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大陸へ4

第三魔導砲陣地 アバンゲル銀行


戦列艦より運び出された魔導砲の一部はここ第三魔導砲陣地、すなわち港町の建物に運び込まれた。射角や床板の重量制限、隠蔽性の確保などの制約により配備できた数は多くはないが、条件が合う建物の大半に魔導砲が配備され、その中で一番大きいアバンゲル銀行に指揮所が置かれている。銀行の最上階にも魔導砲が配備され、発射の時を今か今かと待っている。


船乗りにとって乗組員も船自体も家族のようなものだ。その船から引きずり降ろされたことは、当時こそ憤慨した。しかし仲間と船の仇を取れる機会を与えられた今、そのことに感謝するしかない。いつでも魔導砲に魔力を込められるように用意する中、とうとう待ちわびた報告が入る。


「敵艦より、小型艦が分離!異様な速度で進行中。上陸舟艇だと思われます!」見張りからの報告が入ると、男はカーテンの隙間から窓の外を見る。下品なまでに大きい轟音と水飛沫を撒き散らしながら接近する奇妙な船が走っており、船体の上には大勢の兵士と大砲を乗せたゴーレム車のようなものが載っている。不遜にも蛮族は帝国に土足で入るつもりらしい。


「司令部より射撃の許可が降りました。」通信士が陣地統括官に言う。


「間もなく、魔導砲の有効射程距離内に入ります。」


「敵はまだこちらに気がついていない。まだだ、まだ撃つな。」

ここに配備されている魔導砲の数は決して多いとはいえない。それに加え敵の速度は異様で、十分引き付ける必要があることは理解している。しかし一刻も早く魔導砲を射ちたい衝動に襲われる。それは深呼吸をすることでなんとか飲み込んだ。


敵艦は海を滑るように進み、ぐんぐん港に近づいてくる。そして敵が、その母艦と港の中間辺りに差し掛かったかというタイミングで命令が下る。


「魔導砲、全門発射!」


統括官が言い終わる前に魔力を込めた。すると魔力は魔導回路により増幅、変換され魔導砲から光の筋となって放出される。光は銀行の黒いレンガを溶解させ、そのまま突き進む。そして、船を掠めて海へと突っ込んだ。


「撃って、撃って、撃ちまくれーー!」とても軍大学を出た聡明な司令官が出す命令とは思えないが、男は彼の指示通り魔導砲を打ち続ける。蛮族どもに帝国の意地を見せつけるために。


-----------------------

観測ヘリコプターOH-1は戦況の観測のため8機の攻撃ヘリとともに港町上空を飛行していた。機体は重厚な攻撃ヘリと比べると華奢で頼りなく思えるが、OH-1に搭載された探知機は可視光線のみならず、赤外線も観測することが可能であり高い索敵能力を持つ。その様子は機内のディスプレイにリアルタイムで表示される。


「敵装甲戦力が移動を開始、修正座標を送信します。」


「了解、感謝する。」そう返事がなされると、通信がすぐ切れる。それを確認して、観測手が口を開く。


「ほんと、アパッチとコブラの連中が羨ましいですよね。」


「不謹慎なこと言うもんじゃないぞ。」機長はたしなめる。


「だって、バンバン活躍してて格好いいじゃないですか。 」


「人を撃つのが格好いいか。最近の若者は分からんな。」機長は観測手の頭が、最近流行りのゲーム脳なのではないのかと呆れたように言う。ゲーム禁止条例に違憲判決が出たことが残念だ。


「機長、大変です!」観測手が先ほどとはうって変わって真面目な声をあげる。


「どうした!」


「港を取り囲むように熱源が発生しました!」観測手のディスプレイには高温を示す真っ赤な点がいくつも表示されている。


「ひゅうがに連絡を!」機長がそう叫ぶのと光の線が放たれるのはほぼ同時であった。


------------------------

赤いランプが青へと変わり二本の支柱に支えられた扉がゆっくりと開かれる。空はすっかり赤く染まり、水平線に見える夕日が格納庫の暗さに馴れた私の目を眩ませる。ブザーが響き、扉が完全に開いたことを告げる。するとエア・クッション艇の二枚のプロペラが回り始め、前進を始めた。


そこに見えるのは美しい街であった。

中世ヨーロッパを思わせる黒いレンガ造りの建物と、夕日を反射して光っているかのような白い石畳が見事に調和している。しかしどの建物も灯りは付いておらず、街に人気がないことは遠目でも分かる。


「旅行で来れたらよかったのに。」この隊で唯一の女性自衛官である私は、夕日に染まる街を眺めながら溜め息を漏らす。昨年の正月旅行に奮発してヨーロッパへの旅行を計画していたが、その頃には、すでにヨーロッパは存在していなかった。代金は支払済みであったが、旅行代理店の倒産により返金はされていない。


