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罪深き魔術師共  作者: ルカ
15/60

15話 不変

 家についた時、まず見るのは玄関。

 木製の棚と、その上には木彫りの熊。

 足元には網の傘立てがある。

 そして、重要なのは靴の有無だ。


「はぁ……」


 あのやけに高そうな革靴がちゃんと二足揃っている。

 ()()()()()()

 この時点で、ただでさえ最悪な気分はもっと最悪になる。


 だって、ほら、来る。


「……涼香、帰ったのか」


 ほぅら来た。

 スーツ姿の白髪混じりの短髪。

 その姿が目に入るだけで気分が悪い。

 やけに鋭い目で、今日も偉そうに見下している。

 出来れば顔も見たくない。


「帰ったのなら『ただいま』の一言くらい言いなさい。人として、そのくらいは当たり前の挨拶だ」


「ふん、アタシがそんな言葉言ったら、アンタは『おかえり』、なんて素直に返すワケ? 大方、『今日は槍でも降るかな』なんて皮肉で返すだけでしょ?」


「……まともに会話も出来ないのか」


「どうでもいい。話しかけないで。アンタだって、アタシの事を邪魔だと思っている癖に……!」


 やっぱりいつもこうなる。

 口喧嘩して、どちらかがそこからいなくなる。

 今日も今日とて黄金パターンだ。


「涼香!」


「ふん……!」


 自分の部屋に戻ろうとするアタシを呼び止める。

 それも無駄な事だ。

 それとも、アタシが一緒にリビングで楽しく談話するとでも思っているのだろうか。


 あの人がいる時は毎回こうだ。

 アタシは部屋に引っ込むか、また外出するか、そんな毎日だ。

 いつからこうなったのかは、もう思い出せない。

 もう何年も変わらない、ただの伊吹家の風景。



※ ※ ※ ※ ※



 夕飯時は毎回外に出ている。

 父親(あの人)が一応作ってるみたいだけど、そんな飯は食べたくない。

 無駄に金は持っている様で、家は戸建てだし、小遣いもあっちから押しつけてくる。

 正直言って、何不自由の無い暮らし。

 客観的に見れば羨ましがる奴も大勢いるだろう。


 だからと言ってそこに家族愛がある訳じゃない。

 子供の頃から、父親がアタシに介入する事は無かった。

 授業参観の時も、気を引きたくて問題を起こした時も、アタシの目の前には現れなかった。

 子供だったアタシはそれが悲しくて、寂しくて、段々擦れていった。

 いっそ縁を切ってくれればこっちも楽なのに、あっちにその気は無いらしい。

 アタシが家出した時も、警察沙汰にして無理矢理帰らされた。

 政治家なんてやってるから、見栄を張る為にアタシが必要なんだろう。

 妻がいなくなって、一人娘にも逃げられた、なんて事になったら悪評がついてしょうがないからだ。

 金ばっかあっても、幸せは一つも無いのに。


 もっと違う家に生まれたかった。

 優しい両親がいて、祖母も祖父も健在で、兄弟や姉妹がいたりなんかして、毎日楽しい家庭。

 そんな場所で育ったなら、アタシの性格はもっと明るくて、友達も少しはいて、放課後に一人でぶらぶらする事も無い。

 今頃、青春を謳歌している。

 そんな女子高生。

 そんな風に……


「なりたかったな……」


 特別な事は何も望んでいない筈なのに、どうしてアタシはこうなんだろう。

 いつも他人と自己への嫌悪に苛まれて、晴れない霧みたいに、怒りがずっと残っている。

 どんなに頑張ろうとしても、怒りが制御する。

 アタシを、()()()()にさせてくれない。

 がんじがらめの八方塞がり、常に四面楚歌。

 そうしたのは自分だ。

 分かっている。

 分かっているのにうまく出来ない。

 演じる事も出来ない。

 そんな自分が本当に嫌いだ。

 殺意すら覚える程に嫌いだ。


「あぁ……クソクソクソ……!!」


 あぁ、またこれだ。

 たまに()()

