26話 一難去って……
四月は中旬に移り変わり、クラスの雰囲気も徐々に色を変えていく。
授業等の勉学に対する姿勢はそう変わらないが、今までとは違う相手との交流。
これが何よりの変化だった。
普段話していた相手がいなかったり、逆に縁が無かった相手が隣にいたり、クラスが変わると言う事は、人間関係に多大な影響を与える。
そして、何より変わったのが……
「ねぇ、りょーちゃん。今度また三人でカラオケでも行こーよ」
「そうそう。涼香、マジで歌うまいしさ。ウチもまた聞きてーし!」
「あんがと。別にいいよ。どうせ暇だしね」
異様さを覚える光景。
そこには怒りも恨み言も一切存在しない平和な日常。
それ自体はただの学校のワンシーンに過ぎない。
だが、伊吹涼香が他人と楽しそうに話している。
それこそが異様さの原因だった。
「……いつの間にか、ダチみてぇになってんな。お前ら」
「あぁん? 乙女は情にアツいんだよ。ウチら、涼香に命助けられてっから」
「うんうん、そしたらもうマブでしょ。B・F・Fっしょ。ね、りょーちゃん♪」
「あはは……」
七瀬朝陽、黒木夜香、この二人はあの事件の明朝、いきなり伊吹の所に現れ、一方的に謝罪し、一方的に絡む様になったのだった。
あれ以降、伊吹もかなり丸くなり、あの二人とも普通に会話をしている。
それはもう、普通の友達の様に。
「けっ……前まであんなに仲悪かった癖によ……」
「うわ、風間っち、ヤキモチ妬いてる男はモテないよ〜?」
「ヤ、ヤキモチだと!? 変な事言うんじゃねぇ!」
「うっわー、風間ってそういうとこあるよなー。いくら、涼香が好きだからってさー。独占欲って奴?」
「違えっつってんだろ! なんでも恋愛話にしようとしやがって! おい伊吹! お前からもなんか言ってやれ!」
「ははは、いーじゃん。二人とも楽しそうだし」
「お前……なんか性格変わってねぇか……!?」
「は、はぁ……!?」
それは伊吹本人も気づかない変化であり、風間からすれば天地がひっくり返る程の変わり様だった。
何せ、最初はこの世の終わりの様なファーストコンタクトで、パーソナルスペースを尊重し過ぎた机の離し具合だった。
しかし、今の彼女は、休み時間は友人と他愛のない会話をし、周りの視線などを気にする事も無い。
近くにいるにも関わらず、ヒソヒソとチャットを打っていた事も、最早懐かしさすら覚える。
いつの間にか、伊吹の″普通″は大きく変わっていた。
「あ、やば、そろそろ購買のパン売り切れるわ」
「え!? ヤバいよヤバいよ〜! リアルにヤバいよ〜! 走るよあーちゃん!」
「マ? だりー……つーワケで、また来るわー。じゃね、涼香」
「……うん。また」
おもむろに時計を確認したと思ったら、嵐の様に去っていく二人。
そんな背中を見送り、伊吹はクスクスと笑う。
「ん?」
「いやぁ、確かにちょっと変わったかも。あの二人と仲良くなるなんて思わなかったし」
「最初はびっくりしたもんだ。アイツら、また突っかかって来るかと思ったら、いきなり『すいませんでした!!』だもんな」
「そーそー、で、気づいたら一緒になって駄弁ってたわ。こんな感じなんだね。学校で楽しく過ごすって。ほんと、アタシは何を意固地になってたんだか……」
「話してみたら、割と良い奴らだったろ?」
「うん……あーあ、こうなるんだったら、いっそ同じクラスが良かったな」
「そこは、来年に期待だな」
「来年か……これからどうなるんだろ、アタシ達……」
ふと、未来の事を考えると、途端に思い出す。
あの時の情景が。
地獄の様な体験が。
未来に希望を持てる様になった反面、襲われた事実だけが気がかりだった。
それは、明るい明日さえも奈落に叩き落とす、対処しなければならない問題。
「……なぁ、昼休み、まだ時間あるよな?」
「え、多分……」
「ちょっと屋上で話そうぜ。ここで話すにはちょっとな」
「……分かった」
若干重い足取りで屋上へと向かう二人。
魔術師絡みの事をクラスで話す訳にはいかず、いつの間にか、屋上は二人の溜まり場となっていた。
「……ふっ、楽しそうじゃんか……」
そこに、二人をつける怪しい人影。
秘匿は最早、そこには無かった。
※ ※ ※ ※ ※
水羽大橋での炎上騒動から一週間弱、捕まっていない犯人に対して、地元民の間では、『手から火を放つ女がやった』、『あれはきっと魔女の仕業だ』と、いろいろな憶測が飛び交ったが、結局の所は捕まっていないので分からない。
そういう結果に落ち着いた。
無論、それは表向きの話。
事件の元凶である明野は、ヒトミの研究室にて拘束され、今は眠らされている。
これは警察が動いた所でどうにもならない話であり、魔術に関わりの無い一般人では想像もつかない突飛な話だった。
これを知るのは、風間と伊吹とヒトミ、そして、明野と知り合っていた謎の男だけだった。
「……まぁ、あの女は今んとこ問題ねぇ。ヒトミンに任せときゃ安心だろ。だが、問題なのは真の首謀者だ。そいつをなんとかしねぇ限りには、俺らはずっといつ来るかも分からねぇ奴等に怯えるワケだ」
「白髪の赤目の男……そんな目立つ奴なのに、まだヒトミンが見つけられて無いんでしょ? ワケ分かんないし……」
「シャドウに色々と探らせてるらしいが、ダメらしい。一応、俺らのボディガードに一人ずついるとは言え、元凶が健在って思うと、やっぱ心配だよな」
シャドウが返事する様に、二人の影の中で小さく蠢く。
「……アタシも魔術が使えたらな」
「その必要はねぇ。お前、ようやく学校生活がマシになって来たんだろ? もういいじゃねぇか」
「でも……」
「その白髪野郎をぶちのめせば終わる話なんだ。だから、俺とヒトミで終わらせる。お前までこっち側に来る必要はねぇよ」
「……どうしてそこまですんの? 別にアタシにそこまでの恩なんて無いじゃん」
「ここまで来たら今更だろ。心配すんな。この俺様がちゃちゃっと終わらせてやるぜ」
「そんな事言って……アタシがまた手助けする流れにならなきゃいいけど」
「み、耳が痛えな……」
バツの悪そうな風間を見て、伊吹は悪戯に笑う。
「そういえばよ、七瀬と黒木って、なんでいきなりお前にあんなベタベタしてんだろうな。一応は、宇都見の件はまだ誤解されてたまんまだろ?」
「え? いや、その事は勘違いだったって話で終わったし」
「……そうなのか?」
「うん。宇都見と連絡取れたらしいから、誤解はもう解けたってワケ」
「うんうん、そいつは良かった……ん? 待て。宇都見と連絡取れた?」
「んー……あれ? って事は……」
話に夢中だったせいか、屋上に続く扉が開いた事を二人は知らない。
背後に誰かがいる事すらも気づかず、その話を、この第三者に聞かれているとは、知るよしも無かった。
その男は、既に背後。
「おーおーおー、そんなに俺の噂をされたら、くしゃみが出ちまうよ。なぁ、風間、伊吹ちゃん」
その飄々とした物言いは、最早推測するまでもない。
「てめぇは……!」
振り返ると、そこにはニヤケ面をかますアイツが立っていた。
「……宇都見っ!」




