第2話
「セレナお嬢様、ご当主様がお呼びです。」
私が社交界にデビューする15才の誕生日を迎える1ヵ月前、いつもは私を素通りして、いないように扱っている父が、執事のオットーに言って、私を父の執務室へ呼び出したのだった。
弟のフルトが何かしたせいで私を呼び出したような感じはなさそうだし、今更、いない者として扱うだけで、どうでもいい筈で味噌っかすの私に、一体何の用事があるのだろうと不思議に思いながら、父のいる執務室へ向かったのでした。
父の執務室に私が入ると、父の後ろに執事のオットーが控えていましたよっと。
「セレナ、あと1ヵ月後にお前はデビュタントを控えているが、その時のエスコートを兄であるアントがする事になった。」
「お父様ではないのですね。」
あー、この父親がエスコート役でなくって良かったわぁ。
「その日は王城で王家主催の夜会が開かれる。そのせいで、私は仕事が忙しいのだ。」
あー、ハイハイ。騎士団を率いるお父様のお仕事である警備ですか。そして、その仕事の後に、娘に近い年齢の、若ーい年下の恋人との逢瀬があるんだろうなー。だから、私のエスコートが出来ないんだろうけどなー。
ぶっちゃけると、デビュタントする娘を家まで連れ帰る役目があると、恋人とは会えないし、面倒で手間だから、父はアント兄様に押し付けた訳ね。なるほどねー。
母もどうせその日は自分の恋人と会うんだろうから、夜会デビューする娘と帰る気すら1ミリもないんだろうなー。見事だわー。
「…レナ、セレナ、聞いているのか?」
「はい。お兄様に私がデビューする夜会でのエスコートをしてもらえという事ですね。」
「聞いているのなら、いい。今日の午後にはドレスの採寸をする者が屋敷を訪れる。夜会でデビュタントする娘が着る、白いドレスを作るがいい。」
「分かりました。」
父もそれだけ言うと、また、書類に顔を向けて、仕事をし始めた。
「セレナお嬢様。明日からはダンスのレッスンと、礼儀作法の教師が今まで習った事のおさらいをする為に、付きますので。ご了承下さい。」
あー、ハイハイ。でも、友人のリリーとのお茶会の予定もあるのよね。
「オットー、分かったわ。でも、私、友人との茶会の約束があるの。茶会には出てもいいでしょう?」
「リリー様ですか?」
「ええ。」
「でしたら、セレナお嬢様のご予定をわたしめにお教え下さい。スケジュールをこちらで調整致します。」
「そう。あとで、私付きのメイドのイブから私の予定を聞いておいてちょうだい。」
「分かりました。それと、カレンお嬢様とシルお嬢様が午後のドレスの採寸に同席致します。」
カレン姉様とシルが一緒ね。またあの2人はドレスを作るのね。一体、あの2人はドレスをどれだけ作れば満足するのかしら?
「ではお父様、失礼致しますわ。」
自分の部屋へ戻るまで、デビュタントで着る白いドレスのデザインを考えてみた。
カレン姉様の時は、ワンショルダーのAラインのドレスだった。たしか、レースをふんだんに使ったドレスだったような。さて、私のドレスはどうしよう?
