ツェザール公爵
サンドール王国 シャネルの街
種が蒔かれたばかりの広大な小麦畑の中に、肩を寄せるように民家が建っている。街に張り巡らされた農業用の水路には、さらさらと太陽の光で輝く水が流れている。この水路のおかげで、この街は王国内の他の地域より豊かな生活を送れてきた。しかし、この美しい街の住民達はもういない。
「これで食糧は全部のようですね。」民家から持ち出した、小麦の詰まった袋を運びながら男は言う。
「俺達がこんなに苦しい思いをしてるのに、自分達だけこんなに蓄えやがって。」
「これで、3ヶ月は食い繋げる。」
ツェザール公爵がアンゴラス帝国と戦うために作らせた大量の武器は、皮肉にもサンドール王国民へ刃先を見せることとなった。
しかし、彼らが生きるためには人から物を奪うしかなかったのだ。そして彼らは奪った食糧を担ぎ、家族の待つ村へと帰っていく。彼らが、新たな獲物を見つけたのはその道中のことだ。
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サンドール王国 とある森
「何故こんなことに…。」王へなる野望を砕かれ、全てを失ったツェザールの顔は憔悴しきっている。
「公爵、お気を確かに。」ツェザールの臣下、レノックスは公爵を励まそうとするが、それが無意味であることはレノックス自身がよく分かっている。
密航業者が待機しているはずの廃港へと向かったツェザール一行であったが、そこには業者はおらず、代わりにアンゴラス帝国兵が屯していた。帝国兵に見つかり、なんとか逃げきったはいいものの、国中のあちこちに貼られた手配魔写により、公爵は帝国兵だけでなく自国民からも身を隠さねばならない事態に陥っている。実際、一緒に逃げていた家臣を殺したのはサンドール王国人だ。
「密航業者が捕まったのか、我々を金で売ったのでしょう。」
レノックスは後者の可能性の方が確率が高いと睨んでいる。反乱の首謀者を差し出せば、今までの罪は帳消しどころか一生年金生活が送れることだろう。
「公爵、静かに。人が来ます。」
「このまま、大人しく去ってくれるといいのだが。」ツェザールは手を合わせ、今まで信じていなかった神に祈る。
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一仕事終えた略奪者達は満足そうに整備されていない道を歩いていた。家族の飢える姿をもう見なくて済むという事実に、一行の足取りは軽い。村の若者のリーダー、クラウスもその一人だ。最初に略奪行為を行うことを提案したのはクラウスである。積極的に賛成する者は少なかったが、クラウスの妹が飢え死にしたことを知る村人達は黙認した。少数の仲間と共にクラウス達は隣の村を襲い、食糧を手に入れた。それに味をしめた村人達は、今や積極的に村を襲うようになっていた。
「クラウスさん。あれを!」若い男が指を指す。
「どうかしたか?」クラウスは視線を茂みの中に目をやる。目を凝らして、ようやく人が隠れているということに気がつく。やけに、豪華な服を着ている。売ればいくらになるだろう?
「あれって、もしかしてツェザール公爵なんじゃ?」クラウスは驚愕する。ツェザール公爵に掛けられている懸賞金は、村人達が一生食いっぱぐれないほどの額だ。
「どうします?」若者達は戸惑ったような目をクラウスに向ける。
「あいつを殺す。二度と家族を死なせないために!」
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「気付かれたか。」ツェザールは溜め息を吐く。
「明らかに、こっちに殺意を向けてます。」レノックスは言う。
「戦うしかないな。」
「はい。」
「うぉーーーー!」青年が声を上げて斬りかかってくる。しかし、まともに剣の鍛練をしたことのない素人の放つ一撃は、レノックスにいなされ反対に青年が殺される。
レノックスは、ツェザールの最も信頼のおける臣下の一人だ。特に、剣術は並ぶものがないほど強い。しかし、レノックスをもってしても自分に向かってくる山賊で精一杯だ。
「どりゃーー!」
「ひぃ!」ツェザールは、自分に斬りかかってくきた山賊に恐怖する。いつもならこんな惨めな声を上げないであろうが、逃避行を続けてもう4日。誇りも体力も残っていない。
「公爵!」レノックスは公爵を助けようと動く。
「動くな!武器を捨てろ!さもなければこいつを殺す!」
「レノックス…。」ツェザールの涙ぐんだ目を見て、レノックス達は剣を地面に投げる。
「やれ!」クラウスが合図を出すと、レノックスや他の臣下を取り囲んでいた男達がレノックスに剣を刺す。ツェザールの意識が途切れたのはその一瞬後だった。
多くの若者の死と引き換えにツェザールの死体を持ち帰ったことで、クラウスの村は莫大な富を手に入れた。それを聞き付けた山賊達によって村が襲われるのは、3日後のことだった。
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在サマワ王国 日本大使館
「では、以上の条件で条約を締結いたします。よろしいですね。」
「はい。」
1,日本政府はツェザール公爵をサンドール王国の正統な統治者として認める。
2,サンドール王国は日本政府に対し、武装勢力の排除を要請する。
3,掃討戦、市街戦においてサンドール王国は自衛隊の支援をする。
4,サンドール王国はその対価を地下資源、もしくは資源の採掘権によって支払う。
5,サンドール王国は日本と公平な貿易を行う。
6,サンドール王国は日本、及びその周辺諸国によって設立予定の地域協力機構に加入する。
アウグストは全権大使として、条約にサインをする。