第19話
王太子の前触れなくされた訪問の翌日の朝食を終えた後に、私が第2王子のビートエンドラ王子様との婚約を正式にした事が公爵家に携わる皆へ、リリママの口から発表されました。
口々にお祝いを言ってくれる皆の前で、今日の午後、ビートエンドラ王子様の訪問があり、セレナとは、公爵家での交流を主にするとの旨をリリパパから公爵家で働く皆へ伝えてもらえました。
うん、凄く照れたし、恥ずかしかったけれど、私が誰と婚約したかを周知するのは、私の身の安全にも繋がるのだから。
昨日の様に、王太子様が捨て身で公爵家へ来た場合の私の逃げ道を作ってくれるのが、この家で働いている者達なのだから、キチンと誰と私が婚約したかを知らせたかったのだ。
この家で、家族がいない間に、私の手助けをしてくれる者達を粗末に扱う事は出来ない。してはいけない。
家の中が過ごし易いように尽力している者達に、お礼や感謝の気持ちと共にさ令を与えて、こちらの気持ちを伝えていって、自分の味方になってくれるのを私自身が罠を張って、待ち構えているのだから。
第2王子のビートエンドラ様は、今は王領となっている後継ぎがいなくて、消えた公爵領とその家の名を継承する予定だとパパから昨日の夕食後に、護衛の紹介と共に聞かされましたわ。
私が嫁入りするのに、丁度いい人員を公爵家から引き抜いていってもいいと、パパとママからの了承をもらっているのもあるのです。
第2王子のビートエンドラ王子様が臣籍降下して継ぐので、あるのは、手入れをされたお屋敷だけだって聞かされましたから、屋敷を動かす人が必要になるんですもの。
まぁ、前世はおばさんだったから、貰えるものはもらって置こうって言う気持ちがあったのは、否定しないでおきますが、ドコかに理性を置いてきたような図々しいおばさんのようになるつもりは一切、ありませんので。
朝食後は、婚約者になったビートエンドラ王子様の希望したサンドウィッチと、リリパパの分も一緒に用意して王城に届けなくてはならないので、昨日の執事と従僕たちへのお礼を兼ねて、大量にサンドウィッチを作りましたとも!
サンドウィッチを切る前に休ませている合間に、焼き菓子の分担を料理人へ采配して、作らせています。
パパとママにも休憩時に作ったお菓子を食べて欲しいのと、食べ盛りのビートエンドラ王子様の食欲を見越してですわ。食べる分が足りなかったら、婚約者のビートエンドラ様が困るでしょう?
着々と切られて盛られていくサンドウィッチを見ながら、私は、パンに合うようなスープを作っています。
具が沢山入ったシチューですけど。
ビートエンドラ王子様へ出す分と、昨日世話になった者達へ出す分の2つ分の鍋のスープを作りました。
寒天を使ったデザートは、今朝一番に私が料理長の許可を得て、厨房の隅で作って、冷やして置いてますから、大丈夫ですわ。
私は料理人達へ色々と指示してから、婚約者を迎える予定の応接間の準備を調えていくのです。
花瓶とそれに活ける花達を選び、私が花瓶に活けていきました。
要は、フラワーアレジメントの要領で。
昔取った杵柄ですわ。おーほほほ!おばちゃんにだって、若い時もあったのよ!習い事も自分を磨くと思って、一生懸命にしたのよ!
今だって、ありきたりな茶髪と緑の瞳ですもの。こん世でも、努力は私を裏切らないのですわ!
自分の価値は自分で努力して、手に入れるんだって思っていたからかもしれないけれど、頑張っているのですもの!誰に認められなくても、私は自分を自分で褒めますわ。
自分でない人に余計な期待を抱いて、希望した分だけ、失望した経験があるからですけれど。
あ、その失望した相手、前世の夫でしたわ。
熟年離婚をし損なったのは残念でしたけど、この世界では、子を産んでも、子育てを手伝う乳母もいるし、一緒に育つ乳兄弟もいるんですもの。誰かの手を借りれるだけ、前世の一人でワンオペ育児と言われていた時に比べたら、専業や兼業主婦よりも子育ての環境は、だいぶマシだと思えますから。
ま、貴族でなかったら、その手の手伝いも期待出来なかったので、貴族に生まれてよかったと思えます。
それでも、活用出来る前世の全部の記憶が思い出されているとは思えないと言えるのです。
何故なら、前世の夫の顔や嫁いびりをしてきた姑の顔が思い出せないし、その気力もない。私が産んだ子供達の顔も思い出せないのですから。
だから、その寂しさを埋めるのに、魔法少女になりたかったと言う空想を当てはめ、現実逃避していたのですわ。
この隙間や寂しさを埋める事は出来ないかもしれない。それでも、ビートエンドラ様に感じた恋を育てたいと思ったのだから、私は、結婚に凝りてなかったという事でしょうね。
王太子様の強引さを見ていると、前世の夫のようだと感じて、ドン引きしていたのは、誰にも言えない内緒の話。
同じ事を繰り返す人生なんて、つまらないじゃない?
