13.恨み
時は少しだけ遡ってキャロルがシキの元へ行った頃、ツクモと神隠しは今にも激突しそうなほど緊迫した状況まで来ていた。
ツクモは神隠しに言う。
「ねぇ、お前は何に手を出したのか分かってるの?」
「何って、ただの猫人族じゃない」
「本当にそう思ってるの? 俺は今にも殺したいほどなんだよね」
今にも爆発しそうなツクモは、本当にいつでも殺せるように剣に手をかけている。ツクモにとって神隠しとの距離など一瞬で詰めるとこができる。
それこそ、動いたことを知覚される前に切り裂くこともできるだろう。そのことを理解したのか神隠しは一瞬ビクッとしたが、その直後突如笑い出した。
「アハッ! そうだ、そうだった。不可能だ! 私を殺すなんて不可能だった! そうよ! 私を殺すことは不可能なんだから……無駄に驚かさせないでよ」
「どうしてそう思うの? 本当に、そう思うの?」
ツクモはただそう問いかける。本当に何故そう考えることができるのか疑問といったように言う。だけど、神隠しは手を広げながら仰々しく言う。
さもこれが当たり前というように、これが当然だと主張するかのように。
「だってここは私の空間! 私の物語よ! 私は一方的な殺戮者、私の物語に私が傷をつくシーンなんて存在しない!」
神隠しは叫ぶ。そうだ、自分の物語は全て自分以外の誰かが死ぬバッドエンドで終わっている。悪役であり主人公の自分に傷がつくはずがない。
今までも冒険者だって傭兵だって、貴族の魔法使いだって全ての攻撃を受けても無傷でいることで心を折ってきた。
この男と今までのやつらでは何が違う? 何も違わないではないか。ただ少し覇気が強いだけの少年じゃないか!
しかし、ツクモはふっと笑いながら剣に手をかける。そして言う。
「じゃあ、試してみようか。『抜刀術』」
「……ッ!? な、どういう……こと……!?」
ツクモの手元がブレたと思いきや、神隠しが後ろへ飛び退いた。ツクモはいつの間にか先ほどまで神隠しがいたはずの場所に立っており、剣も抜かれている。
神隠しは完全に避けたつもりだった。だが、飛びのいて着地した直後、神隠しの胸元から血が吹き出す。あと一歩傷が深ければ、もしも飛びのいていなければ身体は真っ二つに両断されていただろう。
神隠しは初めて受けた傷に背筋が凍るような感覚がした。だが、ツクモにつけられた傷は目に見える速度で塞がっていき、服まで元どおりに修復された。まるで、切られた事実すらなかったかのように。
「アハッ! 結局傷がついても塞がるじゃない。いくらあなたが強くても私を殺せないんじゃ意味がない。それに、私があなたを殺せないとしても、あなたにこの空間から脱出する術はない。結局バッドエンドで終わるんだよ!」
そう言い切る神隠しをツクモは鼻で笑う。
「バッドエンド……ねぇ。知ってるか? 物語の流れを変えるにはいくつかの方法がある」
「流れを変えられるわけがないじゃない。どう足掻いたって無駄だよ」
神隠しはただの戯言だと思ったのか、馬鹿にするように言葉を返す。だが、ツクモはそれを無視して話を続ける。
「例えば作者自身が書き直す方法。例えば続編を書く方法」
「……だから何? この物語は私のもの。続編なんか存在しない」
訝しげにしながらもそうだと言い切る神隠し。その神隠しにツクモは聞く。
「なら、例えばこの物語の中に違う物語が紛れ込んだらどうなる?」
「それは……」
神隠しが答えを言う前にツクモは動く。キンッと小さく音が響く。
「答えはどちらかが飲み込まれる」
「えっ? きゃあああっ!」
目の前にいたはずのツクモの声が後ろから聞こえ、急いで振り向いた時に神隠しは両断された。血が噴き出し、神隠しは確かに死んだかのように思われた。
「つまりね。俺はお前を殺せる。ついでに教えるとお前も俺を殺せる」
しかし両断された神隠しは一瞬でその姿がかき消え、再びその場に姿を現した。だが、先ほどとは違い同じ姿が七人。まるで分身のように姿が増えていた。
七人の神隠しが次々に言う。
「確かに死んだよ」
「だけど理解した」
「あなたは私を殺せる」
「私はあなたを殺せる」
「能力の制限はない」
「この空間は私のもの」
「つまり私は負けない」
そして、ツクモに七人が同時に襲いかかる。空間が動く、神隠しがその能力でツクモの命を狙う。ツクモは剣を構えて相対する。
