22話 最高で最大の反逆を
燃え盛る火の音だけがパチパチと頭に響いていた。
それ以外の物事など、全てが目を背けたくなる現状で、脳内はひたすらに拒絶を繰り返していた。
「あはっ、あはっ! ねぇ伊吹ちゃん、今どんな気持ち? 悔しい? 悲しい? ムカつく? それとも怖い?」
「なんで、アンタ、なんかに……」
ガソリンが抜けていく様に、右足から血が流れ続けている。
あの不意の一撃で、右足には風穴が空いていた。
立つ事もままならず、そのまま地に座り込む。
「あ〜あ、なんかもうダメそうよね。でもまぁ、知りたいよねー。なんで私が分かったかって話。まぁ単純だけどね。ここ、敢えて攻撃しなかったから」
「……!」
「周りを全部火の海にしちゃえばさぁ、焼け死なない様にここを目指すでしょ? だから、あらかた攻撃した後に、すぐにここに来た。そしたらあなたがいたって訳。う〜ん、必然だね」
「それじゃあ……最初から……!」
「そう! ぜ〜んぶ無駄ぁ! もしかして、助けが来たと思ったぁ!? 残念でした♡ あっはっはっはっはっは!!!」
「クソ……! クソクソクソ……!」
どうしてこうなった。
アタシは結局、何も……
絶望を煽る様に、アキノは右手をかざす。
「……最後に聞くけど、あなた、何か変われた?」
「は……?」
「変わるだとかなんだとか! 言ってたでしょうがぁ! 結局あなたは! いや、お前は! なんにも変わってない! 無様に死ぬ未来も! 変えられなかったねぇ!!! ざまぁみろ!!! あーはっはっはっはっは!!!」
「くっ、ぅぅぅぅ……!!!」
惨めだ。
何も出来ないまま終わるんだ。
誰でもいいからなんとかして欲しい。
アタシ、こんな所で死にたくない。
死んだらどうなるの?
知りたくない、知りたくない、知りたくない。
「あーっはっはっは!!! さっきまであんなにイキってたのにこれぇ!? 笑っちゃうわ! ほんと笑っちゃうわ!!!」
何も変わってないじゃん。
変わったなんて、まやかしじゃん。
この女の言った通り、全部口だけじゃん。
でも、普通に考えたら、こんなの無理じゃん。
こんな頭のおかしい奴、アタシ一人じゃどうしようもないじゃん。
「あはっ! 愛しのカザマクンは来なかったねー! お前が死んだところを見たらどんな顔するかなぁ!? ちょーーー楽しみぃ!!!」
「な、なに……?」
「お前の死体を置いといたらさぁ、泣くかなぁ? 怒るかなぁ? それでさぁ、その様子を動画で撮ってさぁ、ネットに上げたらウケるかなぁ? ちょー泣けるんじゃない? あははははは!!!」
女は歪んだ笑顔で笑っている。
「で、その後にカザマクンも仲良く殺しちゃうのよぉ!!! 二人の死体を並べてくっつけて! 手なんか繋いじゃって!? それって『作品』じゃなぁい!? 超感動的ーッ!! ひゃーはっはっはっは!!!」
弱気が全部、燃え尽きた。
「お前……お前お前お前ぇぇぇぇぇ!!!」
体中がはち切れそうな怒りに包まれている。
最早恐怖も悲しみも無い。
この狂人を野放しにしてはいけない。
怒り以上に、使命感があった。
今まで芽生えた事の無かった、正義感だ。
「どこまで腐ってんだ……! どこまで人をコケにしたら気が済むんだ……! ここでただ殺されるなんて冗談じゃない!!!」
「怒った顔もぶっさいくだなぁ!! 気持ち悪いだけだからその顔止めた方がいーよー?」
この潰された足じゃ攻撃を避ける事も出来ない。
でも、避ける必要なんて最初から無い。
いつかの風間が言っていた。
やられたとしても、そこに意味はある。
こいつの足を引っ張ったら引っ張っただけ役得。
アタシが死んだとしても、死に様だけは立派だったと思いたい。
どうせ死ぬならやってやる。
「このサイコ女……ぶっ潰す!!!」
「何が出来る訳ぇ!? お前みたいなクズがぁ!!!」
アキノの火球が来る。
チャンスは一度きり、アタシの事を舐めきっている今だからこそチャンスなんだ。
しくじれば、そのまま死ぬだけだ。
最後の最期の一手は、この、濡れたカーディガンだ。
マントみたいに広げて、覆い被せる様に奴の頭に投げる。
「おわっ! ほんとこういう小細工好きだよねぇ! くっだらない!!」
スタンガンは手元に無い。
銃は川に落ちた時に多分壊れた。
攻め手はこのなんの変哲も無い衣類。
こんな女、たったこれだけで充分だ。
後は最後の一歩を踏みしめるだけ。
この馬鹿みたいに痛い右足を、アイツの所へ行く為に、たった一歩でいいから。
動け、動け、動け、動け、動け。
もう一生動かなくたっていいから、この一歩、この一瞬だけは動いてよ。
