出発
「んー。よく寝た。んじゃ、朝飯食ったら出発だな」
「ごめんなさい。来客なんて今までいなかったし、お婆ちゃんは基本ベッドで寝ないから一つしかないの今まで気付かなくて。
ベッドで寝なくて大丈夫だったの? いくら掃除して布を敷いたといっても流石に床で寝かせるのはちょっと......」
『大丈夫ですよ。普段から狭い操縦席の中で寝泊まりしていますし地味にマスターは頑丈ですので。それと、木の床の上で寝るという初体験に内心ワクワクしていましたよね?』
「ああ、恥ずかしながらイクスの言う通りだ。それにこのスーツとヘルメットがあればどんな状況下でも体は守られるから大丈夫だよ」
寝返りも打てたし機内泊なんかと比べ物にならないくらいに良かったし木の感覚をスーツ越しだが楽しめたから満足だな、と思いながら俺がヘルメットを外して軽くノビをしているとキッチンの方から朝食を持ってきたソフィアが心配そうに聞いてきたので、俺はイクスの茶々入れを受け入れつつ答える。
「へぇー。便利な鎧と兜ね」
「鎧や兜ってわけじゃ無いんだが、うーん、いいや、それらのようなものだと思ってくれ。他にもいくつかあるんだが、今ここで説明してもしょうがないから必要なときになったらそのときにな」
「分かったわ。そういえば、他に服は無いの?」
『あるにはありますが、それについては私が説明します。
ソフィアさんの着ている服の材質から察するに、私達の世界の服とは全く違う材料で作られているのでしょうから、マスターがそのスーツ以外の服を着たら間違いなく目立つでしょう』
ソフィアが朝飯をテーブルに並べている間に俺はイクスとともにキッチンへ向かった。イクスがキッチンの流しで魔術で出した水を桶に入れる様子を見ながら俺は、やっぱ魔術って便利だな、使えるようになりたいとは思うけどイクスがいれば良い気がするとぼんやり考えながらソフィアにスーツについて簡単な話をしてから顔を洗う。
俺が顔を洗っている間にイクスがソフィアの質問に答えていたので、俺は特に何も言うことはせずリビングの席に着く。
「なるほどね。まあ、その鎧っぽい格好なら怪しまれることはなさそうね。剣や盾を扱う冒険者は頑丈なものや動きやすいものを着てるって聞くわ。私は魔術専門だから詳しくは知らないけど」
「魔術士でも身を守るもんは必要だろ?」
「防御魔術や身体強化魔術があるから。それに鎧を着て動けるほど魔術士は肉体が強く無いわ」
『それは何故ですか? 鍛えれば良いと思うのですが』
「肉体を鍛えるより扱える魔力量を増やした方が良いからよ。魔力量が増えればその分魔術を維持できるし、使える魔術も強くなるわ」
俺は最初にテーブルに座って目の前の朝飯であるトーストとハム付きスクランブルエッグ、サラダが並び良い香りを出しているのを目と鼻で堪能していたのだが、イクスとソフィアとの会話が服の話から魔術の話へと変わると俺も興味がわいて食事に手を付けずに会話に参加してしまい、俺達の会話はどんどん盛り上がっていってしまう。
「なるほど。魔術は俺達の世界に無かったから実際に魔術を扱う魔術士目線の話は色々とおもしろいな。魔術士のいる戦闘に慣れるためにソフィアと一緒に訓練したいところだな」
『そうですね。私も魔術の運用や対応について相談したいところです』
「私は訓練はしてたけど必要以上の戦闘は極力避けるようにしてたから参考にはならないわ。それより、二人とも。ご飯食べないの? 冷めちゃってるんだけど」
「『あ、すみません』」
魔術戦闘って銃撃戦のようなものか、どうやって魔術士相手に戦うか、生身で魔術が使えない俺が足を引っ張らずに共闘する方法は、などと俺がイクスとともに今後のためにも魔術による戦闘について話をしようとすると、ソフィアが少し怒り気味に朝飯を指差しながら言う。
