魔力の波長は指紋みたいなもの
「では波長はなんなんですか?」
マーヤが聞いてくる。
魔力の波長の説明かぁ。
「……これは僕が独自に発見したもので、まだ誰にも教えていないんだけど、マーヤの魔力に免じて特別に教えてやる」
僕の言葉に国王もエリックもマーヤも目を見開いてくれる。
本当は誰にも教える気はなかったけど、まあ別にいいや。
知られても完璧に理解出来るまではかなり時間がかかるし、魔力を通して見るだけでどんな波長かわかるようになるにはもっと時間がかかることだ。
それにマーヤはともかく、王族は聞いても口外しないだろう。
「魔力の波長というのは人間の体で言う指紋のようなもの。生き物の体の中で魔力が循環する動きのことを僕は波長と名付けた。もっと深く説明すると……ついてこれなそうだからやめるか」
一息ついて僕は説明を続ける。
「指紋もかなりの低確率ではあるが、全く同じ指紋の持ち主が存在することがある。それは魔力にも言えること。そしてその低確率がここにいる。僕とマーヤ・レイザンガリフ嬢の魔力は同じ波長といっていい」
「それであんなに取り乱してたのか……」
エリックが理解してくれた。
マーヤも表情を見るとなんとなく理解してくれていそう。
国王は……首を傾げてる。
まあ激務に追われて魔法に関しても指紋に関してもよくわからないのだろう。
可哀そうに。それでも勉強はすべきだと思うけど。
それより疑問に思うこともある。
「マーヤ嬢の髪の毛に魔力が宿っていないことが不思議なんだよなぁ。長いこと魔力が枯渇しない限りこんなことにはならないだろう」
長いこと魔力が枯渇する状況が想定出来ない。
魔力を使い続けるとしても、時間が経てば回復するからこんなに綺麗に魔力が宿らない髪が出来るはずがないし……。
魔力の存在しない場所にいればありえるかも知れないが、そんな場所ないだろう。
あったとしたら、人工的なものじゃないか?
なんだ?
どこかのマッドなやつが人体実験でもしてたか?
「そ、それは極秘情報に当たるのでな。出来れば探らんでくれ」
国王が言うので仕方ない。
秘密は探らない主義を通すさ。
でも気になることは気になるので、じーっとマーヤを見つめる。
どこをどう見ても僕の魔力だ。
でもなーんか引っかかる。
本当にこいつは生まれ持ってこの魔力を持っていたのか?
なんか変な感じなんだよな。
なんというか、体に魔力が慣れていない?
無理やり魔力の波長を変えられたような?
でも変えられたのとは違う気もするんだよな。
なんだこの違和感は?
まあでも……研究し甲斐はありそうだ。
謎の髪も人体実験か、そうでないか調べるのもいいかも知れないし。
楽しみだなぁ。
「に、ニファンさん。あんまり見ないでください。怖いです」
マーヤが腕を抱いて身を引いている。
「んー? 怖くないよ? 実験に協力してくれれば何も怖いことはしない」
「協力しなかったら?」
最悪、四肢もぎ取ってでも実験するかな、と言いかけたが、それだと怖がられそうだ。
「……なんとか協力してもらうさ。うん。」
「協力しないという選択肢はないんですね」
「ない。どんなことをしてでも協力してもらう」
「嫌だと言ったら?」
「ちょーっと痛いことするかも?」
「い、痛いこと?」
「そう」
「例えば?」
「んー。指を取ってみたり?」
「ひぇっ」
あっ。怖がらせてしまったか。
でも指くらいなら簡単に生やせるから問題ないだろう。
「ニファン……。指を取るってなんだ? それこそ犯罪じゃないか?」
エリックが真面目な顔して言うけど、そんなこと言ってたら欲しいものは手に入らない。
「大丈夫だって。バレなきゃいい。それに証拠なんて残さない」
「まさか今までもやってたのか!?」
「いや? 犯罪まではやってないが、グレーなところはやってるな」
犯罪もやってるけど、それを王族の前で言ったら処刑されてしまうから絶対に言わない。
犯罪者が好き好んで暴露するわけないし。
「グレーって何してんだ……?」
「教えない」
「友人がいつのまにか悪党になってたとかやめてくれよ?」
「それは約束出来ない。魔法関係の何かで依頼されたら悪党になるかも知れないから」
「やめてくれって!」
「相当良い依頼でないと受けたりしないから安心してよ。僕も出来るだけ表舞台で活躍したいからさ」
「その言い方は犯罪をしていそうで怖いんだが?」
「ハハハ。ご想像にお任せするよ。ミステリアスのほうが人間は魅力的だからね」
「そんなところをミステリアスにしなくても良いだろ!」
「人間は影があるほうが魅力が増すものさ」
「ニファンは影ありまくりだから増やさなくて大丈夫だ」
影ありまくりって酷くないか?
