18話 小さな一歩
あの二人は嫌いだ。
アタシを責める奴等だし、人の迷惑も、誰の気持ちも考えず、いつも自分勝手。
だから平気で人を見下せる。
馬鹿にする。
きっとそんな奴等なんだ。
アタシ以外の人間にも、きっと辛辣な態度を取り続けているに違いない。
さぞ恨みを買ってるに違いない。
果たして、そんな人間が生きている価値があるのだろうか。
そうだ、もし、誰かを殺さなくちゃいけないのなら、アタシは、アタシは……
「あは、あはは、良ぃ〜顔だな〜、伊吹ちゃん」
「……!」
「その顔! 鏡があったら見せてあげたい! 今、あなたの考えてる事が手に取る様に分かるよ! あの子達、知り合いでしょお!? それも仲の良い友達とかじゃなくてさぁ、はっきり言って嫌いな奴! ねぇそうじゃなぁい!? そうでしょお!?」
「ち、違う! 知らない! あんな奴等知らない!」
「酷ぉい。あんな奴等、なんて言われたら、あの子達泣いちゃうよ、同じ学校の仲間なのに……それともやっぱり私の言った通りなのかな? そうかな? 絶対そうでしょ」
「違う……アタシはそんな事、思ってない……!」
一瞬頭をよぎった感情が、自分のものだなんて思いたくない。
アイツらなら殺していいなんて、そんな事思ってない筈。
アタシがそんな下衆な事を考えるものか。
アタシじゃない。
アタシじゃないんだ。
今のは何かの間違いだ。
「……ま、いいけど。私決めちゃった。あの子達がターゲット。多分、野次馬みたいに騒ぎを見に来たんでしょうねー。馬鹿だねー。それで死んじゃうもんねー。おらおら、早く銃を向けな、さぁ」
「い、嫌だ……!」
アキノが後ろから腕へと手を回す。
「ああ、使い方が分からない? そこのレバーみたいな奴を下に下げて、後は引き金を引く。構える時は、ちゃんと両手でね。結構衝撃あるからさ。あ、三秒以内に銃を構えて。じゃないとあなたを殺しちゃうよ?」
「あああ、アタシは……そんな事……! そんな事出来ない……!」
「御託はいいよ。やらなかったら伊吹ちゃんが死ぬんだよ。はい、さん、にぃ、いち……」
死にたくなかった。
怖かった。
だからしょうがなかった。
恐怖に負けて、グリップを強く握りしめる。
銃の後方のセーフティーを外し、引き金に指を合わせる。
スムーズに、着々と、殺人の準備が整っていく。
「偉い偉い♪ 後は撃つだけ……どっちからやる? 茶髪の方? それとも黒髪の方?」
もう一歩も引けない。
少しでも身を引いたら、アタシから殺される。
逃さまいと、圧をかけているのが分かる。
「ふふ、大丈夫だよ。あなたのせいじゃないのよ? 魔術師と言う名の災害の前じゃ、しょうがない事なのよ。引き金を引かなければ死ぬ。死にたくないから殺した。それでいいじゃない」
言ってる意味がよく分からない。
こいつの気まぐれを、偶然の事故だと言いたいの?
そんなのは違う。
こんなものはこいつが楽しむだけの自己満足に過ぎない。
そんな事は許されない。
「やっぱりアタシ……!」
「目を逸らしちゃダメ。逃げちゃダメ。ちゃんとやってね、涼香ちゃん……」
構えた腕を下げようとした瞬間、女は耳元で囁いた。
抵抗は無駄だ。
この選択から逃げられない。
もし撃ってしまったら、もう風間には顔向け出来ない。
誰でもない、アタシを庇ってくれた奴だ。
この先、出会う事も無いかもしれない、アタシを肯定してくれた唯一の人間なんだ。
そんなアイツに、少しでも報いたい。
そういう気持ちはある。
でも、現実はそんなに甘くない。
「死にたくない……死にたくない……」
自然と口に出るほどに、アタシは死にたくない。
他人の命を潰してまで、生きていたいと思う程浅ましい。
誰かに嫌われてるのはもう慣れてる。
今までと同じでいい。
そう考えていたのはアタシ自身だ。
変わらなくてもいい。
生きていられるだけで、幸せなんだ。
こんな恐怖に比べれば……
自然と再び銃を構えていた。
罪の意識に気づきまいと、誤魔化す為に強く握る。
「覚悟は決まったみたいね……」
全部知らんぷりをしよう。
そうすれば生きていられる。
忘れろ。
現実から目を背けろ。
何も考えるな。
自分の命だけ考えろ。
指に力を入れるだけだ。
後は引き金を、引くだけ。
引け。
引け。
引け。
引け……
「……ねぇ、何してんの?」
「え?」
「早く殺しなって」
引き金を引いたつもりだった。
でも引いてはいなかった。
どうにも指が動かない。
「……あー、そういう事? マジ?」
元々、殺せる訳がなかった。
冷酷になる覚悟もない。
自己犠牲なんて生き方は馬鹿にしていたのに、最終的にはそうなるのか。
どこまでアタシは馬鹿なんだろう。
銃口は既に地面を向いていた。
「……うん、無理っぽい。アタシ、人は殺せない」
「……あら、そうなの」
風間には悪いけど、アタシはここで死んでしまうらしい。
救ってくれた事も、喧嘩しちゃった事も、本当は色々話したかったけどもう遅い。
けど、この選択は、悪い選択じゃない。
