13話 憂鬱な日常
結局、あの後はあまり寝れなかった。
疲れていたのは事実だが、あんな事があった手前、すやすやと寝れる奴の方が気がしれない。
何より……
「ゴ……?」
「(出てくんな……!)」
いつも、俺の影から見ているこいつの存在が落ち着かない。
俺が浮かない顔してるからまた出てきやがった。
ボディガードとは言ったが、一夜でそう何度も襲われる訳でも無いし、俺はあの金髪少女を完全に信用した訳じゃない。
友と思っていた奴に裏切られたばかりと言うのもあるが、元々人を信用しないタチだからだ。
まぁ、正直なところ、今はアイツを頼るしかない。
分からない事が多過ぎる。
魔術師だとか、伊吹が狙われた理由とか、これから俺がどうなっていくのか、それを理解するには、あの御影瞳の情報がいる。
俺よりこの力について詳しいのは確かだ。
「お……」
頭の中で情報を整理する中、教室のドアから仏頂面で登場したのは、膝蹴りとスタンガンの使い手、伊吹涼香だった。
今日もそのふてぶてしい態度は変わらない。
「よぉ!」
「……」
「昨日は眠れたか?」
「……」
「なぁ、あの影やっぱ怖くね? なんか見られてる気がしちまってよー」
「……」
伊吹からの返答は何故か一切無いが、代わりにチャットが届いた。
相手は目の前にいる伊吹。
文面は……
『学校で気安く話しかけんな!!!』
と、まぁこの様に、昨日までのあれはなんだったんだと言いたくなるくらいだった。
もしかして、誰かと話すのを見られるのが恥ずかしいのか?
意外とシャイガールか?
乙女心って奴はよう分からん。
それとも、俺が波風立たない様に配慮をしているのか。
「ねぇあれ見てよ……」
「風間君が話しかけてるのに無視してる……」
「何様のつもり……?」
「なーんか偉そうだよねー……」
俺の耳にも聞こえる声量で、辛辣な陰口が聞こえてきた。
いや、最早陰口と言っていいのか微妙な類だ。
敢えて伊吹に聞こえる様に言っている。
そして、同時に伊吹の顔が曇っているのが分かる。
なるほど、いつもこうやって冷たい言葉をかけられてる訳か。
こういうのは自分の身になってみないと結構分からないもんだ。
ああいう女ってのは、結構回りくどくて、面倒くさい事を好む。
かなり陰険で陰湿だ。
「……ウゼーな」
自然と口から漏れていた。
腹の内から出た言葉は、小さくて誰にも聞こえては無かっただろうけど、確かに俺の思った事だ。
他人事だろうが腹が立つ。
「……なーなー! そこの女子諸君ー!」
「え!? な、何……」
「伊吹さんが昨日休んじまったからさー、ノートとか貸してくんねぇかなぁー?」
「え、あ、えっと……その……!」
「ちょっ……もう行こ……」
それだけ言って女子二人組は少し離れた所に移動して、再び談話を始めた。
「……ふん」
これであの女子共も、しばらく黙るだろ。
最悪、俺が近くにいる時は。
と、そこで微かにスマホがバイブする。
チャットが更にもう一件。
『ごめん』
たった、その一言だった。
なんというか、こいつの性格がまた少しづつ分かってきた。
思ったよりも繊細な事も、意外とセンチメンタルだって事も。
あんな脇役の言葉は気にすんなよ。
お前は、その気になれば、凶器を持った奴にさえ、膝蹴り食らわしてやれるくらいの大物なんだから。
とは言え、『変わろうぜ』なんて、こいつに偉そうに講釈垂れたものの、この問題は結構難題だ。
普段の態度がキツいせいか、色々と誤解されっぱなしだし、こいつもこいつで、弁明も和解も一切する気無し。
こりゃあ、先は長いな……
※ ※ ※ ※ ※
なんとも退屈な一日だった。
チャットでしか話せないし、伊吹が一日休んだ事に、色々噂してる奴もいる。
全く、そんな下らない事に、よく頭使ってられるもんだ。
こう一日中アイツの身になってると、イライラが止まらない。
あー、こんな時に愚痴れる奴がいれば……
「……」
そういう時こそ、家族だとか、友達だとかに相談するんだろうな。
俺にはいない。
いなくなった。
「……宇都見」
今思えば、アイツの存在が俺の学校生活の一部だった。
腹立つ事も、嬉しかった事も、学校では常にアイツと共有していたから。
俺はそこまでストレスとか、そういうのを溜め込まなかった。
それは、皮肉にもアイツのお陰だったんだ。
もう、隣で話す事も無いだろうが。
「…………馬鹿馬鹿しい。アホか、俺は」
今こうして溜め込んでるのは、伊吹が誰とも打ち解けていないからだ。
幸い、俺はクラスメイトに伊吹程は嫌われてはない。
俺が頑張って、アイツに華を持たせれば、少しは良い方向に向くかも。
それが『変わる』って事だ。
伊吹に言った手前、実行しない訳にはいかないからな。
っと、そういえば放課後には集まる約束をしてたってのに、伊吹の奴はどこに行ったんだ?
