大陸へ3
喝采が響く
俺のゴーレムが敵の攻撃を食い止めたのだ。戦列艦も魔導砲陣地も失った帝国兵にとって、ゴーレムは一筋の希望だろう。そのことは誇らしくもあり、悲しくもある。
幾重にも刻み込まれた魔導回路により強化され圧倒―的な防御力を誇るその胴体は、魔導砲の射撃にすら耐えうる。歩兵を後ろに従え、歩く盾としてその突撃を援護することがこのゴーレムの本来の役割であり、その象徴的な巨体と相まって歩兵からの信頼は厚い。
それ故、ゴーレム乗りは色々な恩恵を受けたりする。酒を奢って貰えたり、支給品が他より多かったり。
ゴーレムの中は密閉されておりむせ返るほどの暑さだが、表面に埋め込まれた魔信によって外の声はよく聞こえる。
「見ろよ、敵のやつ尻尾巻いて逃げやがったぜ!」
「さすが帝国だ。海兵の奴らが弱すぎただけじゃねぇのか?」
歩兵達はゴーレムを放置して何処かに行った羽虫を笑う。しかしその声は空虚で、心からの軽蔑ではなく、そう信じることで安心したいという考えが見てとれる。
所詮、ゴーレムは防御用の兵器に過ぎないことは皆が知っている。ゴーレムには自衛武器は搭載されておらず、歩兵の攻撃用魔導杖も届かない。遥か上空を悠々と飛ぶ敵に打つ手がないのだ。
また叩くような音が空から響く。その爆音に怯えながら。いや、怯えないためにゴーレムの後ろに隠れる歩兵は話を続ける。
「また、来やがった。」
「何回来ても一緒だっつーの。学習能力のない野蛮人が!」
回る丸い羽を持った敵から何かが発射される。それは遅緩なゴーレムに難なく命中し、爆発を起こす。
その爆風はゴーレムの後ろにいるはずの歩兵にまで及び、何人かが吹き飛ばされる。
それと一緒に舞い上がったゴーレムの破片が、空から降ってくる。破片の直撃を頭に受けて、運のない兵士の頭が潰れた。
帝国兵は爆炎に包まれたゴーレムと、その周囲に飛び散った破片を目の前に悲嘆に暮れる。
「そんな…」
「嘘だろ、さっきの攻撃じゃびくともしなかったのに…」
「この役立たずが、逃げるぞ!」頼みの綱を失った歩兵は、半狂乱になり勝手に撤退を始める。ゴーレムが配備された部隊は、その防御力のため殿を務めることとなっている。ゴーレムそのものが無くなってしまったのでは、逃げるしか手がないことは分かるが、さっきまで褒め称えていたくせに酷い手のひら返しだ。
しかし個人的な感情はさておき、歩兵を護ることがゴーレムの役目。敵の攻撃が歩兵に向かぬよう、敵を引き付け続けなければならない。表面装甲は大きく抉れ、左手も操作不能になってしまっている。だが、動力系と足は無事だ。バランスが取りにくく、制御が難しいが、俺は何とか巨体を立ち上がらせようとする。
「よし、いける!」
かろうじて立ち上がった瞬間、また敵の攻撃が命中する。魔信はもう壊れたはずなのに、耳が痛くなるほどの爆発音が響く。衝撃がゴーレムを襲い、再び姿勢を崩してしまう。立ち上がろうとするが、右足の反応がない。見ると、10mほど先に転がっていた。右手で右足の代用するため操作しようとするが、その前に次の攻撃が襲いかかる。
「ぐぁっ!」
固定されているはずの体が操縦席の壁に叩きつけられ、頭を強く打つ。思わず頭を押さえると、ベタッとしたいやな感触がした。何を触ったのかと手を戻すと、手は真っ赤になっていた。
「ああ、俺は死ぬのか。」
それに気付いた瞬間、意識が朦朧としてくる。なんとか歯を食い縛りながら、操縦桿を動かすが反応がない。どうやら両足とも粉砕されてしまったようで、動く部位は右手しかない。敵は嘲笑うかのように、安全な場所から俺を見下ろしている。
「どうせ死ぬなら、一矢だけでも報いてやる!」右手を動かし、辺り一面に散らばっているゴーレム自身の破片を掴んで、敵に向かって投げる。だが、届かないことは分かりきっている。
そして敵の攻撃が放たれる。二つの筒のような物が煙を上げながら向かってくる。その様子は死に直面しているからか、やけにはっきりと見えた。
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アンゴラス帝国 デザイル司令部
凶報を伝える通信が絶えず入り乱れ、士官達と司令を憔悴させる。魔信を粉砕したい衝動に駆られるがそんなわけにもいかない。
「防壁ゴーレムの損耗率、60%を突破!」
「第9ゴーレム大隊より撤退要請」
「各拠点防護用の対空魔導砲も全滅しました」
地図にまたバツマークが書き込まれる。地図全体が埋め尽くされるのも時間の問題だろう。司令部の撤退もそろそろ考えなければならないと司令が考えているとき、一つの報が入る。
「歩兵部隊、全体の28%が離脱完了!」悲報の雨の中、どの士官もその報告をを気にしなかったが、司令はそれに大きな違和感を感じた。
「本当か!」
「何がでしょう?」通信士は呆けたような表情を浮かべ、聞き返す。
「歩兵の撤退率だ。もう28%も完了したのか?スムーズすぎるぞ。」撤退というのは、敵による妨害や混乱のため基本的に上手くいかないもののはずだ。
「はい、間違えありません。」通信士は答える。
「敵の歩兵部隊への追撃はないのか?」
「敵の攻撃はゴーレムに集中しており、歩兵への攻撃は僅かのようです。」実際は歩兵を攻撃しているコブラとゴーレムを攻撃しているアパッチは同数であるが、派手なロケット弾の爆発のせいでゴーレムばかり攻撃を受けているように見えるのだろう。
「そうか我々も撤退の用意をする。重要書類は燃やしておけ。」
「了解!」
そう言って出ていった士官と入れ替わりに、汗だくの伝令士が飛び込んでくる。
「敵上陸部隊と思われる小型船4が接近中です!」士官に動揺が広がる。そんな部下達を情けなく思いながら、司令は全員に聞こえるように口を開く。
「案ずるな。湾口は奴ら自身が沈めた戦列艦で塞がっている。撤去するには時間がかかるはずだ!その間に撤退を完了させる。」司令は海に漂う木片と、海から飛び出したマストを思い出す。
「敵艦、湾口を通過!このまま向かってきます!」窓の外を除いていた士官が叫ぶ。
「何だと!」司令はその士官を押しどけて窓に駆け寄る。敵は船の残骸をものともせず、とてつもない速度で向かってくる。
「この状況で上陸されれば、撤退中の歩兵部隊に多大な被害が出ます!」
「言われなくても分かっている!第三魔導砲陣地に攻撃命令を出せ!」司令はデザイル軍港最後の希望、第三魔導砲陣地に命運を懸けるのだった。
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