10話 VS魔弾 2
宇都見はなんの躊躇いも無く引き金を引いた。
火に包まれる事も無く、その意識を失う事も無く。
風間の食らわした攻撃でも、彼は最後まで倒れなかった。
それがそもそもおかしな話だった。
銃で迎撃する事に失敗し、風間の蹴りが確実に腹部を捉えた筈なのに、彼は引き金を引けたのだ。
「どう、なって、やがる……!」
「おかしいと思うだろ……銃を撃つんなら火薬が出て引火すんじゃないかって、当然の考えだ……でもな、これは火薬で打ち出してる訳じゃねーんだぜ……お前が使ってる力と同じだ……火薬じゃなく、『魔力』で打ち出してんだぜ……!」
(また、訳の分からん事を……! 魔力だと? マジに魔法でも使ってるって言いたいのか? 第一、なんでくたばらないんだあの野郎は……!)
「か、風間……」
「近づくな……! 早く逃げろよ……! もう仲良しこよしで逃げようだなんて言ってる場合じゃねぇだろ……!?」
「いやいや、逃す訳無いだろ……」
宇都見はボヤけた視界に再び銃を構える。
辛うじて見えるのは人の形。
顔はうっすらとしか見えない。
だが、弾道を曲げられる宇都見にとって、それは些細な事だった。
「嘘……嫌……」
「や、やめろぉ……!!」
風間は必死に伊吹の前に立ちはだかる。
「へへへ……お前も俺もボロボロだな……だがよー、俺が今こうして意識を保ってられるのはお前のお陰なんだぜ、風間……」
「ど、どういう事だよ……!」
「力を込める部位を絞る事で、その部位のガードを極限まで高める……お前が無意識にやってた事は案外難しい事なんだぜ……? でも、見様見真似で出来ちまった……ほんと、感謝してるぜ……」
宇都見は腹部を蹴られる直前、既に攻撃の事を考えてはいなかった。
攻撃が間に合わないのを見越して、既にその力を防御に使っていた。
蹴られた所は痛まず、コンクリートの壁に当たった時のダメージしか食らっていなかった。
故にほぼノーダメージ。
未だに体力には余力がある。
(なるほどな。だから、まだくたばらないのか。するってーと、この状況はかなりヤバい。俺の方は対照的に、この二発の銃弾をモロに食らった。なんでまだ生きてんのかは分からないが、このままだとどの道死ぬ!)
「お前は勝てないぜぇ……俺にはお前と違って別の能力もある……銃弾を自在に曲げられる……! 防御は出来ねぇ! 差し詰め、『魔弾』ってところかな……! 銃は拳より強し、って訳だ……」
「けっ、何が魔弾だクソ……!」
(能力……! 俺には無い……あるのは拳だけ。近づけるか? いや、近づかなきゃ殴れないよな。あの銃弾を掻い潜って、なんとかあと一発を……!)
「ふ、ふふふ……風間ぁ……お前だけなら見逃してやってもいいぜ……?」
宇都見は見下す様な冷たい笑みを浮かべる。
「あぁ……?」
「詳しい事は話せないが、俺の目的は伊吹涼香だ……お前じゃない……」
「それがどうした……」
「分かるだろ? お前だって死にたくない筈だ……俺だってもう疲れてんのさ……互いに得が無いだろ……? 一銭にもならねぇ人助けなんてやめようぜ……? だからよ、いい加減に……」
「やなこった……!!」
「……!」
「伊吹が死ぬ時は! 俺が死ぬ時だ! それに、女の前でそんなカッコ悪ぃ事出来ねぇだろ……!!」
宇都見の言葉を遮る様に、風間はボロボロの体で、堅い意思を語る。
勿論、勝機がある訳じゃない。
それでも、男として、言わねばならない事だった。
自分自身を否定しない為にも、突き通さなければならない事だった。
「……風間、お前確かにカッコ良いぜ……常人じゃそんな発想にならねぇよ……でもな、それだけじゃなんとかならねぇ事もあるんだよ……! 綺麗事だけじゃなぁんにも出来やしねぇ……!!」
宇都見は、その啖呵で何故か怒りを見せていた。
致命寸前の攻撃を食らってもなお、飄々としていた彼が、始めて感情を表に出していた。
「ムカつくぜ……! そういう下らねぇ正義感! 無駄な偽善! 主人公気取りか!? 吐き気がすンだよ! お前も殺してやる! 伊吹涼香も! まとめて殺す!!!」
「ちっ……!」
(当たれば終わり……アイツだって消耗しているが、外したとしても、謎の能力で弾道が変わる。今の俺にはアイツの銃弾を防ぐ術が無い。正直言って、詰み、チェックメイトだ……)
「風間……も、もう……」
風間は守ると、そう言ってくれた。
しかし伊吹はもう既に気が落ちていた。
追われていた時の、処刑を待つ罪人の様な顔に戻っていた。
第三者から見てもこの状況が絶望的なのは分かる。
自分のせいでこうなってしまったと、後悔と自責が心に影を生み出していた。
(アタシが落とし物なんてしなければ、風間はここまで来なかった……襲われる事なんて無かったんだ……そうだ、アイツの狙いがアタシなら、それでいいじゃん。アタシが命を差し出せば、風間は助かる……)
「アタシが……死ねば……」