 この感じが来たら、それは危険信号だ。

 頭がグツグツ沸騰して、正常な判断が出来なくなる。

 全部、何もかも壊したくなる。


 必死に体を制御する。

 が、気がつけば、勉強机を力一杯に殴りつけていた。

 拳に出来た傷も、不思議とあまり痛みを感じなかった。


「ゴゴ……!?」


 そして、その様子は、このよく分からない黒い塊に見られていた。


「……何見てんの? 見せ物じゃないんだけど?」


「ゴゴゴ……! ゴゴ……!」


 心配している様な素振りだ。

 生き物でもないのに、感情は豊かそうだ。

 それにまたムカつく。

 アタシが持っていない物を持っている様で、それがただただ腹立たしい。


「消えなよ。ご主人様の所に行きな。こんな所を誰かに見られてると思うと、不愉快でしょうがない……!」


「ゴ……! ゴ……!」


「消えろぉ!!!」


 アタシが叫んだ瞬間、ドタドタと騒がしい足音が下から徐々に近づいてきた。

 階段を上がっている音だ。

 予想はついている。


「涼香! お前、一体何を騒いでいるんだ!?」


「ノックも無しに入ってくるって……どういう脳味噌してんの?」


 父親が来た瞬間、シャドウは姿を消していた。

 見られるのがまずかったのか、それともアタシが消えろと言ったからか。

 今はどうでもいい事だ。


「お前……! 手から血が……! そ、それは……」


 目を丸くしてアタシの右手を凝視している。

 ドン引きしたのか、心配したふりをしているのか、少したじろいでいる。


「一丁前に父親面しないでくれる? 別にちょっとぶつけただけだし……つか話しかけんなよ……!」


「待つんだ涼香! 涼香っ!」


 押し退けて、強引に部屋から出て行った。

 聞く耳は最初から無かった。

 話しても何も変わらない。

 ここに居たって、何も。

 数えきれない程の入れ違いは、ただ心を冷ますだけだった。


 乱暴に家の扉を開け、逃げる様に家を出た。

 何をする訳でも無いけど、体は勝手に行き先を決めていた。

 まるでルーティンの様に、足がその感覚を覚えている。

 現実から逃げる為に作られた様な、娯楽と歓楽の街へ。

 きっと、そこがアタシの唯一の拠り所。

 そして、これが乾き切ったアタシの底辺の様な日常だ。

 変わる事の無い日常だ。



※ ※ ※ ※ ※

 


 武蔵新山(むさししんやま)、ここの景色は心を落ち着かせてくれる。

 どこまでも続くビル街も、裏路地の怪しげな雰囲気も、街を彩るコントラストだ。

 その中で、格別に好きな所はこの橋だ。

 街の中で特に目立つ場所、夜になるとライトアップされて、雑誌とかで取り上げられる時も、よくここが表紙になっている。

 昔からお気に入りの場所だった。

 嫌な事があった時は、よくここに来る。


 橋の中央の柵に肘を突いて、川の水面を上から見下ろす。

 映る空の色は灰色で、まるで自分の心を映している様だ。

 と、勝手に妄想した。

 もっと水面が近かったら、自分の顔も映っていたかな。

 そしたら、自分はきっと酷い顔をしてるだろう。

 いつもと変わらない、パッとしない不機嫌そうな顔で。


「はぁ……」


 結局アタシは変わらず仕舞いだ。

 いつの間にこんなに嫌な性格になったのか。

 どんな事も一方的に拒絶してしまう。

 理由だけは分かってるんだ。

 優しさを向けられる事が、惨め過ぎて耐えられない。

 でも、アタシのこのスタンスは変わらない。

 変えられない。

 『やってもらう』に慣れていない。

 だから、無理なんだ。


 風間蓮斗、本当におかしな奴。

 そもそも、アイツはなんでアタシにそこまでかまうの?

 メリット無いし、なんならアタシは……嫌な事ばっかり言うし。

 もしかして下心?

 いや、優しくしてくる男はたまにいるけど、そういう感じとは違った。

 態度とか視線で分かる。

 中身なんて一ミリも興味無い。

 そして、辛辣な言葉で返せば、そいつらはもう近寄って来なかった。

 結局の所、アタシをうまく懐柔して、その後に良い思いをしたいだけだ。

 物みたいにアタシの存在を自慢したり、体目当てだったり、表面上しか見ていない。

 残念だけど、そんな人間が大勢、そして普通なんだ。


 なのにアイツは、真摯にアタシにキレてきた。

 最初はただのナンパのつもりだったっぽいけど、本気で怒って、戦って、命すら救おうとした。

 見返りなんて何も無いってのに。

 やっぱり訳分かんないな。

 全く分からない。


「……馬鹿じゃん」


 だからこそ腹が立つ。

 そういう自己犠牲みたいな生き方、アタシには真似出来ないから。

 あまりにも自分とのギャップがあり過ぎて、腹が立つ。

 それなのに『変われ』なんて、不可能だ、理不尽だ。

 疎まれても、救おうだなんて思える訳が無い。

 アイツの考えが全く理解出来ない。


 どうして?


「あ〜〜〜も〜〜〜っ!!! なんなのアイツ!? ほんっと意味分かんない!!」


 思わず叫んでしまう。

 それと同時に、好奇の目が体を包み込む。


「(……あ、やば)」


 でも、それも一瞬だけ。

 数秒経ったらすぐにいつもの雑踏に戻る。

 仕事帰りのサラリーマン、買い食いする学生、みんながみんな、他人の事なんてどうでもいい。

 自分の事で手一杯。

 無関心の塊共だ。

 ()()()()()()だ。


 そうだ、よくよく考えてみれば、風間に比べればアタシはまだマシな方だ。

 普通かどうかと言う話なら、アタシの方が遥かに普通。

 魔術師だとか、魔法だとか、アタシにはそんなファンタジーな話は関係無いんだ。

 通常の、ノーマルな自分でいればいい。


 この街にはファミレスだって、カラオケだって、ブティックだって、美味しいクレープ屋もある。

 いつもと変わらずに、ここで腐るまで孤独に遊び呆けて、昨日の事なんて何も無かったみたいに忘れていく。

 人が消えたり、銃弾が勝手に曲がったり、影が人の形で歩いたり、そんな世界は知りたくない。

 アタシは現実でいい。

 孤独でも不幸でもいい。

 例え暗い未来でもこれでいい。


 真の恐怖は、変化の中にあるのだから。




「……ほーんと、下らない世界だよねー。いっそ、ぶっ壊れないかなー」




 女の声が横から聞こえた。

 落ち着いていて、どこか跳ねる様な爽やかな声色だった。

 それでいて、どこかそそられる様な、奇妙な魅力があった。


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