自分探しの旅に出ていた友人が、他人を見つけて帰ってきた話
単身で自分探しの旅に出ていた友人のヒロが久し振りに帰国したというので、積もる話を聞き出すために彼を家に招いてみたのはいいが……。
なにやら少し様子がおかしい。
「なぁ、ユウキ。俺ってさぁ。ここしばらく、ずっと自分探しの旅をしていただろう?」
旅帰りでよく日に焼けているヒロは、何故か興奮した様子で鼻息が荒く、目も血走っていて、若干ガンギマっているようにも見える。
海の向こうで手に入れた元気になる薬草の類を、うっかり使用していないといいけど。
「なんだっけ。確かインドだったりアフリカのどっかだったり、世界中いろんな国を転々としていたんだろう?」
「そうなんだよ! それでな! 俺な! ついに見つけちまったんだよ!」
「なんだよ、ついに見つけたって……。あれか? ずっと探し続けていた本当の自分ってやつをか?」
「ううん、全く赤の他人を!」
「なんでやねん!」
なんで自分探しの旅に出て、他人を見つけてんねん!
と、思わずツッコミを入れてしまったが、ここは一つ冷静に話を聞いてみることにする。
「……赤の他人を見つけたってどういうことよ?」
「あぁ! それがな! ウガンダでな! ユウキを見つけたんだよ!」
「なんでやねん!」
なんでお前、ウガンダで俺を見つけとんねん!
「いや、マジで信じられなかった。ほんともう、ユウキそのものだった。完全にドッペルゲンガー。最初見つけたとき、『あっ、本人がいる』と思って、思わず『ナマステ』って挨拶しちゃったもん」
「いや、そこは『こんにちは』でいいだろうが!」
こちとら生粋のジャパニーズやぞ。
「そしたら、その人にめちゃくちゃ怪訝そうな顔で首を傾げられてさぁ。俺、軽く笑っちゃった」
「当たり前だろうが。向こうからしたら、『何こいつ、怖っ! 急に何わろてんねん!』って話だと思うけど」
「えっ? その日の晩、肩を組んで一緒に飲みに行ったけど?」
「それはもう、コミュ力がバケモン」
おかしいだろ、普通。
言葉の通じない人に対する第一声が「ナマステ」で、そんなことになるか?
しかも、その後すぐ、不気味に微笑んだんだろう?
ヤベェやつじゃん、それは……。
立派な不審者じゃん……。
などと思いつつ――
「で……、この人は誰?」
今度はヒロの隣に座っている見知らぬ外国人に視線を向けた。
彼は、肌の色こそ違うが、俺にそっくりな顔をしている。
「ハハハッ! ナマステ!」
その外国人は、俺に満点の笑顔とナマステをプレゼントしてくれた。
「おい、ヒロ。この人、俺に『ナマステ!』って言ってくれているんだけど!?」
「あぁ、俺が教えた」
「いや、そこは『こんにちは』でいいだろうが!」
いまだかつて、一日の中で、しかもこんな短時間に、全く同じセリフのツッコミをすることがあっただろうか。いやない。
「その人が今話に出てきたウガンダのユウキ」
「えっ? ウガンダの俺?」
「そうそう。『旅費と滞在費、その他諸々全部出すから日本に遊びに来ないか?』って誘って、連れてきた」
「いや、連れてくんなよ!」
「ちなみに、その人はンジャメナさんっていうんだ」
「えぇ……。ンジャメナさん……?」
「そう、ンジャメナさん」
「それってチャドの首都じゃん……。この人、ウガンダの人なのに……?」
「まぁ、俺が勝手にそう呼んでいるだけなんだけど」
「かわいそうだろうが、それは! 呼び方が適当すぎるだろう! ちゃんと謝った方がいい! 割としっかりめに!」
「だって、本人が名乗ってくれないんだから仕方ないじゃん」
「いやいや、そう言う問題じゃねぇから……。チャド共和国とウガンダ共和国、隣接すらしてねぇよ……」
そう言って、どこか他人の気がしない顔をしているウガンダ人の青年にもう一度視線を向ける。
すると――
「ハハハッ! アイム、マイケル!」
彼は俺に満点の笑顔で自己紹介をしてくれた。
「おい、ヒロ! マイケルさんじゃねぇか、この人!!」
「えっ、初耳」
「『えっ、初耳』じゃねぇよ、マジで……」
「ねぇ、待って、ユウキ……」
「何?」
「もしかして、マイケルさんに日本語、通じてね?」
「えっ?」
そういえば、ちょうど今日本語で名前の話をしていたけど……。
そう思いながら、三度、生き別れの兄弟にも思えるマイケルさんに視線を向ける。
すると――
「ハハハッ! アイム、ユアドッペルゲンガー!」
「あっ、大丈夫。通じてないみたい。けど、ヒロ。『アイム、ユアドッペルゲンガー』って、こんなに怖い自己紹介他にある?」
「ん~? そんなに怖いかぁ?」
「怖い怖い。もう幼児退行しそうなくらい怖い。俺、今普通にバブゥなんだけど」
「まぁ、大丈夫っしょ!」
「こいちゅ……、他人事だと思って……」
ドッペルゲンガー。
それは、自分と瓜二つの人物を目撃するという超常現象の一つである。
自分のドッペルゲンガーに出くわすと、死んでしまうという説。
自分のドッペルゲンガーに二回出くわすと、死んでしまうという説。
自分のドッペルゲンガーに三回出くわすと、死んでしまうという説。
……。
諸説あるみたいだが、とにかく死んでしまうのだ。n回出くわしてしまうと。
もしかして、俺って、これでドッペルゲンガーと一回エンカウントしてしまったことになるんだろうか……?
心の中でそう呟きながら、突然身に降りかかるかもしれない死の恐怖をうっすらと覚え始めていると……。
「これは勘というか、虫の知らせなんだけどさぁ……。もう一回インドに行ったら、あと一人くらい、ユウキのドッペルゲンガーに出会えそうな気がするんだよなぁ……」
「なんでヒロは、そうやってひたむきに俺という存在を抹殺しようとしてんの? あと、インドは第一声の『ナマステ』がマジで成立するから止めて」
こいつのことだから、本当に連れて帰ってきそうで怖いんだよ。
「いいじゃん。面白そうじゃん」
「よかねぇよ! 死んでしまう方の身にもなってくれ!」
「まぁまぁ、そう言わずに、ユウキ。取り敢えず、俺、明日朝一番のフライトでちょっくらインドに行ってくるね」
「ダメだ、こいつ! 話が通じねぇ!」
そんな冗談を言い合いながら、話の通じない友人と、ガチで話の通じない自分のそっくりさんと楽しくお酒を酌み交わす、なんとも騒がしい夜なのであった。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
お楽しみいただけていたら幸いに存じます。