19話 新手
伊吹がアキノと対峙している同時刻、風間とヒトミは騒ぎの起こった繁華街へと駆けつけていた。
ヒトミは事前に数人のシャドウを街へ放ち、情報収集を終えていた。
シャドウから得た情報は二つ。
今現在、この街で起きている放火事件。
もう一つは、それが魔術師が要因であると言う事。
シャドウが見た情景は酷いものだった。
尋常ではない人の喧騒、サイレンが辺りに鳴り響き、人々は逃げる訳でもなく、野次馬の如く湧いていた。
ビル風と共に流れてくる風は、嫌な暖かさを帯びていて、繰り返す延焼が未だ留まっていない事を伝えていた。
「……まぁ、魔術師が結界を使わずに魔術を使えば、こうなるのは必至だ。今はその結界が張られているから、まだ軽症で済んではいるけどね。いやはや、困ったものだ」
秘匿結界、魔術師のみが可視化出来る空間により、二人の周りには一切の人間が存在しなかった。
耳を覆う様な雑踏は聞こえず、パチパチと燃え盛る炎の音だけが遠くから聞こえていた。
「多分、今頃ニュースになってるぜ。好き勝手暴れてるらしいじゃねぇか。どんな野郎だか知らねぇが、覚悟してやがれ……」
「クールに行こうぜ、風間君。映画とかで初っ端に死ぬ奴は、激情に駆られる奴だ」
「けっ、分かってら……んで、正確な場所は分かってんのか?」
「モチロンだ。『アイン』がナビゲートしてくれる」
ヒトミの影から、両腕を上げながらガッツポーズでシャドウが登場する。
「ゴゴゴーッ……!」
「誰が誰だか分かんねぇよ……全部で何人いるんだ?」
「全部で十人だ。基本はね」
「なんだ基本って?」
「色々あるんだよ。乙女に秘密はつきものさ」
(肝心な事はいつも教えてくんねぇな……)
「あぁそれから、結界が展開された理由を調べたい。さっきから少し引っかかっていてね。ここから先はアインと二人で行ってきてくれないか?」
「はー? 魔術師がいるんだろ? 俺とシャドウだけで大丈夫かよ?」
「アインは頼りになる。それでもヤバい時はすぐ駆けつけるよ。これはボク達が無事にいる為に必要な事なんだ。だから早く行ってくれ」
「……了解。何が気になってんのかは知らねぇが、無理はすんなよ」
「また会おう、風間君……」
誇らしげにドイツ語で風間を見送るヒトミ。
そして、それを見る静かな視線。
「……さて、どうしたものかな」
ヒトミの影からシャドウが次々と這い出てくる。
その数、合計八人。
風間と話していた時の朗らかな表情はもうそこには無かった。
一人の敵を、完膚なきまでに叩きのめす為、最大限の魔力を体に込める。
「……素晴らしいね、ドクター。でも、こんな所でも白衣を着ているのは、少し動きづらくないかな?」
「やはりこの結界は、伊吹君が対峙している魔術師の物では無いね。君の仕業だろう?」
「そうだけど……よく分かったね」
「わざわざ騒ぎを起こしたのに、自ら結界を展開する理由が無いだろう。この暴動の犯人は、一般市民を傷つける事も目的とした愉快犯だ。だから結界を張った奴は別にいる」
「……お見事」
柱の影から男が現れる。
中性的で整った顔立ちの男だった。
背は高く、声も高め、嘲笑う様な糸目が印象的だった。
サラサラとしたストレートの長い髪は、何も塗られていないキャンパスの様な白さで、対照的な黒いスーツがやけに目立っていた。
そして、僅かに覗いた瞳は、宝石の様な赤色だった。
「……なんなんだ君は。その目、まさか『赤月』なのか?」
「ははは、想像に任せるよ」
「聞けば聞くほど怪しいな。異端だ。その見た目、その体質。これは研究者として、調べない訳にはいかなくなった」
「イレギュラーな存在だと言うのなら、君もそうじゃないかな。その黒い塊、見た瞬間にピンと来た。君、結構有名人じゃないか。何故彼等に加担しているのか、不思議でならないよ」
「それについてはこちらも黙秘しよう。さて、与太話は一旦終わりだ。ここからは尋問といこうじゃないか」
「君がしたいのは尋問じゃなくて、拷問だろう? でもねドクター、それは無理な話だ。俺にも目的があるんだよ。話なら、君が捕まえた宇都見集に聞くといい」
「彼とも知り合いか……なるほど、少し予想は出来た。となると、その意図と目的をどうしても聞き出さなくてはね」
「そういう時は力づくで解決するのが世の常だろ? いつだって人々はそうしてきた」
「愚かな考えだ……しかし一理ある。論争は長くて回りくどいが、戦争は手っ取り早くて明解だ」
「……研究者の発言とは思えないな」
男の背後に、即座にシャドウが回り込む。
「……ツヴァイ、頭を叩き割れ」
「ゴゴゴーッ!!!」
九人目のシャドウは、柱の影で男が出てくる所を待っていたのだった。
影の中に入る事さえ出来れば、死角からの絶対不可避の攻撃が完了する。
が、ツヴァイの腕は空を切った。
男はコンマ一秒早く、攻撃が来る事を予想する事が出来た。
左へ体ごと躱した後、素早くツヴァイから距離を取る。
「いやー、今のはヤバかったな……! その影、ノロマそうに見えて、結構なスピードがあるみたいだ。避けられなかったら、今頃ペシャンコだったよ」
「……へぇ」
(避けられたのは偶然でも無ければ、ただ反射的に避けた訳でも無いな。ボクの僅かな目線の動きで、背後の攻撃を察知した。この男、結構頭がキレるみたいだ。侮れないな)
「あ、今の影の事、『ツヴァイ』って呼んでたよね。すごいな、全員同じに見えるよ。どうやって見分けているんだい? 俺にも教えてくれないかな?」
「与太話は終わりだと言っただろう、色男。君って奴は相当時間稼ぎが好きみたいだな。だが、そうはいかない。さっさと半殺しにさせてもらおうか」
ヒトミの体がオーラに包まれる。
それは魔術師のみが見る事が出来る力の奔流、魔力の流れ。
色味の無い、蜃気楼の様な空間の歪み。
一般人にはそのくらいの曖昧な存在だが、その大きさ、異質さを、魔術師である彼は肌に感じていた。
(魔力を調整している。さっきの一発で、俺がどの程度の奴か測ったな……恐らくは、俺を生かして情報を吐かせる為だ。流石は影の魔術師、今のは全然本気じゃ無かったっぽいな……!)
男の周りを総勢九人のシャドウが取り囲む。
先程の様な簡単な回避は最早不可能。
まさに四面楚歌。
「うわー、壮観だね。ちょっとちびりそうだ」
「質より量だと思うかい? 残念ながら、どっちもだ。ま、あんまりフルパワーでやると殺してしまうからねぇ、慎重にやらないと。君も、少しくらいは耐えてくれよ」
「へー、手加減してくれるのかー。ありがたいねドクター。だが、そう上手くはいかないと思うよ? 今度は本気で抵抗するからね……!」
(とは言ったけど……うん、多分勝てないな。だが予定変更だ。影の魔術師との戦闘データは後に生きる。この経験を持って帰るのが、今回のミッションだ……!)
男の周りにも、溢れんばかりの魔力が漂っていた。
見合う二人、囲む影、夕日が雲に沈みゆく中、静かにゴングは鳴る。




