亡命政府
在サマワ王国日本大使館
「はぁ、ようやく終わった。」日本との国交、及び条約の締結という大仕事を終えたアウグストは、あてがわれた部屋のベッドで項垂れる。紹介された日本の姿は、自らの予想と常識を覆すものだった。天を貫く摩天楼、そして圧倒的な技術力。自分の一挙一動がサンドール王国を救うことにも、滅ぼすことにも繋がる。常にプレッシャーに曝される状態だった。しかし、それももう終わり。
『彼らの力があれば、我が国は独立を手に入れられる。』そう期待を胸に膨らませていると、自室の扉が3回叩かれる。扉を開くと、大使館の職員が立っていた。
「アウグストさん、お客様が来ておられます。」
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「そんなはずない!」アウグストは声を荒立てる。彼と話をしているのは、ツェザール公家の間者の一人、ルーザスである。
「いえ、ツェザール公の部隊は壊滅。公爵も亡くなられました。」ルーザスは悲痛そうに言う。ちなみにツェザールは、王になってから良い女を娶ればよいと考えていたので子息はいない。
「馬鹿な!公爵の軍は2万の大軍だぞ。公爵も2ヶ月は城が落ちることはないと言っておられた。帝国の兵站を考えると、これ以上人員を増やす余裕はないはず。それなのに、なぜ2週間もかからずに…。」
「河を下って魔導砲を運搬していたようです。城も街も跡形もなく消え去りました。そしてツェザール領自体がアンゴラス帝国への賠償と返礼として献上されました。」
「そんな…。」故郷を失ったことを知り、アウグストは青ざめる。
「日本、でしたっけ?彼の国にこのことは?」
「いずれは明らかになることだ。正直に話すしかないだろう。彼らへ悪印象を抱かせたくない。」主を失くしたアウグストだったが、祖国の独立と平和を望む思いは本物だ。アウグストは、ふらつきながらも大使と話をすべく廊下を進むのだった。
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日本国 首相官邸
「…以上が、アウグスト全権大使からの報告です。」外務省職員の報告が終わると、部屋の中の全ての者は愕然としていた。。サンドール王国の特異な状況を考慮し、作戦と条約内容について議論に議論を重ねてきた。それが一瞬で白紙に戻ったのだ。
「さて、どうすればよいものか。」総理は何か意見はないかというふうに、大臣を見渡す。
「亡命政府亡き今、サンドール王国への自衛隊の派遣は違憲かつ違法でしょうな。」環境相が言う。
「ツェザール公家が滅亡したとしても、我々でいうところの総理大臣や閣僚が空席であるということと同等です。国が無くなったわけではありません。加えて条約は、両国の合意に基づく物であり片方の都合による破棄というのは基本的に認められておりません。よって、サンドール王国へ自衛隊を派遣したとしても法的に問題はないでしょう。」法務相の言葉を聞き、環境相は拳を握りしめる。
「しかし実際問題、現地の協力が得られないことは痛いでしょう。サンドール王国のことは一度棚上げにして、支援要請のあった他の同盟国の武装勢力を攻撃すべきでは?この頃毎日問い合わせが来るらしいですよ。」外務相言う。
「哨戒機からの報告によりますと、サンドール王国に駐留する軍船は200隻ほど。他の国は平均して25隻ほどです。サンドール王国の軍船をなんとかしない限り、我が国の船舶は常に襲撃の脅威に曝されることになります。」と防衛相。
「逆に、サンドール王国の船さえなんとかすれば襲撃はなくなるか。しかし、現地の協力が得られない。となると取り逃がした敵が街に逃げ込んだときどうなる?」総理が聞く。
「そうですね、実効支配しているのは女王を名乗る一派ですから、彼らと衝突する可能性もあります。」
「それだけはなんとしても避けなければな。」
「上陸は行わず、海上戦力と敵拠点を叩くことに尽力する他ないかと。」防衛相は言う。
「しかし前も言ったが、それでは敵の大勢を取り逃がしてしまう。敗残兵が野盗となる可能性も決して低くない。」総理は難しそうな表情を浮かべる。
「アンゴラス帝国と王女を名乗る一派がアウグスト大使の言う通りべったりならば、その心配はないかと。」
「分かった。作戦の立案にかかってくれ。」
「はい。では、失礼します。」防衛相は会釈をすると会議室を後にした。
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在サマワ王国 日本大使館
「本当ですか!」日本軍のサンドール王国派遣の中止もあり得ると考えていたアウグストは、天田大使の報告を聞き安心する。
「しかし、あくまで目標は海上戦力と拠点だけです。地上部隊の掃討は行われません。」
「それでも、我が国はこれで独立へ近づくことでしょう。」そもそもあの女がいなければ、今頃は独立していたはずだという言葉は飲み込む。
恐らく、アンゴラス帝国の後ろ楯を失くした王女の求心力は地に落ちる。政権が崩壊することすらあり得るだろう。
しかし、国を纏める者が誰もいないという状況にアウグストは一抹の不安を覚えるのだった。