周辺探索2
『まずはこの鉱石をナノマシンに取り込ませましょう。しばらく時間がかかるはずなので、その間に猪の解剖をしましょう』
「おう、とりあえずは鉱石を損傷が少ない腹部辺りのナノマシンに取り込ませればいいか?
あと、解剖はイクスが指示を出して俺がその通りにするんだよな? 俺は動物初心者だからあまり期待するなよ。」
『ええ、そうですね。試しに採ってきただけなので少しの傷を修復することはできても欠損を完全に直すほどの量は無いはずです。それに様子見を兼ねるならマスターの言う通り腹部にしたほうが良さそうですね。
それと、猪の解剖についてですが、実は、これに関する情報が全く無いのです。一般公開されていた生物解剖記録はあったのですが、何故か全ての情報が消去されているようです。解体なら歴史関係のものにわずかにあるようですので、解剖ではなく、解体のほうで情報をまとめようと思います。どちらにしろ、私も初心者のようなものです。失敗しても爆発はしませんし一度きりというわけではありませんので気楽にやりましょう』
あの戦闘の後、とくに何も起こらず無事に帰ってきた俺は丘に寄りかかって仰向けに倒れているノームの近くに猪を置きつつイクスとともにやることを確認したあと、ノームへ近づいて、各部位ごとにあるナノマシン収容箱のうち黒焦げて傷がついている左側腹部のものを開けてケースから持ち帰った白銀色の鉱石を全て入れた。
そういえば昔に動力炉のないやつの燃料をケチって純正品とは別の安物にして差額分を懐にしまって使い続けていった結果、爆発事故が多発したとかいう軍があったな、と当時は笑っていた話を思い出しながら俺は作業を終えると、猪付近を漂っているイクスの様子を確認すべく彼のほうへ歩いていく。
「よし、後はナノマシンが動くまで待機だな。
おーい、イクス。こっちは終わったぞ。解ぼ......じゃなくて、解体のほうはどうだ?」
『こちらも解体に必要な情報の収集と整理が終わりました。その結果、解体を行うためにはいくつかやらなければならないことが判明しました』
「そうなのか。機械と違って動物の解体ってのも大変なんだな。
それで、何が必要なんだ?」
破壊した衝撃で緩んだ装甲の隙間にナイフぶち込んでてこの原理とかでバキッと簡単に外装をひっぺがしてスーツの力を使って強引に中の機器を引っ張れる機械と違い、この四足歩行生物はどうやって解体するんだと俺は猪を見てそう思いながらイクスへ尋ねる。そして、彼の話ぶりから解体が簡単にいかないことを俺は理解し、面倒に思いつつ詳しい話を聞こうとした。
『そうですね、まず血抜きが必要なのですが、その前に洗い流すための大量の水を用意しないといけません』
「水って、ノームの給水機じゃダメなのか?」
『それだと一度に出す水の量が少ないですよ。それに、水を溜めて置けるものもないですし。
なので、綺麗な川か湖を急いで探さないといけないですね。それに、早く血抜きをしないと肉が美味しくなくなりますよ』
イクスがあれこれ説明を始めるが、正直よく分からん、と俺は理解することができず、とりあえず疑問に思ったことは尋ねるが、それ以外については聞いても無駄だしイクスの言う通りにしとけば問題はないな、と考えることを止め同じ質問をしないようにやるべきことに関する言葉を一言一句暗記しようとする。
「じゃあ、イクスが川を探して、その間に俺は血抜きとやらをやったほうがいいのか?」
『いえ、ここで血抜きは止めておきましょう。血の臭いで別の動物を呼び寄せる可能性がありますので。まずは川を見つけてその近くで血抜きをしましょう。
では、私は一度ノームへ戻ります』
「水を見つけるって時間かかりそうだな。待ってる間どうするか」
『暇つぶしになるか分かりませんが、私たちの世界にいた動物の記録を渡しておきます。異世界の動物との戦闘の参考程度にはなるかと』
「おお、助かる」
ノームの能力を使うためにイクスがそこへ向かったのを見届けた俺は彼から受け取った自分達の世界の動物に関する情報を腕の端末を使って目の前にディスプレイを出して閲覧する。
