が……おら、殴らねぇからさっさと行けよ。伊吹の言う通り、目立つと面倒だぜ?」
宇都見は拳銃を再び裾にしまい、その場で翻す。
「じゃ、お言葉に甘えるわー。あぁ、そういえば、伊吹ちゃんとは仲良くなれたかよ」
「……お陰様でな」
「そうか……そいつぁ良かった」
風間からは太々しい背中しか見えなかったが、その表情は、挑発的な態度とは程遠く、曇っていた。
※ ※ ※ ※ ※
御影ヒトミの研究室は、もう使われていない廃工場の地下に隠されている。
それは人目につきにくくする為か、はたまた彼女の趣味なのか、彼女のみぞ知る。
部屋は三つ程、大きさはマンションの一室と変わらないくらい。
中にあるベッドも合計三つ。
各部屋に配置されている。
そして、今、彼等の目の前に置かれているベッドに、例の女は横たわっていた。
「……さて、呼んだのは、色々とこちらで進展があったからだ。纏めて三つ……まずは一つ目、この女の情報だ」
伊吹の表情が少し険しくなる。
「明野楓、地元の大学に通う女学生だ。交友関係は広くないが、常に明るい性格で、コミュニケーション能力も平均以上。あまり人と関わらなかったのは、魔術師である事を隠す為だろうね。上京して、都心の大学まで来たようだ。そして……!」
ヒトミは目をクワッと広げ、後ろのホワイトボードに一枚の写真を勢いよく貼り付ける。
「……! こいつが……!」
その写真には男が写っていた。
白髪で長髪の男、聞いた情報と合致する。
「ああ、例の男さ。明野は最近まではバイトで学費を賄っていたが、きっかり一年で辞めている。これは明野の知り合いから得た情報だが……辞める少し前、この男と話している所が目撃されたらしい」
「えーっと……買収されたって事?」
「Genau(その通り)。鋭いね、伊吹君。ボクが遭遇したこいつが、やはり事の元凶だと思う。そして、二つ目は……」
「俺が話すんだろ? 博士」
「……そうだね。ふざけずに頼むよ」
「善処しまーす。さっそく話させてもらうが、さっきの話と同様、俺もこの男の所で『アルバイト』してたってワケ。仕事内容は、大体はブツの回収。『魔女の遺物』って奴さ。コレクター気質なのか、たくさん集めて何をしたいのかは俺にも分からない」
「そいつも魔術師なんだろ? 既に力に目覚めてる奴が、その遺物って奴を持ってて何か意味があんのかよ」
「基本的には無いね。アレは力の覚醒を促す物だ。既に魔術師となった人間には無用の長物。歴史マニアか、真の価値を知っている人間に売れば、金にはなると思うけどね」
「……とまぁ、そういう感じらしい。俺の推測じゃあ、こいつの目的は『ビジネス』だな。手に入れた遺物を売り捌いて、下のもんにマージンが回ってくる。そこら辺のマルチ商法よりは信用出来るが、ミスったら……おー怖い怖い……」
「ミスしたらヤバいって話なら、お前は一体どうなるんだよ。伊吹の持ってる遺物の回収は失敗したんだろ?」
「ああそうだな。俺の今の状況はちょーヤバい。そこがミソなんだ。ねぇ博士?」
「……ああ。さて、三つ目だ。心して聞いてくれよ」
風間と伊吹は唾をゴクリと飲み込み、ヒトミはいつになく真剣な表情でホワイトボードを裏返す。
「こいつは……」
「奴の根城が分かった。ボク達は、ここに奇襲をしかける」
ボードに書かれていたのは、市の地図。
赤くバツ印が書かれた場所が、恐らく男の居場所である事を表していた。
「奇襲……今度はこっちから仕掛けるってワケか。ちょっとワクワクして来たぜ……!」
「とは言ったものの、ここからは慎重に立ち回らないといけない。この前の様に、民間人が巻き込まれるケースもあるし、敵の実力は未知数だ」
「ヒトミンが逃しちまうくらいだしな……」
「……その上、奴の根城には、初見の魔術師も何人か潜んでいると思う。現状、戦える魔術師はボクと風間君だけ。このままじゃ勝算は薄い」
「おいおい、それじゃあどうすんだよ?」
「……えーっと、だから……」
逃げる様なヒトミの視線の先にいたのは、言うまでもなくあの男。
「この俺、宇都見集が手伝ってやろうって話だ。つーワケでよろ〜」
「「…………」」
一時は敵として戦った宇都見の、共闘の申し出。
自信満々な宇都見を見て、急に気分が落ちる風間と伊吹。
戦力増強とは言え、チームワークには不安しか無く、ヒトミは苦笑いを浮かべていた。
「ま、まぁそう言う事だから! みんなで頑張ろー! あは、あははは!」
「「…………」」
「うわっ……俺の好感度、低すぎ……?」
かくして、ここに新たなチームが結成されたのだった。
嫌な邂逅を果たした三人を見て、再びヒトミは頭を抱えるのだった。
(幸先不安過ぎる……)




