16話 大橋、炎上
「あ、ごめんごめん。急に話しかけちゃったねー」
と、現れたのは、デニムパンツと七分袖の白いパーカーを着た陽気そうな女。
キャップを被っていて、後ろの穴から大きなポニーテールを下げている。
ニコニコと微笑みかけてくる笑顔は、客観的に見れば爽やか。
良い人そう、なんて思うかもしれない。
でもアタシは、胡散臭さしか感じなかった。
そもそも、第一声が物騒過ぎた。
「えと……なんか用ですか?」
「いやね、なんか一人でぶつくさ言ってたからさぁ、人肌恋しいのかと思って話しかけちゃった。分かる分かる。そういう時って、何もかもどーでもよくなるよね。いっそ、全部壊れちゃえってさ……」
「そんなんじゃないです。失礼します」
なんだこの人。
てか恥ずかしい。
聞かれてる事を実感すると、流石に堪える。
往来であんな感情的になるんじゃなかった。
とにかく、危ない奴には関わらないのが一番。
「まぁまぁまぁ、待ちなって。別に茶化そうとした訳じゃないのよ。暗そうな顔してたから、話聞きたくなっちゃったって事」
「それ、アタシじゃなくていいですよね。そこら辺のリーマンの方が、もっと悲痛な顔してますよ」
「あっはっはっは! 面白い事言うねー! でも、私はあなたに聞きたいの。だってあなた……深刻そうな顔してる。そうだなぁ……誰かと喧嘩したとか?」
「え?」
「それは誰かに話さないと解決出来ない事だよ。うん、絶対そうだ。あなたは誰かに相談しなくちゃいけない。そして、その相手は私じゃなきゃいけない。絶対そう。絶対、絶対、ね?」
と、釘を刺す様に決めつけてきた。
ニヤリと笑う口元は、上から塗り潰された様に表情を隠していた。
この女が何を考えているのか、読めなかった。
でも、だからなのか、少し気になってきた。
親近感とか、そういった好意じゃない。
好奇心に似た感情、この女が何者なのかを知りたくなった。
いや、知らなくてはいけない気がした。
「その自信はどこから?」
「女の勘よ」
ふざけているのか分からないくらいに、まっすぐこっちを見ていた。
本当は根拠がありそうなくらいのオーラがあった。
この女は他の連中と何かが違う。
ただの頭のおかしい暇人では無さそう。
「……ふーん」
立ち去ろうとした足で、再び柵へ向かう。
アタシが肘を置いた瞬間、女はまたニヤリと笑って口を開いた。
「ふふ……私、アキノ。美大通ってんのよ。趣味は占い。結構当たるよ?」
「……あっそ、アタシは名前言わないから。怪しい人間にわざわざ本名言わないし」
「へー、偉いねー。親の教育の賜物だねー」
「親は……関係ない」
アキノと名乗った女は少し面食らう。
「あらー、地雷だったかな? 気分悪くさせようと思った訳じゃないのよ? 本当だよ?」
「別にどうでもいいし。とにかく親の事は聞かないで」
「ふーん。でも、少し分かってきたかも。あなたの人間性が、ちょこっとね。ほら、さっき占いが趣味って言ったでしょ? そういうのってさ、ぶっちゃけると読心術とかも絡んでんのよ。卑怯だよねー」
「何それ、アタシの心を読めたって訳? それで喧嘩した事も……」
「いや、それはたまたまだけど……へー、当たってたんだ。ま、わざわざ顔色伺うのも面倒くさいから聞くけどさぁ、何があった訳? お姉さんに話してみな。ちょっとは気が紛れるかもよー?」
「大した事じゃない……あっちは悪くないのに、気がついたら辛く当たってた。それでちょっと仲違いしたってだけ」
「なるほどなるほどー。確かにそういうのって結構あるよね。私も経験あるわ。女って生き物は感受性が豊かだから、その分暴走しやすいのよ。それが理由で何人の男に振られてきたか……」
「暴走って……そこまでのもんでも無かったし」
「そうかもね。でも、客観的に見たらそういうもん。周りが見えなくなって攻撃的になる。恋と怒りは盲目なのよん♪」
その言葉で、放課後に絡んできた二人を思い出した。
アイツらも、怒りで周りが見えなくなって暴走していた感じはあった。
話もろくに聞かずに一方的に。
結局、アタシも同じだったって訳か。
「……そう、じゃあ今のアタシは盲目?」
「おっとっと、それはもしかして……恋、だったりして!? キャー、ステキー!」
「勝手に期待寄せてるけど、そういうのじゃない。男どころか、友達だっていやしないのにさ……」
「なるほどねぇ……うんうん、じゃあ、やっぱりそれは怒りだよ」
「怒り……」
「段々と理解してきたよ。その喧嘩相手だけじゃない。あなたはずっと怒っている。この世の全てを憎んでいる。境遇、その過去も、怒りに支配されている。何をしようとも、満足出来ない。幸せに辿り着けない。常に激情が水を差すんだ。だからいつも一人きり。そうでしょ?」
「……」
言い返せない。
アタシはずっと何かに対して怒っていた。
誰かにも、自分にも、この運命自体にも。
そんな事を他人に言われるなんて、奇妙な感覚だ。
なんでこんなに見透かされている?
