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Writer × Reader  作者: NaHCO3
11/15

11.準備

 ツクモ達は宿の中へと入っていく。中に入ると、ナナが肩から降りてシエラに突撃していく。


「お姉ちゃんただいま!」


「おかえり、早かったねって……あれ? ツクモさんとシキさんもおかえりなさい! 今日もナナはお二人について行っちゃったんですか?」


 ナナと一緒に宿へと戻ってきたツクモ達に疑問を抱いたのか、シエラがそう聞いてきた。


「いや、ナナちゃんとは街で偶然出会ったんだよ。それより少し事情ができてしまって……」


「そういえば誰かを迎えに行くって言ってましたよね? 見たところ居ないみたいですけど一体どこに……?」


 シエラには今日から泊まる人が一人増えると言って宿を出てきたのだ。いざ帰ってきてみれば、それらしい人が居ないとなったら疑問に思うのは当然だろう。


だが、ツクモはそのもう一人について頼みがあってここに戻ってきたのだ。


「そのもう一人についてお願いがあって少しいいかな……?」


「こんな状態で宿に泊まってくれているツクモさんのお願いなら大体ならききますけど、どうしたんですか?」


「キャロ……来る予定だった子を助けるために協力してくれませんか? お願いします!」


 キャロルを救いたい一心でツクモはシエラに頭を下げる。それを見て一瞬ポカンとしたシエラだったが、すぐに焦ったように言う。


「ちょちょ、ちょっと待ってください! 私はお菓子作りが趣味なだけの宿屋ですよ! 料理も作れないし、ツクモさんに協力できるようなことなんてありませんよ!?」


「正確にはシエラさんではなくナナちゃんの協力が必要不可欠なんです。キャロは今行方不明事件に巻き込まれてる。そこから救い出すにはナナちゃんの協力が必要なんです……」


 ナナという言葉が出た途端に慌てていたシエラは一転して落ち着きを取り戻した。自分が必要なら聞くが、ナナが関わるというなら話は別なのだろう。


「……ナナの協力が? それに行方不明事件って……どういうことですか?」


 シエラはツクモたちを見極めるように見つめながら問いかけた。ツクモは自分に焦らず冷静に説明をと言い聞かせながら話しはじめる。


 今キャロルが巻き込まれている状況について、そしてナナに降りかかろうとしている危険について。


「実は、キャロは昨日出会った時点で今回の行方不明事件の犯人に目を付けられた状態だった。だから、昨日から宿に連れてきて守ろうと思ったんだけど、キャロ自身が明日からにすると言われてしまい……。そう言われたから今日の朝迎えに行くと約束していたんだけど、迎えに行った時にはもうすでにキャロはいなくなった後だった」


 シエラは少し考えた後に言う。


「言い方もあれなのですが、どうして今日からになったのですか? というかキャロちゃん? の親御さんはそれを許したのですか? そんなことをしない人だということは知っていますが、無許可で連れてきてしまえばただの誘拐になってしまいます」


 キャロルの両親からの許可など取ることはできない、取れるはずがない。


「キャロの両親は……行方不明になっている」


 それを聞いてシエラは言葉を無くす。両親が行方不明になった後に自分自身もその犯人に狙われる、その恐怖を想像したのだろう。


「だったらどうして昨日から連れてこなかったんですか!? 一人で家に残すなんて犯人に誘拐してくださいと言っているようなものじゃないですか!」


「それは……家から出なければ心配なかったんだ……」


「それは———」


「私のためだったんです」


 シエラの言葉を遮ってシキが言う。


「私にツクモ様が偶然金貨3枚でペアリングを選んできてしまったのです。だから、それを渡すツクモ様と私の邪魔をしたくないと言ったのです」


「それは……それに、偶然って……ツクモさん、金貨3枚のペアリングの意味をご存じですか?」


「それは、親しい間柄だということを証明する物じゃないの……?」


 ツクモはそう答えるが、シエラは違いますと言いながら首を横に振る。


「金貨3枚は普通の平民が一年で稼ぐことができるお金の量です。そして、ペアリングは親愛を表す品です」


 その言葉をシキが引き継ぐ。


「つまり、ツクモ様は私にプロポーズをすると思われてしまったのです。給金一年分のリングに愛を込めてと」


 ツクモは絶句してしまった。


「そう……だったんだ。だからキャロはあんなに頑なに……。シキもごめん。知らずとは言えそんなことを……」


「いえ、そんなものが無くても私はツクモ様に着いていきますので」


 キャロルはプレゼントを渡すのが失敗してしまうことを恐れたのではなく、ただ単純にツクモのプロポーズを邪魔したくないと思っていただけだったのだ。


 思い出してみれば気がつくことができる場面は沢山あった。店主に応援されたり、妙な言い回しをしたりなど。


 だが、その事を今更後悔してもキャロルを助けることはできない。ツクモは気持ちを戻して再び説明をする。


「今朝迎えに行った時にはキャロはもう家にはいなかった。そして探したら、花畑にキャロの持ってた手提げだけが残されていた」


「その、犯人が今どこにいるかは判明しているのですか? それと、ナナが必要というのはどういうことなんですか?」


 神隠しが居るのは別空間、その場所は分からないがそこに行く方法なら知っている。


「犯人とキャロは今、魔法のようなもので犯人によって作られた別空間に居る。そこで今までの犯行も全て行われているはずなんだ。そして、この誘拐事件を解決するにはその空間に行くための鍵が必要なんだ!」


