9.行方不明
「ここがキャロルちゃんの家ですか? ……近かったですね」
「そう! 宿から徒歩五分! 交通に便利な立地となっております!」
「行商人に家を売るような宣伝文句ですね」
「まぁまぁ、とりあえずキャロを呼ぶね。まだ朝ご飯も食べてないんだから。キャロー! お兄ちゃんが来たぞー!」
シキが横でお兄ちゃん……と呟いたが、若干引いているように見えなくもないが! ツクモは気にしない。約束した時間よりもまだ一刻ほど早い時間。迎えに行くといったツクモだったが、心配で心配でたまらなくなり、朝ごはんを買う前に迎えに来てしまったのだ。
「あれ? まだ寝てるのかな?」
「そうですね、ご飯も食べずに起きてすぐに来ましたしその可能性もありますね。入ったら良いんじゃないでしょうか? お兄ちゃんなら。お兄ちゃんなら入っていいと思いますよ」
「まぁ、迎えにいくって言ってたわけだし、入ってみようか。鍵は……開いてるな……」
キャロルのことしか頭に残っていないツクモはシキの嫌味に気がつかず、キャロルの家に堂々と入る。まるでそこに何年も住んでいたかのような躊躇いのなさだ。
ツクモの後に続いてシキも家の中へと入っていく。
「キャロー? どこだー?」
「キャロルちゃーん? どこにいますかー?」
しかし、いくら二人で探してもキャロルは見つからない。隠れているのかと思ったが、ツクモなら気配で簡単に見つけることができるのに気配すら感じない。
おかしい、そう思って家の中を見て回っていたその時、ツクモが何かに気がいて呟いた。
「……手提げがない……」
「手提げ? なんですかそれは?」
昨日変える時にはあったはずの手提げが無くなっていた。家中のどこにもないことも確認した。
「キャロが昨日持っていた手提げがないんだよ。花を買った時にあったから……まさか……ッ!?」
思い当たる可能性の中で一番最悪が頭に浮かんできて、ツクモは走り出した。
「待ってくださいツクモ様!」
ツクモはそのままキャロルの家を飛び出した。シキはその後を追う。
「くそっ! シキ! 花畑はどっちだ!?」
「花畑と呼ばれているものは東門の先にある森の手前にあります……ッ!? まさか……そういうことですか!?」
「くそっ! 走るよ! シキも急いで!」
ツクモは東門に向かって全速力で走る。ダメなのだ。今のキャロルを森に行かせてはダメだったのだ。キャロルが隠されてしまう!
急いで門へと向かい、門を守っている門番の元へ突撃する。
「門番さん! ここに猫人族の女の子来なかった!?」
「お、おおう? 猫人族の女の子ってキャロルちゃんのことか?」
やはり名前が出てきた。いや、まだただの知り合いという可能性もある。
「そう! ここを通ったのか!?」
「朝一でやってきたぞ? 花をプレゼントして驚かせるんだって張り切ってたからまだ花を集めてるんじゃないか?……というかそんな焦ってどうしたんだよ」
「ここをいつ頃通ったんだ!?」
「一刻ほど前だが? そんなに心配しなくても花畑には魔物は出ないし、危険なんてないぞ? 確かにいつもよりは遅いが……そろそろ戻ってくる頃合いじゃないか?」
そんなはずがない。一刻も花を摘み続けるはずがない。それに驚かせるのならツクモがキャロルの家に行く前に戻ってこなければいけない。
「くっ……! キャロッ!」
「衛兵さんこれを!」
「あ、おい! 身分証をって金貨!? ……ったく、キャロルちゃんのために必死になってるのに、受け取れるわけないじゃねぇか……」
身分証を見せずにツクモが外へ飛び出していき、シキが門番に金貨を数枚投げつけてから同じく後を追って外へと飛び出していく。
許可を取らずに外へ出てもせいぜい銀貨数枚しかとられないし、キャロルのことを呼びながら飛び出していったのだから悪いものではないのだろう。
そう判断して、少し経ってから増員としてやってきた衛兵に異常なしと報告する。
ツクモは走る。焦り、希望、後悔さまざまな感情を抑えながら花畑へ向かっていく。まだ確証はない。希望はあるかもしれない。
そして、花畑へたどり着きそれを見つけると同時に希望が砕かれる。
「キャロの手提げ……やはりここに……」
「これが……手遅れでしたか……」