いつの間にか教室から消えていた。
それとも今朝の事を気にして、どこかでナーバスになってるのか?
なんだか、あまり良い予感がしない。
「……だから、嫌だって……!」
廊下の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「伊吹……?」
前の方に目を凝らすと、周りに女子生徒が二人いる。
朝にいちゃもんつけてきた女じゃない。
多分、別のクラスの奴だ。
「アイツ、トラブルメーカーか……!?」
見過ごす選択肢なんてある訳無く、近づいていくとその女子生徒達の声も聞こえてきた。
「別にいーだろーが! ちょっくら顔出すだけでいいんだからさぁー!」
「そうそう、別に伊吹サンに酷い事する訳じゃないよ? 話がしたいだけだって〜」
「ん? アイツら……」
荒々しい口調で話すのは、茶髪のロングヘアーのギャル。
毛先はクルクルで、いかにも気が強そうな釣り上がった目尻が特徴的。
カーディガンを腰に巻いて、ワイシャツを肘までまくっている。
まさに教科書通りのポピュラーギャル。
語気も強めだ。
もう片方の少し緩そうな口調の女子は、高い位置の黒髪ツインテールのギャル。
眠そうな目の周りに赤黒いアイシャドウ、膨れた涙袋。
典型な病み系メイクに、黒のパーカー、プラス萌え袖。
声もどこかふわふわしていて、可愛らしい見た目だが、耳にはエグい数のピアスをつけている。
そして、これまたびっくり。
この二人は俺の知り合いだ。
「おいおい、そのへんにしとけよ。お二人さん……」
「あぁん!? ってぇ、風間じゃん」
「あ、風間っち。おっすおっす〜」
「おっす〜、じゃねぇ。廊下まで声が響いてんぞ。往来で揉めてんじゃねぇよ」
すると茶髪のギャルは目をくわっと広げる。
「だってさ! この女、ウチらの事を無視しやがんだよ!」
「私達、別に喧嘩売りに来た訳じゃないのにね〜」
「そう! 風間もなんか言ってやってよ。わざわざ止めに来たんだしさぁ、少しは手伝ってよ」
いきなり無茶振りをかましてくる始末。
どうにも、この手の輩は巻き込みたがる癖がある。
いや、関わりに行ったのは俺だけど。
「……あー、えっとなー、伊吹。この髪の長い方は、七瀬。ツインテの方は、黒木。一応知り合い。なんで絡まれてんだ? なんかした訳じゃねーだろ?」
「……別に、何も」
その表情は険しいまま、ドスの効いた声で一言そう言った。
「はぁーー!? アンタなんにも分かってねーワケ!? もうとっくに噂になってるっての! 誤魔化したって無駄なんだよ!」
「そうだよ、こっちはもう知ってるの。伊吹サンが宇都見っちと居た所、見たって人がいたもん」
「ちょっと待て、宇都見だと?」
「うん。昨日はバイトだって言ってたのに、伊吹サンといるなんて〜、ありえなくない?」
あー、なるほどな。
少し読めてきた。
これはまためんどくさい誤解をされたもんだ。
「はいはい、そういう事ね……」
「ちょっ……風間、説明してよ」
「この二人は宇都見の友達なんだよ。俺はそのツテで知り合ったって訳だが、まぁそこはどうでもいいか……とにかく、宇都見が心配で伊吹を問い詰めようとしたって訳だ。違うか?」
「さすがは風間っち。私達ね、宇都見っちに連絡したんだけど、なぁんにも返って来なくてさ、心配でね〜」
「それで、伊吹涼香が一緒にいたとこを見たって聞いたから、話を聞こうとしてたんだよ! なのにこいつは無視なんて決め込みやがって!」
俺達にとっても宇都見の事は迂闊に話せない。
なんせ、アイツは今はヒトミの所で伸びてる筈だからな。
何故一緒にいたのか?
なんて、むしろ逆だ。
アイツが近づこうとしていたんだ。
でも、それを詳しく説明するのは、俺や宇都見の正体を話す事になる。
だから伊吹は何も話そうとしなかったんだ。
「……」
自然と伊吹と目線が合った。
きっと同じ事を考えてるに違いない。
仕方ないが、こいつらには嘘をつくしかない。
「……おい、七瀬、黒木。伊吹はその……ただのコミュ障だ」
「「え?」」
「…………はぁ?」
うわ、視線が痛い。
でもしょうがねぇだろうが!