「……それは、その言い方はまるで———」


「———そう、ナナちゃんが鍵なんだよ……」


 ツクモはシエラの言葉に被せて答える。誤魔化してもしょうがない。下手な嘘をついてばれたらもう信用などしてもらえなくなってしまうだろう。


 だが、怒りを孕んだ顔になったシエラを見てツクモはもう少し言い回しがあったのではないかと感じたが後の祭りだ。


「ど、どうしてそう言えるんですか!?」


「鍵というものは次に犯人が目を付けている人物のことを示す。そして、昨日キャロに見えたものがナナにも見える」


「そんなもの、ナナには見えません! 本当のことを言ってください!」


 シキにすらマーキングを見ることはできないのだからシエラに見えるはずもない。だが、見えないものを信じることは難しい、それが行方不明事件に関連することだと言われてしまえば更に信じたくなくなるだろう。


「俺に見る能力があるからとしかいえない……。頼む! こうしている間にもキャロの命は危険に迫っているんだ!」


 ツクモは頼むことしかできない。だが、シエラの表情は怒りを孕んだまま変化することは無い。だけど、違う顔をした人が一人。


「そんな危険なことにナナを———」


「———ナナ、行くよ?」


 シエラが否定しようとしたところで声を被せたのは、他でもないナナだった。その声は、少し震えているが、たしかに自分の意志というものを感じる力強いものだった。


 その顔を見ると、決意をしたようなしっかりとした表情をしていた。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんのお友達が困ってるんだよね?」


 確かめるようにナナは聞く。周りの反応から肯定と受け取ったのか、ナナはそのまま続ける。


「ナナちゃん……」


「ナナがお友達を助けられるなら行くよ? だって……ナナはお兄ちゃんとお姉ちゃんにいっぱい助けてもらったもん」


 ナナは一生懸命に言葉をつなげる。整理できていない言葉でも、一生懸命思いを伝えるために。


「お兄ちゃんは他にもっと良いところがあるのに、このお宿に泊まってくれてるし、お姉ちゃんはおいしいご飯を作ってくれるし……」


 純粋なその言葉にシエラがダメージを受けたように見えた。だが、シエラはナナに食い下がる。


「ナナ! 分かってるの!? もしかしたら誘拐犯のところに行くなんて……もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ!?」


 ナナは一瞬怯んだが、シエラに食って掛かる。


「それでも! それでも……お仕事もあるのにわがまま言ったナナと遊んでくれて……だから……お兄ちゃんとお姉ちゃんに恩返ししたいの……お姉ちゃんもお兄ちゃんたちに感謝してたじゃん!」


「それは……」


 言葉が詰まったシエラにナナがさらに言葉を重ねる。


「それに、もし解決したらお店の悪い噂もなくなるんでしょ?」


 確かに、今宿に客が来ないのは誘拐事件が原因で起きた噂のせいだ。たとえシエラが料理を作ることができなくても、宿自体に愛着を持っている客は残ってくれていたし、酒場で飲んでからやってくる素泊まりの冒険者も一定数存在した。


 しかし、その者たちも噂のせいで生まれた、もしかしたら……という疑心暗鬼によって来なくなってしまった。このままでは宿がつぶれてしまうのも時間の問題だろう。


 だが、シエラは親から引き継いだ宿とナナの命なら、迷いなくナナの命を取る。この選択で宿がつぶれると言われても、ナナを行かせない方を選んだ。


 なのに、ナナを見てもう一度ダメだと言うことはできなかった。我がままでやんちゃだけど、両親がいなくなってから自分の言うことをいつも聞いていたナナがしっかりと意志を伝えてきたのだ。


