14.解決
「残念でした」
ツクモは50人目の神隠しに対してそういう。
「はぁ……はぁ……なんで! どうして当たらないの!?」
一人の神隠しがそう叫ぶ。
「何人に増えても無駄だよ? それより、そろそろきつくなってきたんじゃないの?」
その言葉を受けて他の神隠しが叫んだ。
「あなたはどこまで……!」
ツクモは、50人に増えた神隠しに対して、未だ無傷で戦い続けていた。ツクモ自身の卓越した戦闘センスによる要因もあるが、一番の要因は神隠しの憑いている肉体が幼女だということだろう。
神隠しが持っている能力は、自分という存在を増やし分身させることができる多重存在、空間を操って斬撃や打撃として攻撃する空間掌握、相対している相手の認識外へと転移することができる空間跳躍の三つだ。
いくら多重存在で人数を増やしたところで、幼女の肉体では視点も低く素早く動くこともできない。しかし、素早く動くために空間跳躍を使うことは、すでに多重存在と空間掌握を併用している神隠しには負担が大きすぎた。
「これなら……どう!?」
神隠しは自分が半分以上巻き込まれることを承知で捨て身の攻撃を仕掛けてきた。三連に並ぶことでツクモを囲むように空間跳躍をし、それぞれが一気に空間掌握を発動させた。
ツクモさん! というシエラの焦ったような声が聞こえてきたが、当のツクモには何の焦りも見られない。ツクモはゆっくりと剣を鞘に収め、呟く。
「『抜刀術』」
「ガッ……! ……はぁ……はぁ……何……それ……!?」
半数以上の神隠しがツクモに斬られ、消えた。その直後、残っていた神隠しも次々に消えて行き、一人を残して全員居なくなった。
残された神隠しは、その場で力なく膝をついた。驚愕したような顔をしながら神隠しが言う。
「何なの……あなたは一体なんなの……?」
「そんなことより、そろそろ力を使い果たしたんじゃない?」
そろそろだと思いツクモは神隠しを切り裂いた。シキが話している間、ツクモは常に能力を多用する神隠しを翻弄し続けたのだ。
神隠しは自分で思っている以上に能力を消耗していた。
「そんなことって……え? なっ……! そんなっ……!」
ツクモの予想した通り神隠しが突然苦しみだし、顔を伏せた。そして、数秒後顔を上げた。先ほどの雰囲気とは一転して若干の幼さを感じさせる表情、そして、藍色の目でこちらを見つめる。
「……お兄ちゃん、だぁれ?」
それを見たシエラが驚きの声を上げる。
「なっ……あれはどういうことですか! まるで———」
「———そう、まるで別人。彼女があの幼女の本当の人格です。神隠しが疲弊したことによって現れた本当の彼女です」
「……メイちゃん……」
キャロルがそう呟く。彼女は神隠しじゃなくてメイにも会っていたのだ。彼女には神隠しとメイの違いが分かっていた。
「俺はツクモっていうんだよ。お嬢ちゃんの名前は何かな?」
「私はメイだよ。お兄ちゃんはこんな森で……森? 何で……森に……? お母さん……? どう……して……? そんな……私……いやあああああ! 私じゃない! 私のせいじゃない!」
メイは突然目を見開いたかと思いきや頭を抱えながらうずくまってしまった。神隠しの影響が弱まったことによってメイが神隠しとして行ったことの記憶が全て入ってきているのだろう。
「メイ! 落ち着いて! ゆっくり、息を吸って深呼吸をして」
「いや! いやっ! ……来ないで! 違うの……! 私のせいじゃない!」
錯乱してしまったメイにツクモが声をかける。だが、メイにツクモの声は届かない。ツクモはメイを思いっきり抱きしめる。
「メイ、落ち着いて。大丈夫、ここには君を害するものは何もない。ゆっくり深呼吸をしようか。息を吸って、そのままはいて。そう、よくできたね。落ち着いたかな?」