「いいよ。格の違いを教えてあげる」
☆
「幼女が攻撃をしたと思いきやツクモさんがいつの間にか切っていて……それが消えたと思ったら次は同じ人が七人現れた……どうなっているのですか……?」
ナナとキャロルは、ハラハラしながらもツクモのことをすごい!と言いながら見ていたが、シエラはとても混乱していた。
当然だろう。ツクモの動きは見えないし、神隠しは死んだり再生したり生き返ったり増えたりしているのだから。
その三人を見て、シキは話を始めた。この話をするのならまずはこの言葉から。
「さて、ツクモ様が削っている間に少し話をしましょう。シエラさんは、神隠しというものを知っていますか?」
「知ってるも何も、大災厄の一つですよね? 子どもでも知ってる有名なシリーズですよ」
そう、神隠しというものは誰でも知ってる物語の一つ。神の力を持った魔女が次々と人を消していく物語。最後は一人の少年が一本の剣で倒す終わりとなっている。
そして……。
「そうです。そして、今ツクモ様が相対している幼女こそが神隠しです」
「ええっ!? ……でもあれはただの童話じゃないんですか? だって、あの話に載っているのは作り話ばかりだし……」
驚き疑うかのように言うシエラ。だけど、キャロルが言う。
「確かにメイちゃん……ううん、あの子は自分を神隠しって言ってたよ……?」
「そんな……」
大災厄。それは、どこの教会にも聖書と一緒に置かれている物語。
最初は一人の少年が神剣によって世界を三つに分断するところから始まり、世界中で起きている災厄を解決していくという話だ。
幸運を呼ぶ少女を仲間にし、呪われた鬼の子を連れて悪逆非道な王から狐の姫を助け出す。そして最後は書かれていない。
一説によると、いつかこの続きが始まるとも少年が何かに負けて死んでからこの世界が始まったともいわれている。
驚いているシエラたちをそのままにシキが続ける。
「大災厄というものは約1500年前から約1000年前までに実際に起きた史実を纏めたものです。少しだけ事実と違う部分はありますが、神隠しも含めて全て本当に起こった悲劇でした」
「……どういうことですか?」
「全ては一冊の本とただの作家でした」
「本と作家……」
シキは話しはじめる。実際に起きた史実、いや、ツクモとシキが解決してきた歴史を。もう二度と繰り返してはならなかった物語を。
「あるところに、幸せな物語を書く作家がいました。その作家は不思議な魔力を持っていて、その魔力を込めて書かれた作品は、読むだけでまるで自分が登場人物になったような錯覚に陥り、まるで主人公の人生を体験したような感覚になれる、そんな風に言われていました」
「……生きた物語……」
彼は孤児院の出身だった。普通の仕事をする傍らに、どうにか孤児院にお金を寄付したいと考えて始めたのが創作だった。
彼は運動をすることが苦手で、自分より小さな孤児の子どもたちと遊ぶときは自分で作った物語を読みきかせていた。
だから、街に行商人が来ると書いた本をある程度の値段で買い取ってもらい、お金を手に入れていた。だが、お金は決して自分のためには使われなかった。ほとんどが孤児院に行っていた。
「そうして人並みの暮らしを過ごしていた作家は、ある時、その作家が今までに書いた幸せな物語を集めた一冊の本を、彼の恋人が居た孤児院に寄付しました」
いつも読んでは感想を言ってくれた恋人に笑顔になってほしくて、だけど孤児院を経営している彼の恋人には、本などという高価なものを買う余裕なんてなかった。
だから全てをまとめた一冊の本をプレゼントした。ただただ大好きな恋人と子ども達のために行動しただけ。だが、これが全ての始まりで、全ての終わりだった。
「彼の作品は時が経つごとに有名になっていき、同時にその本の価値も上がっていきました。そのせいで徐々に増えて言った彼の名前を語る作者や彼の本の複製品。ですが、彼の魔力がこもっていない誰かが作った複製の本では物語によって特別な効果を得られず、彼の物語の原本に付けられた価値は王への献上品に至るほど高まりました」
「物語一つにそこまでの価値が付くなんて……」
偽造が起こしたことはただ作家の本の価値を上げるだけだった。だけど、上がってしまった価値によって本を狙う人々が現れた。