ようやく追いついたシキがそう呟く。手提げしか残っておらず周りには魔物の気配すら感じ取ることができない。
「いや、まだだ……」
シキは手遅れと判断したが、ツクモはまだ諦めていなかった。花畑を進み、キャロルの足跡らしき跡が途切れている一つの花の前、白いアジサイの前に立つ。そして唱える。
「『聖典』『読込:クラウ・ソラス』『同期』」
ツクモの体から本のページのようなものが現れ、ツクモの眼前に集まり一本の刀となる。それと同時にツクモの身体が光り輝き、赤と白のメッシュの髪をした青年に変化する。
眼前に浮かぶ刀を手に取り構え、強大な力を解放するためにその名を叫ぶ。
「切り裂けクラウ・ソラス。『クレイヴ・ソリッシュ』!」
ツクモが刀を振り抜いた瞬間、パリン! と何かが割れるような音が響き、空間が割れた。
目の前に現れた虚空、全てを吸い込むかのようにゴウッ! と音を立てながら風が吹き荒れる。しかし、その虚空は何にもつながっていない、ただの闇だった。
虚空は徐々に元の空間へと修復されようとしていき徐々に閉じようとする。
ツクモはまだ諦めない。一度ハズレを引いたかもしれないがもう一度やれば当たりに届くかもしれないと考えて。
「くそっ! クラウ・ソラス! もう一回———」
「———おやめください!」
その発動を止めたのはシキだった。ツクモの目の前に立ち、大の字になって止めている。刀はシキの首すれすれまで迫っており、一歩間違えたらシキの首が飛んでいただろう。
「シキ! そこを退け! 時間がない! このままじゃキャロが……!」
ツクモはシキにどけと命令する。もう虚空が閉じてしまう。キャロルはそこにいるはずなのだ。だが、シキも一歩も引かない。
「それこそおやめください! もしもう一度ここを切ったら空間が崩壊して本当に何もできなくなりますよ!? キャロルちゃんを助けることができなくなってもよろしいのですか!?」
その言葉にツクモは一瞬たじろいだが、再びシキに食って掛かる。
「だがこれから他の鍵を探す時間などない! もう連れされて一刻も経っているんだ! もし今日中に見つけても間に合わない! キャロは……キャロはこの俺が守ると決めたんだぞ!?」
「それでもここを切ってしまったら助けられる可能性はゼロになります! 空間が崩壊してそのせいでキャロルちゃんが死にますよ!?」
「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ! いいからそこをどけ!」
ツクモは引かない。焦りが全てを上回ってうまく頭が働いていなかった。だが、シキも一歩も引く気配はない。
「確実に崩壊します! ここは絶対にどきません!」
「どうしてそう言い切れんだよ!」
「言い切れますよ! それが神隠しの能力なんですから! ツクモ様も分かってますよね!?」
「それは……だが……」
ツクモに迷いが生じたことをシキは見逃さなかった。だから、あえて違う言い方でツクモを怒らせることにした。
「……はぁ。ツクモ様はそんなにキャロルちゃんを信じられないのですか?」
「……なに?」
その言葉を聞いてツクモはシキをにらみつける。
「キャロルちゃんはあなたに全てして貰わないと生きていけないような弱い子だったんですか? あなたがいなければすぐに死ぬような子なんですか?」
ツクモは何も言わない。だからシキは再度ため息を吐きながら、ツクモの神経を逆撫するような言い方をする。
「はぁ……。ここにキャロルちゃんが来たのは一刻前。そんなに弱いならもう死んでるんじゃないんですか? というか、そんなに弱いなら死んでますよ」
「……けるな……」
ツクモは俯いて肩を震わせながら言う。
「なんですか? 何といったのか全く聞こえませんでしたが。諦めますか?」
顔を上げてシキに言い放つ。
「ふざけるなと言ったんだ!」
「ふざけてなどいませんが?」
「キャロは死んでない! キャロは両親が居なくなっても一人で泣かずに懸命に生きてきたんだ! 俺が、俺がついていると言ったんだ! キャロはそう簡単に絶望なんかしない!」
そう言ったツクモに近づいていき、シキは右手を大きく振り上げてそのまま頬をビンタした。
「……ッ!」
