12話 影の魔術師 2
一瞬の静寂が辺りを包んだ後、ふと我に帰った。
「……なぁ、こいつやばくね?」
「やめなよ……! そういう年頃でしょ」
「ちっがーう! 君達は勘違いしているぞ! ボクが魔力だの魔術師だの言っているのは妄想なんかじゃないぞ! 全部本当の事なんだよ!」
「うーむ、そんな魔術師とか言われてもなぁ……」
「な……! あのねぇ……じゃあそこのシャドウはなんなんだ?」
ヒトミンはノインと呼んだ影に指をさす。
「ゴゴゴ……!」
「アイツは、その……」
「どう説明をつけるんだ? それに、君達ももう体験した筈なんだ。この世には、現代科学のみじゃ解明出来ない力があると!」
「そ、それは……まぁ……」
「それから……! 一応補足しておくが、ボクは中学生じゃないからな。君達とそんなに変わらないんだぞ……!」
「えー……」
確かに身長は低いが、さっきまでのセリフは中学生じゃ出てこないよな。
言われて納得するところもあるにはあるし。
下衆な観察眼ではあるが、胸も少し膨らみがある。
そもそも、顔立ちだけじゃ歳なんて分からない。
身長ちっさくて、童顔だったらそれっぽく見えるもんだ。
「……悪かったよ。別に馬鹿にしようとした訳じゃ無いんだぜ? 俺らも色々混乱してるんだ」
「そ、そうそう。色々訳分かんない事ばっかで何が本当なのか分かんないし。アタシは、その……魔術師? じゃないから実感湧かないし」
「確かにそうだね……こっちも悪かった。声を荒げた事を謝罪するよ。大人げ無かったね……っとと、そういえば客人だと言うのに茶も出していなかった。少し待っててくれ。すぐに戻るから!」
そう言って、ヒトミンはそそくさとドアを開けて別の部屋に行ってしまった。
まるで何かを誤魔化している様にも見えた。
「……なんだか、よく分かんない奴だな」
「アタシらを助けてくれたんだし、多分良い子じゃない?」
「うーん……」
でも、アイツも例の力が使えるんだ。
今になって思うが、敵に回す様な発言は迂闊だった。
良い奴、悪い奴に関わらず、存在そのものがリスキーだ。
俺はともかく、伊吹は身を守る術が無い。
この影共も、決して危険じゃないとは言い難い。
「なにアンタ、難しい顔して」
「……いや、だってアイツも魔術師なんだぞ。宇都見みてぇなやばい力があるんだぞ。怖くねぇのかよ」
「あんな目に遭ったら多少は耐性付くでしょ。それに、あの子はアタシ達を助けてくれたんだし。アタシの足も治してくれたしね」
ふと伊吹の足に目をやると、確かに完璧に処置がされていた。
まるで魔法でもかけられたかの様に、痛々しかった傷は見る影も無い。
「……分かってる。何か意図があるんじゃないかって事でしょ? 無償で人助けなんてする訳無いって、ひねくれ者のアンタはそう思ってる」
「へいへい、俺はひねくれ者ですよ……」
「……でもさ、アンタもそうやってアタシを助けたんだよ」
「あー……まぁ、そうか」
「うん。あーんな事言われたのに、わざわざ落とし物届けようとして、そんな事の為に命まで賭けようとして……ホント、どこまで馬鹿なの?」
伊吹のその言葉は、別にマジに馬鹿にしようって奴じゃない。
心底不思議でしょうがないって感じだ。
分かってんだよ。
でも、昔からずっとそうだ。
多分、死んでも治らない俺の性格なんだ。
「……ホント、どこまで馬鹿なんだろうな。ま、誰かを見殺しにするなんて、そんなカッコ悪ぃ事するくらいなら馬鹿でいいけどな」
「そうだね……それで良いと思うよ。だからさ、今はあの子を信じるよ。後、アンタの事も。い、一応……」
「はは、命張ってようやく『一応』かよ。お前っぽい言い草だな」
「ふん、お褒めに預かり光栄です……これでいい?」
伊吹は悪戯な笑みでクスクスと笑う。