「そん……な……私……なんて……ことを……」
メイはツクモの指示に従うことで冷静になることができたようだ。だが、その顔は今にも倒れてしまいそうなくらい青白い。
「多分今見えたものが、メイちゃんが神隠しに操られていたときにしてしまったこと。その事実から目を背けることは許されない」
「わた……しの……せいで……! いや……」
ツクモが厳しい言葉をかけるが、ここで気休めなどを言っても何の意味もない。ツクモはメイの肩を押さえ、目を見ながら言う。
「操られていたからしょうがないとは言わない。でも、メイちゃんだけの責任というつもりもない。でも、物語になるには強い感情が必要なんだ。神隠しなら強い恨みの感情が。……メイちゃんは何を恨んだの?」
「わた……しは……お父さんとお母さんを……恨んだ……」
神隠しの物語となってしまうほどの恨みを両親に向けていた。一体何があったのか、ツクモはそう問いかける。
「……お父さんは、すごい偉い人だって言ってた……。お父さんと……お母さんは……幸せだったけど……私がお腹の中にいるって知った瞬間……お母さんを捨てた……」
誰かが息を飲むような音が聞こえた。
メイの父親はにとって母親はただの遊びだったのだろう。高位の貴族が平民に手を出して、子供まで作りそのまま捨てた。
父親が母親を捨てたのは遊びだったから。貴族がむやみに子供を作るわけにはいかないから。遊び道具を捨てた、そんな軽い気持ちだったのだろう。
だが、母親はそうは思わなかった。
「お母さんは……自分が捨てられたのは……私の……せいだ……っていつも……叩いたり……けったり……。それで……この森に……捨てられた……」
お前のせいで私は捨てられた、お前がいなければ私たちは幸せだった。捨てられたということを認めたくなくて、わずかでも繋がりが欲しくてメイを生んだ。
なのに、全ての責任はメイにあるのだと思い込んだ。自分が産むという選択肢を取ったくせに、自分が望んだはずなのに、捨てられたという現実から逃げたくてメイに当たり続けた。
メイが顔を上げて叫ぶ。
「ねぇ! どうして私ばかりこんな目に合わなきゃいけないの!? ただ生きたかっただけなのに! ただ……幸せになりたかっただけなのに……。……ただ、死にたくなかっただけなのに……」
「メイ……ちゃん……」
「私たちを捨てたお父さんが憎い……私を捨てたお母さんが憎い! お母さんは不思議な能力を手に入れた直後に私が殺した! お父さんは……誰かわからない……けれど! 絶対に私が殺すんだ!」
「そこまで……深く……」
でも、とメイが続ける。
「でも……私は関係ない人を殺すつもりなんてなかったの……こんなはずじゃ……なかったの……」
悲痛に染まった顔でメイがツクモに言う。それが最後の望みだというかのように、真っ直ぐとツクモを見つめる。
「ねぇお兄さん。私、神隠しに操られていた時に聞いたよ。……お兄さんなら私を殺せるんでしょ?」
「うん。できるよ」
「じゃあさ、私を……殺してくれる?」
「ダメだよそんなの! メイちゃんは悪くないじゃん!」
ツクモが返事をする前にキャロルがそう言う。ツクモの剣に手を置いて、抜くことができないように押さえながらツクモに殺さないでと訴える。だが、キャロルを退けたのはメイ自身の言葉。
「私はキャロルちゃんのお父さんとお母さんも殺したんだよ?」
「それ……は……」
キャロルは何も言えなくなってしまった。メイの境遇を聞き、神隠しに操られてやったことだと分かっていても、それを言われてしまえば割り切れるはずがなかった。
可哀想、だから生きて幸せになってほしいと思う反面、操られていたとはいえ両親を殺されたこと、そして自分自身が殺されかけたことが引っかかってしまう。