一冊手に入れれば一章遊んで暮らすことができるほどのお金が手に入る。裏ルートにながせば名だたる王侯貴族が秘密裏に買い取ってくれる。
貴族は王に献上するだけで昇爵するような品、身分問わず誰もがそれを狙い続けた。だけど。
「だけど、自分の物語一つにそこまで価値がついているだなんて彼は知りませんでした」
なぜなら、彼にとって大切だったのはお金や名誉ではなく恋人たちとの小さな幸せだったから。
「そんな時、貴族たちの間にある噂が流れました。どこかの孤児院に全てが原本でできた一冊の本が存在する……と。その噂が流れてすぐ、各地で謎の存在に孤児院が襲撃される事件が起こりました」
「そんな……。じゃあその本と恋人たちは!」
各地で起きた孤児院襲撃事件。孤児院を守る側のはずの貴族が野党に扮して子どもを殺す。その行動は兵隊の独断などではなく、領主からの命令によって行われた。
そして、作家のいた街でも……。
「本は奪われ、恋人たちは口封じに子供も含めて全員殺されました。奪った貴族は一気に昇爵し、その国は原本を手に入れた国として各地から狙われるようになりました」
原本にはただ幸せな気持ちに、本の中の登場人物になった気持ちになれる、そんな効果しかない。だから、魔剣を手に入れたなどと言われることなどと比べて一切恐怖はなかった。
だから、奪おうとする人たちが再び現れた。昔は兵が相手だったから賊が、今度は国が相手だから国が奪おうとした。
「原本を奪うためだけに戦争が起きて、ようやくその原因が自分が書いた本にあるということを知った時には、もう街は蹂躙しつくされ、恋人たちの墓も孤児院も全てが破壊されていました」
そんなつもりで書いたわけではなかったのに、そんな気持ちとは裏腹に今度は秘密裏に取引されるようになった。
所持していることがばれたら殺される。そのことで更に本の価値は上がり、表には一切出てこなくなった。その時にはもう作家は幸せな物語を書くのを辞めていた。
「やがてその本は、聖典と呼ばれ、ある時は王族の手に、ある時は闇オークションを通じて大商人の手に渡り、各地を転々とすることになりました」
彼が書いたその本は、不思議な魔力と優しさに包まれており、雨に濡れても一切滲まず破けず、汚れることすらなかった。
それゆえ神の創り出した物語、聖典と呼ばれた。
「自分の本のせいで恋人を失い、子ども達の未来まで奪ってしまったと考えた彼は、自分を呪い、世界を恨み、物語すらも憎むようになりました」
「その作家さんはどうなっちゃったの……?」
「かわいそう……」
いつの間にか、ナナとキャロルまでシキの話に聞き入っていた。ツクモは神隠しと戦闘を続けている。すでに神隠しの数は二十人ほどまで増えている。ツクモはそれを剣一本で捌く。
ツクモのことは一切心配していないのか、シキは続ける。
「その作家は全ての憎しみの魔力を筆に込め、幸せな物語の対となる話を書きはじめました。全てが悲しみで終わる、バッドエンドの物語を。例えば、そう……神隠し」
神隠しは元々は聖典に載せられていた、『森の妖精』という迷いの森に入ってしまった人々を優しい妖精が助けていくという話だった。ある時は道を教え、ある時は魔術を教え……人と仲良くなろうと頑張る物語。
人前に滅多に姿を現すことが無く、珍しいはずの妖精がそれをしていた理由はただ一つ孤独だったから。
しかし、その妖精はある時ピンチに陥ってしまう。ある日妖精がこの森にいると嗅ぎつけた悪い貴族がやってきて捕まりそうになってしまったのだ。
しかし、魔力が切れていざ捕まるという直前に今まで妖精が助けてきた人々が駆けつけてきて、見事撃退。
その後は妖精はその人達と一緒に幸せに暮らしたというものだ。
「そんな……じゃあまさか……」
「そう。最初はただの物語だったのです。その物語が、たった数枚の紙が力を得て、何かに深い恨みを持つ者へと憑りつくことで大災厄を起こしました」
神隠し森の妖精の対となるかのように、人々に恨みを持つ妖精が人を、村を、街を隠して全てを殺すという物語。
「じゃ、じゃあ物語の中に出てくる神の力を持つ魔女の正体は……!?」
「彼女は戦争のために、敵国のフリをした自国の兵士に村を滅ぼされた生き残りでした。彼女が神隠しを起こしたことで滅んだ都市は、村を滅ぼした兵士が守っていた土地です」