「動けっ……!!」
発狂しそうな痛みは、アドレナリンが掻き消してくれた。
お陰で、最後の一歩は踏み出せた。
後はこの間抜けな状態のこいつを絞めるだけ。
プロレス技みたいなアレをかますだけだ。
「これ……! 濡れて、張り付いて……と、取れない……!」
「そう言うと思った! さっきの言葉、そのまま返す! ざまぁみろ!」
カーディガンごと巻き込んで、後ろからヘッドロックする。
例え不細工なやり口でも、これがアタシの戦い方だ。
「ぐぅっ! ぅう……はな……せ……!!」
服がへばりついて息が出来なくなってる。
これを狙っていた。
傷がつけられないなら、窒息させればいい。
ジタバタと暴れているが離す気は毛頭無い。
足を腰に回して完全にロックする。
逃がさない。
感覚が無くなったって離さない。
「死んでも離してやんない! 泡吹いて倒れろぉ!」
どんなダサい格好でもやってやる。
汚い手も使ってやる。
この腕も足も使い物にならなくたって良い。
力み過ぎて息が出来なくたって良い。
それがアタシの執念。
アタシの生き様。
クソみたいな自分の卒業式。
アタシの、人生最大の反逆だ。
「ーーーーーー!!!!!」
「離すかぁぁぁぁぁああ!!!!!!」
絞めろ、絞めろ、絞め続けろ。
今だけは、この地獄の様な痛みを忘れろ。
「ぅーーーーーーー……!!!」
腕の感覚も危うくなってきた。
それでも離さない。
絶対に離さない。
こいつが、くたばる、まで。
「離す……もんか……」
離さない。
離さない。
離さない。
離さない……
絶対、離さない、そう決めていたのに。
「あれ……?」
一度まばたきすると、目に映ったのは火に囲まれた空だった。
地面に背中がついていると言う事がよく分かる。
「はぁ……! はぁ……! この……アマ……よく、も……!」
たった数秒だけ気絶していたらしい。
女は巻きついたカーディガンを取っ払っていた。
顔を真っ赤にしているのがよく見える。
最後の反逆は、最期になってしまった様だ。
「ははは……」
不思議と笑いが出た。
「なに……笑ってんの……? 死ぬ間際で……おかしくなっちゃったぁ……!?」
「アキノ……アタシは読心術も占いも出来ないけどさ、一個だけ分かるよ……」
「へぇ……何? 遺言のつもり……?」
「アンタは、地獄行きだ……!!!」
最期に言ってやった。
遺言?
クソ食らえ。
「死ね! 伊吹涼香ぁぁぁあああ!!!!!」
アキノが迫ってくる。
どうやら、マジでキレてるらしい。
怒りたいのはこっちだっての。
でもまぁ、悪くない散り際でしょ。
さよなら、風間。
「……よく頑張ったな。この勝負、お前の勝ちだ。伊吹」
別れの言葉を考えていたせいか、その足音に気がつかなかった。
「え?」
髪をツンツンに立たせた、見るからに不良で、優しそうに微笑んだ癖には、全然目つきは悪くて、でもその声を聞いた瞬間、心が躍った。
「風間っ……!」
魔術師、なんて呼ぶには、あまりにも正統派過ぎるボクシングスタイル。
低めの体勢で一気に近づき、懐に入り込む。
「え、ちょ……!?」
そして、振り上げた拳は天よりも高く、更にその上に、アキノが吹っ飛んでいた。
「……ぶばっ!」
それは、驚く暇さえ与えてくれなかった。
まるで、漫画のページを一枚すっ飛ばしてしまった様な感覚。
戦いは、瞬間的に、終わっていた。
「女に手を上げんのは好きじゃねぇ。だから一発だ。一発で沈め」
口から血反吐を吐きながら、アキノはコンクリートに落下した。
その姿こそが、戦いが終わった事を伝えていた。
風間の渾身のアッパーは、あの恐ろしい魔術師を本当に一発でKOしたのだった。
あんなに死ぬ気で戦っていたのに、あまりに簡単過ぎて、なんだか、肩の力が入らない。
「ふぃ〜、間に合って良かったぜ……って! また足から血ぃ出てるぜ!? だだだ、大丈夫かよ!?」
カッコよく登場したと思ったら、どもりながら慌てたり、ぐっちゃぐちゃの表情は凄く間抜けで、そこにいるのは紛れも無く、『風間蓮斗』だった。
「……ぷっ! あっはっは!」
「おい! なんで笑うんだよ!」
「だ、だって! アンタ、あんなにカッコつけてた癖に、めっちゃキョドってんじゃん! あっはっは!」
「お、おめぇなぁ……」
心の底から笑ったのはいつぶりだろう。
こんなに嬉しい事も。
暗いだけの明日が、こんなにも輝いているのはどうしてだろう。
いや、一つしかない。
それは多分、こいつのお陰だ。
暗闇から引っ張ってくれた、この手のお陰なんだ。
でも、それを言ったらちょっと調子に乗るだろうし。
今だけは、一緒に笑って誤魔化した。




