少女と異世界交流1
「うーっ、先程はすみませんでした。お昼を食べ損ねててお腹が空いてたの。だから、助かったわ、ありがとう」
「ああ、気にしなくていいよ。こっちも色々と強引なことして悪かった。戦闘訓練をしてたんだが、視線を感じてな。それでつい。
それより自己紹介をしておこうか。俺の名はミハエル。歳は28だ。そしてこいつが俺の相棒のイクス」
『はじめまして、お嬢さん。マスターの唯一無二の相棒、イクスです。どうぞよろしく』
「あ、はい。よろしくお願いします。良かった。珍しい髪色だけどミハエルさんは人間なのね。あ、えっと、地震の調査をしてたら貴方達を見かけたのよ。それで気になって......
ああ、ごめんなさい。私の紹介がまだね。私の名前はソフィアって言うの。歳は14よ。
それで、イクスさん? は魔物なの?」
少女、ソフィアが携帯口糧を食べ終えて落ち着きを取り戻した後、ある程度の言語を習得した俺はヘルメットを外し簡単な自己紹介をする。はてさて、何から聞こうかと考えていると彼女が自己紹介もかねてしゃべり始め、俺達の知らない言葉を含めてイクスに尋ねてきたので俺は少し困惑する。
「ん? まもの? それは一体なんだ?」
「え? イクスさんって知性ある魔物じゃないの?」
『何やらお互いの認識がかなりズレているようですね。ここは一旦腰を落ち着かせてじっくりと話し合ったほうが良いかと思います』
「あ、それなら私の家がこの森にあるから、そこにしない? 歩いてそこまで時間かからないから。調査に来たけど結局、貴方達以外に特に何も無かったし、帰ろうと思ってたのよ。あとご飯のお礼をしたいし」
俺とソフィアが互いにハテナマークを浮かべているとイクスが提案をし、彼女が快諾し家に招待するとのことなので俺達はそのままそこへ向かうことになった。歩き出す前にソフィアが何やら小声でブツブツと何かを唱えるようなことを言っていたような気がしたが、異世界人との初遭遇について考えていた俺とイクスは気づかなかった。
道中、ソフィアが俺達にいくつかの質問をしてきたので俺とイクスは一応の警戒心から与える情報を吟味しながら答えた。
「そういえば、どうして私のことが分かったの? (魔術は)完璧だったと思ったんだけど」
「え? そりゃあすぐに分かるよ。(体術が)完全に素人だったし。なあ、イクス」
『ええ、普通に(生命)反応も出ていましたし。あからさまでしたので、最初は偽装かと疑っていました』
「へぇー、私、それなりに(魔術を)鍛えてて自信あったんだけどなぁ。今まで魔物に見破られたことがなかった私の隠蔽(の魔術)を見破るなんて二人は凄い魔術士なんだろうな。あれ? じゃあどうしてミハエルさんは鎧なんか着てるんだろ?」
『マスター、接近する反応があります』
なんか話が合っていないような気がするが、彼女は気づいているのか、一度確認をしたほうがいいのではないか、いやでもイクスが何も言ってこないしな、しばらく様子見かと思いつつ俺とイクスとソフィアが歩きながら微妙に噛み合っていない会話をしばらく続けていると、突然、イクスが警告を発しその直後に左右の草むらから緑色の狼が5匹ずつ計10匹が周囲に飛び出してくる。こちらを狙っているようだが、なぜかいきなり襲わず余裕のある態度で俺達を品定めしているように見える。彼らの様子を見たソフィアが足を震わせながら一歩後ろへ下がる。
「そ、そんなフォレストウルフが10匹も?! あ、ありえないわ、こんなこと! そ、それに、行きと同じようにちゃんと隠蔽魔術をかけてたのになんで?!」
『今回は狼ですか。あいも変わらず大きいし変わった色ですね』
「記録で見たまんまの動きしてんな。こいつはデケェくせにすばしっこそうだ。これは良い訓練になりそうだぜ」
さらに一歩後ろに下がったソフィアが顔を恐怖で引きつらせるなか、俺はイクスと呑気な会話をしていて緊張感のない雰囲気を出しているが、下がった彼女と入れ替わるように前へ出て油断無く周囲を警戒しつつ相手を観察し、武器を構える。
俺の様子にソフィアが驚いたような声を出して俺の右腕を掴むが、銃口がずれないようにスーツの能力を最大限にしている俺の腕はびくともしない。