そりゃ両親と縁を切ってたり、怪盗やってたり、不法侵入、不法建築、ちょっとした魔法の禁忌に触れたりと、色々疚しいことをやってはいるが。
というか、魔法の禁忌以外は全て両親のせいで犯罪に手を染めてるんだよなぁ。
……とりあえず今日のところは依頼の話をして帰るか。
マーヤは実験に協力してくれそうにないし。
マーヤが生きてさえいればいつでも実験は出来る。
気長に、な。
「で、国王陛下。依頼ってマーヤ・レイザンガリフ嬢の魔法教育でいいんですよね?」
「ああ。ニファン殿ならわかると思うが、マーヤ嬢は魔力や魔法に慣れておらぬ。そして彼女の指導はこの国の最高の魔法教師であるニファン殿しかおらぬのでな」
「陛下、それは認めますが、依頼の内容も報酬についても曖昧なんですよ。教育って学園卒業程度の教育でいいんですか? 報酬の支払いは? 教育となると長期ですよね? 毎月もしくは毎年単位で払うのが常識なんですが、どうしますか? 他にも確認したいことがあるんですが、お時間は大丈夫ですか?」
「時間は大丈夫だ。たっぷりと話し合おうではないか」
それから話し合いお互いが納得する依頼になったので、僕はそれを受けることになった。
「マーヤは明るい時間帯ならいつでも来てくれ。魔法のことを教える」
マーヤに地図の魔法道具を渡していう。
「なんですかこれ?」
見た目はただの四角い布に魔法陣に描いてあり、布の角に緑色の魔宝石が縫い付けてあるだけだ。
この緑色の魔宝石の一つには僕の魔力と名前が登録してある。
「この紙の中央に手を置いて僕の名前を呟けば僕の居場所を教えてくれるだろう」
「はあ……」
夜は使えないように設定してあるから、僕が怪盗サーチと知られる心配はない。
でもマーヤがこの道具を落とした時に拾ったやつが魔法道具を改造とか出来るやつだったら危ないかも。
一応改造を妨げる魔法陣も書いてあるけど完璧ではないし。
注意はしておくか。
「もしこの魔法道具をどこかに落としたら実験体となってもらうからそのつもりで」
「えっと……この道具いくらくらいの?」
「いくらかな。売れば億はくだらないんじゃないか?」
「億っ!? 売らないんですか?」
「売っても意味ないんだよなぁ。使っても使っても増えていく金の使い道に困っているから正直あまり売りたいとは思わない」
「えー」
「金で買えないものもあるから、僕にとっては金なんてそんなに必要なものではないし」
「お金で買えないもの? 愛とか言っちゃいます?」
「どうだろうね。僕は愛されるのは拒絶するけど、人に愛されるだけマシなのか。愛も金では買えないものだからな」
「……」
「僕が本当に欲しいものは金では手に入れられなかった」
偽物ばかりを掴まされたから、僕は彼らを真似て法律に背くことを決めたんだ。
騙されるほうが悪いのなら、盗まれるほうも悪いと思わないか?
奪われる側ではなく、奪う側になるんだと誓った。
例え何があっても、僕は僕のためならなんだってして見せる。
「夜以外なら好きな時に僕の元へ来てくれていいからな。マーヤ嬢」
「……わかりました。あと、私の名前はマーヤ・カワシロ。今はマーヤ・レイザンガリフ・カワシロです」
マーヤの言葉に首を傾げる。
何故今、家名を明かしたんだ?
宗教嫌いで神から与えられたとされる祝名、レイザンガリフと呼んで欲しくないってことか?
でもマーヤ自身でマーヤ・レイザンガリフ・カワシロと名乗っているしな……。
まあどうでもいいか。
「わかった。マーヤだな。ではまた今度、適当に僕のところに来てくれ」
素っ気なくそう返して僕は家に帰った。