ナルシスト先生はエリート
昨日は国王に会うために休暇を取っていただけなので、今日は普通に学園へ行く。
いつも通り白衣を身に纏い、必要なものはポケットへ入れた。
教える授業の内容を思い出しながら、家を出て庭をたらたらと歩く。
そろそろ暑くなってくるから水や氷の魔法についての授業とかも検討しておこうか。
まあ今日やる授業の内容はもう決めてあるのだけど。
広い庭の先の豪華すぎる門をくぐる。
「おはようございます。ニファン先生」
……僕の家の門の側にマーヤ・レイザンガリフ・カワシロがいたのは予想外だったが。
いつからそこにいたんだ?
朝早くだったらいくら僕でも申し訳なく感じてしまうだろう。
「……おはよう。いつからそこに?」
「丁度一時間前くらいです。先生お寝坊さんですよ! もう九時を過ぎてます!」
なんだ。
一時間なら問題ない。
三時間くらいなら申し訳なく思うが、一時間は待たせても心は痛まない。
天才は人を待たせてもいいのだ。
でも僕自身、余程のことがない限り時間通りがいいので人を待たせることは少ないのだけど。
昨日の国王との面会は例外として。
「マーヤ。待っててくれたのは嬉しいが、今日の僕の授業は十時からなんだ」
「そうなんですか?」
「そうなんだ。それとマーヤが今日の授業を受けてもちんぷんかんぷんだと思う。上級生たちに教えるものだし」
「そ、そうですか。結構楽しみだったのに……」
肩を落とすマーヤの姿に少し驚く。
昨日は実験の協力もさせてくれなかったのに、楽しみだったのか?
「僕を嫌っていたのに随分な変わりようだな」
「その、なんというか……魔法以外には本当に興味のない人なんだと知ったので」
「エリックからなんか聞いたの?」
「まあ、そんなところです」
「そうか」
その聞いた内容が少し気になる。
まあ僕が魔法の天才であることに変わりはないからどうでもいいか。
「昼からは僕も暇になる。今日は午後の授業はないから色々教えることも出来るかな。それまでは好きなように過ごせばいい」
「ニファン先生の研究室にいちゃダメですか?」
「ダメではないけど、触った魔法道具が変なことになって大爆発とかやめてくれよ?」
「さ、触りませんよ!」
「言っておくが僕の研究室は床、壁、窓、ドア、机、棚、本、その他全てが魔法道具になってるから浮けるのなら一人で研究室にいてもいい」
「……それマジですか?」
「マジだね。僕を誰だと思っているんだ? 超天才な魔法使いなんだぞ? なんでもかんでも魔法を関係させないと気がすまないのさ」
「本当に魔法にぞっこんなんですね」
「魔法は僕の全てだからな」
「魔法といえば最近、勇者が召喚されたって聞きました?」
「は? 勇者? それ禁忌じゃないの? 過去の勇者が気を狂わせて人間の敵になってから封印された魔法だ」
「そうなんですか!?」
「ああ。それをするって正気か? ……でも気持ちはわかる。魔王の復活が近いらしいし、そのせいで魔物が活発化している。人の手だけじゃとてもじゃないけど足りなくなって来ているし、禁忌に手を出したくもなるだろう」
魔王とはそれだけの力がある。
僕も資料を漁っただけだから、実際の強さはわからない。
でも山を投げ飛ばしたという記録があるほどなので、相当なんだろう。
「魔王が復活したらニファン先生はどうするんですか?」
「どうもしない。むしろいい時代になるんじゃないか? 今まで試せなかった大魔法とか魔物に向かって打ち放題だし、やばい魔法道具も魔物を倒すという名目で使えるかも知れない」
「あー。先生って魔法が関わると他のことが目に入らなくなりそうですね」
「そうかも。授業中、魔法に集中しすぎてチャイムの音が聞こえなかったから」
「えっ。それ生徒さんどうしてたんですか?」