「ちょっ、戦う気?! 相手は危険度上級のフォレストウルフ、しかもかなりの集団なのよ?! ここは土魔術で足止めして風魔術で一気に逃げないと......」
「何を言ってるか分からんが、こいつら程度ならすぐ終わるぞっと」
狼狽えるソフィアをよそに俺は今でも余裕しゃくしゃくの様子でいるおそらく俺達のことをなめ腐っているのであろう狼連中のうち俺から見て右側にる狼達の頭を素早く正確に合計で5発撃ち抜き、ハンドガンの銃声に驚いて固まっている左側の狼達に突撃し先頭にいた狼の首をエネルギーを纏わせたナイフで撥ね飛ばす。我に返った狼たちが俺へと一斉に襲い掛かるが、俺はハンドガンで右側先頭にいた一匹の頭を撃ち、そいつの左にいた狼の喉辺りをナイフで突き刺す。そして、突き刺したやつを蹴飛ばして前にいた狼にぶつけてよろけさせた後、別の狼を撃ち殺して、最後のぶつけたやつの頭をしっかりと狙って撃った。
「......よいしょっと。一丁上がり」
『生命反応はいずれもありません。いやー、先制射撃からの相手の隙を突いた連撃、お見事です、マスター。四足歩行型の動物に慣れてきたようですね』
狼に関する情報を持っていたとしても、異世界であり生態が違う可能性を踏まえてしっかりと生命活動が停止しているか銃口を突き付けながら足でつついたりナイフで急所を刺したりして確認をしていると、イクスが今回の戦闘評価を出してきた。
「なんだかんだでここの動物連中、機械と比べるとあんまし硬くもなければ強くもない感じなんだよな。というよりなんか油断しまくってる様子だったな、あれ。ま、相手がどんな奴であれ、これもスーツや武器の性能と鍛練の賜物ってやつかね。さて、こいつらの死骸どうすっかなぁ。流石に数が多いから持ち運ぶのは難しそうだな。そのまま埋めちまうか?」
『そうですね。まだソフィアさんと色々とお話をしていないので、ノームを取りに行くわけにはいきませんし』
「あ、あの! ミハエルさんって実は凄腕の冒険者だったの?! じゃなくて、魔石は回収しないの? フォレストウルフなら上質な魔石が取れるんだけど」
「『ませき?』」
イクスからの評価を受け、機械だと重要機器のある場所は硬いから狭い接続部を狙わなきゃならんし、最悪、ハンドガンの最大出力弾を数発撃って装甲を壊さなきゃならんが、こいつらは何故か硬くないから急所をナイフで刺したりハンドガンの通常弾をぶつけるだけで対処ができるなと俺は今までと今回の戦闘からこの世界で生き残れる確信を得て満足気にうなずく。そして、目の前に転がる大量の狼の死骸の処分についてイクスと話していたら、混乱から復帰したソフィアからよく分からない言葉が多く飛び出てきたので、俺とイクスはどういうことだと困惑する。そんな俺達の内情を知ってか知らずか、ソフィアが狼の死骸の1つへ近づいていく。
「フォレストウルフなら確かお腹の辺りに......あったあった。うわぁ、流石は危険度上級の魔物ね。これはかなり良い大きさと純度だわ。これが10個も手に入るなんて絶対研究が捗るに違いないわね。ねぇ! 要らないなら私に全部ちょうだい! 助けてもらって図々しいかもだけどお願い! お礼のご飯豪華にするから!」
「あ、ああ良いぞ。どうせ俺達にはどうしようもないものだからな」
『ええ、代わりにですが、貴方がそれをどのように使用するのか見学をしてもよろしいですか?』
ソフィアが腰に下げたナイフを手に持ち、ザックザックとさっきまで怯えていた少女とは思えない思い切りの良さでナイフを使い、狼から例の物質の塊を取り出した後、凄い勢いで少し血の付いた顔をこちらに向けて懇願してきたので俺は少々引きながら了承し、イクスは対価を要求する。
「え、ほんと?! やったー! ありがとう。それくらいならお安い御用だよ。家には研究室があるからそこで見せるね。さあ、ちゃちゃっと魔石を回収して早く向かわなきゃね」
「彼女はそれなりに知識はあるそうだな。地震について調べてるって言った時は警戒したが、明らかに怪しい俺達を探ろうという感じがしない。家に着いたら情報収集のために俺達の素性を話しても問題なさそうだと思うが、イクスはどうだ?」
