17話 殺人ゲーム
呼吸が早くなっていく感覚がとても気持ち悪い。
目の前で起きる惨状は真っ赤な熱を帯びていて、体温を上げるのには充分な筈なのに、一向に鳥肌が止まらない。
人の慟哭がアタシを責め立てていて、どうしてこうなってしまったのかと、後悔が渦巻いている。
軽い言動が、こいつを凶行に走らせてしまった。
とは言え、こんな事を誰が予想出来た?
誰がこの間違いに気づけた?
ただの女子高校生には分かる訳が無い。
そもそも、なんでアタシがこんな目に遭わなくちゃならないの?
理不尽でもこれは度を越えている。
「ねぇ、伊吹ちゃん、見てごらんよ。人が燃えて、叫んで、足掻いて、こんな簡単に日常は壊せるのよ。あなたは日常を壊したがっていたけど……どう? 感想は?」
「は……?」
「あー、いや、だからね。私があなたの代わりにやってあげたのよ。どうかな、少しはスカッとしたかな? まぁ、自分でやった方が楽しいとは思うんだけど」
「アンタは何を言ってんの……?」
「壊す手本は見せたから、これからはこうやってやるんだよ? そうすればさ、気持ちも少しは楽になるから。あ、これ、人生の先輩からのありがたいアドバイスだからね」
「もういい……なんでもいい……」
もう沢山だ、うんざりだ。
意思の疎通も出来ないサイコパスに、何を言っても無駄だ。
アタシには止められない。
だからアタシは悪くない。
この罪悪感はきっとまやかしだ。
そうだ、逃げよう。
「……ねぇ、もしかして逃げるの?」
一歩後ろに下がった瞬間、突き刺す様な瞳と目が合う。
それでも奴の口はヘラヘラと笑っていた。
「逃げる……? そりゃあ逃げるでしょ……! なんで……アタシ、なんも悪い事なんてしてないのに! どうしていつもこんな目に!!」
「うん? おかしいな。別に伊吹ちゃんは酷い目になんか遭ってないよ。むしろ、こういうのスカッとしない? 元気出るかなって思ったんだけど……」
頭がおかしい。
でも関わるな。
否定して刺激するのはまずい。
かと言って肯定もしたくない。
全部無視しよう。
この女の存在も、この罪も、全て……!
「あーあ……逃げちゃうんだー……じゃあ、私も好きな様にするよ。安心してね。別に殺さないからさ。あなたはね」
「……!」
寒気の正体は、あの手からだった。
さっきと同じ火の玉が、またもや形を成していく。
あれを撃つつもりだ。
また誰かを攻撃するつもりだ。
「ちょっ! 待って! 待ってよ! お願いだから!」
「えぇ?」
「分かったから! アタシに何か用があるんでしょ!? だから、それだけは……!」
「へぇ、罪悪感は感じたくない、と……」
「なんでもいいから……頼むから……」
「……矛盾してるのよ。他人なんか大嫌いで、そいつらが不幸になるのを望んでいる癖に、自分が加害者や当事者にはなりたくない。典型のクズ。は〜あ、なんか冷めてきちゃった……」
女は若干呆れた様子で攻撃を止めた。
「全部バラすとさ、あなたが、ある『大事な物』を持っていて、それを欲しい訳なのよ。この前、命を狙われたでしょ? それってそう言う事。殺して奪った方が後腐れが無いよねって話」
「大事な物……? し、知らない……!」
「とぼけたって無駄無駄。私達みたいのはさ、なんか感じるんだよね。魔力って奴を近場なら感知出来る。精神研ぎ澄ませてあなたの方に目を凝らすと、うっすら見えてくる。こう、モワモワっとした奴がね」
「だったら渡す……! だから、もうアタシに関わらないでよ……!」
「えー、どうしよっかな。なんかつまんないんだよね。仲良くなれそうな気がしたから、殺そうとはしなかったんだけど、あなたは私の気持ちを裏切った。だからさ……ちょっとしたゲームをしよう」
「何、ふざけて……」
「ふざけるのは強者の特権でしょ。弱者のあなたは従ってもらう。生殺与奪の権は私が握ってるんだから、あなたが気に触る事をしたら殺す。逃げたらあなた以外の人間を殺す。反抗したらあなたもそこら辺の奴もまとめて殺す。そんな感じで、オーケー?」
まるで友人と話す様な軽いノリでアキノは恐ろしい事を話す。
「あ、じゃあこいつでやってもらおうかな」
「な、何を、させるつもり……?」
「ふふふふふ、これ……♡」
狂った笑顔と共にアキノが手に握っていた物は、まさしく拳銃。
「……は? まさか、嘘でしょ?」
「うーん、多分想像した通りかな。これで、人を殺して。そうしたら、あなたの命は助けてあげる。私ももう何も攻撃はしない。例のブツだけ貰って、大人しく帰るわよ。ただ、あなたが誰も殺さない腑抜けなら、あなたを殺す。名案だよね〜」
段々と後に引けなくなってきた。
こいつと話した時点で終わっていた。
撃たなければアタシが殺される。
それが嫌なら、アタシが誰かを殺す。
じゃあ本当にやるの?
この、アタシが……?
「何事もレッツトライ、だよ? 題して、『殺人ゲーム』、スタートだよー♡」
押し付ける様に拳銃を渡された。
昨日、向けられた物と同じだ。
想像していたより、かなり重かった。
単純な重さなのか、それとも、精神的な話なのか、今のぐちゃぐちゃの思考回路じゃ分からなかった。
「とは言っても、うーん、どうしよっかなー。殺すなら若いのがいいな。若いまま死ぬのは、後々美談にしやすいからね。本人達にとっても良い事でしょ」
「いや……アタシは……こんな……!」
「怖がっちゃって……可愛いわぁ。でもねー、ダメ。ほらほらほら、誰がいいか探してね? あなたが今から惨たらしく殺戮する人間を決めるのよ」
声が遠くから聞こえる様だ。
「誰にしようかな。あの男……いやいや、それともあそこの小学生? 小さ過ぎるとちょっと当てづらいかな……」
現実味が無い。
「学生がいいな。伊吹ちゃんとおんなじくらいの……女の子で、可愛い子、それでお葬式には家族と一緒に友達も来るのよ。これから青春を過ごす予定だった子達……そして、涙を流しながら昔の事を思い耽る……うわー、映画だったら良い作品になりそう」
これが夢ならどんなに良かっただろう。
この女は決めてしまった。
アタシに人を殺させる事を決めてしまった。
この女が見つけたら最後、アタシは……
「あっ! あれは……!」
「え……?」
なんの因果か、そこにいたのは見知った顔だった。
今日の放課後、絡んできた二人組。
名前は確か、七瀬と黒木。
「ねぇねぇ、あの子達、同じ制服だよねぇ? これってさぁ! 運命なんじゃなぁい!?」
アキノが目をつけたのはその二人らしい。
確かに、同じ高校の生徒がここに遊びに来ていてもおかしくない。
だからと言って、あの二人がここにいるのは予想外だった。
もし、アタシが私服に着替えていれば、あの二人は死なずに済んだかもしれない。
そんな、言ったってどうにもならない後悔があった。
それと同時に、あの二人で良かったのかもしれないと、歪んだ思考が悪魔の様に囁いていた。