まだ十歳のキャロルには簡単に割り切れるはずのない話だったのだ。キャロルはもごもごとした後に何かを言おうとする。
だけど、キャロルが何かを言う前にメイが言葉を発した。
「無理だよ。だってもう……」
そして決定的な言葉を発する。
「私はもう、死んでるもん」
「そん……な……」
シエラがそう呟く。
「嘘だよ! だって! 今だってこうして……そんなのおかしいよ!」
キャロルが叫ぶが、メイは首を横に振りながら髪をかき上げた。そして赤い跡を見せつける。
「これを見て」
「それは……そんな……」
「そう、これはその証拠。私は首を切られて殺されたの」
他ならぬお母さんにという言葉は続かなかった。
首につけられた切り傷はどうみても一周している。神隠しの御業によってつながった首は、メイの首はもう一度切り落とされていたのだ。
そもそも首というものには、太い骨が通っている。例え幼女の首であっても、冒険者でもないただの女である母親が一発で切り落とせるはずがなかった。
つまり、メイは首が切れるまで何度も何度も、死んでからも何度も首が切断されるまで何度も刃物を振り下ろされていたのだ。
生まれることを望まれず、生まれてからもただひたすらに生きていてはいけないと言われ続け、挙げ句の果てには森の中で他ならぬ母親によって無残に殺された。
だからこそ、神隠しに殺された全ての死体の首がなかった。自分と同じ死に方を、同じ苦しみを、同じ恐怖を味合わせるために。
「……うっ……もうそろ……そろ……ダメに……なる……。もど……ちゃう……」
メイは突然苦しみだした。ツクモのことを見つめる彼女の目は、左だけ紅く染まっている。神隠しに半分意識を奪われた状態でツクモの目をはっきりと見つめながら言う。
「お願い……お兄さん……。私を……殺して……?」
そう言ってメイは顔を伏せる。そして次に顔を上げた時、メイの両目は紅く染まっていた。
そう、再び神隠しが表に現れたのだ。彼女は平然とした様子で言う。
「何を話したのかは知らないけど、私はあの子の恨みを晴らしただけだよ。少し規模は大きくなったとしてもね」
「そんなのっ! メイが望んだことじゃないよ!」
「そうだよ! ……酷すぎるよ……」
キャロルとナナがそう言う。シエラは、口元を押さえながらボロボロと泣いていた。
あまりにも、酷い言い分だった。確かに彼女は母親と父親を殺したいと思い、恨んだかもしれない。だが、それだけだ。
メイの境遇を知ってこっそりご飯をくれた人や優しくしてくれた人など沢山いた。感謝の念すらも抱いていた。
なのに、神隠しはその思いすら踏みにじって全てを利用し蹂躙した。
「少しでもあの子が望んだから、私は今ここにいる。望まれたから私が生まれた! そういうものなのよ! 私たち物語ってい……」
「黙れ」
神隠しの話を遮ってツクモが神隠しを斬った。だが、神隠しは再度そこに現れる。多重存在によって再生する。
「アハッ! 無駄だよ! 私には多重存在がある! この空間がある限……」
ツクモが再度神隠しを斬る。だが、神隠しはまた現れる。
「私をあなたが殺すことはでき……」
ツクモが神隠しを斬る。何度でも神隠しは現れる。
「あなたたちはこのままここで死……」
ツクモが斬る。
「あなたに私を殺……」
斬る。再生するたびに神隠しを切り続ける。そしてついに神隠しはキレた。
「無駄だって言ってるでしょ!? この能力がある限り私は殺されても消滅しないの! あなたの能力じゃあ私を殺すことはできないの! だからあなたたちはここで死ぬのよ!」
確かにその通りだ。首を落としても縦に二つに両断しても神隠しは何度でも生き返る。それこそ、剣が持たないだろう。
ツクモの技術もすごいが、むしろ、約百人の神隠しを斬ってもなお問題なく使用できる剣も驚異的だ。
