2話 ホワイト会社いずブラック
朝の強制外回りから戻ってくると、普段あまり顔を合わさないメンバーがそろっていた。
普段は外回りをこなしている人も今日は昼から会社にいるようで、社内が非常に騒々しい。
私たちがオフィスへ入ると、金髪の白いパーカーの女性が元気よく手を振ってきた。
「おっかえりぃ!!!現場みてきたんでしょーー!どーだったー?」
「最高だった!」
「特に変わった様子もなく普通でしたね。これといって身構える必要もないかなと感じました。」
「まじこの先輩使えねぇな」
「いやほんとに」
浅黄まりな 通称まりーな
金髪のミディアム髪は彼女の明るさと相まっていると思う。
髪の間から除く耳には、いくつもピアスが飾られており、大きめのだぼっとしたパーカーも含めなんか全体的にチャラい。
いつも会うときはスーツに派手な柄のシャツだから、今日は外回りがない日なのだろう。
彼女が職場に姿を現すのはいつも夕方で普段は外で大きな声を張り上げる大変なお仕事をされている。
男に負けないように磨き上げられた独自の武術は他の人間にはマネできず、
大柄な男どもを交わして鳩尾にグーパンを叩き入れる姿は見てるだけでストレス発散になるよ、とおすすめされた。
ぜひ、そんな場面に遭遇しないことを願いたい。
「初現場おつかれおろちー」
「着いていっただけだし、見てるだけだったから何も分かんなかったけどなぁ」
「大丈夫大丈夫、着実に経験として身についていくから」
「これがいい経験ならなぁ」
自席に座って深いため息をついていると、強い力で背中をバシバシ叩かれる。
なんでそんなにご機嫌なのかわからないが、あきよしがうれしそうな顔をしていた。
「いやーついにおろちもデスクワーク卒業かー!」
「・・・は?」
「だって外回り指示されるってことはそういうことでしょ!
ついにお外デビュー!たのしいぞぉ!」
「いやいやいやいやいや!私外とか向いてないし!
デスクワークで黙々と紙資料さばいてるほうがむいてるし!」
「えーでも、デスク要因はもう足りてるじゃん。喜びなよ!出世だぜ出世!」
「私はよっしーみたいに強メンタルしてねぇんだよ!いやだよ!」
「まーまー、さすがに今すぐに出したりはしないって。
今日の外回りは、そういう場所もあるんだよっていうのを身近に感じてもらういい機会だったってだけだし、
そんなに身構えなくてもゆっくり教えていくって。」
そういって紙束を抱えた短髪の女性が、デスクに今日片付けねばならない書類を置いて笑みを浮かべた。
この人は、なぽー
全く乱れのないつやのあるショートの髪は、一見黒に見えるが光の当たり具合で緑がかったツヤが見える。
緑の縁眼鏡をかけ、いかにも真面目ですといった様子だが、話すと意外にフランクで接しやすいのがよいところ。
・・・そういうところが生かされて、弊社とお付き合いをしたい様々な会社と会談にでるのはいつも彼女だ。
今でこそ普通の女性ですって笑顔を浮かべているが、会談終わりのなぽーに遭遇した時は
あまりの表情、いや、目の冷徹さに殺されるんじゃないかと思ったほど。
なめられたら困るもんね!そうだよね!そんな目にもなるよね!
「まって?
