11話 影の魔術師 1
感謝の言葉。
そんなものはいつしか貰えなくなっていた。
物を運ぶのを手伝った。
探し物を探してあげた。
意地悪な奴から守ってあげた。
俺は誰かに頼りにされる事で自信がついた。
自分と言う存在が、無くてはならないものだと思う為にやった事だ。
でも、誰かを助けると言うのは、同時に誰かを切り捨てると言う事だ。
俺が助けた事を気に食わない奴が現れた。
俺が標的なら、俺自身の事なら、俺が解決しないといけない。
だから、自分を守った。
守る為に暴れた。
何人も、何人も、俺を恨んで攻撃して、その都度俺は立ち向かった。
こんな奴等に負けてたまるかと。
そう、この時点で俺は、間違っていた。
既に周りに人がいない事に気づいていなかった。
俺はただ誰かのヒーローになりたくて、みんなから褒められたかっただけなんだ。
その為だったら命だって惜しくない。
自分の目標、生きる意味、終着点。
自分を肯定する為に、自分を少しでも良いものだと思いたかったから。
なのにこれはなんなんだ。
俺は助けたのに、誰も助けてはくれない。
それがこの世界、人間の本質。
でも、本当の原因は分かってる。
結局、俺が解決出来てしまうのが問題だったんだ。
だから、簡単な感謝の言葉すら貰えない。
強いのだから、助けられるなんて許されない。
自分自身でなんとかするのが強者の責務。
周りの人間はそう思っていた。
あんまりだよな。
それだったら、俺はいてもいなくても変わらない。
助けようとも、他の誰かに疎まれる。
懸命に他人を助けても、目に見えない悪意がいつの間にか足元を囲んでいる。
それならいっそ、透明人間の方が楽ってもんだ。
でも、楽だとしても、それだけは嫌なんだ。
ただでさえ価値の薄い自分の存在意義を、自分で否定しなきゃならないなんて、辛すぎる。
それだけは絶対にダメなんだ。
ありきたりで、たった一言でいい。
誰かに認めて欲しい。
俺の存在を。
俺が生まれた意味を。
※ ※ ※ ※ ※
夢を見ていた。
周りには誰もいなくて、暗闇で、でも最後の最後に誰かが手を差し伸べてくれた。
その手は暖かくて、ずっと握っていたいと思えた。
そんな、珍しく幸せを感じる夢。
今もこうして、暖かい。
この暖かさは、そうか……
俺はもう死んじまったのか。
でも、悔いは無いよな。
こんなに良い気持ちで寝ていられるのなら。
きっと、俺の善行が認められて天国に行けたんだ。
ならば少しは報われた。
あー、良かった。
「……」
てか、なんだこの感覚。
本当に誰かが手を握っているぞ。
ちょっと柔らかくてほんのり温度がある。
誰なんだ?
まさか……!
おいおい、もしかして伊吹の奴か?
俺がぶっ倒れちまって心配になっちまったとか。
ったく、しょうがない奴だな。
それに、意外と、うん、大胆な奴じゃないか。
薄目でそーっと目を開けてみる。
「ゴ、ゴゴ……」
「ん……?」
人の声とも、機械音声とも取れる様な重低音が脳に響く。
「ゴゴゴ……!」
「おお……!?」
否、そこに居たのは伊吹どころか女ですら無い。
というか、人間ですら無いかもしれない。
真っ黒な人の形をした塊だった。
見た目はもう、真っ黒としか言い様が無い。
他に形容するならば、影の塊と言ったところか。
何より、見た目が超不気味……!
「どわぁぁぁぁぁ!!」
その場から飛んで逃げると、体に纏わりついているのは毛布。
俺が寝ていた場所は見知らぬベッド。
横にもいくつか並んでいる。
でもって、辺りに見えるのは質素な白い時計や薬品の乗った棚。
地べたには真っ白な床。
まるでここは、研究室?
「あ、起きた」
それと伊吹。
「ん? 待て待て、状況が掴めねーぞ? ここはどこだよ」
「……さぁ?」
「は?」
「ゴゴゴ……」
「それとこいつはなんなんだよっ!!」
目が無ければ顔も無い。
顔が無ければ、手も足も無い。
けど、それっぽい形はあるにはある。
影がそのまま人の形をして動いている様な生物だ。
いや、そもそも生物なのか?
「おい伊吹! この謎の生き物はなんなんだ!?」
「あー、そいつ……いや、その子は、確か『ノイン』……だっけ?」
「いや、名前じゃなくて……」
「ゴゴ、ゴゴ……」
「うお……!」
よく見ればこいつ、表情なんて全く見えないが、どこか心配している様に見える。
何故そう見えるのか、根拠なんて何も無いけど、不思議とそう見えてしまう。
「……アンタがちょっとうなされててさ、それでその子が手を握ってくれたんだよ」
「こいつが……?」
「そ。まぁ、特に意味なんか無いかもしれないけどさ……」
「ふーん……」
「ゴゴゴゴ……」
何かを目で訴えかけている。
気がする。
「あ、えーっと、さっきは驚いて悪かったな」
「ゴ……!」
相変わらずどんな顔をしてるのかは知る由も無いが、ちょっと嬉しそうだ。
そんな気がする。
ちょっとだけ可愛く見えてきたな。
「……つか、他に気になる事無いわけ?」
「…………足は大丈夫か?」
「ああ、それはもう大丈夫……って、それもあるけど……! もっと気になる事あるでしょ」
「えぇ?」
やけに俺に気づかせようとするなぁ。
俺はそんなに当たり前の事を見落としてるのか?
