強制的ニート生活
自分の部屋に閉じ込められてから、3ヶ月が過ぎた。
今からちょうど3ヶ月前、いつものようにスマホのアラームで目を覚ました俺は、半開きの目をこすりながら部屋を出ようとドアノブに手を掛けようとした。
が、右手は空を切った。
前のめりになった体勢を立て直し、今度はしっかりと目を開いてドアを見たがやはりそこにドアノブはなかった。
ただの平面と化したドアを目の前に、夢を見ているのだと考えることにした。
しかし夢だとしたらなおさらなんとしてでもこの部屋から出てやろうという謎の闘志が芽生えたので、今度は思いっきりドアに体当たりしてみた。もともとこのドアは開き戸だから、全力でぶつかればさすがに少しはドアが外れるだろう。夢ならばこそ、ど派手な作戦をいの一番に思いついた。
4秒後、肩に激痛が走っていた。頭から突っ込んでいたらどうなっていたかは考えたくもない。この激痛のおかげで、これは夢ではないということが確認できた。
そして痛みにもだえながらドアを背もたれに座り込んだとき、もう一つわかったことがあった。
南向きにあったはずの窓が、一面のベージュの壁に変わっていたーーーーーーー
この軟禁されたとも言える状況で、不思議と冷静な自分がいた。
ここまでご丁寧に閉じ込められてしまったら、外に出ようと努力をするだけ無駄である。
たしかにドアが開いていたらいつも通り会社に行っただろう。しかしドアは開かず窓も無いこの部屋から必死で脱出してまで会社に行きたいかと言われればそんな訳が無い。
むしろこの状況は、今日は会社に行ってはいけないというどこかの神様からのお告げととらえた方が納得できる。
しかし無断欠席はさすがによくないと思い、病欠の連絡(この状況を正直に説明しても信じてもらえるわけないし、そもそも説明文を考えるのが面倒くさいため病欠とした)を入れようと思いスマホを探したが、先ほどまで枕元でけたたましいアラーム音を響かせていたスマホは、充電コードのみを残し後かたも無く消えていた。
さすが神様、抜け目ない。
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この日を境に、俺の強制的ニート生活が始まった。
そして生活する中で、空腹感を一切感じていないことがわかった。
そのほかにもトイレに行く必要は無く、風呂に入らずとも体の清潔感が保たれるということもわかり、8畳の部屋のみで生活するにあたって不便を感じることは全く無かった。
最初の一ヶ月は、部屋にある漫画を読破して過ごした。
二ヶ月目は、録画してあったドラマやバラエティーを見て過ごした。
三ヶ月目は、持っていた小説を読破した。
漫画もテレビも小説も、特に大好きな趣味というわけではない。
ただ、何もしていないと一日を無駄にした感に襲われてしまいそれが嫌だったので、なんでもいいからやれることを揃えていた。だからそれが音楽だったりスポーツだったりしても全然かまわなかった。
すなわち、何に対しても拒否反応は示さないけれど、特にこれといった生きる糧みたいなものが自分には無かった。
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最後の小説を読み終わり、さすがにこの生活に飽きが来た。
空腹感が無いとはいえ、食欲は感じていた。
この部屋の景色にもうんざりしていた。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったもので、俺は三ヶ月前の肩の激痛から学ぶことなくもう一度ドアへの突撃を試みた。
しかも今回はドアからなるべく遠い部屋の対角線から、助走を取れるだけ取ってアタックを試みたーーー
ドアにぶつかった直後、目の前が真っ白になった。
今度こそ変なところに頭をぶつけたかもしれないと思ったが、その白は網膜を通して正常に脳に伝えられた白だった。
すなわち、部屋の外にあるはずの廊下はもちろん、前も上も右も左も全てが真っ白な世界だった。
どうやらここは屋外のようだ。
本来であればドアの向こうは一軒家の2階の廊下であり当然屋内なのだが、視界の先には広大な白の世界が広がっている。
ただ後ろでは、先ほどあっけなく開いたドア(ドアの外側の色も真っ白だった)がキイキイと揺れながら、見飽きた部屋の姿を部分的に覗かせていた。
外から見ると小さいプレハブのような直方体の部屋も、例外なく真っ白だった。
部屋に戻るという選択肢もあった。だがここで戻ってしまうともう二度と部屋から出られないような気がしたし、それこそ何もしてない感がしそうで嫌だった。
俺はパジャマ姿のまま(ここで三ヶ月間一切着替えをしていないことを思い出す)白の世界に歩き出した。
二十歩ほど歩いてから後ろでドアが閉まる音がした。
振り返ると、確実にそこにあった直方体の部屋は、綺麗に白の世界に埋もれていた。
ゆっくり書いていきますので、気楽によろしくお願いします。