ゆっくり教えていくってことは、今後の教育内容には含まれてるってことでは」
「そらそうでしょ。書類のサポートしてるだけじゃ給料は上がんないよ?。
さっきも言った通りこっちの作業要員はもう足りてるから、
初めから現場要員として育て上げる予定でしたけど?」
「やだ!いくらでも書類書くからお願い考え直して!!!!!私には何もできない!」
「最初はみんなできないから大丈夫だよ」
「ちがう!!!!!これから教えてもら事はきっとできなくていいことだ!!!!!!!」
「えぇーおろちびびってんのぉ~ダサいんですけど~」
持参したと思われる洋風のティーカップを片手に持ちながら優雅に休憩を楽しんでいた女性が、
煽るような口調と共に、憎たらしい目線を向けてくる。
こいつは、あるふぁ
アッシュグレーのロングの髪は腰あたりまで伸びており毛先はくるくると巻かれている。
白を基調としたシンプルなオフィスには似つかわしくないフリフリのピンクのワンピースを身にまとっているがその表情はゲスさで満ちていた。
その見た目通り、彼女はそこそこの箱入り娘お嬢様らしい。
社内ではデスクワークをこなしている姿よりも、茶をすすってる姿を見る頻度のほうが高いのだが、どうやら一応外組らしい。
時々、なぽーの会談にも同行しているのを見かけるが「私はいるだけで仕事になるから」と言っていた。何をどうとは怖くて聞けなかった。
また、彼女のパートナーとも呼べる存在がまさに隊長で、社内では経緯を込めて『ちっちゃいものクラブ』と呼ばれている。理由はお察し。
2人の仕事帰りに遭遇したら超笑顔で全身血みどろというホラー体験をした。
「ビビるでしょ!嫌なものは嫌なんだよ!」
「えー給料も跳ね上がるしおすすめなんだけどなー。
そんなデカい図体してるんだからそれぐらいこなせよ。」
「私がデカいんじゃなくってあるふぁが小さいだけじゃね」
「ぶっこr」
「煽り返されてるやないかーい」
物騒な言葉を吐きながら立ち上がりかけたあるふぁに、手近にあったクッキーをつかんで口にぶち込んだなぽーはやはり有能。
いやーちっこいのは事実だからしょーがない。・・・私がデカいのも事実ですけど。
「はーいみなさーん、会議の時間ですよーカンカンカンカン」
「誰も使ってる形跡ないのにフライパンがあったのって、これのためか」
「それは、目覚まし代わりにやるものでは?」
「あや、もうそんな時間か」
「なに、会議?」
「・・・あきよしさん?」
「・・・」
「してった速報」
使えない先輩を睨みつけながらも、
フライパンにオタマをもってガンガンと音を鳴らしながら無表情に踊る姿を視界の隅に捉える。
この人は、あおずむちゃん
どこからともなく現れ適当に笑いを取った後に去っていくという、
夢の国の道端で会うプチショーみたいな人という認識。
どうやら、社内に出入りしてはいるものの正社員ではなくアルバイトらしい。
うちに時々顔を出しながらも、登録制の日雇い派遣に気が向いたときにいっていると聞いた。
良心のある私から言わせれば、さっさとこの会社から離れることをお勧めするし、実際してみたが
「面白いんでぜんぜんおっけーです!」と傘を開いて親指を立てていた。傘どっからだしたんだよ。
今更の話だが、みんなの本名は知っている人もいれば知らない人もいる。
会話の中でも実名で話す機会はほとんどなく、いわゆる〈仕事用の名前〉を呼び合っている。
大きな企業さんとかだと、親睦を深めるためにニックネームを名札に書いてるって話らしいしそういうのも大事だよね。・・・そういうことだよね・・・?
