14話 トラブル・メーカー
「はいっ! と言う事で〜」
ヒトミはホワイトボードに手早く文字や図を書いていく。
「君の持ってる力は『魔力』、それが使える人間の事を『魔術師』と呼ぶ。通りが良いからそう呼ばれているんだが……ここで『魔法』と『魔術』の違いを掘り下げると面倒くさい事になるから割愛させてもらおう。魔力は身に纏う事によって攻撃したり、防御をしたり、身体能力の底上げも出来る。そして、魔術師は魔力を扱う以外に能力を持っている……」
「せんせー、しつもーん」
生徒さながらの面持ちで風間は手を挙げる。
「はい、風間君」
「その能力ってのは、ヒトミンのシャドウとか、宇都見の銃弾曲げたりする奴の事だよなー?」
「そうだ。これは『固有魔術』……まぁ魔術だの魔法だの能力だの、好きに呼べば良い。差異は無いよ。つまる所、人によって違う、固有の能力なんだ。十人十色と言う訳だね。ただ、魔力は使っていればいつか枯渇する。魔術を使えば、尚更と言うものだ」
「俺の能力は……?」
「その内使えるようになるでしょう! はい次!」
「雑かよ……」
「この魔術だが、人間だけでなく、物がそういう力を持っている例がある。それが『魔道具』だ。この前説明したね。君や伊吹君の傷を治せたのは、魔道具のお陰なんだ。この魔道具も、様々な種類の物がある。形も、能力も、全く異なる物がね」
「その魔道具とやらで、俺の傷はすぐ治ったんだよな」
「ああそうだ。魔力を全て治癒力に変換して、君は傷を治す事が出来た。そして、この魔道具を使えば魔術師で無くとも、一時的に魔力を得て、傷を治す事が出来る。そうやって伊吹君も完治したんだよ」
「はぁ〜、なるほどな。他にはどんな種類があるんだ?」
「君はもう一つ、既に知っている筈だ。宇都見君と戦った時、周りに人がいなかっただろう? あれは魔道具の効果だ」
「え!? あれってそうだったのか!?」
「『秘匿結界』、筒の形をした魔道具でね。発動した中心からバリアを展開する。そのバリアの範囲内では、魔術師以外の人間は姿を認知出来ない。それどころか、音も声も一切聞こえない空間となる」
「え? じゃあ俺達は透明人間になっちゃう訳か?」
「あの結界の中にいた魔術師が、別の世界に行ってしまう。と言うのが正しいかな。周りからすれば消えた様に思える訳だ」
「……うーん、難しい……」
「そうだね……分かりやすく言うと、君が結界を展開した時、中にいたとしたら、別の世界に飛ばされてしまう。その別の世界と言うのは、VR、言わば仮想空間の様な世界だ。だから、家屋や建物はそのまんまの世界で、非魔術師は誰もいない。そして、銃をぶっ放しても、物が壊れても、実際には何も影響が無いんだよ」
「……なるほど、だから警察沙汰にもなってねぇって訳か」
「おお、君、結構頭が良いじゃないか!」
「あ、そう? まぁそれほどでもねぇけどよぉ……」
「ボクの見立てでは結構ヤンチャそうに見えていたからね。いやぁ驚いた」
「お前……オブラートに包んでるけど失礼だからな」
「おっと、こいつは失敬。だが、こう言った魔道具の説明は少し難しくてね。伊吹君にもまたこの説明すると思うとね……」
風間の顔が僅かに曇る。
「……連れて来れなくて悪かった」
「君が謝る事じゃない。彼女にも予定があったんだろう?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「うん?」
「その……ちょっと揉めちまって……」
「……昨日の今日で?」
「ああ……てか、またシャドウから盗み見てんじゃねーの?」
「心外だな。全部覗いてる訳じゃないよ。彼等が出てくるのは、君達が誰かに襲われたり、ピンチの時だけだ。それ以外は、君達のプライバシーを尊重して、影の中で大人しくしているさ」
「そ、そうだったのか……」
「当たり前だろ。トイレや風呂に監視カメラがあるのは刑務所だけだ。君達は罪無き善人なのだから」
「罪、罪ね……」
風間の視線が自然と、ベッドに横たわる男の方へ向けられる。
『罪』、その言葉で真っ先にこの男の事を思い出したのだった。
日を跨いでも起きる気配は無く、ボロボロの体を癒す為に、死んだ様に眠っている。
宇都見集、親友だと勘違いしていた男。
「……こいつの事は、どうやって始末をつけるんだ?」
「君達を襲った動機を聞いて、場合によってはすぐに拘束させてもらう。まだ、誰の差し金かは分からないからね」
「……全くワケが分からねぇ連中だ。俺の事を狙ってきたと思えば、今度は伊吹だ。俺らを狙って、なんか得でもあんのかよ」
「それがあるかもしれないんだよね。さっき言っただろう? 結界に入れるのは魔術の素養がある人間も、なんだ。伊吹君も魔術師になれる力がある。だからこそなんだ。こんな事態になったのは」
「どうゆう事だよ」
「……鍵だ」
「鍵?」