だから、ビートエンドラ様にドキドキする気持ちを大事にして、育てていきたいって思うのは、駄目な事かしら?おばちゃんは、生まれ変わっても、恋をしたらいけないのかしら?って聞きたいわ。
たまたま、前世の記憶を持ったまま、生まれ変わった人なんて、どこかにいるんだと思っているわ。だから、底の見えないような失望もしないし、自分のモテる以上の過剰な期待もしないようになったわ。
違う事を考えながら、手を動かして何かを作っていくのは、育児をしたから、器用に出来るようになったのだし、悪い事ばかりではなかったけれど、不幸も幸福もどこにでも転がっているのだと今世で気付いた。
部屋の用意を終えて、厨房へ戻ると、昨日世話になった皆へ、サンドウィッチと私が作ったスープと料理人に分担して作ってもらったお菓子を嬉しそうに、楽しそうに食べる人達が見れた。
私からも、「昨日は助かりました。ありがとう。スープは私が作ったの。(BLT)サンドウィッチとお菓子は、料理人達に手伝ってもらったわ。たくさん食べてね。」と言って、出たわ。
私の分の昼食は、食堂に用意されていたわ。
王城にいるパパにもスープとサンドウィッチとお菓子を届けるように手配しておいたから、今頃、それらが届けられたでしょうね。
ママは、朝食後に買い物に出たままだから、昼食は必要ないって言ってましたし、私も午後からに備えて、昼食を食べましょう。
私が一緒だと、働く皆に気を遣わせるし、私一人でも気楽に食べられるメニューにしたから、私以外に誰もいない食堂では、気を抜けるわね。うーん、開放感があるわぁ。
そして、なんだかんだと婚約者になったビートエンドラ様を迎えて、定番のキュウリサンドと、前回好評だったBLTサンドと、今回新しく出した卵サンドを出しました。
卵サンドはね、マヨネーズを作った所から味見をした料理人達が大興奮だったので、卵サンドが余ったら、料理人達で試食と言う名で食べ尽くすんだって聞いてますわ。
「セレナ嬢に会えると思ったら、緊張して、昼食を食べ忘れたので、す。
ええと、私と婚約をしてくれたのは、とても嬉しい。ありがとうと言いたかったんだ。
わ、私の事は、セレナ嬢の好きに呼んでくれた愛称で、これから先も呼んでくれて構わないと思っている。これから先も宜しく。一緒に幸せになろう。」
ビートエンドラ様の頬も赤くなっているけれど、気付かない振りをしましたっ!
「私の方こそ、婚約を了承していただけて、とても嬉しかったですわ。ビートエンドラ様を名前呼び出来るのが、今、とても幸せですの。(きゃー!言っちゃったわー!)
愛称の候補を私の方から提案するので、ビートエンドラ様に選んでもらえたらと思っていますわ。」
話すだけで、顔に血が上って来るし、熱いわ。きっと、赤い顔でビートエンドラ様を見てるんでしょうから。ドキドキが止まらないわ。
「あ、ああ。分かった。コホン!これらのパンを用意したのは、セレナなのか?」
呼び捨て!名前を呼び捨てされましたわー!きゃー!照れますわー!
「はい。ビートエンドラ様の分は私がサンドウィッチとスープを作りましたの。お口に合えばいいのですが…。」
あなたの為に、作りましたって伝わったかしら?余計にドキドキするわ。
「い、いただく。」
手に持って食べ始めたわ。嬉しそう!あ!卵サンドで、目を見開いたわ!ふふっ。気に入ったみたい。減るのが早いもの。野菜が沢山入ったシチューも好評のようね。
チラッと控えていた執事に、追加を持って来るようにと目配せをした。一人、部屋から出て行ったので、おかわりを持って来るでしょう。
私は、ビートエンドラ様の様子をみて、お茶のおかわりを淹れていくだけ。
焼き菓子も、寒天デザートも、みるみるうちにビートエンドラ様の口の中へ消えていった。
作った甲斐があったと満足している私の前にいるビートエンドラ様の所へ、おかわり分のBLTサンドと卵サンドとシチューが置かれた。
おかわりを喜んで食べている姿に内心で素敵!とか悶えながら、愛称呼びの候補を書きだしていきましたわ。
私が候補にした愛称は、ビート、ビエン、ビドラ、エンドラ、ビエンラ、ビーラ、ビエンドと紙に書いていきました。
その間も食べていたのでしょうが、私の書いた紙をチラッと見て、ビートエンドラ様の目が笑っていましたもの。
すっかりサンドウィッチとシチューのおかわり分まで食べてから、紙に書いた呼び方を私に順番に呼んで欲しいとビートエンドラ様が言ったので、気持ちを込めて、順番に、候補になった愛称を呼んでいきました。
私が候補になった愛称で呼ぶ度に、ビートエンドラ様のニコニコとした笑みが深くなっていくのが嬉しかったです。
「どれも呼ばれて嬉しかったけれど、「ビート」だと家族にも呼ばれる事が多いので、セレナだけの呼び方にしてもらえるのがイイと思うんだ。だから、これからは「ビエンド」ってセレナに私を呼んで欲しい。」
「はい、ビエンド様。私も「セレナ」って呼ばれて、嬉しかったですわ。」
その後は、王族の結婚がどうやって進むかの話をビエンド様から教えてもらって、仲良く、食後の散策に、公爵家の庭園を手をつないで歩きましたの。
庭園にあった東屋で休憩していたら、ビエンド様の膝上に乗せられて、ずっと2人で、日が赤く染まるまで、キスをしてました。きゃ!ビエンド様とのキスは、ただ甘い!甘い雰囲気の中で、ずっとしてましたわ!きゃー!言っちゃったー!
…リリママと王妃様が私達の様子を覗き見していたのを知ったのは、その日の夕食後に、ママに言われた一言で理解しました。
「私や王妃様が心配しなくても、ずいぶん、仲良くしてたわね?キスの味はどうだった?」って聞かれたんだから!
思わず、「きゃー!見てましたのぉー!」って叫んじゃいました…。