『そうですね。少なくとも悪い人間ではなさそうですね。こちらが無知であることに気が付かず、警戒心が薄いように見えます。これが演技だったら彼女は主演級ですよ』
簡単な交渉が終わった後、ウッキウキの様子で狼から魔石を抜き取っているソフィアから少し離れたところで俺はイクスと彼女について信用できるかどうかの相談をしながら穴を掘って狼の死骸を埋めていた。
「まあ、見ていて心配にはなるよな。少しそそっかしいというかなんというか」
『保護者目線ですか? やはり、マスターはロリコ......』
「違うわっ。単に、アイツの纏う雰囲気が妹に似てるから少し気になるだけだ。そもそも、14歳はロリ......」
「二人ともーっ! 何してんのーっ! 早く早くーっ! あともう少しなんだからーっ!」
俺とイクスが重要な議論を始めようとするといつの間にか作業を終えて先に進んでいたソフィアが大きな声で呼びかけてきたため、仕方なく一時休戦として、残りの狼を適当に穴に放り投げてから急いで後を追いかけた。
気分が良いのかそれとも家が近いのか、足取りが軽くなってドンドン歩く速度が上がっていくソフィアの後をついていくと、ひとつの木でできたログハウスが見えてきた。
「さ、着いたよ。どうぞ上がって上がって。少し狭い家だけど頑丈さだけが取り柄なんだ」
「凄ぇな。ホログラムでもないマジもんの木でできた家だよ。マジもん見るの俺達が初めてじゃねぇか、イクス?」
『これが丸太組工法ですか。素晴らしいですね。材質や構造をもっと把握して情報収集したいです』
ソフィアに案内され、俺とイクスは彼女の家に上がり込むと部屋の周囲をキョロキョロと見回し、感嘆の声をあげる。
「二人とも大袈裟だよ。それに褒めすぎ。そんなに褒めてもここには何も無いよ?
あ、そうだ。ご飯をご馳走するんだった。待ってて、すぐ作るから。そこの椅子に座ってて」
「ああ、お構いなくー。で良いんだっけか? 人様の家なんて数回くらいしか行ったことねぇからどうすりゃ良いんだ?」
『さあ? 私もマスターの影響で人の家どころか家そのものすら入ったことがないので』
パタパターと奥のキッチンと思しき場所へ行ったソフィアを見送ったあと、俺はテーブル付近の椅子に座り、部屋のあちこちを見て回っているイクスに作法について聞くが、彼の素っ気ない回答にムッとする。
「あん? 家ならコンテナがあるじゃねぇか。嘘言ってんじゃねぇぞ」
『あれを家と言い張るマスターがいちいち作法なんて気にするんじゃありませんよ。どうせ、どこ行っても無礼な傭兵なんですから』
「あぁん? 俺が無礼な傭兵ならお前は無礼なAIだな」
『そうですよ。その通りですよ。なのでこれからもマスターには無礼を働こうと思います』
「あっ、テメー何言質はとったみたいなこと言ってやがんだ。あと、今までも無礼を働いていたって認識してたんだな、おい」
『迂闊なマスターがいけないのですよ』
「何をぅ、ならば決着をつけねばならんな」
『ほう、この私を倒すと?良い心がけですね』
「やるか?」『そちらこそ』
「あのー、二人とも、私の家で何しようとしてるんです?」
人様の住居であることも忘れて初めてのログハウスについ変なテンションで盛り上がってしまった俺達は奥から飯を持ってやってきた迫力のある笑顔のソフィアにこってり怒られるのであった。
「もう、ミハエルさんはいい大人なんだからしっかりしなきゃダメじゃない。それに、イクスさんも使役獣か召喚獣かは分からないけど、主人に楯突いちゃダメでしょ? ほら、二人とも反省と仲直りして」
「あの、ソフィアさん、これはですね......」
『ちょっとした遊びと言いますか......』
「言い訳しない!」
「『はい。誠にすみませんでした』」
「はい。良くできました。じゃあご飯にしよ。冷めないうちに食べて。手短に作ったやつだけど腕によりをかけたんだから」
その後、怒気の消えたソフィアが笑顔で出したベーコン入りオムレツと5種類の野菜サラダ、黒パンにオニオンスープを見た俺達は怒られたことをすっかり忘れて味を堪能するのであった。