「魔術師は基本的には生まれ持った才じゃない。目覚めるには鍵が必要なんだ。『魔女の遺物』、そう呼ばれる代物がね」
「またまた専門用語かよ……」
「色々と難しい話で悪いね。遺物は、魔術師になる為に必要不可欠なんだ。素養を持つ者の覚醒を促す、希少な存在なんだ。だから、それを知っている人間は執拗に狙う。彼女は遺物を持っている可能性が高いと見た」
「遺物ねぇ……アイツ、そんな物騒なもん持ってたのか?」
「そうだな……物騒かどうかは分からないけど、大切にしている物とかは怪しいよね。ほら、そんな物が何か無かったかい?」
風間は今までの伊吹とのやりとりを思い出す。
伊吹が持っていた物、後生大事に持っていた代物。
少ない情報が頭に錯綜する。
答えはすぐに出てくる程に簡単だった。
「あ、そうか……いや、つー事は!」
「分かったかい? そう、怪しいのはあのブローチだ」
「……なるほどな。で、魔術師に目覚められるのは後がめんどくせーから、先に始末しちまおうって寸法か。つくづく腐った奴等だな……!」
「ああ……人命を度外視した、下劣な連中だ。放っておく事は出来ない……だから、君達にもどうか手伝って欲しい」
ヒトミは、椅子から立ち上がってまっすぐと風間の目の奥を見つめる。
「君達は罪無き善人……本来だったら、こんな荒事に与する事も無い。関わりも無く、幸せに生きる権利がある。それ故、この出来事を全て忘れて、無視する権利だってある。だから断ってくれてもいい」
「ヒトミ……」
「安心してくれよ。君が例えこの誘いを断っても、ボクが君達を援助する事は変わらない。責任を以って安全を保証する。それがボクの責務だから……」
「なーに言ってんだ。ここまで来たらほっとけねー。アイツらの事を知っておいて、それを無視なんて出来る訳がねぇ。力になれるか分からねぇけどさ、俺にも手伝わせてくれよ」
風間は強い面持ちで、悠然とした言葉で返した。
「……すまない。この提案は君の優しさにつけ込んでいるね。君が断らない事は、なんとなく分かっていたから……」
「はっ、いいじゃねぇか。利用したいんならそれでいいぜ。俺だって、色々お前に聞きたい事があるしな。ギブアンドテイクって奴だ」
「はは、君って奴は……ああ、分かった。それなら、全力の支援をお願いすると同時に、全力でサポートしようじゃないか。君を守る為ならば……」
ヒトミは怪しげな薄目で風間を見つめると同時にグイッと目の前まで距離を詰める。
「命すら賭けるよ」
献身的な言葉も、冗談とは思えないくらいの態度だった。
ただ、皮肉めいた言動をよくする彼女だったからか、風間もそこまで気にはしなかった。
「お、大袈裟だな……てか、近くない?」
「おっと、ごめんよ。君は少しシャイだったね」
そう言ってヒトミはすぐさま一歩身を引いた。
その時の表情は、風間には見えない様、少し下を向いていた。
「……ま、まぁいいけどよ。とにかくよろしくな」
「ああ。一旦は、その組織を潰すまでの関係と言う事にしておこう。だが、うかうかはしてられない。既に次の刺客が、伊吹君を狙う可能性があるからね」
「そうだな……あれ、だったら一人にしとくのはマズいんじゃねぇか?」
「その為のシャドウだよ。ピンチになったら、シャドウからボクに連絡が来る様になっている。こう、頭の中にね」
ヒトミは人差し指でこめかみを二回つついた。
「でも、あの影がいざって時に守れんのか? 相手はどうせ魔術師だろ?」
「ふっふっふー、舐めちゃいけないよ。シャドウは強い! 最悪、ボクが到着するまで時間を稼ぐくらい訳無いさ。先に言っておくが、ボクは魔術師の中じゃトップクラスに強いんだぜ?」
「おお……ま、そこまで言うんなら安心だな。伊吹の奴が影を追い返したりしなきゃな。アイツ、気難しいからなぁ」
「ははは、彼女もそこまでの事はしないよ〜」
「そうだよなー。はっはっはっは」
「「あっはっはっはっはっは!!」」
笑う二人のもとに、ガチャリとドアの開く音が聞こえてきた。
「「ん?」」
ドアの向こうに立っていたのは、肩を落としたシャドウだった。
明らかに元気が無いのが、風間にする伝わるレベル。
不貞腐れて帰ってきた子供の様だった。
「こいつはどうしたんだ?」
「分からない。聞いてみよう。さ、何があったか話してごらん」
「ゴゴ……! ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ……!」
「ふむふむ。なるほどね」
「何が分かったんだ?」
「んーーーーー、伊吹君に追い返された様だ」
「…………え、マジ?」
「…………マジだよ」
風間は既に口に出していた。
伊吹涼香はトラブルメーカーであると。
しかし、ここまで想像だにしない状況を作り出すとは、思いもしない風間だった。
そして、それはこの御影ヒトミですら予想出来なかった。
不安定な、伊吹涼香の異常性を。
「アイツ、何やってんだぁぁぁぁ!!!」




