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罪深き魔術師共  作者: ルカ
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21話 水羽大橋 2

 武蔵新山市、駅近には高層ビルが乱立し、その他、飲食店や数多くの娯楽施設に恵まれ、『若者の街』、とも呼ばれる。

 近くには川が流れ、街と街を繋ぐ水羽大橋は市のシンボルともされている。

 観光名所としても有名なこの橋は、全長252メートルと言う大きさで、水面までの距離は20メートル。

 20メートルと言うと、七階建ての建物と同等で、そこから飛び降りるのは自殺行為に等しい。

 落ちるのが水面だったとしても、充分に危険な高さだった。


「うあぁぁぁぁ……!!」


 そして、その危険の渦中に二人はいた。

 川への飛び込み事故の事例には、5メートルの高さでも死亡するケースもある。

 プールの飛び込み台が、高くなるほどに許可が必要になるのはこの為だ。

 飛び込み方を間違えれば、容易に命に関わる。


 しかし、逆説を唱えるなら、この高さの落下でも死なない可能性は充分にある。

 ハイダイビングと言う競技が存在する様に、20メートルの落下はその手の選手にとってはスポーツに過ぎない。

 高飛び込みの要領で着水出来れば、リスクをかなり減らせる。


(いつかテレビで見た世界水泳の選手……あれを真似れば、少しは衝撃を和らげられるかも……!)


 伊吹は空中で体を捻りながら両腕を海面に向け突き伸ばす。

 体を出来るだけ垂直にし、水面に当たる面積を減らしていく。


 数秒の思考を終えた後、水面はすぐ目の前にあった。


 水飛沫と共に、水の中には二つの人影。

 どちらも、体がバラバラになる様な事は無かった。


「ぶはっ! はぁ……! はぁ……! たず……かったぁ……!」


 幸いにも、体のどこにも異常は無く、伊吹は立ち泳ぎしながら安堵する。

 しかし、それが束の間である事は伊吹も理解していた。


(あの女は魔術師だ。魔力があるからこの高さで落ちても絶対に死なない。だから追撃をやめたりしない。でも今は水の中、それなら火球も使えない筈。今の内に距離を取らなきゃ……!)


 伊吹は火球を撃たせまいと、敢えて水面には上がらず、水中の中を進んで距離を離していく。


 一方でアキノは、背中から水中に落下し、その衝撃と共に伊吹を見失っていた。

 魔力を体に覆って衝撃を和らげた。

 魔術師にとってはこの程度ダメージにすらならないが、落ちた瞬間に視界不良になるのはどちらも同じ。

 辺りを見回すも、水面に顔を出していない伊吹は見つからず、見当違いな場所に目を凝らしていた。


(どこ!? 伊吹涼香はどこに行った!? この短時間で遠くに移動出来る筈が無いのに! なんで見つからないのよ!)


 徐々に伊吹とアキノは距離を空けていく。

 気がつけば、水面にいたとしても視認不可能なレベルまで伊吹は遠くで泳いでいた。

 それもその筈、伊吹涼香はスポーツ万能。

 遠泳、潜水、彼女にとってはこのくらい朝飯前。

 故に、アキノが思うよりも早く、水中の移動を行う事が出来ていた。


(この私が逃げられた……ムカつくな。絶対見つけてやる。絶対ぶっ殺してやる。待っててね、地の果てまで追ってあげるよ、伊吹ちゃん)


 逃走されて事実を一旦受け止め、アキノも再び陸地を目指す。

 勝敗は未だについていないが、時間稼ぎは出来た。

 見つかるのが先か、風間達の到着が先か。

 予測出来ない状況は、未だに変わらない。



※ ※ ※ ※ ※



 ずぶ濡れのカーディガンを右手に持ちながら、肌寒そうに川岸を歩く伊吹。

 なんとかアキノを撒く事は出来たものの、こちらが捕捉出来ていないのもまた事実。

 連絡を取る為のスマートフォンは、スクールバックと共に爆破。

 そもそも、風間達が自分を助けようとしているのかさえ分かっていなかった。


「うぅ……寒い……! 服も水浸しだし、バッグは弾け飛ぶし、なんでこんな目に遭ってんだアタシ……!」


 そう口には出したが、異様な興奮があった。

 化け物じみた人間から人を救い、そんな奴を橋から突き落としてやった。

 一見、不幸に思える現状でも、その変化こそが、伊吹の心にアドレナリンを生んでいたのだった。


「そうだ……きっとうまくいく。ここを乗り切って、アイツに会うんだ。今日の事もちゃんと謝って、魔術師をギャフンと言わせたって自慢するんだ。そうすれば、これから先、何か変わる気がする。ゴミみたいな日常でも、変えられる気がする……」