シキにビンタをされて呆然となったツクモにシキは言う。
「そう思ってんなら信じなさいよ! キャロルちゃんが必死に生きようとしてると思ってんのにあなたが最善の行動をしないでどうするんですか!? あなたはキャロルちゃんの努力を意思を一振りで全て無駄にしようとしたんですよ!? 分かってるんですか!?」
ハッとした表情になったツクモは一言呟く。
「……『解除』」
その言葉と共にツクモの身体から光が溢れ、光が数枚の紙のようなものに変わる。そしてその紙はツクモの中に吸収され、それと同時に青年から少年に変わり髪色も元に戻る。
「シキごめん。焦って取り返しのつかないことをしてしまうところだった」
「その通りですね、正直とても怖かったです。私も、わざとキャロルちゃんをバカにするようなことを言ってしまってごめんなさい。……もしかしたら本当に刀が振り下ろされてしまってそのまま消滅してしまうかもしれないと思ってしまいました」
「……ありがとう」
ツクモは止めてくれたシキに対して一言礼を言う。よく見るとシキの腕は小刻みに震えている。
もし、あのままもう一度剣を振り下ろしていたらシキを殺し、神隠しのいる空間は崩壊し、キャロルを助けることは本当に不可能になってしまうところだったから。
それどころかキャロルを自分の手で殺してしまうところだったから。
「ではツクモ様、答えてください。神隠しに遭う条件は何ですか?」
「……森やそれに近い場所、裏道などの人目がない場所でマーキングを受けること。レベルは5段階あるけれど、神隠しに遭う条件として適用されるのは3から。3はマーキングされた場所などの神隠しのマーキングポイントに行くことで接触しているもの全てが転移する。4は人目がつかない場所なら接触物ごとどこからでも転移させることができる。5はマーキングを受けた人の視界内全てを転移」
レベル1と2は気にしなくていい。一人で森の中などに行ってしまうと神隠しに遭ってしまうことになるが、既に都市伝説級になっている神隠しは最初からレベル3をマーキングすることが可能だろう。
つまりもうレベル1と2は存在しない。答えたツクモにシキが続けて問いかける。
「では次ですね。神隠しが転移させた者を殺すことができるようになる条件は何ですか?」
「心が折れたり絶望することなど、生への諦め」
だから神隠しは心を折りにやってくる。わざと逃げられるかもしれないという希望を持たせて、自分の籠などの前で通れなくすることで一気に希望を絶望に変える。
だが、その制約故、神隠しは服を傷つけることはできても体を傷つけることはできない。そして、神隠し自身が傷つくということもあり得ない。
「その通りですね。では、ツクモ様が今からやるべきことは何ですか?」
「レベル3以上のマーキングを受けている人を探し出して協力してもらうことだ」
「その通りです。分かったところで急ぎましょう。マーキングが見えるのはツクモ様だけなのですから。ツクモ様だけがキャロルちゃんを救えるのですよ」
探し出して協力してもらってもなるべく急がなければならない。たとえキャロルが、ツクモの言う通り強靭な精神を持っていたとしても、彼女はまだ幼い。まだたったの十歳だ。
襲い掛かる絶望に耐えられたとしても半日いや、最長でも一日で何らかの理由で心が折れてしまうだろう。
「ツクモ様はマーキングを探してください。私がその他の準備を整えます。刀の制作を依頼した鍛治師の名前を教えてください」
「ドワーフのガンツだ」
「かしこまりました。見つかり次第宿の前で集合しましょう。見つからなかった場合も日が暮れる前には宿に来てください」
シキはそう言い切ってからすぐに移動を始める。
「シキ!」
そのシキをツクモが呼び止めた。呼び止められたシキはツクモの方を振り向く。
「……なんでしょうか?」
「頼んだぞ……」
「お任せください」
ツクモは街へ走って戻る。シキはツクモに一瞬で追い抜かされてしまった。
ツクモの後を少し遅れてシキも走っていく。だが、ツクモの全力にシキは着いていくことができない。
ツクモはマーキング、シキは刀を取りにむかった。
「ふふふ。座敷童子の運はツクモ様の味方をしますよ」
金貨は返してもらいました。