その迫力に俺は会話を止めすぐに食べ始めた。それなりに話し込んでしまっていたらしく、俺が食べ始めるころには朝飯が少し冷めてしまっていた。
「んん。冷めても美味いな。ソフィアの作る飯は最高だな。毎日食いたいな」
「冷めてるっていう部分はあえて無視するけど、大袈裟ねぇ。料理もお婆ちゃんから教わっただけだからそんな特別なものでも無いわ。街に行けば美味しいお店が沢山あるし、王都に行けばもっと凄いところがあるらしいわよ。まあ、私は行ったことないんだけど」
『王都ですか。それは是非とも行ってみたいですね』
「まずは近くの街で冒険者登録して級位を上げないとね。級位の低い冒険者が無闇にあちこち町や村を出歩くと変に思われるわ」
褒めたつもりが失言だったらしく若干ソフィアの眉が吊り上がったが、彼女はそれ以上の言及はしてこなかったので心の中で謝罪しつつせめてもの償いとして俺はじっくりと朝飯を味わうことにした。
ソフィアが料理について話しているとイクスが話の中に出てきた王都に興味を持ち始めたので料理の話から王都の話へ変わり、彼女が王都へ行くための説明をする頃には俺達は朝飯を食べ終わっていた。
「よし、今度こそ出発だな。忘れもんは無ぇか?」
「うん、大丈夫よ」
『問題無いです、マスター』
「んじゃあノームに乗るぞ」
「お婆ちゃん。行ってきます」
朝飯を食べ終え、食器をイクスが魔術を使って全自動食洗器のごとく一瞬できれいにして乾燥させるという俺的には便利だなぁ程度の出来事を目撃したソフィアとのひと悶着はあったが、なんとか無事に支度を済ませて俺達は家を出る。
ソフィアが家の方へ向き別れの挨拶をしている間に俺はノームに乗り込み、イクスとともに各種数値の確認を行っていく。そして、挨拶が終わったソフィアを副操縦席に乗せてから、彼女に目的地についての道のりを聞いた。
「ソフィア、街の方角とおおよその距離をイクスに教えてくれ」
「そうね。ここから北東あたり......あっちの方に街があるけど、一旦北の方、こっちへ進んで道に出た方が良いわ。街までの距離は私だったら魔術を使って走れば休憩をはさんで3時間くらいだけど、この子だと分からないわ」
『大丈夫ですよ。おおよその距離と方角さえ分かればあとは私がなんとかしますので。この世界に衛星はありませんが、ノーム本体には地図機能がありますしね』
「よし、じゃあ早速行くとするか」
ソフィアが副操縦席に映し出されたノームの頭部カメラ映像を見てからおおよその方角を指さしてイクスに伝える。
人間と機械では全然違うのと魔術という不明要素も入っているからソフィアの感覚ではいまいち距離感は分からんな、と思っているとイクスが行けると判断したので俺は迷わずノームを木々の中へ進ませた。
イクスのおかげで特に迷うこともなく進むことができたが、道なき道の先にいくつもあるノームより大きな木々や腰くらいの高さまで伸びた草などに俺は苦戦していた。
「今まで通ってた道はマシな方だったのか。ったく、森ってのはこういうもんなのか? 生身だと絶対歩けねぇだろ、これ」
「家があったところは昔お婆ちゃんが整地したらしいけど、普通ここは人があまり入らない所だから手付かずなのよ。森の浅いところより深いところの方が資源が豊富らしいけど、それを取って帰るまでかなりの労力を使うし魔物も強くなるから高位の冒険者でも断るって前に街の人が言ってたのを聞いたわ」
『歩きにくく遭遇したら終わりな魔物のいる場所なんて行きたがる人はいませんよ。
うーむ。背部ブースターで一気に駆けたいところですが、木を避けるのが大変ですし、ナイフで切り倒してしまうのも気が引けます。木だけに』