 新たな決意があった。

 生きて帰ると言う使命があった。

 しかし、そんな強い気持ちすら、一瞬で吹き飛ばすのは、圧倒的な戦力差。

 慢心こそ無くとも、人の身では魔術師に敵わない。


「……? あれは……?」


 夕日がやけに近い。

 手が届きそうなくらいで、何故か熱さを感じる。

 この場合は比喩では無く、本当に近くにある様な錯覚を覚える程だった。



 否、それは錯覚では無かった。



「これは……! あの女の!!」


 先程とは比べ物にならないくらいの大火球。

 太陽が迫って来る様な圧迫感の中、伊吹は後ろに向かって思い切り飛んだ。


 そして、コンクリートが弾け飛ぶ。


「ぐっ、うあっ……!!」


 その火球が地面に触れた途端、今までとは比べものにならない爆発が起こった。

 爆破の衝撃で、川沿いの柵は吹き飛び、周囲は一秒足らずでまる焦げになった。


 直撃は免れたものの、伊吹は爆風で飛ばされてしまう。

 衝撃のままに吹っ飛んだその体は植え込みの草に当たらなければ、そのままもっと吹っ飛んでいたに違いない。


「ぐっ……クソっ! なんで位置がバレた……!? アイツはどこから攻撃を……」


 伊吹は辺りを見回す。

 すると、同じ様な爆発音が遠くで聞こえた。


「え……?」


 アキノは雑居ビルの屋上からめちゃくちゃな攻撃を行っていた。

 目についた場所に、ひたすらに巨大な火球を撃ち続け、辺りを火の海へと変えていく。

 伊吹の存在など気にも止めていない様子。

 それもその筈、アキノは攻撃を当てた事すら知らなかった。

 どこにいるかも分からない伊吹に対して、四方八方への攻撃を繰り返していた。


「アイツ、アタシに気づいてない……じゃあさっきのは偶然? だとしても……このままだとアタシもヤバい……!」


 火球の爆発は、炎をどんどんと拡大させ、気がつけば、退路は高速で失われていく。

 時間が経つ程に、状況は刻々と悪化していく。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい! 早く移動しないと! どこか安全な場所へ!)


 ひとまず炎の少ない方へ走り込む伊吹。

 周りを見渡しながら安全地帯を探す事、数十秒の後、やけに炎の少ない場所を見つけた。

 そこは木々に囲まれた、駅前広場だった。

 周りの木がカモフラージュとなって、広場に炎が到達していなかったからだ。


「ゲホッ……! あそこ、なら……!」


 最早呼吸さえ満足に出来ない始末。

 今の伊吹にとっては、オアシスにさえ見えた。


(早く、早く! あそこに着けば、少しは楽になる! 今は生き残る事を考えなきゃ……!)


 失われつつある酸素を求めて、口元を押さえながら目的地を目指す。


(絶対生き残ってやる。あんな奴には負けない。ここで踏ん張れば、アイツがきっと来てくれる……! ここで、踏ん張らないと……!)


 千鳥足になりながらも、もがきながらも、一歩一歩踏みしめていく。


(ここを抜ければ……ここを、抜ければ……)


 当に体力の限界だった。

 体感した事の無い緊張感の中、火球を避け続け、川に落ち、爆発に吹っ飛ばされ、呼吸困難で、ボロボロの体はもう根性だけで動いていた。

 それでも諦めきれない思いがあるから。

 絶望した日常を、希望の明日に変える為に。


(頑張れ……伊吹涼香……! 負けんな……アタシ……!!)



 伊吹は遂にそのオアシスにたどり着いたのだった。



「な、なんとかなった……」


 駅前広場はまだ周りの見晴らしが良く、息を吸う事が容易に出来るくらい酸素が残っていた。

 炎が広がるのも、広場を囲う様に設置された木々がせき止めている。

 つまりは、態勢を立て直す時間くらいは出来る。


(アキノは場所も分からずに、でたらめに攻撃していた。まだ場所はバレてない。この間に、風間かヒトミがアタシを見つけてくれる筈……)


 頭の中で思い描いたシナリオは、以外とすんなり現実する。

 煙が揺らめく向こうに、人影がうっすらと現れる。


「……! あれ、は……」


 誰かは分からなかった。

 でも、論理的に答えは出ていた。

 そこにいるのは風間かヒトミの筈。

 何故なら、アキノはさっきまで遠くにいたからだ。


「風間……風間っ!」


 ヒトミは中学生くらいの身長。

 シルエットで大体は特定出来る。

 そうじゃないとするならば、風間だけ。

 そこに居るのは、風間蓮斗ただ一人だ。


「かざ、ま……?」


 だが、何かがおかしかった。

 シルエットに違和感があった。



 瞬間、弾丸の様な火の塊が飛ぶ。



「え」



 飛んできたそれは、右足を貫通していた。



「あぁああああぁああ!!!」


「あーはっはー! 引っかかった、引っかかったー。仲間が来たと思った〜? ざぁんねん、わ、た、し♡」


「うぅぅ……アキノォォォォ……!!」


 シルエットの正体はアキノだった。

 風間も結局現れず、右足は使い物にならなくなった。

 伊吹の決死の抵抗もアキノには届かなかった。

 死神の鎌は、もう首元に。


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