「はっ、上出来だ……そうだ、ご褒美にこれをくれてやるぜ」
腰かけていたベッドから立ち上がり、懐にしまっておいたブローチを取り出す。
紆余曲折あったが、今度こそだ。
たったこれだけの為に、死ぬ気で頑張ったんだ。
「ほら、お待ちかねだ」
「……うん」
時間がかかったが、これで良かったんだ。
血反吐吐いて死にかけた。
でもそのお陰で、昨日の今日で伊吹とこんなに話せる様になった。
最初はお互い印象最悪だったってのに。
このよく分からん力も、悪い事ばかりじゃ無かった。
「あ、あのさ……!」
「ん……?」
伊吹は目を伏せながら、やけにモジモジしていた。
「その……」
「なんだよ、はっきりしねぇな」
「……あ、ありがと」
小っちゃい声だったが、確かに伊吹はそう言った。
「ふぇ?」
そのシンプル過ぎる言葉に、正直困惑した。
そりゃあそんな言葉は別に珍しいもんじゃない。
俺だって言われた事が無い訳じゃない。
でも、なんだか久しぶりな気がする。
その時は見返りなんか特には求めてなかったけど、これが報酬なら悪くない。
だって、俺はこの言葉が欲しかったから。
「あ……ありがとう、か……」
初めて言われた様な気すらしてしまう。
それになんだか顔も熱い。
感謝されるってのはこんな気分なのか。
「はぁ……? アンタ照れてんの?」
そう言いつつも、伊吹も少し顔が赤かった。
「……と、とにかく! もう失くすなよ!」
「……うん。本当にありがとう……」
ありがとう、なんて、こっちが言いたいくらいだった。
やっと貰えた、この言葉が素直に嬉しい。
久々に誰かを助けようだなんて思ったが、伊吹の笑顔が見れた。
少し、いや、かなり照れ臭いが、物語のエンドにしちゃ、文句無しの大団円だ。
「それにしても、本当に良かった。これはアタシの宝物だから……」
伊吹はそう言ってブローチを抱きしめる。
慈しむ様に、まるで我が子を見る様な微笑みで。
「……そんなに大切な物だったのか?」
「うん。おばあちゃんから貰った物でさ。アタシ、親とは仲良く無いけど、おばぁは昔から大好きだったんだ。アタシには凄く優しくてくれて……でも、アタシがまだ小っちゃい頃に死んじゃった」
伊吹は物憂げに下を向く。
「……そうだったのか」
「うん。でも今は悲しくない。このブローチがあるから。これを持ってると勇気が貰える。おばぁがいつまでも一緒にいる気がしてね」
祖母の形見を眺めながら、思いに耽るその姿は、学校で見る伊吹涼香とは明らかに違った。
こいつが大切な人と接する時は、きっとこういう顔をするんだろう。
優しい顔だ。
そして、さっきの言葉もそんな伊吹涼香から出た言葉なんだ。
やっぱりあの時、手を握っていたのは……
「……なぁ伊吹」
「うん?」
いや、ありえない話だな。
俺達はたった一日、二日の関係だ。
たまたま一緒に死にかけたってだけで、それ以上も以下も無い。
そんな相手に、何を期待しているんだか。
「いや……なんでもねぇ」
「いんやぁ、なるほどねぇ! 実に感動的じゃないか! 熱い友情! 家族との絆! ボクの感受性がもう少し豊かだったら、今頃滝の様に涙を流しているだろうね!」
と、そこに再びやかましく登場したのは白衣の少女。
茶を入れると言っていたが、全くの手ぶらだった。
「おめぇ……盗み聞きかよ」
「うん。否定はしないよ」
「うわ、清々しいまでの開き直り……」
「と言うか、ボクが聞いたんじゃなくて、ノインが全て聞いていたんだ。シャドウとボクの感覚は共有出来る。見た事も、聞いた事だって……あ、どこに目とか耳があるのか、なんて質問は野暮だからね。フィーリングだよ」
「んなこた聞いてねぇよ……」
しかし、サラッと結構大事な事を言いやがった。
あの影と感覚が共有出来るだと?