伊吹はもう、それしか道が無いと思っていた。
力も無い、そんな自分に出来る唯一の選択肢。
犠牲無くしては、この状況は何も変わらない。
もう、彼女の道は閉ざされていた。
しかし、風間はそんな事もつゆ知らず、前しか見ていなかった。
彼の目には、確かに道筋が見えていた。
「……むしろ燃えてきたぜ」
「え……?」
風間は出来るだけの笑みを浮かべて、少し後ろを向いた。
恐怖と絶望で縮みこまっている伊吹の方へ、自分はまだ大丈夫だ、と言わんばかりの最大限のアピールで。
「伊吹……走れるか……?」
その笑顔はまるで、今から悪戯をする子供の様な、無邪気でいて、少し邪悪な笑み。
その表情を見て、伊吹の心にも反逆心が芽生える。
こんな目に遭わせた宇都見に、どうにか一杯食わせてやろうと言う、強い意志が、心の中で静かに燃え上がる。
「…………分かった」
これ以上言葉を交わす必要も無かった。
何せ、目標はただ一つ、目の前の男を倒すのみ。
勝つ事以外、考えは無し。
そして、伊吹は走り出した。
その場から逃げる様に暗がりへ駆けていく。
「だから……! 逃すかよぉ!!」
当然、みすみす逃す訳は無く、宇都見は引き金を引いた。
合計二発、その暗がりの方向へ飛んでいく。
が、それはどれも伊吹を捉える事は無く、後方の闇へ消えていく。
それもその筈、未だに宇都見の視界はボヤけたままだったからだ。
伊吹は距離を取れば当たらない事を勘づいていた。
「くっ……! 何やってんだ俺はぁ!!!」
そこで宇都見は弾道を曲げようと前方を凝視する。
が、風間もそのタイミングで近づいて来た。
宇都見に最後の一発を叩き込む為に、全力で駆け出していた。
(先に対処するべきはこいつか! どの道、伊吹涼香には何も出来ない……! 今の脅威は風間のみ!)
「来るなら来いよ風間……! お前を殺した後に、伊吹涼香も殺す! それで任務完了だ!」
(俺との距離はまだ近くない。例え視界がボヤけていようと、後一発さえ当てればこいつは死ぬ! やってやる! やってやるぞ!)
「風間ぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「宇都見ぃぃぃぃぃぃい!!!!」
互いの命を振り絞った咆哮の末、先に攻撃したのは宇都見の方だった。
計三発、乱雑に撃ったせいか、二発は先程同様、後方へ通り過ぎる。
が、内一発の弾丸が確実に風間の胴体に飛んでいく。
運良く、真っ直ぐに弾を飛ばす事に宇都見は成功した。
(さぁ一発行ったぞ! ガードしてみろ! その瞬間に弾道を変えてやる! それでお前はお仕舞いだ!)
銃弾が確実に近づいていく。
そのタイミングで、風間も受け止める為に右手をかざす。
半透明のオーラが右手を包んでいた。
それ即ち、防御をしようと言う算段。
そのタイミングこそ、宇都見が待っていたもの。
(手に力を纏っている! 今だ! 弾道を曲げる! 食らえぇぇぇ!!)
宇都見がそう心の中で念じた瞬間、背中に何かを押し当てられた様な感覚。
「……!」
振り向いた先にいたのは、逃げた筈の伊吹。
「……ご愁傷様」
伊吹はその手に持っていた黒い物を押し当てていた。
その物とは……
「スタン、ガン……?」
バチバチと、不規則な短い音が宇都見の耳にこだましていた。
「がぁぁぁぁあぁぁぁあぁあぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?!?」
その電撃は、宇都見の体を一瞬で駆け抜ける。
体に染み付いたガソリンを利用して、引火させる作戦は失敗に終わったが、その失敗は新たな攻めの一手を産んだ。
液体に伝達した電気は更なる速度で迸る。
最高速の痛みが体の端まで巡ってゆく。
最早、宇都見に防御する手段は無かった。
「痴漢対策用に持ってた奴!! アタシだって撃たれたんだし、これなら正当防衛でしょ!?」
「こんの女ぁぁぁぁあああ!!!!」
宇都見は地獄の様な電撃から逃れる為、力任せに腕ごと伊吹を突き飛ばす。
「ぐっ……!」
「クソッ! 酷い事するじゃねーかぁ!? 伊吹涼香ぁぁぁぁ……!!」
スタンガンによる電撃で、確かに宇都見にダメージを与える事は出来た。
しかし、それでも宇都見は倒れない。
既に限界など迎えていてもおかしくない筈なのに、宇都見は悠然と立ち尽くす。
伊吹の攻撃では、まだ倒す事は出来なかった。
が、狙いは倒す事じゃない。
風間が近づく隙を作る為だった。
「はっ……! まずい!」
風間は既に銃弾を防御し、最後の力を拳に溜めていた。
終わりの一撃を、終止符を打つ為に。
「終わらせる……この一発で……!」
再び振り向いた時には、すぐ目の前。
全ての感情を乗せた、全身全霊の一撃が、すぐそばまで迫っていた。
しかし、それでも宇都見は笑った。
してやったりと嘲笑う。
(馬鹿め……! 俺がさっき外した残りの二発。忘れてないか?)