へぇ、草食動物と肉食動物ってのがあるのか。ほぉ、逃げと追いと四足歩行でも形や機能が全然違うんだな。超小型機や小型機でも四足はいたけど全然似てねぇな。などと、最初は似たような異世界動物と遭遇した場合に対処できるように幾つかのパターンを確認するつもりで読んでいたのだが、今では映像付きの解説が分かりやすかったので俺は普通に楽しみながら熟読していた。
しばらく読みふけっているとノームからイクスが現れ、俺に声をかけてきた。
『マスター。見つかりました。方角は東側です。距離はまっすぐ全速力で走って15分程。反応からして、おそらく川でしょう』
「おう分かった。東ってぇと鉱石を手に入れた山の反対側か。猪担いで行くし、道が悪かったらかなり遅くなるだろうな」
『それでも多少時間がかかってしまっていますので急ぎましょう。私が先導しますので道に関しては大丈夫です。川が濁っていないければいいのですが』
ディスプレイを閉じた俺は猪を担いで先頭を行くイクスに離れないようについて行き、右へ左へと曲がったり木の根を苦労して飛び越えたりして走っていく。
しばらくすると森の出口に着いたのか木々が開けて森の中にいたときよりも強い日の光が俺達を照らす。ヘルメットのおかげで何の影響がない俺は同じく光の影響を受けていないイクスとともに目の前に流れる大きな川を発見する。
「おー。これが川か。俺達の世界のものとは全然違うな。凄え広いぜ。向かい側まで遠いぞ」
『それはそうでしょう。あそこのは川というより用水路ですから。それに本来というより昔にあった川はこのようなものだったらしいですよ?
それにしても、この川はかなり綺麗で広いようですね。私たちの世界の情報にあったものとは全然違います』
「そうなのか? 俺にはよく分からんな。
まあ、川に関しては全く興味がなかったが、青くて日の光を反射してキラキラしているこの光景は素晴らしいなと思うぞ。記録に残したいぜ」
『それよりも、解体作業をしませんと。川の記録は私が取っておきます』
「おっと、そうだった」
しばらく俺はイクスとともに風景を眺めて元の世界と異世界の川について談義をしたあと、彼に言われて思い出したように猪を地面におろして解体作業の準備に取り掛かる。
『準備はいいですか、マスター? 解体は素早さが大事ですからね。遅れずについて来てください。
まずは、首の付け根の下側の頸動脈をナイフで刺して血抜きをしてください。そして川の中に入れて洗い流します。次に内臓を傷つけないようにナイフで肛門から腹部辺りを......』
「ちょっ、待ってくれ。早い早い。ええっと、首の付け根ってどの辺りだ? 頸動脈ってコイツにもあるのか。えーっと、どこまで洗えばいいんだ? 内臓を傷つけるなってどうやんだ?」
『付け根はこの辺りですね。あ、マスター。内臓を傷つけたら肉が臭くなりますよ。気をつけて。それで、内臓を摘出した後はしっかりと洗い流して......』
俺はイクスの指示に頭をこんがらがせ、時折彼から補助を受けながらなんとかナイフで猪の解体を進め、少しというよりかなり不恰好になったが無事に終わらせる。
スーツやナイフに着いた血を浅瀬に入って川の水を使って洗い流し終えてから俺は軽く伸びをして腰をたたいた。
「ふー。終わった。皮剥とか肉の分割とかもう色々と訳わかんねぇ。凄ぇな昔の人ってのは。世界が違うが、こんなことやってたのか」
『人間の歴史を感じられますね。では、さっそく頂いてみましょう。生だと危ないらしいので火でしっかりと焼きましょうね』
「本や映像で見たことがある昔の人がやっていた焚き火ってやつか。いいねいいね。たとえ枝でも木を燃やすなんて体験、元の世界じゃできないぜ」
『たしか、全ての通信が使用不能になったとき用の信号発煙筒セットに着火具があったはずです。それと落ちている木の枝などを使って火を起こしましょう。マスター、木の枝を利用した火起こしに関する資料を送ります』
「へぇ。木の枝に選び方ってあるんだな。よし、行ってくる」
川から上がり初めての解体について感想を述べているとイクスから猪を食べてみようという提案と猪の調理法を聞かされる。動物の肉を食べられることと木を燃やすことができることに俺は解体による精神的疲れが吹き飛びワクワクした。