だが、少しずつだが、斬れ味は落ちてきている。武器がなくなって仕舞えばツクモは神隠しを消滅どころか殺すことすらできないだろう。
能力を使わなければ。
「俺がいつ、能力を使ったと言ったの?」
ツクモのその言葉を鼻で笑いながら神隠しは言う。
「私が殺されている、あなたに条件無しで能力を使うことができる、それがあなたの能力でしょ。だけど残念、私の方が一枚上手だったみたいね」
「じゃあ言い直そう。どうして俺の能力が一つしかないと思ったの? どうしてお前が能力を三つ持ってるのに俺が一つしかないと思ったんだ?」
ハッと気づいたような表情をした後にゆっくりと後ずさりながら神隠しが言う。その表情はもしかしたらという恐怖とそんなはずはないという疑いに染まっている。
「う……あ……は……はったりだよ! じゃあ何で今まで使ってなかったの!?」
他にも能力を持っているというならなぜ今まで使っていなかったのか、そんな思いを込めて叫ぶ。だが、ツクモは当然のように答える。
「メイと話すために決まってんだろ? 他に理由をあげるとしたらハッピーエンドにするため。俺はそういう物語だ」
それが本当だと悟ったのか、神隠しは最後の力を振り絞って能力を使う。
「『空間跳躍』! 止まって! これ以上近づいたらこの人を殺すわよ!」
神隠しは一番遠くにいたシキの首に手を添えた。だが、狙う相手が悪かった。いや、相手の運が良すぎた。シキは平然とした様子で言う。
「知ってますか? 私、とても運がいいんです。ほら、『土が』」
「え? あっ……きゃあ!」
シキが一歩後ろに下がると、なぜかそこにあった穴に足を取られて、神隠しは転んだ。よく見るとその場所は神隠しがキャロルを追い詰める時に消した木があった場所のようだ。
「一歩下がっただけであなたがつまずいて転ぶなんて、運が良かったです」
「それに、お前の能力じゃシキを殺せない。そして、今のでお前は完全に力を使い果たした。そうだろ?」
神隠しは、もう立つことすらできなかった。後ずさりしようとしても手にすら力が入らないようで
動くことができないようだ。そしてツクモが能力を発動させる。
「『聖典』『読込:聖典クラウ・ソラス』『同期』」
ツクモの体から本のページのようなものが現れ、集まり一本の剣になる。それと同時にツクモの身体が光り輝き、赤と白のメッシュの髪をした青年に変化する。
「何……その格好……。それに……その……剣も……!」
「聖典の序章『希望の一閃クラウ・ソラス』神剣クラウ・ソラスです」
シキが淡々という。
神剣クラウ・ソラス。それは聖典の序章として載せられた、作家が少年の頃初めて書いた誰にも知られていない物語。
破滅する世界の中で、神から一本の剣を授かった少年が世界を救う物語。はっきり言って駄作、だがそこが彼の原点だった。
作家が思いのままに自分の理想を詰め込んだだけの作品。自分の好きな展開を好きなように書いただけの作品。自分が初めて生み出す物語は、とてもワクワクして楽しくて、それゆえ最も強い力を持っていた。
その作品は、主人公が可愛い女の子を助けて、敵を圧倒して、世界までも救ってしまう。伏線なんて何もなく、ただただ夢想し続ける。そして、その物語に出てくる剣ははっきり言ってチートだった。
ゆえに、その物語は最強。何者にも負けることなくどんな敵でも倒しきる。世界を終わらせようとする神すら殺す最強の剣、それが神剣クラウ・ソラス。
「物語ってのはな。それ一つで読んだやつの人生を変えるほどの力があるんだ。例えその物語がハッピーエンドでもバッドエンドだったとしても」
例えば、大冒険家の手記を読んだ少年が冒険者を目指したり、お忍びの貴族様を偶然助けて大恋愛に発展した物語を読んだ少女が他人に優しくしてみたり。