間接的に、あそこの二人の命を救えるのだから。
人として、胸を張れる事だ。
きっとアイツは許してくれる。
「……ちょっと予想外だったな。まぁ、客観的に見れば素晴らしいんだろうけど、私的には残念でならないね。ま、邪魔が入る前にやっちゃうか」
「どーぞ。煮るなり焼くなり好きにしなよ。でもアンタ言ったよね? アタシを殺したらアイツらには何もしないって」
「え? やらなかったらあなたを殺すってだけで、あの子達を殺さないなんて一言も言ってないよ?」
「は……?」
あんまりな言い草に、少しだけ思考が停止した。
「そうだなぁ、じゃああっちを先にやっちゃおうかな。あなたの目の前でね……」
「ちょっと待って! アンタ、一体何を!」
アキノはアタシの体を突き飛ばす。
「無力な人間は、そうやって無様に地べたを舐めるだけ。どんな抵抗も、所詮は虫みたいに踏み潰されて終わり。哀れだねー。そこで見ててよ、凡人」
尻餅をつきながら、見上げると目が合った。
その目は、本当に虫を見る様な目だった。
さっきまでの友人の様な取り繕った態度を止め、殺人鬼の顔へと変貌していた。
アキノは右手を二人組の方向へ掲げる。
「殺し方は……やっぱり焼死が一番っ!! 死体も残らないし!! エコだよね! あっはっはっはっは〜!!」
「やめろっ!」
みるみると火球が大きくなる。
さっきのと同じ奴だ。
このままだとアレが発射される。
そしたら、あの二人は爆発に巻き込まれて死ぬ。
「なーんか爆発したから見に来たけどさ〜、結構ヤバめじゃね?」
「帰ろうよ、あーちゃん。ここにいたら放火魔が襲ってきちゃうよ〜」
「ん? 何あれ? 火の……玉?」
せっかく気づいたってのに、全く危機感が無さそうだ。
本当に野次馬っぽいし、なんかムカついてきた。
死ぬかもしれないのに、呑気に顔出して、アタシの気なんか一ミリも知らないで。
やっぱり嫌いな女達だ。
あっちだってアタシの事を嫌ってるだろう。
助ける事になんのメリットもない。
助けた所で待ってるのは、また誤解かもしれない。
これは無駄な事かもしれない。
あれを助けに行くのは、やっぱり馬鹿だ。
でも、風間なら絶対に助ける。
「ビビるなアタシ……負けんなアタシ……」
自分を鼓舞しながら、数分前の記憶を巡らせる。
さっき爆発した時は車に当たった瞬間だった。
物に当たれば、あの火球はその時点で爆発して、進行は止められるかも。
だったら……!
「バイバイJK! あはっ!」
再び火球が放たれた。
そして、同じタイミングで、手に持っていたスクールバッグをその火球目がけて投げる。
さっき見た時に分かった。
この火球は、意外とデカくてノロい。
だから横から軌道を予測すれば、ぶち当てる事だって出来る。
瞬間、炎の塊とバッグがぶつかり合い、大爆発が起こる。
爆発の瞬間に煙が流れ込み、視界が遮られる。
しかし、直撃は避けられた筈だ。
あの火球を途中で食い止める事は出来た筈。
「ゲホ……何さっきの!? アイツが放火魔じゃね!? つか! ヨルカ、大丈夫!?」
「うぅ……あ、あーちゃんも怪我してない?」
自分だって死にかけた癖に、他人の心配している様子。
どこまで呑気なんだか。
とにかく、今は逃さなきゃまずい。
煙を払い除けながら近くまで走り込む。
「ちょっとアンタら! 早く逃げろアホ!」
二人は状況が理解出来てない様で、未だに腰をついていた。
「てめぇは伊吹涼香! な、なんでこんな所に!」
「いいから逃げろバカ! 殺される!」
「あーちゃん! に、逃げようよ! 早く逃げなきゃヤバいって!! 早くぅ〜!!」
「あ、ああ……」
そのまま二人は一目散に駆けていった。
そして、続く様に、再び周囲の動揺が大きくなる。
「また爆発した!」
「早く逃げろ!」
「ここら辺は爆弾だらけだーっ!」
「うわーーー!!」
怒号が飛び交う中、煙が晴れたその先に、依然と女は突っ立っていた。
「いやー、やるじゃない。爆発が近かったせいで、私もちょっとケムかったわ。それにしても、なんでそこまでして助けんの? 理解出来ないなー」
「全くね。アタシもそこについては同意。でもね、ここで誰かを見殺しにしたら、ただでさえ嫌いな自分をもっと嫌いになる。アタシはここから、変わるんだ」
「変わる〜? くっだらない。一発防げただけでしょーが」
「そう。アタシが出来たのはたったそれだけ。はっきり言ってちっぽけな事かもね。でもこの小さな一歩が、アタシの大いなる一歩だ。これからアタシが変わっていく為の、第一歩……!」
アタシでも誰かを救えた。
それが分かっただけで充分。
こいつをなんとかする事だって、厳しいかもしれないけど、出来る事ならなんだってやってやる。
この世のカスだと思っていた奴が、ここにいる大勢を救う。
そんな英雄譚の主人公はアタシ、悪くない話だ。
生きて、風間に合う。
それで、アタシだってこのくらい出来たって、自慢してやるんだ。
もう二度と、自分に絶望なんてしてやらない。




