話し合い2
お兄ちゃんが離れてすぐに私は黒い執事服を着た老人姿のイクスさんに案内されてコンテナと呼ばれている大きな建物の中へ入った。そして、そのままイクスさんに付いて行った私は機械と呼ばれる色々とよく分からない物がたくさん置いてある格納庫と呼ばれる場所の一角へたどり着いた。
「ソフィアさん、こちらの一角を使ってください。椅子と机はあちらに用意してあります。どうぞお座りください。あいにく水しかございませんが飲み物を置いておきます」
「あ、どうもありがとう」
イクスさんは流れるような動作により私を椅子に座らさせると、水の入ったカップをそっと静かに水面を揺らすことなく私の目の前に置いた。
イクスさんって凄いわよね、と私はカップを手に取ってそう思いながら彼にお礼を言った。
そして、イクスさんは当たり前のように収納魔術を使用して1枚の紙を取り出して私の目の前に広げるように置く。
「それと、設置予定場所の森の図面です」
「ありがとう。
......うん。ここなら万が一があっても大丈夫そうね。というか、サラッととんでもないものを用意したわね。まあ有難いんだけど」
大雑把な地図とかなら売られてるけど、ここまで正確で細かい地図ってギルドにも無いんじゃないかな、ってかこれ世に出しちゃダメなやつなんじゃないかな、と私は声に出したくなるのを我慢し、澄ました顔をしているイクスさんに小言を言う程度で済ませる。
「他に必要なものはありますか?」
「あとは私が持ってるもので十分よ。図面を見た限りだと私が持ってる魔石でどうにかなりそうだし」
「では、ここで見学を兼ねて待機しています。前の時は色々とあって詳しく見られなかったので今回は邪魔にならない範囲でじっくりしっかり観察します」
「ああ、うん。聞きたいことあったらいつでも言って大丈夫だから。むしろ聞いて。そこで瞬きもしないで目を見開いて見られるのちょっと怖いから」
そばにいるのは構わないけど、存在感を極限まで薄めて無言で目をグワッと見開いてジーッと見続けるのは勘弁してほしいわ、作業中にうっかり見ちゃったら物すっごく驚くし夢に出てきそう、と私は収納魔術で前にお兄ちゃん達から貰ったフォレストウルフの魔石を取り出して机の上に並べながらおおよそ人間ではない顔をしているイクスさんに変顔をやめるようお願いをした。
そういえば、魔石が必要になるかもしれないことをお兄ちゃんに伝えておくの忘れてたわね、ちょうどいい魔石が足りてて良かった、いやでも、イクスさんならもし足りなかったとしても簡単に解決できそうよね、と魔石を並べていてふと思った私は、次は気を付けようと決意し気を取り直してペン型の魔術具を取り出す。
「とりあえず、今回のはそこそこ数がいるからチャッチャと作るわ」
「実験の時に使った大きな道具を使わないのですか?」
「ああ、それはね、今回は本格的な魔術具を作るわけじゃないから要らないのよ。詳しくは追々ね。
さて、まずは魔石に術式を刻まないとね」
「それはどういう工程ですか?」
私は左手に魔石を握り右手に専用の術式が刻まれたペンを手に取り、一度一呼吸をしてから魔力を集中させ、魔石にペンの先端を近づけていく。と、その前にイクスさんが尋ねてきたので、私は分かりやすく説明するために集中力を切らさないように気を付けつつ実演しながら彼の質問に答える。
「そうね。術式って色々とあるんだけど順番に説明すれば、まず最初に、魔石に自身の魔力を吸収量の超えない範囲で使って魔術を発動させるための術式を刻むの。で、その方法は、こんな風に私の魔力をこの魔術具を通して直接魔石に刻むのよ。あとは、魔物避けとか隠蔽とか必要な術式を同じやり方で刻んでいくだけね。ほら、できたわ。
最後に、この魔石を壊されないように頑丈な入れ物に入れるだけで簡単に出来上がるのよ」
「へぇ。それはすごいですね。魔術具というのはどれもそうなんですか?」
「いえ、違うわよ。魔石以外に他の素材に術式を刻むものもあるわ」
「それにどのような違いが?」
我ながら手慣れたものね、まあ、お婆ちゃんほどじゃないんだけどね、と自画自賛しつつ一つ目の魔石を刻み終えた私はミスが無いかじっくり確認しながらイクスさんの質問に答える。
「そうねぇ。ちょっと長くなるけど、例えば、魔石に風を放出するような術式を刻むとするでしょ。ただ、[風を放出する]だけじゃ全方位に風を出すだけになるの。そこで、細かい設定を用意して風をどのようにどれくらい放出するかなどを決める必要があるの」
「つまり、それを補助するために魔石以外のものに術式を刻むわけですね」
「そうよ。流石ねイクスさん」
「いえいえ、貴方の説明が分かりやすかったですから。それに、私達の世界にも似たようなものがありましたので。
ところで疑問に思ったのですが、例えに出したものを魔石に直接刻むことはできないのですか?」
魔力とか魔術とかない世界から来たのにすぐに理解できるなんて本当に凄いわよね、私なんてお兄ちゃんたちの世界の物の仕組みなんて全く分からないのに......はあ、イクスさんがいれば十分な気がする、と少し自己嫌悪に陥りながら私が確認を終えて次の魔石に手を伸ばした時、彼が次の質問をしてきたので私は気持ちを切り替えて作業をしながら答える。
「できるわよ」
「魔石に直接刻むものとそうでないものの違いはどのようなものですか?」
「えっと、説明が難しいわね......」
「作業が遅れても構わないのでじっくり考えても大丈夫ですよ」
「えぇ......