「あーはいはい。そもそもキャリーボックスのせいでブースター使えないだろ。それに、無駄に動き回って歩きやすい道を探して遠回りするよりゆっくり険しい短距離を歩いて行った方が良さそうだな」
ノームが倒れていた場所やその周辺、ソフィアの家などはスーツを着ていてもそれなりに移動が面倒だというのにノームでも面倒な地形があるとはな、と愚痴をこぼしながら俺は操縦に集中していた。
イクスのしょうもないボケをスルーして俺達は草を踏み倒し木の根を飛び越えノームを歩かせていると道中でいくつもの魔物に遭遇した。最初、ノームと魔物に関する様々な実験をすべきかと考えたが、現れた魔物が過去に遭遇したものとあまり変わり映えがなかったのと移動に時間がかかっているのとで俺は速攻で倒すことを選択し、胸部機関砲を出会い頭に襲ってくる魔物全てにぶっ放した。
「Aライフルを使うまでも無いと言いたいがここじゃ使いづらいな。ハンドガンにするべきだったか? あと、できればきちんと武器を使って森の中での戦闘を経験しておきたいが今は時間が惜しい。にしても、なんだか魔物が多いな。本当にこんなところによく一人で生活してたよな」
「物心ついてた時から住んでたからね。それに、うまく立ち回ってもいたから。というより、サラッと1、2級の魔物を蹂躙してるお兄ちゃんのほうがすごいと思うんだけど。
でも確かに魔物は多いわね。普段はそんなに多くないし、いてもこの辺りは4、5級の弱い魔物だけだわ。何か森に異変が起きてるのかな? あ、魔物の死骸は売れるものがあるから回収しておいた方がいいわ」
『森の異変については気になりますが、現状私達に被害が無いですから無視しても問題無いかと思います』
「ちょいちょい異変が起きることはあるけど、いつも時が経てば自然と解決してるから今回のも多分大丈夫よ」
現地人であるソフィアでも現状がおかしいと判断していることを聞いて、すでに何かの事件に巻き込まれていないか、それともこれから巻き込まれに行ってしまうのか、このまままっすぐ街へ向かって良いのだろうかと俺はものすごく心配しながら機関砲によりミンチになった魔物達をイクスのノームを使った収納魔術で片付けていく。そして、その後のイクスとの会話でソフィアがとんでもないことを言っていたので、それを聞いた俺は内心で俺の心配を返せよとツッコんでいた。
そんなこんなで特に大きな出来事もなく先に進んでいくと生い茂る草がどんどん短いものに変わっていったり木の大きさもノーム以上ではあるものの今までのものと比べて少し小さくなったりして森の様子に変化が出てき始め、ついに俺達は森を抜けた。
「森の中って場所によって違うんだなぁ。入口付近は木々の間隔が広めで戦いやすそうだ......おお、森の先はこうなってたのか。凄ぇ、草以外に何も無ぇな。よく分からん無駄に多い建物とか一個も無ぇ」
「貴方達の世界はどうなってんのよ。とにかく先に進むわよ。あとは道なりに進むだけだし、森の外なら魔物も出てこないはずよ」
『何も無さすぎて退屈になりそうですね。予想以上に時間をかけてしまいましたから急ぎましょう。ここなら全力で移動しても問題無さそうですからね』
目の前に光が見え始めてから俺は周囲を観察しながらノームを進めていたが、森を出るとすぐに立ち止まらせて無限に広がるかのような草原に感動し、元の世界の道路と比較していた。
本当はもう少し余韻に浸りたかったがソフィアやイクスが急かしてくるのと時間がもったいないと自覚しているのもあって、俺は整備されてはいないが草抜きされたような土がむき出しのノーム2機分の広さはある道らしきところまでノームを進めた。
そして、道の上までやってきてノームを走らせるため左脚を踏み込んで右脚を1歩前へ出そうとしたところでノームが体勢を崩し前へのめりこむように倒れかかっていく。
「きゃあっ!」
「うぉっ、危ねぇ!