「魔法道具を黙々と作ってたな。うちの生徒は優秀なんだよ」
「それ、先生って必要ですか?」
「万が一の時とか、どうしてもわからないところなんかは僕がどうにかするんだ」
「へえ。……私も魔法が使えるようになりますかね?」
マーヤの言葉に首を傾げる。
魔法は誰でも使えるのにそんなことを聞くとは変なやつだ。
人体実験疑惑があるし、本当に知らないのかもしれない。
もしくは魔力を操作して使うことを魔法と言っているのかも知れないが……。
面倒くさいし、全ていちから説明すれば良いか。
「魔法陣を使えば誰でも魔法は使えるが、本物の魔法を使いたいのなら魔力を操作する方法を学ぶべきだ。ほとんどの魔法使いは魔法書に書かれた魔法陣を使って魔物を倒したり、傷を治したりしてるが、魔力を操作して使ったほうがより強力な魔法が扱える」
簡単な説明だがこれでいいか。
マーヤは納得したのかしてないのか「ほえー」と間抜けな声を出していた。
それから疑問に思ったことを聞いてくる。
「魔法書を使う魔法使いはニファン先生から見ると魔法使いではないとか思ってませんか?」
マーヤは何を言っているんだ?
「魔法使いではあるだろう。一般的に魔法は魔力が多くなければ使えない。彼らはその魔力を使って戦ってるんだ。エリート魔法使いにはなれないけど、仕事はやっていけるはず」
魔法使いのほとんどが魔法書を使うのだから、それを魔法使いと呼ばないのなら、魔法使いはほとんどいないも同然になる。
「まあ、僕は天才だから魔力が少なくてもエリートな魔法使いなんだけどね?」
「……ナルシスト」
なんだその軽蔑したような目は?
僕がエリートじゃないとか言いたいのか?
それと僕はナルシストじゃない。
正真正銘の天才魔法使いだ。
「魔法書を使わない魔法で比較的簡単なものってなんですか?」
マーヤは少し諦めたようにため息を吐きながら、僕に質問を続ける。
魔法書を使わない魔法って、魔力を操作して使う魔法かな?
魔力の操作自体が難しいからどれも簡単に使えるとは言い難い。
でもある程度出来るようになったらという前提での話なら、比較的簡単に使える魔法はある。
「身体強化魔法。魔力の操作に慣れればすぐに使えるが、慣れている魔法使いでも長く維持するのは難しい。瞬間的か魔法道具の力を借りて使うことのほうが多いかな」
「そうなんですか」
「下手ではあったがマーヤも昨日使っていた」
「え?」
「パンチして来たときだ。無意識に使えるのは凄いことだが危険だな。握手しようとしただけで腕を千切ってしまいそうだ。とりあえず今日は魔力を操る練習でもしておこう」
「は、はい!」
学園につき、今日授業を行う教室にやってくる。
もう生徒は揃っていた。
そして皆は不思議そうにマーヤを見ている。
午前中は自由にしてて良いと言ったのに僕の授業を受けるらしい。
勉強熱心なことで。
そのマーヤは緊張しているようで、表情が硬くなっている。
とりあえず紹介でもしようか。
「彼女はマーヤ。国王からの依頼で僕の教え子となった。魔法のことは全く知らずこれから勉強を頑張っていくらしい。皆も仲良くあげてくれ」
生徒たちが声を揃えてキリッとした返事をする。
お前たちはどこかの軍に所属している兵士か?
それくらいしっかりしてるから、本当に僕の生徒なのかたまに疑いたくなる。
僕が学生だったころなんて教師の話は全く聞かなかったのに。
まあ当時、魔法の教師をしていて僕のことを気にしてくれていたディゼオとは仲が良いんだけど。
といっても教師と生徒という関係ではなく、対等な魔法研究者として接してくれたから仲良くなれただけなんだけどさ。
とりあえずマーヤを僕の近くの空いている席に座らせてから号令。
魔力と魔法の関係についての授業を始めた。