だが、魔女は全てを殺すつもりなど無かった。これこそが大災厄の物語の効果であり、大災厄と呼ばれる所以。
物語の怖いところは、物語の持つ力が増すつまり話が広まるたびに、無意識に意思をバッドエンドへと誘導されてしまうこと。最初は本当に殺したいと思っていた人物や恨みを抱いていたものにしか効果を及ぼさない。
魔女だって兵士に恨みは持っていたが、何も知らない平民には恨みなど持っていなかった。力が増すたびに神隠しに意識を乗っ取られて……そのまま街を消し去った。
物語は、噂級、都市伝説級、伝説級、神話級の四段階に進化する。そして幼女の身では都市伝説級にすら抗えない。
つまり今の行動にメイの意思は含まれていない。だから、ツクモはわざと自分を殺せるということを教えて能力を多発させている。
神隠しの意識が弱まれば表に出てくるから、メイの本当の言葉を聞くことができるから。
ツクモは、物語に操られている人の本当の想いを聞くことを大切にしている。今までもこうして聞いてきたし、これからもそれは変わらないだろう。
そして今操られているのは幼女だ。そんな幼い身体では神隠しに、物語に簡単に乗っ取られてしまう。
だからほとんど自意識が無く、ただひたすらにバッドエンドへ進もうと、人を殺そうとしてしまっている。
彼女が一体何が原因で何を恨んでか神隠しを取り込んでいるのかは分からないが、神隠し自体を疲弊させれば表に出てくるのは幼女自身の意識。
徐々にツクモが相対する神隠しの数は増えているが、数が増えても全て神隠し一体に繋がっている。
だから、なるべく早く疲弊させるために、どんどん増える神隠しを切り殺さずに抑えるだけに留めていた。
「そのようにして次々と生まれていった大災厄ですが、ある時、それに対抗できる存在が生み出されました。その存在は大災厄を取り込み、自分の能力にできる存在でした。そして、それを生み出したのは、他でもない作家自身でした」
「それは、どうして……?」
それは、単なる偶然だった。
「ある時、多くの偶然が重なって彼のもとに聖典が戻ってきました。その本は傷も汚れも一切なく、彼が孤児院に寄付した時と変わらぬ姿でした」
時が経っても幸せだった時と同じ姿の本。それはまるで作ったのはお前だ、それを壊したのもお前だと作家に言い聞かせるような存在感があった。
まるで責めるかのような本の姿に、だからこそこうして世界を壊しているんだろと思いをぶつけたくなり……。
「今更こんなものと怒りに震えた彼はそれを全て破って壊して燃やしてしまおうと思いましたが、地面にたたきつけた時に捲れた、一番後ろの白紙だったはずのページに様々なメッセージが残されていることに気がつきました」
ただただ楽しいと思ってくれた人たちの感想。作家が創作をするときに持ちべージョンとなっていたもの。その声が聴きたくて創作をしていたと嫌でも思い出させてきた。
「そしてその中には、彼の恋人のものや孤児院の子供たちのものもありました」
その機能はいつの間にか聖典に備わった機能で、孤児院の子供たち以外にも多くの感想が込められていた。
「感動した、わくわくした、ドキドキした。単純な一言であっても、無数に残されていた多くの人々からのメッセージ。そして見つけた彼の恋人が残した、ハッピーエンドを書くあなたが好きですという言葉。そして自分を恨まないでくれという思い」
作家が書く物語のように、その言葉からはまるで直接言われたかのような衝撃が伝わってきた。彼の恋人が殺される直前に込めた、恨みなんて一切持っていないただただ彼の身を心配する思いを感じ取った。
「それを見て、感じ取って、彼は最後の本を作り出しました」
最後に彼が創りだしたその本に込めた想いはただ一つハッピーエンド。主人公は呪われた女の子を救い出し、幸せに導いていく存在。だが、その中身はほとんど書かれていない。
「彼が創ってしまった大災厄は98個。そして、大災厄をまとめ、全てをハッピーエンドに、100番目の物語である聖典へと導く未完の書として、その本の題名を聖典の百から一を引いた数である九十九、ツクモと名付けました」
その本には主人公の性格や容姿などしか記されていない。肝心の物語を創るのはその登場人物だと言わんばかりに。