風間の後方には二発の銃弾。
風間達が失敗を敢えて利用した様に、宇都見もまた、そのミスをチャンスへと昇華させた。
幸か不幸か、弾丸は確実に風間の体目がけて飛んでいる。
少年を亡き者にしようと、執拗に追いかけている。
そして、風間には力で受け止める程の余力はもう残っていなかった。
(あの二発は後ろで翻ったんだ。弾道を思い切り曲げておいたんだ。結果的に間に合ったのはこの俺だ! 拳が当たるより先に、俺の弾丸の方が早く当たる!)
「俺の勝利だぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……いや、違うな」
風間はスッと、その場で身を屈めた。
後ろからの弾丸は、風間の体の上を通り過ぎ、そのまま前方、宇都見の方へ。
二発の弾は、撃った本人へと帰って行った。
血と肉が勢いよく弾け飛ぶ。
「ぐ、ぅぁぁあぁぁ!!! こんな! こんな事がぁぁぁ……!!」
銃弾は二発とも宇都見の鎖骨に食い込み、おびただしい程の出血を促す。
生々しい血と鉄の匂いが辺りに充満していた。
「自業自得だな……! それと! さっき言った一発と言うのは訂正するぜ……! お前にゃその程度じゃ足りねぇからなぁ!!!」
右の拳だけでは無い。
両手に、揺らぐ闘気が炎炎と燃え上がる。
溜まりに溜まった負の感情を全て返す様に、風間は拳を腰に据える。
息を止めて、肉食獣の様に手前の獲物のみを見据える。
準備はとうに出来ている。
後は、打ち込むだけだ。
「サヨナラだ……宇都見ぃぃぃぃぃ!!!」
拳が、空を飛んだ。
殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、止まる事は無い、連撃に次ぐ連撃。
全てを返す為、そのありったけを拳に乗せて、ただひたすらに殴りまくる。
肩、腰、腹、胸、骨も粉々にする勢いで延々と殴りまくる。
(やべぇ……やべぇ! やべぇ! ガード出来ねぇ! 引く事も出来ねぇ! 意識が途切れる! 俺が! 俺が! 能力も持たないこんな奴にぃぃぃぃ!!)
そして、ラストに決めるのは下顎。
地面すれすれから繰り出される凶悪なアッパーが、顎の骨ごと打ち砕く。
「がぁぁぁぁぁ……! か、ざ、まぁぁぁ……!!」
「拳は銃より強し……!! 覆ったなぁ……!!!」
空を飛ぶ程のアッパーを受けた宇都見は、なす術も無く、地面に叩きつけられる。
地面に突っ伏した宇都見は、血反吐を吐きながら、そのまま起きる事は無かった。
(あーあ、任務失敗だ……ドジったぜ……)
そして、宇都見は静かに目を閉じた。
絶命まではしていないものの、完全に沈黙した。
そう、勝敗は決したのだ。
「…………お、わった?」
「ああ、そりゃあもう派手に終わったぞ……人間って、ロケットみたいに、あんな高く飛ぶもんなんだな……」
「冗談言ってるって事は、本当に終わったっぽい……?」
「……終わったさ」
試合が終わった後の様な、妙な爽やかさがあった。
殺されかけて、追いかけられて、血みどろになって、尋常では無い目に遭った。
にも関わらず、言いようの無い高揚感があった。
幸福があった。
今までの腐った日々を帳消しにする様な、光があった。
「なぁ、気分はどうだ? 伊吹……」
「…………そうだね。悪くない、かな」
多くは語らなかった。
そもそも消耗し過ぎて語れなかったかもしれない。
それでも、確かに二人の心には、通い合わせる何かが芽生えていた。
互いに蔑む間柄の筈が、いつの間にか言葉では形容し難い感情を生んでいた。
それこそが、変化の前触れだった。