うーん、魔石に直接やる方法だと、このペンみたいに小型の魔術具があればいつでもどこでも素早くできて、魔石以外にやる方法だと、使う材料によるけど大型の魔術具でじっくりやっていかなきゃ上手くできないのよ。
で、魔力の少ない魔石ってあまり多くの術式を刻むことができないのよ。原理とかまでは分からないけどね。あ、無理に刻もうとすると爆発しちゃうから絶対にやらないでね。
魔力の多い魔石は小型の魔術具で直接刻んで魔力の少ない魔石は大型の魔術具で直接刻みつつ別素材にも刻む、という感じかしら?」
説明するために考えることに集中したせいで少し作業が遅くなっていたけどイクスさんから問題ないと言われ、それっていいの、と思ったけど、まあイクスさんだからなあ、とも思ってしまった私はもう毒されてしまったのかもしれない。
と、心の中で遠い目をしながら説明を終えた私にイクスさんが満足そうにうなずく。
「なるほど。魔力の多い魔石は強い魔物の魔石であるから魔力の少ない魔石とその他の材料を大型の魔術具によって行うのが一般的になるということですか。
ふむ、勉強になります。街に戻ったら魔術具を調べてみたいですね。術式についても色々と気になるところもありますね」
「まあ、少ない魔力でも十分なときとかだとこのペンで済ましちゃうこともあるんだけどね。
あっ、一応言っておくと、この技術もお婆ちゃんから教わったものだから世間と違う可能性があるからね?」
「それも含めて調査します」
魔術具のお店に行くのもアリかもね、と街に戻った時のことを考えつつ私はイクスさんに冒険者登録の時のような可能性があることを伝えると彼から心無い一言をかけられた。
確信を持って言ってるな、でも反論できないのが悲しい、と心の中でぐぬぬと言いつつ私はやられっぱなしは嫌なので少しでも抵抗するために不貞腐れたフリをして次の魔石の準備をしていく。
「はいはい。どうせ私は世間知らずですよ」
「いえ、そういう訳では。純粋に貴方のお婆さんの正体を知りたいと思っただけです。その為にはお婆さんから教わった知識や技術を再現できる貴方と世間一般の差を詳しく調べることで云々......それとこの技術をノームにも流用ないし応用できればさらなる......」
「ちょっ、分かったって。止まって止まって。
ふぅ、まあ私もお婆ちゃんが一体何者なんだろと思ったことは結構あるけどさ。流石に本人に直接言えなかったけど」
森からドラゴンね、これからは下手につつかず無視するのが一番だわ、と私は精神的疲労と引き換えにイクスさんの扱い方を学習した。
そして、後半部分が何言ってるのか分からなかったイクスさんの話の前半部分であるお婆ちゃんについて私は考えることにした。
その後はイクスさんから質問されることも話題を振られることもなく私は黙々と作業をしていき、用意した魔石を全て刻み終えた。
終わったー、と両腕を上にあげノビをして遠い目をしながらお婆ちゃんと暮らしていたころを思い出しているとイクスさんがお婆ちゃんについて聞いてくる。
「あなたのお婆さんはどのような人だったのですか?」
「そうね。一言で言えば自分の生活以外は何でもできる人だったわ。
私の世話や魔物討伐、それに魔術や魔術具の研究までお年寄りとは思えないくらい色々とやってたわね。でも、私生活が壊滅的だったから私が家事を覚えてからは力仕事以外ずっとやらされてたわ」
「話だけ聞くととんでもない人ですね」
思い返してみるとイクスさんの言う通り本当にとんでもない人って感じるわ、もしかしたらお婆ちゃん、異世界から来た人だったりしてね、でもそうなると、様々な発明をしてきた賢者様も異世界人の可能性が出てくるんじゃ? いや、この話はやめておこう、と私は禁忌に触れたような感覚がしたので記憶に残るくらい衝撃だったお婆ちゃんの行動について思い出すことにする。
「そうね。常に自身に強化魔術施してたし襲ってきた1級の魔物を笑いながら銃で撃ち倒してたし、今になって思えばアレは異常だったわね。外に出て世間を知れて本当に良かったと思ってるわ。今までのまま森の中に籠って大人になってたらどうなってたか」