「ツクモ……偶然じゃないのよね?」
「ツクモお兄ちゃんと同じ名前?」
「お兄ちゃん?」
そう、ツクモこそが作家の99番目の未完の作品、『蒐集家九十九』。彼を生み出した直後、作家は息を引き取った。残り全ての命を魔力に変えて本を作り上げたのだ。
だが、作家の命の代わりに与えられた能力は強大で、彼は生まれながらに神話級に対抗できる力を持っていた。
「ツクモ様が持つ能力は三つ。一つ目は人となること。二つ目は聖典を含めた物語の能力を引き出すこと。三つ目は他の物語に介入すること。これらを合わせて『Writer × Reader』と名づけられました。そしてツクモ様は長い年月をかけて大災厄を集めきり、物語を完成させて自らに封印を施したのです。もう二度とその悲劇を繰り返さないように」
「Writer × Reader……でもそれじゃあ! どうしてここに神隠しがいるの……?」
シエラのその質問にシキは声を詰まらせる。
「それは……分からないんです……」
「どういうこと?」
本当に突然の出来事だったとしか言えない。ほとんど戦闘能力を持たないシキでは対処することができなかった。
「半年ほど前、ツクモ様が封印されていた祠に突如現れた正体不明の者たちが、ツクモ様の封印を破り、その者たちに大災厄のほとんどを奪い取られてしまったのです。ですが、ツクモ様が保険でかけていた術によって犯人の手から大災厄は転移、そしてそのまま世界各地に散らばりました」
「そのうちの一つが神隠し……?」
偶然この近くに落ちた神隠しの物語をメイが拾ってしまったのだろう。神隠しは強大故に制約が強い。その最たる例が心を折らなければ傷を付けられないということだ。
「その通りです……。だから私たちは、再び大災厄を集める旅をしているのです」
そこで、こんがらがりながらもなんとか話に付いていくことができていたキャロルとナナが疑問をぶつける。
「にゃう……お姉ちゃんはどうしてそんなにくわしいの?」
「おねえちゃんって何者なの?」
シキはふぅっと息を吐いてから答える。
「私は聖典の第一話、『幸運を運ぶ少女シキ』座敷童のシキです。初めの大災厄の時に生み出されたツクモ様唯一の従者です」
そして、ツクモ様に助けられたもの。という言葉を心の中で続けた。
幸運を運ぶ少女シキは作家が最初に書いた物語。少女と友達になったものに次々と幸運な出来事が起きる話。色々な困難に運と知恵で乗り越えていくのだが、最後は盗賊に狙われたけれど動物が運よく助けてくれたという終わり方をしている。
大災厄にもそれぞれ能力があるように、聖典にも物語一つ一つに能力が存在する。
座敷童子に備わっている能力は、運気上昇、危機回避、そして能力譲渡。能力譲渡とは、ただの人にその能力を与える力。
そう。彼女は、シキは物語ではなく人だ。いや、正確には人だった。
大災厄の一つに巻き込まれたただの少女だった。
大災厄を集める旅の最初でツクモが滞在していた街で、大災厄が起きてしまった。しかし、そこにツクモが滞在していたおかげで、まだ噂級だった大災厄の被害は最小限に抑えることに成功した。
だが、その中にシキはいた。シキはその大災厄に最後に狙われていた存在で、ツクモが解決した時にはもうすでに息を引き取る寸前だった。
シキは、ツクモが街に入れず困っていたときに助けてくれた少女で、止まっていた宿の娘でもあった。
どうにかして少女を救いたいと考えて取った行動が、少女の座敷童子化。それは見事成功して、シキは物語となって生き返った。
その後は元の名前を捨ててシキという名前の少女としてツクモの従者として共に行動をしてきた。その勇姿を大災厄という一冊の本にまとめながら。
ツクモはシキを自分のせいで不老不死にしてしまったという負い目を感じている。自分のわがままで生き返らせて元の生活すら奪い取ってしまった。そう考えている。
だからシキがツクモをいくら想おうともその思いが叶う日が来ることはないのだ。それだけがシキの悩みでもあった。
「さて、私の話が終わったところで、そろそろツクモ様の方も決着がつきそうです」
全員がツクモの方を見る。いつの間にそこまで増えたのか、ツクモは約50人の神隠しと戦闘を繰り広げていた。