些細なきっかけで人生というものは変化する。そのきっかけが演劇なのか本なのか、だが結局のところ大事なのは何かではない。
「お前には分からないだろう? たった一つの物語に救われた人の気持ちや生き方を教わった人の気持ち、そして人生を……狂わされたものたちの気持ちが!」
「わ、分かるわけないでしょ! 私はバッドエンドの物語、破滅の物語なの!」
神隠しはツクモに力いっぱい反論する。自分はそう作られた、それが自分なのだと。だが、神隠しにツクモは言う。
「例えそう作られていたとしても! そう書かれていたとしても! そう解釈するのは書き手じゃなくて読み手だ」
同じ物語でも、駄作良作感動台無し、読み手の数だけ紡がれた物語の解釈は変化する。これだけは、感想だけは他人と全く同じになることはありえない。だけど、作者の意図というものは存在する。
「そんなものは詭弁だ! 私たちは、大災厄は必ず破滅へと導く! そうやって紡がれたんだから!」
聖典は幸せを、大災厄は破滅を願って紡がれた。確かにそうかもしれない。
「ああ。確かにそうかもしれない。だから———」
確かに、大半の読み手は書き手の意図した通りに解釈するし、違う解釈をする人は少数派であり、違う解釈をした者たちは正しい解釈をできていないと愚か者扱いされるかもしれない。
だけど、そう信じている人が、その展開が存在すると信じる者が居るのなら———。
「———バッドエンドは俺が書き換える! 目覚めよ、そして切り裂けクラウ・ソラス。悪しきモノを分断せよ! 『クレイヴ・ソリッシュ』!」
ツクモがクラウ・ソラスの真名を叫ぶ。直後、クラウ・ソラスは一度大きく脈動し、光り輝く剣へと姿を変えた。
全てを切り裂く神の一撃、その剣をツクモが神隠しに振り下ろす。力を使い果たした神隠しは、それから逃げることができない。
「なっ……待って……嘘……だ……」
神隠しはクラウ・ソラスによって切り裂かれた。その剣に切り裂かれた部分から闇のようなモヤが溢れ出し、やがて数枚の紙のようなものに変化する。
「『対抗神話』『読込』『吸収』」
その言葉とともに、神隠しから現れた紙はツクモに吸収された。それと同時に神隠しの目は元の色に戻り、メイはツクモの元へ倒れ込む。
再び動く神隠し、いや、神隠しから解放されたメイが起きた。
「……ぅ……ぅん……。お……兄さん……?」
「そうだよ。気分は大丈夫?」
ツクモは倒れこんできたメイを抱き留めてそのまま膝の上にゆっくりと寝かせる。
「……えへ……最悪……だけど……誰かに……ギュッとしてもらったの……はじめて……」
たどたどしく言葉を放つメイ。だが、メイの命は徐々に失われはじめていた。
すでにメイから神隠しの物語は抜けている。だからもう、メイを生かしていた要因は存在せず、死という元の状態へと戻りつつあった。
ツクモとメイのやりとりを皆が静かに見守る。全員、メイがもう長くないことを理解していた。ツクモはメイに優しく語りかける。
「ねぇメイ」
「……なぁに?」
「正直に言っていいよ。メイは、まだお父さんのことが憎いまま?」
「……うん……だいっきらい……。……だけど……殺したいほどじゃ……なくなっちゃった……」
メイは、変だなぁなんて言いながらえへへっと笑う。
「そっか。メイは、お父さんの名前を知ってる?」
「……どうして?」
「絶対に探し出して俺が一発殴ってやろうと思ってね」
メイはキョトンとした後にクスクスと笑いだした。
「ふふっ……。じゃあ……お願いしようかな……。……スクラって……お母さんは呼んでたかな……正式なのは……分かんないや……」
「大丈夫。必ず見つけ出すからね」
ツクモはその名を記憶に刻み込む。絶対に探し出して殴るという思いと共に。
「メイ」
「……どう……したの?」
「ごめんな……」
