通商破壊作戦
サンドール王国 王城
蝋燭以外の照明が無いこの国の夜は早い。城の窓より見える城下町は寝静まっている。晩餐室には幾つもの燭台が並ぶが、その光は頼りない。
「はぁ…」ローザは深く溜め息を吐く。その様子を見た侍従達は肩を震わす。
「料理がお口に合いませんでしたか?すぐに作り直します。」そのうちの一人が声をひきつらせて言う。
ローザは顔をしかめた後、合点いったというように語り出す。
「いや、考え事をしていてな。」侍従達は、自分達に非が無いことに安堵する。
「この料理をあと何度、食せるだろうとな。」ローザはしみじみ言う。
「と仰られますと?」傍に控える近衛兵カルリーノは女王の言うことが分からなかった。
「あんな強引なやり方で王座に着いた上、肝心なアンゴラス帝国との交渉も失敗ばかりだ。そろそろ、妾が要らぬと考える不届き者が現れてもおかしくはない。」
「そんな、滅相もございません。城の者達は皆陛下をお慕い申し上げております。」ローザは鼻で嗤う。
「すぐにばれるような嘘など必要ない。王座に着いたときから覚悟できている。私はいつ死ぬか分からん。例えばこのワインに毒が仕込んであるかもな。だが道具として長生きするより、短命でも女王として君臨する方が幸せだと思わんか?」
「そうはさせません。女王陛下には長き人生を全うして頂きます
。」
ローザは嬉しそうに微笑むとワインを飲み干した。
駐留軍司令部
装飾にまみれた机の上には、申し訳なさそうにくちゃくちゃな地図が乗っており、それを囲み男達が会話をしている。
「本国からの命令だ。サマワ王国と日本の補給線を絶つため、艦隊を率いて輸送船団を攻撃して欲しい。」基地司令が言う。
「敵に護衛は付いていますか?」ディートハルムが聞く。
「サマワ王国の間者によると2隻付いているとのことだ。」
「軍務省より報告があったミサイルという兵器、それを使われると大陸軍と同じ運命をたどるだけでは?」
「良い質問だ。報告書によるとミサイルという兵器は数に限りがあるようだ。多少の犠牲を覚悟の上で戦うしかないな。」基地司令の捨てゴマを厭わないとも取れる発言に室内は静まり返る。
「敵の主力艦隊ならいざ知らず、そこまでして貨物船を沈める意味はあるのでしょうか?」ディートハルムには何もできずに死にゆく部下を想像できる。
「敵は大陸軍を圧倒し、完膚なきままに叩き潰した。今回の最優先目標は貨物船そのものでなくその護衛だ。護衛を圧倒的数で叩き潰す。それを何度も繰り返す。これが有効な戦術だろう。」
「なんだか、屈辱的な戦法ですね。」顔をしかめながらディートハルムが言う。
「同感だ。」基地司令が溜め息混じりに言う。劣悪な質を数でカバーするなんて、列強国の名が廃る。だが方法はそれしかないのだ。彼は研究をサボったご先祖様を恨む。
「しかし、1000隻の大陸軍を出撃させても1隻の敵すら沈められませんでした。たとえ相手が2隻だとしても戦力が足らないのでは?」ディートハルムは訝しむ。
「恐らくこの攻撃自体、敵への牽制という意味合いの方が大きいのだろう。本国では兵の訓練すら終わっていない。敵艦隊を日本近海に張り付ける必要がある。数百単位の艦隊がここへ向かうようだが、補給地点での食糧徴発が上手くいっていないらしい。まだ、時間はかかる。」
「命令ならば仕方ありませんが、望んで行きたいと思う任務ではありませんね。」ディートハルムはそう言うと、浮かない表情で煙草に火を点けた。
ヌーヒムノ軍港
2日前、嵐の中から手柄をぶら下げ戻ってきた戦列艦も合流し、現在港には100隻の戦列艦が係留されていた。その内半数の船に乗員が乗り込み、綱が外された。
「出向用意!」艦隊司令ディートハルムが号令をかける。
「魔導回路出力上昇!異常なし!」
「魔導砲、異常なし!」
「各感より連絡、出港用意完了!」
「出港せよ!」帆を目一杯まで膨らまし、ゆっくりと船はまだ見ぬ敵を求めて進みだす。