俺がこいつの事を怪しいと言ったのも、全部丸聞こえだったって訳かよ。
「……茶を入れると言ったのは嘘さ。君達がボクをどう思っているのか、二人きりで何を話すのか、ほんの知的好奇心さ……ま、ボクとしては、そうやって疑ってくれた方が気分が良い。なんでもかんでも信じてしまうピュアな人間なんて、逆に信用出来ないからね」
「良かったね。アタシも風間もそーとー性根が曲がってるからさ」
「い、一緒にすんなよ……」
「ま〜、君達の人となりはよく分かった。やはり助けておいて正解だったと安堵したよ」
そう言ってヒトミンは回転式の椅子に深く座る。
いや、深く座ったのでは無い。
座高が低いだけだった。
「……それに、重要な会話があった。君、伊吹君の祖母の事。それとブローチ。何故だか、ボクにはとても怪しく聞こえたのさ」
「ブローチ……? なんで?」
「なんでって、そりゃあ……いや、今は詰め込み過ぎても良くないか。ま、とにかくそれは大切な物なんだろう? 今度は落とさない様にね。次に失くしたら、もう手元には戻らないかもしれない」
「え……? うん……」
「おいおい、なんだそりゃ、歯切れ悪いな。ちゃんと説明しろよ」
「まぁ待てよ、少年。そのブローチの事は、またの機会に教えようじゃないか」
「は? そのくらい今話せば……!」
あれ?
途端に、体が重くなった。
一瞬、視界がグニャグニャとねじ曲がる。
「な、な……んだ、こ……れ……」
呂律も回らない。
おかしい。
さっきまで、普通に話してたのに。
いきなり怪我の痛みが来るってのかよ。
「風間……!?」
「んぁ……?」
気がついた時には膝を突いていた。
「はぁ……君は元々かなりのダメージだったんだ。今の今までピンピンしてたのはその魔道具のお陰だ。ただし、無理をすれば反動が来てしまう。麻酔の様な物さ。今は体を起こさず、寝ていた方が良いぞ」
「ふぅ……はぁ……はぁ……」
たった一瞬だが、めちゃくちゃ痛かった。
特に心臓の近く、昨日怪我した部分だ。
いや、そうだ。
俺は体に銃弾食らったんだぞ。
あのリアルな痛み、忘れられるワケが無い。
忘れようとしても、体はちゃんと覚えてやがる。
思い出すだけで、身の毛がよだつ……
「……と、まぁこの調子じゃ話す事もままならない。少ししたら、帰宅する事をおすすめするよ。もうそろそろ補導されてしまう時間だ」
「……窓が無くて分かんなかったけどよ、もう夜なのか?」
「ああそうだ。もう日が変わりそうなくらいさ。だが安心してくれ。夜道は危ないから送っていくよ……ボクのシャドウがね」
「「ゴゴゴゴー!!」」
「「うわぁ!」」
その二人のシャドウは、俺と伊吹の真後ろから突然現れた。
もっと正確に言えば俺達の影の中からヌルリと出てきた。
「怖がらないであげてくれ。いざって時にはボディガードになるし、連絡用ツールにもなる。君達がまた危ない目に遭ったら、すぐにボクも駆けつけよう」
「あ、ああ、そいつは助かるな。でも、夜道は危ねぇってのは、俺には無用な心配だ。何せ、命を狙ってくる魔術師はこの俺が倒した訳だしな。はっはっはー!」
「……」
と、得意げに笑ってみたが、ヒトミンは笑ってはくれなかった。
それどころか、若干呆れた表情を浮かべていた。
「……君、ああいう輩が一人だけだと思っているのか……?」
「「え?」」
「恐らく、敵は組織的に動いている。この先も……この数分後、数秒後でさえも、襲われる可能性があるんだよ?」
俺はどうやら大きな勘違いをしていた。
数時間前に体験したあれは、一世一代の大勝負なんかじゃない。
長い目で見れば、あんなものはチュートリアルに過ぎなかった。
物語で言う所の第一章、一つ目のボス……いや、それすらも怪しい。
これからあんな奴等とまた戦うのか……?
ああ、神様。
俺はあの平和な日常に戻れるのでしょうか。