最初にお兄ちゃんとイクスさんに会ったときはなんて滅茶苦茶な人達なんだろって思ってたけど、街で少し生活してみただけで自分も似たようなものだったことが分かって衝撃だったわ、とお兄ちゃんたちと出会ってからの出来事という短い時間なのに物凄く長い時間が経っている感覚にちょっと不思議な気持ちになりつつ私が今までのことについて話しているとイクスさんが心の隅に引っかかっていることについて話しかけてくる。
「寂しくはないのですか?」
「そうねぇ......寂しくないって言ったら嘘になるけど、クヨクヨしてたらお婆ちゃんから銃弾と魔術を撃ち込まれちゃうわ。
流石にそれは勘弁ってね」
「そうですか。その、色々と配慮が足りませんででした、すみません」
本当は今まで考えないようにしていたんだけど、最近誰かと一緒にいるとふと考えるようになっていたから、イクスさんの言葉に私は動揺してしまった。
それでも、お兄ちゃん達と一緒にいる今の暮らしの方が一人でいたころに比べてとても充実しているのも事実なので私はちょっと強がるようにイクスさんに大丈夫であることを伝えた。
そんな私にイクスさんが頭を下げて謝ってきたので私は本音を交えつつなんともないことを伝える。
「いいのよ。まだまだお婆ちゃんには及ばないけど、絶対に超えてみせるって再確認できたし。それに今はお兄ちゃん達がいるしね。最初は打算ありきで一緒にいたけど今は一緒にいるのが普通に楽しいって思ってるわ」
「頑張ってください。私達もお手伝いできることがあれば何でもしますので。
そうだ、魔石を入れる箱としてこちらをお使いください」
「有難いんだけど、魔鉄の箱か......」
怒られるかなと思ってたけど逆に手を貸すと言われて私はちょっと拍子抜けした。
そして、目の前にサラッとちょうどいい大きさの魔鉄の箱が魔石の数分出てきたので私はこっちの方に意識が向いてしまった。
魔鉄の箱に入れて大丈夫かしら、魔石以外の材料の魔力による影響は術式さえ刻まなければ大丈夫だけど、魔鉄みたいに魔力量が多いものでやったことないから1回入れてみて様子を見ましょう、と少しビクビクしながら魔石を箱に仕舞って蓋をした私は経過観察の間にイクスさんが言ったある言葉を思い出してにこやかに彼へ振り向いて言う。
「あ、そうだ、ならちょっと、お願いがあるんだけどいい?」
「はい、なんですか?」
「私もノームちゃんの操縦に関わりたいの」
「理由を聞いても?」
前にこの世界の人間である私にはお兄ちゃん達の世界の物は扱えないっていう説明をされたけど、魔術を普通に使いこなしているイクスさんなら何か方法を思いついていても不思議じゃないからダメもとで聞いてみよう、と前々から思っていた私は意を決したつもりでイクスさんに言うのだが、彼は特に驚く様子もなく淡々と理由を尋ねてきた。
なんか、予想していましたみたいな感じで嫌ね、と思いながらも私は今まで抱いていた気持ちも含めて答える。
「最初はノームちゃんがあれば移動や戦闘が楽で良いなとか思ってたんだけど、最近はこのままで良いのかなって思うようになっちゃって。ここの世界について教えようにもできなかったし。現に今回の調査も何もしてないし......」
「そうですか。ではマスターに相談してみましょう。私個人としてはソフィアさんを副操縦者とするメリットがあると考えているので手助けはできますよ」
「ありがとう、イクスさん。
よし、特に異常もないみたいだし残りの魔石を箱に詰めちゃおう」
なんかイクスさんの手のひらの上って感じがするけど、お兄ちゃん達の手伝いができると思うと私はあまり気にならなかった。
そして、無事に魔術具ができてしばらくイクスさんと雑談している間にお兄ちゃん達が外から帰ってきた。
この時、ノームちゃんから異様な気配を感じたけどノームちゃんの操縦に関われるかもしれないとワクワクしていた私は特に気にしなかった。