 ナナの気持ちを否定することなどできるはずがなかった。シエラはツクモの方を向いて言う。


「……ツクモさん、ナナと一緒に生きて帰ってくると誓うことができますか?」


「うん。この命に変えてもナナちゃんは守りきる」


「命に変えてはダメです。それだとナナもシキさんも私も悲しみます」


 シエラはにっこりと笑ってそう言う。生きて無事に帰って来いということなのだろう。


「……分かったよ。全員で無事に帰ってくる。もちろん、キャロも連れてね」


「はい。その、キャロちゃん? を救ってくださいね!」


 そういえば、ツクモがキャロルの名前を言っただけで、キャロルの紹介などを一切していなかった。そんなことも気がつかないなんてやはり焦っていたのかもしれない。


「キャロじゃなくてキャロル。猫人族の女の子で、歳は十歳だよ」


 嬉しいと耳がピクピクする可愛い女の子だ。


「そうだったんですか……あの、無理なら断っていただいて良いんですけど……」


 シエラは煮え切らない様子でツクモに言う。


「ん? どうしたの?」


「やっぱりどうしても心配なので私も連れて行ってもらえませんか! 守るのはナナだけでも良いので!」


 ガバッと頭を下げながらシエラが言う。連れていくナナと助け出すキャロルを守り切れるが、三人目はどうなるか分からない。だけど、その問いに答えたのはシキだった。


「ツクモ様、私が守るので連れて行きましょう。それに、ツクモ様が負けない限り傷もつきません」


「本当ですか!?」


「うーん……。分かった。ただし、シキより前には出ないこと! 大丈夫、シエラさんが死んだらナナちゃんが悲しんじゃうから守り切るよ」


「ありがとうございます!」


「それじゃあ急ごう。目的地は花畑だ!」


 四人は移動を開始する。マーキングを探し始めて約二刻ほど経ってしまっている。キャロルが神隠しにあってからは多分すでに三刻ほど経ってしまっただろう。


 だが、ツクモはキャロルが死んだとは微塵も疑っていない。一週間一人で生き抜いたキャロルがたった三刻で絶望するはずがないのだから。


 ナナをツクモが肩車で運び、シキとシエラがその後を追う。今度はしっかりと冒険者カードを門番に見せて門を出た。


 小走りで道を進み、そして、花畑はすぐそこというところまでやってきた。


「シキ、手を。シエラさんも手を繋いでください。ナナちゃんはまだ肩の上にいてね」


「はーい!」


 全員が手を繋いだところで花畑へ向かってまっすぐ足を進める。シャクヤク、たんぽぽ、ダリア。


 キャロルがツクモのために摘んだであろう花たちが咲いている場所を超えてアジサイの前で止まる。


 ここから先は神隠しの空間。入ったら、解決するまで戻れない。キャロルを信じて無事を祈るツクモの手に自然と力が入る。


「ツクモ様……?」


 シキが心配そうに声をかけるが、もう大丈夫だと返事をする。


「大丈夫だよ。行こう」


 そして一歩踏み出す。その瞬間、ツクモたちのいる空間が一瞬ブレた。常人では違和感を感じ取ることすら不可能な現象、ナナとシエラは気がつくことができなかったが、ツクモとシキは確かにその変化を感じ取った。


 ツクモの気持ちが一気に切り替わり、穏やかな雰囲気がとげとげしいものに変わる。


「……ナナちゃん、お兄ちゃんは先に行かなきゃならない。降りてくれるかな?」


「わかった!」


 ナナはツクモの肩から降りて、シエラの手を繋ぎに行く。そのシエラが呟く。


「……ここが犯人のいる空間なのですか?」


 その問いにツクモは一言、


「そうだよ」


 とだけ答える。


「でも、それにしては……その……」


 言いにくそうにしているシエラにツクモが答える。


「意外と何も変化が無いでしょ?」


「はい、ただ一歩歩いたようにしか見えなかったです」


 その通りだと言わんばかりに頷きながら言うシエラの後ろをツクモが指をさす。


「手を後ろに出してごらん? それか後ろに進もうとしてみて」


 ツクモに言われたとおりにするシエラと、そのシエラの真似をするナナ。


「はい。……ってええ!? な、なんですかこれ!?」


「あはははっ! すごいすごい! 進んでるのに進めないよ!」


 二人ともこの空間が隔離されているものだということを理解したようだ。シエラは驚き、ナナははしゃいでいる。


 二人は意地になって進もうとしているが、そのせいで前傾姿勢になっているため、側から見るとふざけているようにしか見えない。


「ツクモ様、そろそろですか?」


 シキは雰囲気の変わったツクモに行くのかと確認をする。


「うん、適用した。キャロも生きてることを確認した。だけど、かなり危ない。……もう、行くね?」


「はい。私たちも後から追います。ツクモ様、これを。ではお気をつけて」


「ありがとう」


 ツクモはシキから剣を受け取り走り出す。その速度は先ほどとは比べ物にならないほどであり、ツクモの姿が森の奥へ消え、一気に見えなくなる。


 ツクモは急ぐ。掴み取った神隠しの気配の元へ、そこで震えているであろうキャロルの元へ。


「ちょ、ちょっと! 先に行かせて大丈夫なんですか!?」


「ええ、問題ないです。ツクモ様は最強ですから」


 あっという間に行ってしまったツクモを見てシエラが焦ったような声を上げるが、走り出したツクモを眺めていたシキがそう返した。


 花畑へ入ってから、いや、神隠しの空間に入ってから膨れ上がった闘気。それは、近くにいるシキを震えさせるほどのものだった。


 神隠しを捉え、キャロルが生きていると分かったことによって焦りや心配が一気に闘気へと切り替わった。能力を制限していられるのはキャロルが生きていると分かったからだろう。


 あの状態になったツクモを止められる者はいない。


 その勢いがキャロルが隠された時の比にはならないことを他ならぬシキがそれを一番知っていた。

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