「どう……して……謝る……の? ……どうして……泣いて……るの……?」
ツクモは静かに泣いていた。自分が物語を封印していればメイにこんな思いをさせる必要もなかったのにと。
例え、物語を封印し続けていたとしてもメイが母親に殺される未来は変わらないし、それすら回避できたなどと言うのは傲慢だ。
言ってしまえばこれは、自分の目の前で酷い目に遭った子という存在だからこそ、そう考えてしまうツクモのただの自己満足だろう。
だが、それでも、もしかしたら、他に何か手があったのではと考えてしまうのだ。
泣いているツクモの頬に手を当てながらメイが言う。
「ツクモ……お兄さん……? メイ……ね。……今、すっごく……幸せ……だよ?」
「そう……か」
ツクモはゆっくりとメイを撫でる。メイはくすぐったそうに身をよじる。
「だから……ね? ……最後は……笑顔で……バイバイ……しよ?」
「……二回目……だけど……今度は……温かい……」
メイがゆっくりと目を閉じる。段々と力も抜けてきている。頬に当たっていた手が力なく落ちた。
「……お兄……ちゃん……。メイは……ハッピーエンド……だよ?」
その言葉を最後にメイはゆっくりと息を引き取った。
どうしてこんな幼女が……。まだ親の庇護下に無ければいけないはずなのに……。
そんな想いとともに、ツクモはメイを抱き抱えながらゆっくりと立ち上がる。
「……『読込:大災厄「神隠し」』『統合:聖典「森の妖精」』『改編』『命名:新典「幼き森の守神メイ」』」
メイの亡骸が輝き、ゆっくりと数枚の紙のようなものへと姿を変える。
ツクモは、能力によってメイの物語を作り上げたのだ。神隠しではなく、幼き森の守神として。メイは優しい女の子なのだから。
それと同時に激しい振動が始まる。神隠しの物語が完全にツクモに吸収されたことによって神隠しの空間の崩壊が始まったのだ。
「みんな、俺に捕まって。脱出するよ」
「ツクモ様。ここを脱出したら、私に任せてしばらくお休みください」
「うん。いつもみたいにお願い。『解除:クラウ・ソラス』『読込:大災厄神隠し』」
その言葉と共にツクモの体から光と闇が溢れ出し、ツクモの手に本が一冊現れ、ツクモは元の姿へと戻る。
「行くよ? 『空間跳躍』!」
視界がブレ、その直後目に入ってきたのは白いアジサイ。後ろを見てももう何もない。ただ、広い森が広がっているだけだった。
「戻ってきたの……」
「ちょっと……疲れちゃった……」
「これで、行方不明事件は解決ですか……」
空が赤色に染まっており、もうすでに日が暮れるかどうかという時間になっていた。ツクモはふらふらとしながらシキの方を向く。
「シキ……頼む……」
「はい。お任せください」
ツクモはシキの方に倒れ込みながら白い光に包まれた。
その直後、ツクモの姿はどこにも無くなっており、代わりのようにシキの手に一冊の本が現れた。
「……あれ? ツクモお兄ちゃんは?」
「突然消えたの?」
「……もしかして……」
シキはゆっくりと頷く。
「はい。ツクモ様は全ての能力を解除してこちらの本になりました。安心してください。一日も経てば元に戻りますよ」
ツクモは、今まで解決してきたすべての大災厄において、そこから新たな物語を紡ぎ出し保管している。
紡ぎ出された物語は、蒐集家九十九の主人公が経験した冒険として保管される。メイのことを自分だけでも忘れないために。いつかこの本が完成したときに、メイという少女が居たということを証明するために。
これによって力を使い果たし、いつも本の状態へとなってしまうのだ。
「そろそろ、街に戻りませんか?」
「そう……ですね。私も疲れちゃいましたし、いろいろ整理したいです」
「ナナ、メイちゃんのこと絶対に忘れないもん……」
「キャ、キャロも! ぜったいぜったい忘れない!」