......っとと、悪いソフィア、大丈夫か? イクス、原因は?」
「だ、大丈夫よ。いったい何が起きたの?」
『おそらく、地面が柔らかくノームの踏み込みに耐えられなかったのでしょう。ご覧ください、地面に穴が』
俺は急いでノームの両手を前に突き出してノームの胸あたりが地面に激突するのを防いだ。その後ゆっくりとノームを立ち上がらせてから、操縦席の制御装置のおかげで大きく揺れることはなかったがソフィアに怪我がないかの確認をしてイクスに原因を聞く。そして、イクスから送られた地面の状態を映像で見た俺は、土ってこんなにもろいのか、戦闘時はどうするか、などと移動に関してではなく戦闘についてつい癖で考えていた。すると、同じく映像を見ていたソフィアがノームの移動について話し始めたので、俺は急いで思考を切り替える。
「えぇ? こんな簡単に穴なんかできたらノームちゃんが歩くだけでも大変なんじゃ......」
「いや、歩く分には問題なかったが......しかし、どうするか。これじゃ走れねぇな」
『解決策はあります。ですが、少々時間がかかりますのでそれまではノームを歩かせましょう。一応念のために草の生えている場所を歩きましょう。そこそこ時間もかかっていますので急いだほうがよろしいかと』
今までのことから少なくとも普通に歩けば地面がえぐれずノームの体勢が崩れることはないが、走れないと移動はもちろん戦闘の立ち回りが難しくなるぞ、と戦闘についても含めて考えるが、具体的な手段が見つからず俺はその場で立ち止まったまま動けなくなってしまった。
すると、イクスから案があるということなので俺は少し考えてから若干の不安はあるけれども時間が無いため詳しく聞くことはせず、彼の言う通りにノームを道から少し外れた草の生い茂るところへ動かしてから道なりに沿って歩かせた。
その後は俺とイクスの考えていた通りに大きな問題も無くノームは道を歩いていく。
「この画面ってのを見ていると不思議と今歩いているノームちゃんの中にいるとは思えないのよね。歩く時って多少は上下するはずよね? それに、森の中を抜ける時とか全然この中は揺れなかったわね。さっき倒れかけた時は揺れたけど、それでも少ししか揺れなかったわ」
「それは操縦席内で重力やら加速度やらなどが制御されてるからな。まあ、俺も詳しい原理は知らなねぇんだが」
「多分説明されても分かんないわ。でも貴方達の世界って凄いのね。行ってみたかったわ」
道中何も起きないためか、ソフィアが自分が座っている副操縦席について不思議に感じたことを聞いてきたので、きちんと答えてやりたいんだがいかんせん内容が機密情報だから俺もよく分かんねぇんだよなぁ、イクスなら知ってると思うけどたぶん答えねぇだろうし、と思いつつ俺は答えられる範囲で大雑把に答えた。
暇だから副操縦席の中でも観察しているのだろうか、何やらソフィアが俺達の世界に興味を持ち始めていた。
『魔素や魔術、美味しいご飯、自然が無いのですがそれを上回る......かどうかは分かりませんが便利な機械が沢山ありますよ』
「それは勧めてるの?」
「俺もあの世界についてはなんとも言えん。となりの量産機が性能良く見えるってやつだろ」
「え? なにその話」
『私達の世界で使われていることわざのようなものです。相手のもののほうが良く見えるという意味です』
「へぇ~。芝生が青く見えるってのと同じものかしら?」
『それはどういう話なのですか?』
「えっとね......」
となりの量産機が性能良く見えるとは、同じ企業の同じ工場で造られた同じ量産機が並ぶ中、1人の傭兵が購入を決めた量産機に乗り込むが、隣に置いてある物のほうが性能が良いに違いないと言ってはそれに乗り込みまた同じことを言っては繰り返し、一向に買う気配のない傭兵に企業側がブチ切れたという話から来ていることわざというより傭兵の間で通じる俗語のようなものだが、自分達の世界について詳しい話をしていないので解説しようにも諸々の話をしなければならないため、身内に話すようなノリで言ってしまったなぁと俺は反省しながら詳しい解説ができずにいると、イクスが簡単な意味をソフィアに伝える。すると、異世界に似たような言葉があったのかソフィアが俺達の知らないことわざのようなものを言い出した。
これに反応したイクスが詳しい話をソフィアから聞こうと彼女に尋ね、彼女もそれに応じて先ほどの言葉の解説が始まった。
言語は似ていても言葉は全く違うんだなと思っていた俺は道の先に何かの集団が止まっているのを発見した。




