サンドール王国(下)
サンドール王国 駐留軍司令部 客室
黒い巨大な塔の下層、本国から取り寄せたのだろう、けばけばしいまでに豪華な家具に囲まれた客室では2人の男が杯を交わしていた。
「質問してもいいかね中尉。」
「奇遇ですね。私も聞きたいことがあるんです。」
「お先にどうぞ。」
「では、遠慮なく。場合によっては場合なので、人前で聞くことは憚ったのですが、入港予定の船は40隻のはずです。しかし、本日入港した船は39隻、一隻足りません。」
ディートハルムは眉をしかめる。
「気遣い感謝する。航行中に嵐に遇いはぐれてしまった。故障しているのか魔信も通じん。おそらくは…」
「失礼しました。」
「どうせ明日、君の上司に言わねばならん。中尉が気負う必要はない。」
「では、次はこちらの番だな。中尉、此度の大陸軍の敗北をどう見る?」
「軍務省によると、ヒルメラーゼ共和国の進行を阻止したとのことでしたが?」
「分かっていっているだろ。別にここは公の場でもない。自由に意見を述べろ。」
「よろしいのですか。」
「かまわん。」
「大陸軍の動くかなり前から動員の用意は進められて来ました。正確に敵の奇襲を予測出来たのだとすれば説明はつくのでしょうが、残念ながら鎖国政策をとる帝国では密偵の数と質を考慮するとそれはあり得ないかと。よって、大陸軍は進行し返り討ちにあったと考えるのが合理的です。第一、目的が防衛ならばあの量の貨物船を随伴させる意味がありません。」
「やはり、最早隠しきれんほどがたがきてるのだな。流石にそろそろ眠くなってきた。まだまだ若いつもりだったが体は嘘をつかんな。今何時だね。」
「4時50分です。」
「仕方ない。今から寝ても起きられる自信がない。完徹しよう。うまい酒の礼だ。私も秘蔵のワインを出そう。」
「お供します。」
サンドール王国 王城
城の擁する中庭は、今にも弾けそうなたくさんの蕾で覆われている。そんな中庭を見下ろせるこの部屋では、優雅さとは無縁の剣呑とした空気が流れていた。
「これでもまだ足らないと仰られるのですか!」王女ローザは帝国の使者に吠えるが、使者は平然としている。
「ええ、これからさらに100隻以上の増援がこの国へ到着します。少なくとも20000人分の兵糧を継続的に追加供給していただきたい。」
「もうこれ以上、食糧を徴発しないとおっしゃられたじゃないですか!」
「状況が変わったのです。」
「城の備蓄倉庫すらほとんど空なのですよ!一体どうしろと!」
「近頃、ローザ様を良く思わない輩が城の内外に増えているとか。そんな状況で帝国の後ろ楯を失えばどうなるでしょう。」使者はにやけながら言う。
「増援につぐ増援。戦況は芳しくないようですね。」使者の顔が紅潮する。しかしすぐにもとに戻る。
「馬鹿なことを仰られる。帝国が負けるとでも。」
「さぁ?」ローザは手をひらひらさせながら言う。
「とにかく、食糧の件頼みましたよ。」使者は出口へ歩み、扉を乱暴に閉める。
「我々の後ろ楯が無ければ、何もできない小娘のくせに生意気な!」彼はそう言うと、不機嫌そうに司令部へと戻るのだった。
使者の消えた執務室には代わりに一人の臣下がいた。彼は5代も昔から王家に使え、彼も内政官として王国で奉仕している。
「陛下、民草だけでなく諸公の間でも反発が強まっています。」
「分かっている。」
「このままでは、諸公の…」
「分かっていると言っているだろ!」ローザは燭台を床に叩きつける。御影石に皹が入る。
「失礼しました。」臣下は恐縮し、謝罪する。
「だったらどうしろと?帝国の要求に逆らえとでも言うのか。」
「サマワ王国含む5つの国が日本により独立いたしました。それは事実です。日本との同盟をお考えに…」
「カルリーノ。」ローザは側に控える衛兵に声をかける。臣下ははっとしたような顔をするが、もう遅い。
「かしこまりました。」
「お待ちください。陛下!陛下!このままでは国が滅びます…ぐほっ!」カルリーノの膝が、臣下の腹にめり込む。しかし、臣下は呻きながらも言葉を紡ぐ。
「陛下…どうかお考え直しを…。」
「くどい!」カルリーノは仰向けになった彼の腹を何度も何度も踏みつける。
「オェッ!!ゴポォ、ゴポォ。」臣下は胃液を口からこぼし、気を失う。
「全く、妾の執務室を汚しよって。気分を変えに中庭にでも行ってこよう。帰ってくるまでには片付けておけ。」ローザは控えていたメイドにそう言うなり扉から出ていった。
オイゲン子爵の邸宅
「今日はバヌゼー公か。」
「7日前はライナルト伯。優秀な人間から死んでいく。」
「お陰で今残っているのは私達のような日和の小心者ばかり。」
「まぁ、いいではないか。お陰で領地も増えたことだしな。」死んでいった貴族達の領地と財産は、7割ほどは王女が持っていくが、ローザに近い貴族たちはおこぼれにありつける。
「だからといって、いつ死ぬか分からん生活に快適さは覚えん。そなたはどうだ。」
「私が死を恐れん強者に見えるか?」二人の貴族は笑い会う。
相次ぐ粛清に臣下及び諸公の間では、ローザに対する反発が強まっていたが、それを表に出すものはほとんど皆無だった。今やローザは王家の血を引くただ一人の者だ。たとえ反乱を起こしローザを殺したとしても、帝国はそれを利用し、もっと都合のいい傀儡を王へ推薦するだろう。それに加え、死んだ貴族達の財産にありつきたいがためにローザに寄り付く貴族も多く、彼女の暴政は止むことを知らなかった。