この女、気味が悪い。
「あなたは本当は満足したい。でも、誰もそうさせてくれない。どんどん黒く溜まっていく一方だ。だから突き放す。だから孤立する。だからどうしようもない。鍵は空いている。扉すら存在しない。なのにその牢獄から抜け出せない」
「……だったらどうすればいいっての?」
「あなたは枷が付いている事に気づいてないんだよ。その枷を壊さなきゃいけない。脆くてボロボロだけど、ちゃーんとあなたを縛りつけている枷がね……でも、ボロボロなんだよ。だからやりようはいくらでもある……」
「はぁ? だからどうしろって……」
「超簡単! 発散するしかないでしょっ!! あーっはっはっはっはっはっは!!!!」
女はケタケタと笑った。
「ムカついた! 腹が立った! それはどうして!? 周りのせいだ! 周りがあなたを責め立てるからだ! だったらこっちもやり返すしかないでしょ!? めっちゃくちゃに暴れ回ったって誰も文句も言えやしないでしょっ!?!?」
「な、なにアンタ……」
「あっはっははははは!! はっは〜! あーっ、おっかしい〜! あなたってなぁんにも分かってないのねー! ほぉんと、しょうがないなー」
そして、楽しそうに大笑いした後、右手をぐるんと後ろに回す。
「え?」
「こうやってやるのよ」
瞳に映ったのは、まるで太陽だった。
それは、熱を帯びた朱色の物体。
最初は豆粒程度だった球体は、サッカーボールくらいの大きさになり、赤々とした輝きを増していく。
煌煌と、炎炎と。
しかし、それは太陽と呼ぶにはあまりに小さくて、禍々しかった。
開いた右手の中心から放たれた火球は、ヒュッと音を立て、走行中の車に当たって弾け飛ぶ。
「なっ……!?」
目の前で惨劇が起こるまでに、数秒もかからなかった。
だが、確かにこの目で見たのは、この女の手から火の玉がいきなり現れた瞬間だ。
ボロボロになった車の周りには、目を焦がす程の火。
爆発音が辺りに響き渡った後、ブレーキとクラクションの音がこだまの様に呼応する。
ワラワラと人も集まってきた。
誰もが訳も分からず混乱する中で、アタシだけが違う理由で混乱していた。
「うおっ!! なんだ!?」
「火がっ! 火が出てるぞーっ!!」
「誰か消防車を呼べーっ!!」
次第に騒ぎも大きくなっていった。
何せ、いきなりの大爆発。
周りはその原因がこの女だとは知る由もなく、ただ慌てるばかり。
当のアタシも、燃え盛る火を前に何も出来ず立ち尽くしていた。
何も出来る訳が無い。
これは人智を越えた、人ならざる力だ。
「何、してんの……?」
「ん〜〜〜、気持ちいぃーっ!! 物が壊れる瞬間はスカッッとするよね! ほらほら、早く一緒に壊そうよ! この騒ぎならバレやしないからさ! レッツ、ストレス解消! なんてね!」
異質な雰囲気の正体はこれだ。
真性、天性、本物のサイコパス。
そして何よりこの女は、最も危険な存在だった。
アタシを殺そうとしたあの宇都見と同じ様な力を持っている。
つまり、こいつは……
「魔術師……!」
「あらご明察。じゃあ色々と知っていそうだね。説明もいらないかな。提案があるのよ、伊吹涼香ちゃん……」
驚いた事に名前もバレているらしい。
この女は魔術師で、一般人にはどうしようもない。
それに、今はシャドウもいない。
風間も、ヒトミも。
他に頼れる知り合いなんてものも最初からいない。
持ち物はスクールバックたった一つ。
それなら答えは見えていた。
伝う冷や汗は、まるで死の宣告の様だった。