「お前にも景色を綺麗だと思う感性があったとは驚きだ。」この隊の隊長を努める奥田陸尉が衝撃を受けたような表情を浮かべると、隊員に笑いが広がる。


「失敬な、乙女がヨーロッパに憧れて何が悪いんですか!」また笑いが広がる。失礼な。


「ここは日本の西じゃなくて南だがな。戦争が終わったら、また来ればいい。」


「そのとき、我々を快く受け入れてくれるでしょうか。」私はまるで私達の侵入を拒むかのように港中から生えている木の柱、戦列艦のマストを見る。聞くまでもなく、答えは分かりきっている。


「そりゃ無理そうだ。」私達と帝国は戦争をしているのだ。たとえ和平が成立したとしても、感情的に納得できるかは別の問題だ。それは時が解決してくれるのを待つ他ない。


しばしの沈黙が流れた後、私は隊長に何気なく問いかける。静かになると、いらないことばかり考えてしまうからだ。


「陸尉、大丈夫でしょうか?」


「不安になったか?」


「そりゃ、初めての実戦ですもん。緊張ぐらいしますよ。」私はいつものように笑いを浮かべようとするが、こういう時に限って上手くできない。


「適度な緊張は大切だが、緊張のしすぎはかえって良くないぞ。敵は粗方ヘリと護衛艦が片付けてくれて、敵も撤退を始めている。今回の我々の任務は戦闘と言うより陣地の確保だ。気を抜けとは言わんが、もう少し気を楽にしろ。」


それができたら苦労しねーよと喉まで出なかったが、それをなんとか飲み込む。そこで、私は違和感を感じた。


「ちょっと、待ってください?街には民間人はいないんですよね。」


「ブリーフィングで何回も言っただろ。そうだ、民間人はいない。気にせず思いっきりやってくれればいい。」


「そうじゃなくて今、建物のカーテンが揺れた気が…」私の異常に視力がいいことは隊では有名な話で、不本意ながら野生児とあだ名されるくらいだ。それゆえある程度の信頼は置かれているはずだが、今回はなかなか信じてくれない。


「風で揺れたかなんかだろ。作戦前の二週間はルザール基地の航空自衛隊が毎日偵察していた。1日に数回衛星も通る。その結果、街には民間人は映らなかった。外出禁止令が敷かれてたとしても、人は食わなきゃ生きていけん。生活必需品の配給の様子ぐらい映るはずだ。」


「風ですか、全然吹いてませんよ?民間人は映らなかったってことは、軍人は映ったんですか?」


「少数だがな。巡回だろうというのが上の判断だ。」


「そう、ですか。」


私はもう一度、街に目を戻す。何本かの塔がそびえ立ち、夕焼けに影を落としている。一瞬、その影が消えたような気がした。


その直後、艇に衝撃が響く。幾筋もの光が艇を掠めて、海に飛び込む。水が一瞬で気化し、煙が沸き立つ。


「作戦中止、中止だ!おおすみに戻るぞ!」艇長の声が響くと、艇は方向転換を始める。


穏やかだった海は、敵の熱線を受け荒れ始める。


耳をつんざくような轟音に、黒川は思わず耳を塞ぐ。後続の艇のプロペラが爆ぜたのだ。そして速度の落ちたところを集中放火を浴びる。クッションを、操縦室を、そして自衛隊員を光が飲み込んでゆく。


「あ、ああ!」


耐久性など皆無のエアクッション艇は車両と隊員を載せたまま成す術なく沈む。


「隊長、救助を!」私はとっさに叫ぶ。


「無理だ、帰投する。」答えたのは隊長ではなく、艇長だ。


光の雨はこの艇にも降り、積んである16式機動戦闘車に命中する。さすがに装甲は貫けないらしく弾き返すが、ほぼ剥き出しの私達に当たったらと思うとゾッとする。


前を航行していた艇が急に進路を変え、海面に突き出た戦列艦のマストに激突する。操縦室に大穴が開いているのが見えた。


もう一隻は炎を上げながらも、何とか航行している。位置的に燃えているのは機関ではなく兵員輸送トラックだろう。船自体には問題は無さそうだが、トラックに搭乗していた隊員の生存は絶望的だ。


私達はいつの間にか慢心していたのかもしれない。圧倒的な技術力の差と、それを裏付けるような勝利の連続に。

薩英戦争がモデルです

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― 新着の感想 ―
[一言] ろくに安全確認もせずに上陸艇出すわけないじゃん
[一言]  うーん、さすがにマヌケすぎるのでは。
[一言] 更新お疲れ様です。 連戦連勝の慢心が『石橋を叩いて渡る』はずの上陸作戦の漸弱さを突かれ・・・・ 払った代価は装備よりも貴重な『人命』(TT) 次回も楽しみにしています。
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