新たな門出1
サンドール王国
天候は晴れ。爽やかな風が太陽の匂いを運び、鳥はこの記念すべき日を祝うかのように囀ずっている。遠くに見えるは、城塞都市ネルトリングン。貴族連合の最後の拠点だ。
「どれほど、今日という日を待ちわびたことか」革命軍のリーダー、商業ギルドのギルド長、そしてサンドール共和国の首相であるエゴンは、自らが率いる軍勢にうっとり目を落とす。
「もはや、貴族連合は虫の息。この戦の勝利は確実でしょう」
貴族の軍勢は圧倒的な数を誇っていたものの、足並みの乱れによりそれを生かせず、各個撃破されていった。そして士気の低さによる離反、革命軍への合流も相次ぎ、戦えば戦うほど革命軍の戦力が増えていった。
「とうとう、この国の全てが私の物になるのだ。グハハハハ」エゴンはいかにも悪役という笑い声をあげると、また恍惚とした表情に戻る。悦に入っていると、息も絶え絶えな汚ない格好をした兵士が走ってきた。副官はその兵士と二言三言やり取りをすると、再びこちらに向き直る。
「エゴン様、敵が動き出しました。数はおよそ2000、籠城の構えです」待ちわびた報告にエゴンはにやけそうになるが、無理やり真剣な表情を作り声を張り上げる。
「皆のもの、傲慢な貴族どもを皆殺しにしてやれ!」
「オーーーーー」兵士達の力強い声が響く。貴族連合では真似できない士気だろう。このときはまだエゴン達革命軍の勝利は確実だと誰しもが思っていた。
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都市を囲む壁のところどころから、防御用の塔が張り出している。その頂上には何種類もの旗がたなびいており、寄せ集めの軍にしかすぎないことを暗に示す。だが、色鮮やかなそれは視覚的によく目立ち、誰もが敵陣に釘付けとなっていた。いや、これから戦が始まろうというのに空を眺めるような緊張感のない兵士はどの軍にもいないだろう。
「あの数で我々に挑もうなど笑止千万!全軍、突撃!」エゴンが命令を下すと、打楽器の音が響き出す。それと同時に兵士達が敵陣へ走り始める。大雑把な命令ではあるが、昨日まで畑を耕していた民兵に高い統制を必要とする行動は行えない。この場合一番大切な物は勢いだ。過去の文献を参照しながら、苦労して急造したであろうバリスタも、幼いときから鍛錬を積んで技量を高めた剣術も、数の暴力の前には無力だ。蠢く虫の様に見える兵士の群れはあっという間に、いけ好かない貴族達を飲み込むだろう。
しかしそうはならなかった。
突然、兵士の群れと城塞の間に爆発と煙が割り込んだのだ。衝撃を伴い共和国軍を襲った。馬が暴れ、エゴンは鞍から転げ落ちる。
「何事だ!」エゴンは痛む身体を起こしながら叫ぶ。だご、誰もその答を持っていないことは明白だ。
「煙が上がっています!」
「そんなも見たら分かる!なぜそうなったか聞いているんだ!」
「エゴン様、空です!」
「空がどうし…」今の今までわめき散らしていたエゴンは、声の出し方を忘れたかのように、口を開けて固まる。それに釣られて上を見た他の兵士も同じ反応を示す。いつの間にか太鼓の音は鳴り止んでいる。
太陽に影を作るように、それは浮かんでいた。アンゴラス帝国の竜などと比べ物にならない程の巨大な物体。それが何かは分からなかったが、それが畏怖すべき存在だということは直感的に理解できた。
バリスタから矢が放たれる。大きな弧を描いて飛んでいくそれは、物体に当たることなくそのまま地面に突き刺さる。しかし敵意は感じたのだろう。それは力がないにも関わらず、愚かにも剣を向けた相手に制裁を始める。
再び轟音が響く。ネルトリングドンから何筋もの煙が上がる。帝国の支配を受ける前から、そこに建っていた堅牢な要塞は、いとも容易く崩れ落ちた。それに対してエゴンが成せることは、何もない。エゴンも、群衆も呆然とそこに立ち尽くすだけだった。
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同・上空
コングラー社会主義連邦共和国 第四管区 辺境警備隊所属 航空巡洋艦 オーロラ
152mm単装速射砲28門、75mm単装速射砲42門がずらりと並ぶ針鼠のような船体から、巨大な推進用プロペラが大きく張り出している。黒い煙を上げる三本の巨大な煙突の根本には、船体の割にはこぢんまりとした艦橋があり、士官たちが指揮を執っていた。
「目標、壊滅しました」ガラス越しに壊滅した街が見える。あの中に市井の民は何人いただろう。一抹の罪悪感を覚えるが、政治委員の手前それを表に出すことなど到底できない。
「本当に全滅させてよかったのですか?」いつもは威厳をひけらかす艦隊司令も、今日は縮こまっている。政治委員は表情一つ変えず淡々と答える。
「構わん。貴族階級が後々、問題を引き起こすのは他の連邦加盟国の事例から明らかであり、それに与する者も同罪だ。それに加えて、実質的にこの国を支配しているのはもう一つの軍勢の方だ。問題はない、むしろ交渉がスムーズになる」
「そうですか」司令は肯定も否定もしない。
「内火艇を向かわせろ。私が交渉にあたる」この言葉に、司令は目を丸くする。
「危険です。相手はまだ、我々について何も知っておりません」政治委員に何かあったとなれば、その責を負うのは当然司令だ。日和見主義の上官も、今回ばかりは必死に止めにかかる。
「君に私の行動を制限する権限があったかね?」
「ありません」
「よろしい」しかし抵抗虚しく、そう一言残すと政治委員は艦橋を後にした。
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「エゴン様、あれは敵なのでしょうか、味方なのでしょうか」
「分かるか!」
エゴンの軍勢に、この場から離れる者はいなかった。それは使命感や勇敢さ、好奇心からくるものではなく、理解できない現実に直面し、何もできないでいるだけだ。
渦中の物体を眺めていると、それから小さな粒が放たれた。黒い影が近づくにつれ、その大きさが理解できるようになり、物体がどれほど大きいかに示唆を与えた。
筒の先端に回転する板をつけた形状のそれは、軍勢から少し離れた草むらに降りる。その様子だけ見ればは天上人の降臨のように神々しかったが、物体は錆まみれで生活感があった。
プツプツと、空気が破裂するような音がする。なんの音かと耳を澄ませると、どこから声を出しているのか分からない程の声がし、耳が痛くなる。しかしあれは確かにこう言っていた。
「我々は交渉を行いに来た。最高責任者を出すように」と。