もう一度、ふと周りを見渡すと……
横のベッドに誰か寝ている。
「……?」
こいつは、忘れもしない。
こいつの顔は……!
「う、宇都見!?」
「そう! 気がついたみたいだね。勇敢なる魔術師、風間蓮斗君」
「へ?」
そこに現れたのは、白衣を着た少女だった。
腰より長い、ウェーブがかかった金色の髪。
目にかかるほど、もみあげまで伸びた長い前髪だ。
中には白いシャツと赤いネクタイ。
そして、白いデニムパンツに黒のニーハイ。
こちらを覗く眼は、琥珀色に輝いていた。
そして、そのキラキラとした目の下には、不健康そうな隈。
どことなくマッドサイエンティストみを感じる。
「……なぁ伊吹、こいつはなんなんだ?」
「えーっと……一応、命の恩人的な?」
「おっと、これは失礼した。ボクは御影ヒトミ。愛情を込めてヒトミンとでも呼んでくれよ」
「………………は?」
偉そうに胸を張っているが、よく見ると身長が低い。
マジに中学生くらいなんじゃないのかと疑うくらいだ。
そう考えたらこの物言いも、単にふざけているだけの様に見えてきた。
「あー、はい。そりゃ丁寧にどうも……で、あんたは誰なんだ?」
さっきベッドから転げ落ちてからそのままだが、なんか起きるのも面倒だから、そのまま聞き返した。
というか、何故だろうか。
シリアスな雰囲気がこいつには感じられない。
「そう、ボクはヒトミンだ。どうだい? なんか可愛いだろ? 口に出して言いたくなるだろ?」
「そうじゃねぇー! 何者だっつってんだ!」
このままのペースに呑まれまいと、一度立ち上がってみる。
が、いきなり動いたせいか激痛がほとばしった。
「ぐあーっ! いててて!!」
「……なるほど、君はせっかちなんだね」
「あぁん!?」
「いや、失敬。訳の分からない状況で説明も無しに自己紹介と言うのもナンセンスだったね。と言っても、ボクはここで魔術の研究をしているだけの物好きで、その一貫で君達に干渉した訳なんだ」
よく分からない単語があった。
魔術……さっき俺の事を魔術師とも言っていた。
この力の事なのか?
つか、だったらマジに何者なんだ?
研究者の一言じゃ解決出来ないだろ。
だけどまぁ、今は話の腰を折るより、色々と聞いた方が状況を飲み込めそうだ。
「……アンタが助けてくれたのか?」
「まぁーねぇー。覚えているかい? 君の身に、何が起きていたのか……」
そうだ。
俺はあのまま倒れて、そっから先は何も覚えていない。
それ以前の事と言えば、体に銃弾ぶっ刺さったり、逆に思い切りぶん殴ってやったり。
あの時は必死だったが、よく考えると生きてるのが不思議なくらいだ。
あのままくたばっててもおかしくなかった。
「……マジで死んだと思ってた。目覚める寸前は、天国にでもいるもんかと……」
「幸か不幸か、ここはちゃんと現世だよ。君が死ななかったのは、ボクが使った『魔道具』のお陰だね」
「ま、まどうぐ……?」
「ああ、魔力を注入し、それを強制的に内側に流す。そして、出血を止め、一時的に超人的な治癒力を得られる代物さ。しかし、そちらにリソースを割かなければならないからね、これを使うと、その間は体は動かなくなってしまう。寝ていた君からしたら関係の無い話だけどね」
そう言いながら、御影瞳こと、ヒトミンは湿布の様な長方形の厚紙を取り出す。
あれがその魔道具とやらだろうか。
何やら怪しげな紋章が書かれているが、ドラッグストアで売っている物では無さそうだ。
「……説明してもらって悪いんだけどよ、全く言ってる意味が分からねぇ。その、『魔力』ってなんだよ。俺の力の事か?」
「その通り。君が今言った力と言うのは魔力の事さ。外に流せば装甲の様に、内に流せば身体能力や治癒力を向上させる。気功の類と似ているね。ま、こっちは目に見えて確実な上に、存在が実証出来るけど」
「あー、もうよく分かんねぇ……けど、あれか? だから俺は銃弾食らっても死ななかった訳か?」
「飲み込みが早いね。そうそう、君は無意識に生き延びようと魔力を使ったんだ。そうやって魔力をうまく使えば、そう簡単には死なないんだよ。そこの宇都見君もね……」
「そうだった! こいつは! こいつは危険な奴なんだよ! まだ寝てる内になんとかしねぇと!」
「ああ、それに関しては心配いらないよ。ちゃんと見張っているからね」
「おま……! 監視どうこうの話じゃ……!」
「ツヴァイ!」
その名を呼んだ瞬間、宇都見が寝ているベッドの下から、何かが現れる。
黒い影の塊が。
「……! そいつは……」
「彼は『ツヴァイ』。私の親愛なる『シャドウ』の内の一人だ」
「さっきもいた奴か?」
「ああ、そっちはノイン。彼女と仲良くしてくれてありがとう。あの子は本来臆病なんだが、君には何故かべったりだったね」
一体なんなんだこいつらは。
この影人間達は何人いるんだ?
性別はあるのか?
なんで影から出てきたんだ?
いや、考えられるのは、宇都見と同様、何らかの特殊能力。
俺は持ってない、銃弾を曲げたりとか、そう言った力だ。
「あ、そういえば、さっき君が『何者なんだ?』と聞いていたね。補足しておこう」
その少女は、大きく口元を釣り上げる。
「魔術研究の第一人者……そして、シャドウを操る影使い……人は、ボクの事を影の魔術師と呼ぶ……!」
中々に痛い名乗りが、小さな部屋にこだまする。