部屋に着いてからも、初めて作ってもらえる白いドレスに思いを馳せていた。
んー、領地の浜辺で採れる貝を使った貝ビーズを自立資金にする為に作っている最中だから、それを生かそうかしら?ガラスビーズは高価だし、貴族でも手が出しにくいもの。それに、まだそこまでの品物をこの世界では作れていなかったわよね。
さて、今日も私付きのメイドのイブがお屋敷の仕事で私の所へ昼食へ呼びに来るまでの間に、内職、内職♪
私の生活資金稼ぎをしなくっちゃ!と、こそこそと貝ビーズの製作をしています。
見つかると、お金も貝ビーズも取り上げられちゃうからね!それで、姉や妹のドレス代に消えるだけだし。がめつくて、私に意地悪な家族にも、屋敷の使用人達にも知られないように隠してますよ。
屋敷の使用人達から、家族へ報告されると困るのでね。あ、執事のオットーだけは私が不憫だと言って、色々と隠れて私のすることを手伝ってくれているけれど、オットーも見つかったら、私と一緒にこの屋敷から出ると言ってくれてます。
そこには、恋愛のレの字もないんだけどね。何て言ったって、オットーは40過ぎのバツイチのオジサマなのだ。家の家族に愛想が尽きたんだってさ。私へ対する態度が酷過ぎて、仕えるに値する主と思えなくなったんだって。
そこでオットーにも私の内職を陰で手伝ってもらい、2人でこの家から出ても生活していけるほどの資金を貯めてます。それも、私が5才の頃から。10年間もこつこつと貯めて来たので、この屋敷から出て行っても、しばらくは暮らせるほどの金額になりました。
コンコン。「セレナ様、昼食の時間でございます。」
私の侍女としてただ一人のイブが、ドアの外から私へ声をかけに来たようね。
「ええ、すぐに行くわ。先に行っていて、用意をしていてちょうだいな。」
いつも通りに私が答えると、ドアの外から返事がした。
「分かりました。先に行っております。」
行ったみたいね。見つからないように、片付けて、っと。
侍女達も、カレン姉様と妹のシルの所へ付くので、私には、一人しか侍女がついていないから。
私に付いても、旨味がないからなんだけどね。イブには苦労をかけているけれど。
姉様や妹に付くと、美味しいお菓子のおすそ分けや、姉や妹の頼みごとに答えると、お父様から少しずつ臨時のお駄賃が出されるのだから。
私に付いても、お父様からのお駄賃は付かないし。お菓子もお茶ももったいないから、私の所では私の分以外のお茶しか出ないのだー。そのせいで、姉や妹には何人もの侍女が付いている。
お菓子も、私へは食べさせてもらえていない。前世の記憶のおかげで、この世界よりもおいしいお菓子の記憶があるから、カレン姉様や妹のシルが食べているお菓子を美味しそうだと思って、食べたいとも思わなかったけど。
一応、食事でのデザートだけは食べさせてもらえているし。食事だけは何とか普通に食べさせてもらえています。それと、礼儀作法とダンスと一般教養だけは貴族の娘として習わせてもらえたから。
私が万が一、どこかの貴族のおめがねに叶ったら、自分達の立場がマズイからっていう理由だろうけど。
友人の家で行われるお茶会で、ふつーにお菓子を食べているから、問題ないんだけど。家でもお菓子を食べていたら、太っちゃいそうだし、私としても都合が良かったんだー。
カレンお姉様やシルは、しょっちゅう、太っただの痩せなくちゃだの騒いでいるし、そのせいで、ドレスを作り直したりしているから、ごしゅーしょー様ーって思うだけだし、ね。
午後からは、案の定、痩せたと喜ぶカレン姉様と、太ったわと嘆くシルと一緒にドレスの為の採寸を済ませて、ドレスのデザインを決め、注文を済ませたのだった。
あ、靴は白い飾り気のない靴と長手袋と、スッキリしたデザインの扇をその場で納品してもらいました。私の方で、やる事があるので。
装飾品店の方々からは、姉や妹と比べて、優遇されていなくてお気の毒ですと言う憐憫の眼差しを送られたが、気にしないようにしました。
姉や妹が、少しだけ居心地が悪そうに、もじもじしていた事の方が私には笑えたけどね。たまには、逆の立場もいいか、な。いつもなら、私の方が居心地が良くない生活をしているんだもの。
翌日から、夜会に向けての礼儀作法やダンスのレッスンのおさらいが行なわれた。それで、友人のリリーとのお茶会で、愚痴を溢したわ-。
リリーには「セレナも私も、デビュタントがあるのだから仕方ないわ。私も今日の午前中からしごかれたのよ。」って言われちゃったけど。
「リリーなら、高位貴族だし綺麗でかわいいし、愛想もよくて頭もいいから、良いところへお嫁に行くと思うのよねー。私とは雲泥の違いがあるからー。」と、私が間延びした言い方で褒めると、「ありがとう。セレナも愛嬌があって、私が殿方ならお嫁にするのに。」って、慰めてもらえましたー。
「本当、リリーが男だったら、お嫁に行きたかったわー。」って返すと、「嬉しいわ。」って、これまた全開の笑顔で返事をしてくれたので、癒されましたー。
私の友達は尊いですー。