イクスが解体した猪を見張るとのことで、俺ははやる気持ちを抑えつつ急いで来た道をたどってノームのいる場所へ戻る。ノームの操縦席に乗り込むときに俺はついで感覚でノームの修理状況を大雑把に確認しようとするが、早く焚火をして肉を焼いてみたいという気持ちが先走り、ノームの変化に気づかなかった。俺は操縦席に入り後ろに置いてあった緊急用バッグを固定具を外して取り出すとすぐに外へ出て川へ向かって走り出す。そして、道中で木の枝を抱えられるだけ持って行き、猪の近くまでたどり着いてそれらを地面に落とした。
「で、火で焼くってどうするんだ?」
『そうですね。肉の塊を枝に刺して火に近づけて炙るか薄い石板を作ってその上に切った肉を置いて焼く、くらいですかね? そのためにまずは、かまどを作りましょう』
「えーっと、石を組ませて作るんだっけか? 工作も料理も初心者だしな。とりあえず安全に配慮して実験しながらやってみるか。
ちょっとヘルメットが邪魔だな、奇襲の心配はなさそうだし一旦取るか」
『かまどの製作は手伝います。ただ石を積めば良いというものではないですからね』
川辺にある大小様々な石を拾い、ナイフを使って慎重に大きな石を切ったり削ったりして石板を作り、イクスの指示のもと石を崩さないように積んでかまどを作る。そして、かまどに枝を適当に放り込み、棒状の着火具の持ち手部分のボタンを押して先端から火を出し、それを枝に近づけ枝が燃えたのを確認して石板をかまどの上に乗せる。
やっと準備が終わったということで、俺は早速ナイフで適当に切り分け枝に刺して肉を焼く。焼いた肉を食べる前に安全かどうかをイクスに確認させると生焼けだったり黒焦げだったりとなかなか上手く焼くことができずに俺は苦戦した。何度も肉を焼いてはイクスから駄目判定をもらいそれを繰り返して、俺は何とか肉を焼くことに成功する。
「やっとできたか。では、頂くとしよう。......うん。独特な臭いはするが、不味くはないな。合成食材の脂は多すぎると口の中に絡みつくような不快感があるが、この肉の脂はそんなことないな。肉の食感は初めてだから例えようが無ぇが、噛めば噛むほど汁が出てくる。不思議食感だ。合成食材とは全然違うな。ただ......味が薄い」
『ふむ、こうして本物の肉を分析してみると合成食材がいかに味や栄養面での再現度が高いかということを理解させられますね。それ以外に関しては分かりませんが。
おそらく、味が薄いのは単に調味料を使用していないからですよ。ただ、私達にそれを入手する手段がないのです。作り方の情報が合成食材に関する機密に引っかかるみたいで』
「うーん。それじゃあ、味の問題が解決しない限り飯は今まで通り一本食事バーでなんとかするしかなさそうだな。たまにだったらいいが流石に味の薄い食事をずっと続けるのは勘弁してほしいわ」
俺は焼いた肉を一口食べ、元の世界の一般食であった合成食材と比較して大きな欠点はあるが食材としてかなりの優秀さを感じつつ全ての肉を食べた。そして、簡単な感想と今後の食糧についてを肉に関する分析を終えたイクスと話し合う。
『こればかりは仕方がないですね。さすがにこの状況で味が薄いくらい我慢しろとは言えませんし。今後は調味料の代わりとなりそうなものや食べられる草や実などを探していきましょう。
時間はかかりますが、料理研究をしてみるのもいいかもしれません』
「食えるもん探すっつったって、その食えるかどうかの判断が難しくねぇか?」
『確かにそうですが、少なくとも肉が焼けているか毒がないかくらいは判別できます。それでも、食べ物に関する情報は無いので少しずつ調べていくしかありませんね。空気の時と同じようにいきなりマスターに食べさせて問題無いかを調べるのは流石の私でも気が引けますし。私達の世界にいた生態系の情報を基に現地調査をしましょう』
「おう。そうだな......ん?」
今回の解体と調理から今後のサバイバルを安定して行っていくための新しくできた課題に対して俺とイクスは意見を出し合うのであった。