会議室は3階にあるそうで、みんなでぞろぞろと移動する。
普段は1階のエントランスと2階の広々としたシンプルなオフィス、
送ってもらうときに行く地下一階の駐車場が私の移動範囲なので会議室は初めてだ。
中に入ると、円卓の会議室が広がっていた。なんか外国のニュースとかでみたことある・・・。
中央にはシャンデリアがつるされ、各席の椅子もオフィスのイスとは違って厚みがあるなぁ。
一面にはどでかいスクリーンが配置されており、あの奥が社長の位置なのだと思う。
面々は慣れたように席に向かっていくので、自身の決まった席があるみたいだが、どうすればよいかわからず入り口で突っ立っているとあきよしが自身の隣の椅子をたたき声をかけてくれた。
「そろったよー」
全員が席に座ったことを確認したなぽーが、私たちが入ってきたところとは別の扉に向かって声をかける。
しばらくするとコツコツという足音が聞こえ、重そうな扉が音を立てて開いた。
この人は、りっちみん
高い位置でくくられたポニーテールは腰まで伸びており歩くたびに揺れる。
オレンジのネックウォーマーの下には黒いカーディガン、羽織っているのはごつめのジャケットで正直暑そう。
何を隠そうなんて隠すも何も、彼女はこの会社の代表、社長だ。
個性豊かすぎたメンバーをかき集めそれぞれに合った仕事を与えているのは紛れもなく彼女で、
本人の具体的な仕事を聞いてみたが「大量のモニターを前にしながら社会の良いところから〈悪いところまで〉ずっと見ている」と性格悪そうな笑みを浮かべて答えてくれた。
聞くんじゃなかった。
「ばちくそねみぃ」
大きなモニター前の席へドスンと座ると、だらぁっとリクライニングいっぱいにもたれかかり、
あーだのうーだの奇声を上げている。
年がら年中室内に籠もり切りの彼女は、好きな時に起き好きな時に寝るという不摂生極まりない生活をしている。
今日は徹夜したのかそれとも寝起きなのか、開けることを放棄したらしい目とえぐい隈は、睡眠不足を全力で主張していた。
この人の場合はこれがデフォなとこあるからあんまり驚かないけど。
「なにりっちー夜更かしー?」
「さっき寝たとこだったんだよーばりねむいー、太陽がでてるぅーとけちゃうんゴー」
「そら昼だからな」
「定例会議の時間を設定してんのはりっちーなんだから、りっちーの都合がいい時間にすればよくね?」
「そこはりっちーの良心に甘えとこ?じゃなきゃ夜中の3時とかになるぞ」
「今から寝てくれてもいいよ!私たち、待ってるからさ!!!!!!!」
「一か月以上前から三日にいっぺんぐらいのペースで会議があることを刷り込まないとブッパが多発する会議があるって知ってた?」
「あっ・・・ふーん」
ゆっくりと目を開けて、ジト目であたりを見回すりっちーの視線に何人かが顔をそらした。
ここの人基本的に話聞いてないし、気分屋だからまとめるのえぐい大変だろうな。
何人かを十分ににらみつけた後、視線は私のほうへと向いた。
「そういや、おろちが入社してから初の会議だっけ。
あきよしとかから聞いたかもしれないけど、うちの会社は個々でこなしている仕事が多かったりするから、
なにやっただ、なにやるだを一応共有しようっていう会議。
会議っつっても、各自の仕事内容はざっくりしか伝えないけどね。
もう分かってるとは思うけど、余計に情報知ってて得する会社じゃないんでねー、知らないほうが幸せなこともあるし。
あー、約月に一回だけどメンバー全員が揃う数少ない日だから基本的には強制参加ね。」
無能な先輩からなにも聞いてなかった私は何度も頷いた。
りっちーを中心にそれぞれ談笑を交えつつ仕事の現状を共有する。
和気あいあいと会議し、ほどよくディベートする感じは、はたから見ればいい職場なのかもしれない。
しかし、そこで交わされる内容は、私が置かれたすさまじい状況をより、リアルにしていく。
ここでやっていくことを選んで本当に正解だったのかはわからない。
でも、ただの社会の歯車だったころに比べて充実感を感じてしまっているのも事実だ。
逃げるタイミングもあった、いつでも辞めていいとも言われた。
でも、でも
「じゃ、最後の議題ってか報告なんだけど」
ここにいればなにか変われるような気がするのはなぜだろう。
「おろちもそろそろ慣れてきただろうしさ」
きっともう日常には戻れないけれど。
「あー安心して、しっかり準備はするから」
もう戻る場所もないんだしやるしかないかな。
「次の殲滅に、ちょっと貢献いただきたいんだけどよろしくね?」
この会社は、裏社会を生業にする超ホワイト会社です。