今は誤魔化すしかねぇんだよ!
「えっとな、多分、こいつは宇都見の事は知らないぜ。一緒にいたってのはきっと見間違いだな。だって、昨日はこいつ、風邪気味で学校休んでたんだぜ? そんな奴が外ぶらつくか?」
「そんなの仮病かもしんねーでしょ。第一、なんで風間はそこまでそいつの肩持つワケ?」
「そりゃおめぇ……お、同じ中学なのさ。割と仲良いんだぜぇ……? な、な!」
「え……あ、うん」
「ほら! こう言ってるだろ? だからさ、俺の顔に免じて、許してやってくんねぇか? 人付き合いが苦手なタイプなんだよー」
「……」
うぅ……やばかったか?
だが、言い訳は悪くなかった筈だ。
割と信憑性あっただろ。
「……まぁいいや。風間がそう言うならいいけど……つか、宇都見から連絡あったらウチらにも伝えてよ」
「うんうん、時間取らせてごめんね〜。じゃ行こうか、あーちゃん」
「ははは、悪いな……」
「でもまぁ……伊吹サン、疑われたくないなら、もーちょっと愛想良くした方がいーよ。そうやって仏頂面かましてるから、私達みたいのに絡まれるんだよ」
「……っ!」
そう捨てゼリフを吐いて、ギャル二人はその場から歩いて消えた。
ひとまずはなんとかなった。
けど、横の伊吹の肩は少し震えていた。
「ああ、その……気にすんなよ。アイツら、別に悪い奴じゃねぇんだ。ただ、友達と連絡取れなくてピリピリしてるだけなんだよ」
「……イラついてたら人に当たっていい訳?」
「そうじゃねぇよ。タイミングが悪かったって話だ。誰だって寝起きは機嫌悪いだろ? それと同じだ」
「それでも、納得いかない。いつもこうなる。何もしてないのに誰かに恨まれる。もううんざり……!」
「そんなネガティブになんなよ。近い内に俺がフォローしとくから、だから……」
「……うるさい」
「あぁ……?」
その目は、初めて会った時と同じ目だった。
誰かを憎み、蔑む様な、冷たい顔。
それを、この俺に向けている。
命を賭して戦った俺ですら、そんな視線を向けてくる。
「今、なんつったよ。お前」
「アタシは変わらない。変えられない。周りが変えさせてくれない! 生き延びたってずっとこんな感じだ。これから先、ずっと、ずっと……!」
「おい、まーたそれかよ。つくづく良い性格してやがるな、お前」
「そうだよ……! アタシはこんな性格だ。何かを乗り越えたって変わらない。死ぬまでこのまんまだ!」
「どうしてお前はそう捻くれてんだよ……! 少しくらい良い事を想像しろよ! あの時だって、死にたくねぇから頑張れたんだろ!? ちょっとは変わろうと思えただろ!?」
「だから! それが無理だって今分かった! 大体、アンタの言う事なんて、根拠が無いんだよ! アタシが変わっても周りは変わらない! これからもずっとアタシをイラつかせる! 悪いのはアイツらだ!」
「……いい加減ムカついてきたぜ。そこまで言うんならもう知らねぇ。もう誰も、お前の事を助けようだなんて思わねぇ……! だったらこれからもずっと独りで生きとけ! 死ぬまでな!」
「あっそ……! もういい!」
伊吹は地べたに落ちたスクールバッグを拾って、何も言わずに駆けていった。
その背中を見て何も思わなかった訳じゃない。
でも呼び止めはしなかった。
呼び止めたところで、ずっと平行線だったに違いないから。
「クソ……」
言いたい事を言ってやった。
後悔は別に無いし、俺は間違った事を言ってない。
だけど、どこか気持ちが悪い。
胸の奥がむず痒くて、さっきよりイライラが止まらない。
「なんでこうなるんだ……!」
俺だって色々考えてるんだ。
それなのに、アイツはなんでも悪い方に捉えやがる。
他人の事も、自分の事すら一切信用していない。
そんな奴に、何を言えばいいんだ?
俺がどんなに励ましたって無駄なのか?
いや、もう考えるな。
今は自分の事で手一杯なんだ。
早く、自分の身に起きた事を整理しなければいけない。
あの研究室に行かなければ。
「……伊吹」
いや、違うだろ。
言い過ぎたって、本当はそう思ってるんだ。
大人げ無かったってのは分かってる。
落とし物の次は謝罪と来た。
これもまた、簡単には終わらなさそうだ。




